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2007年1月10日 (水)

「第三十話」

 私は思った。こんな天気のいい日は、自慢の愛車に乗り込み優雅に当てのないドライブを楽しもうと。それは、日頃のストレスや日常生活から開放されるためでもあった。そして、気分転換は私が仕事を円滑に進めていくには、何よりも必要不可欠なものであったからだ。私がまず、やらなければならない事と言ったら、自慢の愛車にガソリンと言う名の食事をとらせてやらなければならない事だった。昔からよく言うじゃないか。「腹が減っては戦はできぬ。」とな。そう言う訳で私は、さっきっからガソリンスタンドを探している。
「ん?あそこに入るとするか。」
タイミングよく目の前にガソリンスタンドがあったので、そこで自慢の愛車に少し遅めの朝食をとらせる事にした。ガソリンスタンドの入口に差し掛かると、自慢の愛車を誘導する男の誘導通りに、私は正確かつ的確に自慢の愛車を動かし停止させると
「ウィーン。」
自慢の窓を開けた。
「いらっしゃいませ!」
元気よく誘導していた男が声を掛けてきた。よく見ると胸のところには、責任者と書かれたバッチを付けていた。どうやらこの背の高い痩せ男がこのガソリンスタンドの責任者らしい。
「ビチャビチャですか?カチカチですか?」
ん?私は、一瞬自分の耳を疑った。この男は、いったい何を言っているのだ?そして、いったい何を伝えたいのだ?
「今なんて?」
「ビチャビチャですか?カチカチですか?」
やはり同じ事を言っている。ビチャビチャ?カチカチ?なんだそれは?なんなんだそれは?何語なんだ?普通ガソリンと言ったらレギュラーかハイオクではないのか?新たな表現なのか?表現方法なのか?
「ハイオクを頼む。」
「カチカチですね。」
ビチャビチャはレギュラー。カチカチはハイオク。と言う訳か・・・・・・。おかしなガソリンスタンドに来てしまったものだ。
「お支払いは、現金ですか?カードですか?」
「現金で頼む。」
どうでもいい事なのだが、私はカードを持たない主義なのだよ。
「窓は、お拭きしてもよろしいですか?」
「ああ、頼むよ。」
昨夜の大雨ですっかり自慢の愛車が汚れてしまってい
「カチカチうんこ入りまーす!」
うんこ!?うんこと言ったのか?今、この男は大声でうんこと言ったのか?
「ちょっと君!」
「はい?」
「君は、今なんと言ったのだね?」
「カチカチうんこ入りますと。」
やはり残念ながら私の聞き間違いではなかったようだ。だが、うんこと言った事を確かめた上で、私は尚もこの男の言っている事が理解出来ない。
「うんこと言うのは、この場合ガソリンの事を言っているのかね?」
「いえ、うんこはうんこです。」
「うんこをこの車の中に入れると言うのかね?」
「そうです。」
「そうですって、君ねぇ。」
「何か問題でも?」
問題?大有りだよ!抜本的にお聞かせ願おうじゃないか!
「車の中にうんこを入れて、それでいったいどうするつもりなんだね?」
「どうすると言われましても・・・・・・ここには、入れるものと言ったらビチャビチャうんこかカチカチうんこしかありませんが。」
ありえない!ありえないぞ君!そんなガソリンスタンドありえてはならないぞ!ん?だいたいさっきこの男は、支払い方法を聞いていたな。まさか!?
「いくらなんだね?」
「カチカチうんこは、1リットル174円になります。」
「そんなにするのか!」
「まあ、人糞ですから。」
理論が分からんよ!理論が!そもそもの理論が分からんのだよ!!「人糞でその値段は安いね。」とでも言うと思ったのか!だいたいうんこをリットルの単位で表すところから間違っているのだよ。
「因みに、ビチャビチャうんこでしたら1リットル81円になりますが、どういたしますか?」
なぜビチャビチャの方の値段まで告げるのだ。私が金にケチケチしている人間だとでも思っているのか?カチカチとビチャビチャの値段を比較してから、安い方をこの自慢の愛車に入れようとしているとでも思っているのか?金の問題じゃないぞ!うんこの問題だ!そうだ!一つ根本的な事を聞き忘れていた。
「そもそもうんこで車が走るのかね?」
「知りません。」
悪ふざけもいいところじゃないか!根拠も無しにこんな事をやっているのか!
「カチカチうんこはもういい!そんなもん入れんでいいから!窓だけ拭いてくれ!」
「分かりました。」
一日平均の客の数は?店舗数は?君の年収は?苦情の数は?仕入先は?なぜ君はそんなにも痩せているのだ?と、たくさん聞きたい事はあったが、今はとてもそんな気分ではなかった。一刻も早く私はここを立ち去りたいのだよ。まったく、とんでもなくふざけたガソリンスタンドだ!危うく自慢の愛車にうんこを入れられるところだった。確かに、どうりで窓を開けた時に異臭がすると思ったよ。それに、どうやらあの男以外にここで働いている人間はいないようだしな。それもそうか。こんなとこで誰がはた
「なにを!?」
私は、自分の目を疑った。男がフロントガラスを拭いた後に付く、茶色い物体はいったい何なのだ!?いや、私にはこの目の前の茶色い物体が何なのかが、はっきりとくっきりと完全に分かっていた。しかし、分かりたくなかったのも事実だ。
「君!」
「はい?」
「この茶色い物体は、いったい何だね?」
私は、茶色に染まったフロントガラスを指差しながら言った。
「うんこです。」
分かっていたさ。ただ、何か可能性みたいなものを信じて聞いてみただけの事なのだよ。
「うんこですじゃない!これはいったいどう言う事なんだ!」
「窓を拭いていいとお客様がおっしゃったので。」
ああ、言ったよ。確かに言った。私は、君に窓を拭いてくれと言った。だがねぇ君?
「どこの世界にうんこで窓を拭く人間がいるんだ!!」
「ここでは、うんこでお拭きする事になっているもので。」
この出来事はある意味、超常現象に近いものがあり、私のキャパシティを遥かに凌駕する出来事であった。そして、自分をしっかり持たなければ私は失神しているだろう。なんと言っても自慢の愛車がうんこまみれになっているのだからな。
「窓を拭くのはもういいから!すぐに洗車を頼む!」
「水洗ですね?」
「洗車だ!」
「水洗でよろしいですね?」
「洗車だ!」
「水洗しまーす!」
「水洗、水洗って!うんこ主体で物事全てを運ぶな!!」
「申し訳ございません。でも、ここではそう呼ぶ決まりになっておりますので、どうかご了承下さい。」
何をだ?いったい私は、何をご了承すればいいのだ?落ち着け、落ち着くのだ。ここは、大人の紳士の対応で乗り切るのだ。
「いや、私も大声を出してすまなかった。水洗を頼む。」
「はい。」
そう、これでいい。これこそが大人の紳士の対応だ。だが、許せなかったのだよ。自慢の愛車がうんこ扱いされた事が・・・・・・・・・。深い憤りを感じてしまったのだよ。私からしてみれば、その辺をご了承願いたいものだ。
「それでは、あちらの方にお車を移動させて下さい。」
一刻も早くうんこまみれにされた自慢の愛車を綺麗にしてやりたかった私は、言われるがままに男の誘導に素直に従った。それにしても、相変わらずの正確かつ的確なハンドル捌きだ。我ながら惚れ惚れしてしまうよ。自分のテクニックに酔いしれていた私は、気が付くと大きな和式便器の形をした洗車機の中にいた。
「それでは水洗しまーす!」
「水洗て、おい!ちょっとま」
そんな慌てふためく私の事などお構いなしに、男は上から垂れ下がっている紐をおもいっきり引っ張った。
「ジャァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
轟音と共に勢いよく大量の水が目の前から流れて来た。私は、ただ黙っていた。恐怖で黙ると言う行動しかとれなかったからだ。正直、死ぬと思った。このまま死んでしまうと思った。自慢の愛車でいろんな場所をドライブした楽しい思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。自慢の愛車と共に死ねるのであれば、本望とすら思った。がしかしそれは、一瞬の出来事で終わった。私の体に重く圧し掛かるこの疲労感は、いったい何なのだろうか?男の誘導でフラフラしながらもきちんと元の位置にピカピカになった自慢の愛車を戻すと
「ウィーン。」
自慢の窓を開けた私に向かって男が
「お疲れ様でした。」
と、今の気持ちにぴったりな言葉を言ってきた。大人の紳士な私は、とりあえず自慢の愛車が綺麗になったと言う事で、水洗代を支払った。もはやこの男との間には、必要最低限の会話しか必要なかった。それで十分だった。そして、男の誘導でガソリンスタンドを正確かつ的確なハンドル捌きで出た私は、いつまでも帽子を片手に持ち深々と頭を下げている男の姿をバックミラーで見つつ、ガソリンスタンドの全体像が一瞬視界に入った時に、一番目立つ大きな文字を見て思ったのだよ。「一連の出来事は、全て私の不注意だった。」とな。それから「リンていったい何なのだ?」とも思った。

第三十話
「クソリンスタンド」

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コメント

こ、これは・・・意外とファンがいそうですね!
どちらか選ぶなら 高いけど私ならカチカチですかね。(*0*)

投稿: chyboo | 2007年1月11日 (木) 22時12分

値段は日によって変動があるようですが
だいたい170円代が相場みたいですよ。
もしかしたら
家の近所にあるかもしれないので
探してみて下さい。
コメントありがとうございました。

投稿: PYN | 2007年1月11日 (木) 22時46分

悲しいかな。
私もこのネタに食いついてしまった。。。

投稿: yotan | 2007年2月 4日 (日) 22時21分

話に食いつく分にはかまいませんよ。
コメントありがとうございました。

投稿: PYN | 2007年2月 4日 (日) 23時28分

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