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2009年4月22日 (水)

「第百四十九話」

 偶然にも同じ駅から登山鉄道に乗り込み、偶然にも四人掛けの向い合わせの席に、向い合わせに座る事となった青年と老紳士。そして、青年が大きな花束を置き席に着くと、間も無くして電車は国境を越えるため、ゆっくりと走り出した。
「その花束は、奥さんにですか?」
老紳士がその大きな花束を見て、思わず青年に話し掛けた。
「ええ。」
少し照れ臭そうに笑い、青年は答えた。
「誕生日ですか?」
「いいえ。」
「なら、結婚記念日ですか?」
「違います。」
「そうですか。なら」
「何でもありませんよ。」
「えっ?」
「別に何か特別な記念日とかって訳でもないんです。ただ、妻に花束を、と。思っただけなんです。」
「そうでしたか。」
「そうなんです。」
そう言うとまた、照れ臭そうに笑う青年を見て、老紳士は優しく微笑んだ。
「さぞ、奥さんは喜ぶでしょうね。」
「どうでしょうか?」
「いやいや、絶対に喜びますよ。」
「そうだといいんですけどね。」
青年は、苦笑いを浮かべながら、そう言った。
「おや?何か喜ばない理由でも?」
老紳士は、少し不思議そうな顔付きで、大きな花束の方へと、目をやった。
「いえ、それと言って特に理由なんてないんですけど、何かこう、漠然と、花束を買ったはいいけど、妻は花束なんてもらって嬉しいんだろうか?と、単なる自己満足に終わるだけじゃないだろうか?と、考えてしまうんですよ。」
照れ笑いと苦笑いが混じった顔で、青年は大きな花束に目をやりながら答えた。
「嬉しいですよ。こんなに大きな愛が詰まった花束を貰って、喜ばない理由なんてありませんよ。」
「そうですか?」
「そうですよ!自己満足だけで、ここまでやれる人なんて、なかなkいませんよ!それに、愛するが故の自己満足ならばきっとそれは、きっとそれを愛と呼ぶんですよ!」
老紳士のその言葉を聞き、青年は安堵の笑みを浮かべた。
「私もね。駅で貴方を見掛けた時から、いえ、街で貴方の後ろ姿を見た時から、考えていたんです。私も妻に花束を贈ればよかったと、今更ながら後悔していますよ。」
寂しそうな顔付きで、車窓から流れる遠くの景色を見ながら、老紳士は言った。
「まだ、遅くないんじゃないですか?」
そんな老紳士の姿を見て青年は、笑顔を浮かべて言った。
「いやしかし、贈られる本人がもうこの世にいないんでは、花束を買ったとこで、そこには何の意味も無いですよ。」
老紳士は寂しく笑いながら、青年の大きな花束を見詰めていた。
「何を言ってるんですか!今さっき、貴方が喜んでくれると、言ってくれたじゃありませんか!」
「えっ!?」
青年のあまりの満面の笑みと意外な言葉に、老紳士は目を見開き、しばらく驚き止まってしまった。そんな老紳士を気にする事なく、青年はこう続けた。
「だったら、僕のこの花束にも、何の意味も無いって事になってしまいますよ?花束を贈るタイミングに、遅いも早いも時期も季節も記念日も何も関係無い。自己満足でも愛が詰まっていればそれでいい。それが愛なんだと、そう僕は、今さっき確か貴方に教わった気がします。違いますか?それとも、この気持ちは単に僕の勘違いだったんでしょうか?」
満面の笑みで言う青年の顔を見て老紳士は、満面の笑みでこう答えた。
「そうでしたね。」
「そうですよ!」
間も無く国境を越えようとする電車は、愛情に溢れた笑顔の青年と老紳士の二人を乗せ、最後尾の車両のドアからはみ出している美しい花を咲かせた大きな花束を乗せ、そして今日も定時通り、国境を越えた。

第百四十九話
「先頭車両物語」

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