« 「第百三十五話」 | トップページ | 「第百三十七話」 »

2009年1月21日 (水)

「第百三十六話」

「ガムは、死神かっ!!!」
青年は、激怒していた。博士のような男が立ち去ったあと、間も無くして激怒していた。人間は、そう簡単に激怒する生き物ではない。余程の理由があったからこそ、青年は激怒しているのだ。青年と博士のような男は、特に博士と助手と言う間柄ではない。赤の他人である。ではなぜ、赤の他人である博士のような男が立ち去ったあと、青年は激怒しているのか?さて、少しだけ物語を巻き戻してみる事にしよう。

第百三十六話
「ガムが噛みたくなる話」

「・・・・・・・・・。」
青年は、いつものように日曜日の朝を、陽の光を浴びながら公園のベンチに座り、読書を満喫していた。
「・・・・・・・・・。」
それが青年の楽しみであり、現実世界で青年の身に巻き起こって染み込んだ一週間をデトックスし、リセットする貴重な時間であった。
「・・・・・・・・・。」
なので、特に天候に影響されて中止される事はなかった。むしろ、晴天の日よりも暴風雨の日の方が、読書に集中出来て、青年は好きであった。
「・・・・・・・・・プッ!」
「そんなに面白いのか?その小説は?どれどれ?」
気付くと青年が座るベンチの隣には、壁が押し迫って来るパントマイムをする博士のような男が真横に座っていた。
「貴方の方がよっぽど面白いですよ。顔だけ押し潰されそうって、どんな状況ですか。上下左右って、有り得ないでしょ。ところで、誰ですか?」
「おいおいおい。会っていきなり質問責めとは、私は来日スターか?」
「来日スターなんですか?」
「来日スターか来日スターじゃないかで言えば、2:8で来日スターではないな。」
「2、何ですか?」
「それは、己への甘やかしだ!」
と、まあ青年と博士のような男は、こうして不思議な出会いをした。青年が激怒するに至るまでは、もう少しだけ時間が掛かる。
「すいませんけど、僕は今、読書中なんです。」
「のようだな。」
「真横にいるのは構わないですが、読書の邪魔だけはしないで下さい。」
「なら、邪魔をしなければ、こんな距離で、こんな事さえも許されるのか?」
「別に、読書の邪魔さえしなければ、世間の目が気にならなければ、それで貴方が安らげるのであれば、膝枕も有りでしょう。」
「私は、こうして目をつぶっていると、いつも思うのだよ。なぜ、太もも枕と言わずに、膝枕と言うのだろうか?とな。或いは、百歩譲ってどうしても膝と言う言葉を使いたいのだとしたら、なぜ膝に近い上の部分枕と言わないのだろうか?とな。だってそうではないか。この体勢での膝枕は不可能に等しい。本当に膝枕がしたいのならば、体育座りの時ではないのか?それが正しい膝枕ではないのか?だが、それではあまりにも枕が高過ぎる!高過ぎて高過ぎて、本来体を休める役割を果たすはずの枕である枕が!枕としての機能をまるで発揮出来ないではないか!そしたらむしろ、こうすべきだ!寝たい側が体育座りする者の正面に回り背もたれとする!しかしそれでは、もはや膝枕ではなく膝背もたれ!そうなるとこれは、膝部分を枕代わりとした足座椅子ではないのか?膝枕は何処へ行ってしまったのだ!そもそもだ!そもそもだよ!体の中でも一位二位を争う程の硬い部分が、枕になる訳がないっ!!青年よ!私は何か間違った事を言っているか?答えてくれ青年よ!」
「間違った事は言ってないと思います。」
「それは良かった。」
「ただ。」
「ただ、何だ?どうしたと言うのだ?」
「読書の邪魔です。そんなにいっぱい語り掛けられたら、いっぱい相づちをして、いっぱい返事をしないとなりませんし、そんなにいっぱい体を動かされて説明されたら、同じ行を何度も何度も読んでしまいます。まるで読書に集中出来ません。」
「そうか。それは悪い事をした。すまなかったな、青年。」
「分かってもらえたんならいいです。」
「これ以上、青年の読書の邪魔をする訳にはいかないからな。私は、帰るとするよ。」
「何か、すいません。」
「なに、青年が謝る事ではないさ。」
そう言うと博士のような男は、紐で引っ張られるパントマイムで立ち上がると、読書に集中する青年の方に背を向けながら、
「最後に一つだけいいかい?」
再び語り出した。
「何ですか?」
「私のパントマイムは、100点満点で言ったら、何点だね?」
「27点、です。」
青年のそれは、即答であった。もし、即答に解答があるのならば、青年のそれは満点である。
「なるほど、1000点満点で言ったら、270点と言う事か。」
「いえ、1000点満点だろうが、10000点満点だろうが、そこは27点です。」
「そうか。27点か。」
「・・・・・・・・・。」
「27、けして嫌いではない数字の一つだ!!」
「・・・・・・・・・。」
「ありがとう、青年!」
「いえ。」
「そして、さよなら。」
「さよなら・・・・・・・・・。」
青年は、再び読書に集中し、博士のような男は、パントマイムでエスカレーターを上り下りしながら去って行った。こうして、青年と博士のような男の不思議な出会いは幕を閉じた。
「・・・・・・・・・。」
そして、青年が読んでいる小説のあとがきには、こう書されていた。

『人間は、死ぬ一分前にガムが噛みたくなると言う話がある。それは、医学的にも行動学的にも心理学的にも何の確証も立証も実証もない話だ。
しかし、なぜだか人間は、死ぬ一分前にガムが噛みたくなると言われている。古くは、地球誕生前から、新しくは、読者がこれを読んでいる時代まで、と言われている。人間とガム、或いは、ガムと人間、そこにどのような深い因果関係があるのかは、いまだに謎に包まれたまま、何一つ解明されていないまま、時間だけが静かに、緩やかに流れている。
だが、作者の私はこう考える。もしかしたら人間は、噛み続けても永遠に無くなる事のないガムと言う存在に対し、死を目前とした自己を投影し、出来ることならガムになりたいと、無意識に意識しているのではないだろうか?そこに潜む不死への欲望をガムに投射しているのではないだろうか?最後まで生きたいと願う人間の欲深き果てしない欲望。つまりガムは、生の象徴。
しかし或いは、こうも考えられる。ガムの味が、死ぬ一分前のガムを噛んでいる人間の残りの寿命。ガムの味が無くなるにつれ、死に誘われて行く。であるのならば、私はあえてガムが無性に噛みたくなった時には、ガムを噛まずに舐めていようと、考えている。
しかしそれは、あまりにも無謀とも言える挑戦だろう。なぜなら、ガムを口に入れた状態で、果たして私はガムを噛まずにいられるのだろうか?迫り来る死の恐怖の中であっても、ガムが噛めないと言う無限地獄に私は、耐えられる自信を持ち合わせてはいない。
この、生の象徴とも死の象徴とも捉える事の出来るガムだが、一つだけ確かな事がある。言うまでもなくそれは、既に人間がガムを噛もうと思いガムを口に入れた瞬間から、確定されているのは、死のみ、だと言う現実。
果たして我々人間の意志により、ガムを手に取り口の中へと運び込んでいるのか?いや、むしろ我々人間の方がガムに選ばれているのだと考えた方がいいのかもしれない。何れにせよ私にも遅かれ早かれガムを噛む時が必ず訪れる。その時、何かしらの答えが得られる事を信じ、今回はペンを置く事にする。』

「ガムは、死神かっ!!!」

|

« 「第百三十五話」 | トップページ | 「第百三十七話」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/121942/26893537

この記事へのトラックバック一覧です: 「第百三十六話」:

« 「第百三十五話」 | トップページ | 「第百三十七話」 »