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2007年7月 4日 (水)

「第五十五話」

 この空間。この時間。この場所で僕は、いったい何をやっているんだろう。真っ白なベンチに座り、見渡す限り広がる草原とその先にある海を眺めて、いったい何処に向かおうとしているんだろう。
「君も一人かい?」
「・・・・・・・・・はい。」
僕の目の前の真っ白なベンチに座る老人が話し掛けてきた。
「わしも一人だ。」
老人は、そう言って笑った。
「頑張ってるかい?」
「はい?」
老人は、突然そんな事を聞いてきた。頑張ってるって言っても、いったい何をだろう。
「何をですか?」
「人生をだよ。」
「・・・・・・・・・人生?」
人生・・・・・・・・・。どうなんだろう。僕は、人生を頑張っているんだろうか?それとも僕は、人生を頑張っていないんだろうか?そんな事、今まで特に考えた事すらない。
「分かりません。」
何て無難な答えなんだ。我ながら呆れる。
「わしも分からんよ。」
「えっ!?」
まあ、人生を頑張ってるのか頑張ってないのかなど、本当は誰一人として分からないのかもしれないな。
「頑張ってるかもしれないし、頑張ってないかもしれない。」
「・・・・・・・・・。」
「頑張りたいのかもしれないし、頑張りたくないのかもしれない。」
「・・・・・・・・・。」
「そのどれでもないのかもしれない。」
老人は、いったい僕に何を言いたいんだ。老人のそれは、まるで哲学でもなければ、精神論とも程遠い。
「時間は好きかい?」
「はい?」
生まれて初めて聞かれる質問だ。時間を好き嫌いで判断した事なんかないけど、どちらかと言えば僕は、
「あんまり好きじゃないです。」
「過ぎて行くからかい?」
「まあ・・・・・・・・・そんな感じです。」
「一方的に過ぎて行き、己がその場に取り残されて行く感覚に陥ってしまうからかい?」
「・・・・・・・・・。」
全く老人の言う通りだ。時間は、一方的に過ぎるだけで戻る事をしない。人が未来だけを見つめ過ぎて、未来だけが良ければいいって発想が・・・・・・・・・僕は大嫌いだ。未来に至るまでの過程が本当は大事なのに・・・・・・・・・。
「未来は所詮、未来です。現在じゃない。」
「なるほど。もっともな意見だな。」
老人は、少し不服そうな面持ちで、僕を見ていた。
「何か?」
「しかし、一方的に流れる時間の概念の世の中からしてみれば、常に未来を見据えて生活する事は、理に当たる自然の流れなのではないのかい?」
「確かにそうですが、まだまだ何も見えない未知の未来を考えてどうするんですか?」
「見えないから面白いのではないかね?どうなるか分からないから楽しいのではないかね?ハッピーエンドか?バッドエンドか?もしかしたら、そのどちらでもないかもしれない。」
「あなたは?」
「ん?」
「あなたは、どうなんですか?失礼ですが、結構なお年ですよね?自分の思い描いていた未来だったのですか?」
「さあ?」
「さあ?・・・・・・・・・分からないんですか?」
「そればっかりは死ぬ間際にならないと分からんよ。」
僕が見るからに80歳は越えているであろう老人の、これが答えなのか?
「死なないと分からないんですか?」
「死なないとじゃない。死ぬ直前におそらく分かると言う事だ。」
「おそらく?」
「そう、おそらくだ。もしかしたら分からんかもしれない。」
僕は、老人の言ってる事や言いたい事がさっぱり分からない。ほんの少しの意図すらも見えてこない。
「何にも分からんのが人生ってやつだ。だから、君も慌てなくて大丈夫だ。スローライフでこの先の人生を歩んで生きなさい。」
僕が慌ててるだって?何の根拠もないのに、ただ僕より年齢が上だからって、人生を悟ったような事をよく言うよ。この空間でこの時間は、紛れも無く現在なんだ。同じ現在に僕も老人も存在しているんだ。立場や経験なんて関係ない。時間の概念で言ったら同等じゃないか。説教なんてされたくもない。される覚えすらない。
「僕は僕です。」
「君は君だ。そして、わしはわしだ。」
「あなたはあなたです。」
そう言うと、真っ白なベンチから立ち上がり、わしは草原の向こう側まで歩いて行ってしまった。
「ガチャッ。」
何もない空間から、突然老人の目の前にドアが現れたかと思うと、そのドアを開けて中から白衣を着た男が出て来た。
「どうでしたか?」
「どうでしたかもこうでしたかもない。全く分からず屋の頑固者だ。」
「さすが博士の過去ですね。昔も今も相変わらずですか。」
「今のわしの方がよっぽど柔軟性がある。あいつは、頭の中がカチカチだ。」
「そんな博士がいたからこそ、この発明が出来たんじゃありませんか。どうですか?人生について、何か分かりましたか?」
「いいや、何も分からんかったよ。」
そう言って老人は笑みを浮かべると、白衣の男と一緒にドアの向こう側へと出て行った。
「バタン。」

第五十五話
「鏡」

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コメント

こんばんはhappy01night

リリカルな作品に続いて、今度は哲学チックな作品ですねhappy01

しかもSF!

あの、よろしかったら、拙ブログから「☆まいにち☆」というブログにリンクが張られておりまして、そこの主のmieさんという方が、独自に学ばれた「宇宙観」・「世界観」などを解説しておられますが、とてもユニークです!

お暇な、気が向いた折りにでもお立ち寄りくださいhappy01

何か、作品のインスピレーションが得られるかもですsmile

投稿: MASSIVE | 2010年11月 7日 (日) 20時26分

作品を読んでもらえるだけでなく、創作のサポートまでしてもらえるだなんて、ありがたいです。

是非とも、遊びに行っちゃいますね。

コメントありがとうございました。

投稿: PYN | 2010年11月 9日 (火) 09時41分

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