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2008年1月30日 (水)

「第八十五話」

 おとぎ話の結末は、決まってハッピーエンドとは限らない。主人公が不幸になってしまうケースだってある。何が言いたいのか?そう、今回のこのおとぎ話の主人公にも、不幸な結末が訪れるって事だ。
「ああ、暇だなぁ。」
果たして、おとぎ話のようなフィクションの世界で、暇ではない登場人物がいるのだろうか?森にやって来たこの男は木こりで、このおとぎ話の主人公ではない。主人公は、このあと木こりと衝撃的な出会いをする事になる鰐だ。しかし、木こりは何をそんなに暇だと嘆いているのだろうか?森には、沢山の木があり、それを切り倒すのが木こりの仕事なのだから、暇なはずがない。
「何て暇なんだ。俺は毎日、毎日、木を切り倒しているだけの生活。何か面白い出来事でも起こらないかなぁ?」
一つの弱みとして、物語上に登場人物が一人の場合。現実世界では有り得ないほどの長い独り言を喋らなければならない。普通、木に対してこんなに不平不満を訴える木こりなどいない。でも仕方がない。いまだ登場人物は、木こりしかいないのだから、しばらく独り言が続く事は、必然だ。
「まあ、何か面白い出来事と言っても、いったい何が面白い出来事なのかなんて、木こりの俺には考えもつかないけどな。」
不思議なもので、こうして木こりの独り言を聞いていると、何だか木こりが昔から木こりをしているかのような錯覚に陥ってしまう。木こりは、あくまでこのおとぎ話の為だけの木こりだと言うのに、全く不思議だ。
「木こりさん。」
「ん?誰か俺の事を呼んだか?」
そろそろ独り言の限界なのだろう。木こりの他に登場人物が現れた。森の妖精だ。妖精・・・・・・そう、おとぎ話には欠かせない定番の登場人物と言っても過言ではない。しかし、木こりはしばらくその姿を目にする事が出来ない。
「木こりさん。」
「声はするが、姿が見えない。なぜだろう?」
「ここです。」
「ん?どこだ?」
「上です。」
「上?」
木こりは空を見上げたが、そこに妖精の姿はない。当たり前だ。妖精は、木こりの頭の上にいるのだから。
「あなたの頭の上です。」
「頭の上?だが、そんな所にいられたら姿が見えないぞ?」
「そうでしたね。じゃあ、今からあなたの目の前に行きます。それ!」
「こいつは驚いた!?」
「こんにちは。」
「あんた・・・妖精か?」
「ボクは、この森の妖精です。」
所謂、妖精は木こりの前にやっと姿を現した。おそらく妖精が実際に目の前に現れたら、こんな驚きでは済まされないだろう。腰を抜かすのは言い過ぎかもしれないが、どこからか声がする時点で、正体不明の声と会話などせずに逃げ出すのではないだろうか?木こりには、まるで恐怖心と言うものが欠けている。大抵、おとぎ話の登場人物達は、恐怖心を好奇心が上回っている。まあ、だから物語が順調に進んで行くのだろう。
「森の妖精が俺に何の用なんだ?」
「はい。実は、このまま木こりさんに木を切り倒し続けられると、この森は死んでしまうのです。」
「森が死ぬ!?」
木を切り倒し続ければ、森が死ぬなど、わざわざ妖精に言われなくても分かる事だ。そこまで木こりも馬鹿ではないだろうし、きっと他の人間が気づいて、木こりに忠告するだろう。しかし、それではおとぎ話にならない。妖精が現れて森の長老が言う森の事情を木こりに伝えなければ、子供達は食い付かない。他の人間が木こりに直接伝えてはならない。何よりも子供達は、そんな普通な事を望んではいない。
「森の長老は、言いました。このまま森の木が切り倒され続けていけば、森はあと数年で死んでしまう、と。そして、森を救うには今しかない、ともおっしゃいました。」
「森を救う?いったいどうやって救うんだ?」
「あなたが、今から切り倒そうとしている木を切り倒してしまうと、森はもう死ぬしか道がありません。でも、あなたが今から切り倒そうとしている木を切り倒さなければ、森はこれから先もずーっと長い年月を生き続けられるんです。」
「そうか。」
「木こりさん。お願いです。どうか、この森を助けて下さい。」
「分かった。森を死なせる訳にはいかないからな。木を切り倒すのは、やめにしよう。」
「ありがとうございます。」
「しかし、木を切り倒すのをやめてしまったら、これから先俺は、どうやって生活をしてけばいいんだ?」
「森の長老が言ってました。もし、あなたが木を切り倒す事をやめる決断をしてくれた時は、あなたの足元に落ちている長い枝で釣竿を作るように伝えよ、と。」
「この枝で釣竿を?」
有り得ない話だが、万が一、木こりが目の前の木を切り倒す方を選択していたら、木こりは切り倒した木の下敷きになって死んでいた。だが、これは木こりも妖精も、森の長老でさえも知らない話だ。なぜなら、木こりが木を切り倒す方を選択する話は、始めから用意されていないからだ。誰も語る事のない話など、誰も知らなくていい話だ。
「はい。この森には、川があります。作った釣竿を使って川で釣をしてみて下さい。そうすれば、あなたが生活に困る事はありません。」
「魚を釣って生活をしてくのか?」
「さあ?ボクは、森の長老にそう伝えろと言われただけですから、分かりません。でも、とにかく今すぐ釣竿を作って釣りをして下さい。そうしたらきっと分かります。では、そろそろボクは帰ります。森を助けてくれて本当にありがとう!」
「サワワワワ~!」
「消えた・・・・・・。釣りをすれば分かるかぁ・・・・・・・・・まあ、考えたって分かる訳もないんだ。とにかく釣竿を作ってみるかな。」
森からのお礼として、木こりは金銀財宝の入った宝箱を釣り上げる事となる。だったら、この場で金銀財宝をあげればいいと思うのだが、それでは話がここで終わってしまう。仕方がない事だ。そもそも、これから木こりは妖精に言われた通り、長い枝で釣竿を作り、そして川へ行き、そこでこのおとぎ話の主人公である鰐と出会う訳なのだから、川に行ってもらわないと困ってしまう。
「よし!出来たぞ!さあ、川へ行くか!」
さて、そろそろ私も準備をしとかなければならないようだ。もうすぐ木こりが釣竿を持って、川にやって来るのだからな。

第八十五話
「鰐と釣り人」

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