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2007年10月10日 (水)

「第六十九話」

 俺の横にあるリモコンは、俺が目一杯手を伸ばしてもギリギリ取れない距離にある。
「くそっ・・・・・・・・・!」
どう頑張っても取れない。立ち上がって取れば簡単な話だ。だが、俺は負けず嫌いだ。特技の欄には、必ず負けず嫌いと書いてしまうほどの負けず嫌いだ。だから、この状態のままリモコンをどうにかして取らなければならない。それが俺の使命であり、運命である。そうしなければ俺は、リモコンに負けた事になる。なぜそこまでするのかって?それは俺が負けず嫌いだからだ。
「・・・・・・・・・ダメかっ!」
もはや、腕をありったけ伸ばしたぐらいじゃリモコンを手に取る事は不可能だ。それは、2時間も前から分かっていた事だが、俺は微かに奇跡ってやつを信じていた。いや、信じてみたかった。もしかしたら、急に腕が伸びてリモコンを掴むんじゃないのか?ってな。だが、奇跡はそんな甘いもんじゃなかった。
「さてと、どうしたもんか?」
そうだ!もしかしたら、俺の髪の毛を全部むしり取って、それを結んで一本の長いロープ状にして投げ縄の要領でリモコンを取れるかもしれない。
「プチンッ!」
「いったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
痛い!痛すぎる!何だこの痛さ!何なんだこの痛さ!一本抜いただけでこの痛みだ。もし髪の毛を全部抜き取ったとしたら、俺は抜き終える前に痛みでショック死してしまう。死んだら負けだ。例え根性でリモコンを手にしたとしても、数秒後に事切れてしまったら俺の負けだ。このプランは白紙だ。白紙同然だ!
「くそっ!」
俺は、俺の横でそんな俺の事を嘲り笑うリモコンを睨み付けた。
「ん?」
痛みの涙でリモコンが歪んで見える。涙?
「そうだ!」
涙だ!涙をリモコンが置いてあるテーブルの高さまで流す。するとどうだ?リモコンが涙に浮かんで俺の手元にやって来るじゃないか!名案だ!これはかなりの名案だ!
「ん?まてよ?」
簡単に涙と言うが、いったいどうやって流せばいいんだ?髪の毛を抜くか?いやいやいや、それはダメだ。痛みでショック死してしまう。さっきも言ったが、死んだら負けだ。例え根性でリモコンを手にしたとしても、数秒後に事切れてしまったら俺の負けだ。なら、目を殴るか?
「・・・・・・・・・くっ!」
そんな勇気が俺に兼ね備えられている訳がない!もし兼ね備えられていたとしたら、とっくに髪の毛を全部抜き取っている!
「そうか!なるほどな!」
俺は痛みに弱いんだ!これは大発見だ!今日の日記のメインテーマにしよう!久しぶりに2行以上の日記が書けそうだ!
「さてと・・・・・・・・・。」
日記のメインテーマは決まったとして、問題はリモコンだな。痛みを伴わずに涙を出す方法は・・・・・・・・・?
「悲しみだ!」
人は悲しみを感じた時と目にゴミが入った時に涙を流す。と、偉人さんが言っていた気がする。目にゴミを入れるには、痛みが伴うから白紙同然だとして、残すは悲しみの涙を流すだ!
「よし!」
そうと決まれば悲しい出来事を考えよう。例えば、誰か親しい人間が死んだとしたらどうだ?その人は、俺に限りなく親しく、そして何よりも親しい存在。そんな人間が死んだとしたら・・・・・・・・・。死んだとしたら・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ダメだ!涙が出てこない!悲しみすら感じない。なぜなら、人間にとって死は絶対。けして逃れる事の出来ない現実。死ぬから人間であり、この世の生物である。死なない人間など人間ではない!
「死を受け入れずして何が人間だ!」
ダメだ。怒ってしまった。悲しみどころか憤怒してしまった。考えろ!考えるんだ俺!
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
そうだ!どう頑張っても、このリモコンが取れなかったらどうだ?それこそ俺が老人になっても、このリモコンと格闘し続けていて、遂に俺は負けを認めて立ち上がりリモコンを手に取る。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
どうだ?これは、あまりにも惨めで悲惨な人生じゃないか?しかも負けを認めてリモコンを手に取ったと同時に俺の寿命が尽きてしまう。
「・・・・・・・・・・・・。」
きっと俺の遺影は、リモコンと一緒に写っているに違いない。何ならリモコンの方が俺より大きく写っているに違いない。そして、焼香に来てくれた人々からは「リモコンじいさん!リモコンじいさん!わっしょい!わっしょい!」と、言われてしまうに違いない。
「・・・・・・・・・・・・。」
リモコン型の棺の中には、ぎっしりリモコンが敷き詰められ、焼かれる時には、リモコン型の棺の電源ボタンを押して俺の人生をOFFにされてしまうんだろうな。
「って、泣けるかっ!」
葬儀に来た誰一人として泣く奴なんかいるもんかっ!逆に笑われるだろ!
「くそっ!」
涙プランもダメだ。白紙だ。どうする?どうすればリモコンを手に取る事が出来るんだ?あっ!?
「超能力!」
そうだ超能力だ!何で気付かなかったんだ!あれだ!物体を動かすって言うサイコキネシスが使えればいいんじゃないか!それだ!それしかない!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
やはりな。俺には、そんな能力ないみたいだ。フィフティーフィフティーの賭けだったんだが、どうやら賭けに負けたみたいだ。いや、俺は負けず嫌いだ。負けてなどいない。きっと超能力に頼らずリモコンを手に取れ!と、言う無意識の気持ちが俺の中で働いたに違いない。ある意味、超能力なんてもんは、反則に近い行為だからな。きっと、それでリモコンを手に取ったとこで、俺が心から喜べない事を俺は知っていたに違いない。
「ありがとう俺!」
危うく卑怯者の十字架を背負わされて、この先の人生を歩んで行かないといけなくなりそうだった。
「だったら・・・・・・・・・。」
背後霊に取ってもらうってのはどうだ?
「お願いします。・・・・・・・・・・・・・・・。」
いないのか?俺には、背後霊がいないのか?それとも、俺が霊の存在を信じていないからなのか?いや、きっとそれ自体は関係ないはずだ。俺が霊の存在を信じていようが、信じていまいが、いるもんはいる!なのにリモコンを取ってくれないって事は、やはり俺には背後霊が憑いていないと言う事なのか?
「・・・・・・・・・まさか!?」
誰かにリモコンを取ってもらうのではなく!己の力でリモコンを手にしろ!と言う、これはご先祖様からのありがたい教えではないのか?確かに、自分の力以外でリモコンを手に取ってしまったら、俺の負けだ。例えそれが背後霊だろうが関係ない。負けは負けだ。負けるとは、実にシビアでシンプルなもんだ。それを改めて俺に諭してくれたと言うのか!?
「ありがとうございますご先祖様!」
相変わらず、相変わらずリモコンは、涼しい顔して俺を見ている。勝利の風はリモコンに吹いていると言うのか!そうだ!もしかしたら、もしかしたら!
「んっっっっっっっ。」
ダメだ。リモコンどころか、鼻の穴までも届かない舌の長さだった。微かな望みに託した俺の考えが浅はかすぎた。
「もはやこれまでか・・・・・・・・・。」
俺の万策尽きた顔を勝ち誇った顔で見ているリモコンを、俺はほくそ笑んで返してやった。
「馬鹿め!」
もはやこれまでか・・・・・・・・・。普通に聞いたら万策尽きた感じに聞こえるだろう。だが、もはやこれまでか・・・・・・・・・。と、言った俺の真意は違う!いよいよ最終プランを実行しようと言う意気込みの、もはやこれまでか・・・・・・・・・。だったのだ!確実に成功するプランを最後の最後まで隠していたのだ!今までは、成功率の低い可能性のプランを試していたまでだ!そう、この勝負は最初から俺の勝ちと決まっていたんだよ!
「リモコンよ!もはやこれまでだぁぁぁぁぁ!!」

第六十九話
「爪を伸ばしはじめた俺」

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