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2009年4月29日 (水)

「第百五十話」

 会社帰り、いつもの帰路、僕は電信柱の前で立ち止まっていた。原因は、1枚の貼り紙だった。

第百五十話
「産まれたばかりのオッサン差し上げます」

 オッサンが人間から独立し、独自の生態系を築き上げてから、かれこれ何年になるんだろうか?確かあれは、僕が小学校を卒業した時だったから・・・・・・・・・。
「もう、20年。」
政府は、オッサンのオッサンDNAによる暴走だとか発表していたけど、実際のとこは信憑性に欠けていた。そう、20年経った今でも何一つ原因は解決されてはいない。宇宙人説や地球温暖化説や人類崩壊説や進化説やウィルス説など、今でも多くの仮説が世界中で論議されている事が、何よりもそれを裏付けている。だけど、何かが原因なのは確かで、オッサンがあの日から人間でなくなったのも事実で、今では犬や猫に次いでの人気ペットだってのが現状。確かに、元々オッサンは人間だったから、飼いやすいさは犬や猫の比じゃない。けど、オッサンは喋るし、酔っ払うし、説教するし、頑固だし、人間とオッサンとの間でのトラブルも起こりやすい。そこが、オッサンが人気ナンバー1ペットになれない理由とも言われている。でも、一人暮らしの若い女の子が、数体のオッサンを飼って生活しているだなんて、20年前に、いやそれ以前に、いったい誰が想像出来ただろうか?
「・・・・・・・・・ふっ。」
昔を重ねて今を考えると、ちょっと笑えてくるのは、僕だけだろうか?でも、ある種オッサンをペットとして飼う事がステータスとなっている今、あの脂ぎっしゅな顔に頬擦りする若い女の子達の光景は、不思議と不思議じゃなくなってしまっているのが不思議だ。いや、それだけじゃない。確実に世界は、オッサンが人間でなくなった事で、大きく変わってしまった。オッサンがよく行く店や施設は極端に減少し、その代わり街に溢れるオッサン専門店やオッサン可のマンションを目にするたび、つくづくオッサンはオッサンになってしまったんだなって、改めて認識させられる。何よりもオッサンがもう人間じゃないんだなと思う時は、街でたまに見掛ける父を目にした時だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
今でもあの時の光景を、夢で見てうなされる日がある。そう、忘れたくても忘れる事の出来ない小学校の卒業式の夜。いつものように、母と姉3人と僕と父とで夕飯を食べていた時だった。テレビから20時を告げる番組が始まった直後、父が奇声を上げながら立ち上がると、そのまま庭へ出て、グルグルグルグル庭を駆け回り出した。突然の出来事に、家族はただただ唖然とし、父の行動を見ているしかなかった。数分が経ち、素っ裸になった父は、メガネケースと常備薬を手に、家を出て行ってしまった。それが、父が父ではなく1体のオッサンになった瞬間でもあった。そして、家族がそんな異常事態を自分達だけの身に巻き起こった出来事じゃないんだと知るのに、それほど時間は掛からなかった。数十分後にテレビから流れて来た臨時ニュースの映像は、今でも鮮明に覚えている。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
そして、その数日後、オッサンはオッサンとなり、それに付随して人間の寿命が極端に下がる事になる衝撃の政府会見。最初は信じられなかった。けど、現在の人間の男性を見れば、嫌でも納得せざるを得ない。オッサンはオッサンであり、オッサンは人間ではない。つまりそれは、人間の男性がオッサンになる前に死ぬ事を意味している。男性は、オッサンにはなれない。これは今となっては、ねじ曲げようのない事実だ。男性の寿命が平均40歳。オッサンの寿命も平均40歳。これが意味するのは、完全に人間のオッサン部分が独立して新たな生態系を築き上げてしまったって事以外に、考えようのない理不尽な、受け入れる他ない不条理な、現実。
「・・・・・・・・・オッサンか。」
今さらオッサンになりたいなんて思わない。けど、自分がもしもオッサンだったらと、想像してしまう回数が、近頃増えていたのは、あと数年で訪れる絶対的な死への恐怖からなのか、オッサンへの憧れからなのかは、はっきりとした回答を導き出す事は、おそらく出来ない。オッサン法の恩恵を受け、男性は随分といい思いの出来る人生になっている今となっては・・・。それを考えれば、死にたくないってのも分かる。でも、人間のオッサンを知る僕らのようなオッサン世代は、少なくとも今では叶えられようもない幸せな家庭を築くと言う夢を、孫と戯れる老後と言う夢を、そんな当たり前だった人生を、平々凡々な人生を、頭のどこかで割り切れていないのかもしれない。
「オッサン、差し上げますか。」
これから僕が産まれたばかりのオッサンを飼ったとこで、確実に僕の寿命の方が、オッサンより先に尽きてしまう。そんなオッサンを悲しませるような事は出来ないし、何より結婚をしていない僕の死後、そのオッサンの面倒をみるだろう母に申し訳がない。なら、こっそり飼って、こっそり捨てたりでもしよか?
「・・・・・・・・・なんてな。」
そんな事、僕には出来ない。ここは素直に諦めよう。それがいい。
「父さん………。」
その貼り紙の写真には、小さな5体のオッサンを、元気いっぱいの笑顔で抱き抱える僕の父が写っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
そして僕は、再び歩き出した。

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