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2009年4月 1日 (水)

「第百四十六話」

 いつもの喫茶店、いつものマスター、いつもの席、そして、いつものコーヒーの味。
「マスター?」
「はい?」
「何かこう、いつもすぎると、ちょっとこう、退屈だよね。」
「退屈ですか。」
「うん、退屈だね。何かこう、何て言うのかな?いつもじゃない、そう、いつもじゃない、出来事が巻き起こるとかさ。」
「例えばどんな出来事ですか?」
「例えば?そうだな?何だろう?例えば?」
「では、こんなのは、どうです?」
「聞かせて?」
「運命の女性が、あのドアから入って来る。とか。」
「ちょっと違うかな。僕が求めてるのはさ。恋愛的な要素を含んだもんじゃない、いつもじゃない出来事なんだよね。」
「喫茶店に強盗が入って来る。とか。」
「それも違うな。何て言うの?こう、そんなに大事件じゃなくてもいいんだよ。この広い世界のこの狭い喫茶店の空間のみで巻き起こる小さな、ほのかに漂うような、そんなほんの些細ないつもじゃない出来事で、いいんだよね。」
「難しいですね。」
「難しいかな?例えばそうだな?マスターが入れてくれたこのコーヒーに?」
「私のコーヒーに?」
「毒が入ってる。・・・・・・・・・とか?」
「えっ!?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「入ってるわけないじゃないですか。」
「いや、もちろん入ってるわけないよ。もし入ってたら、今頃僕は、死んじゃってるからね。でもほら、何かこう、ちょっとだけいつもが、ちょっとだけいつもじゃない、ちょっとだけいつもにならなかった?」
「でも毒はちょっと・・・・・・・・・。求めてるのは、そう言ったサスペンス的な出来事なんですか?」
「まあ、サスペンス的な出来事限定ってわけじゃないけどさ。何かこう、サスペンスとかミステリーとかってこう、手っ取り早くない?そう、マスターが実は、宇宙人。とか?」
「えっ!?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「やめて下さいよ。宇宙人なわけないじゃないですか。」
「まあ、そうなんだけどね。もし宇宙人なら、とっくに僕は連れ去られてはずだからね。」
「でもどうでしょう?」
「なになに?」
「連れ去るだけが宇宙人ってわけでもないんじゃないですか?」
「詳しく聞かせて?」
「実は、地球に一度旅行に来た際、凄く地球が気に入って、地球に住みたくなって、そしたらもっと地球人とも仲良くなりたくなって、だからコミュニケーションをとりたくて始めたきっかけが、この喫茶店。だとか。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「なの?血、緑色なの?」
「例えばですよ。」
「ああ。」
「でもどうです?ほんの少しだけ、いつもがいつもじゃなくなったのでは?」
「考えみたらさ。マスターが仮に地球ラブな宇宙人だとしてさ。でも結局それって、僕はいつもの喫茶店のいつもの席で、いつものマスターが入れたいつものコーヒー味を堪能してるって事じゃない?ただ、ちょっとだけ宇宙人ってだけでさ。ああ。ってぐらいだよね。」
「ああ。ではダメですか?」
「ああっ!ぐらい欲しいよね。ああ。だと、何かこう、ふ~んって感じで、軽く流せちゃう感じだよね。些細ないつもじゃないって言ってもほら、一応いつもじゃないんだからさ。ほんの一瞬でもグラッと揺さぶられて、現実の軸から外れなきゃ。それに、よくよく考えてみると、マスターが宇宙人って、いつもじゃない出来事って言うか、単なる真実だよね。一瞬って言うか、これ一生もんだよね。」
「急に私が大声で歌い出す。とか?」
「マスター?」
「ダメですか?」
「それは、びっくりするだけだよ。イスから転げ落ちて、でそのあとマスターの身に何かあったのかって、ちょっと心配しちゃうよ。」
「心配されちゃいますか。」
「じゃあさあ、これなんてどう?」
「何ですか?」
相変わらずゆっくりと、いつもの時間が、いつも通りに、喫茶店をまるごと包み込み、飲み込み、昨日と同じように流れてる。
「マスターが入れてくれたコーヒーの中に、やっぱり毒が入ってる。・・・・・・・・・とか。」
「えっ!?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「またですか?そんなに毒、好きでしたっけ?」
「好きじゃないよ。ないけどほら、何かこう、なかなかいい、いつもじゃない出来事が、思い付かないんだよね。」
「無理にいつもじゃない出来事を巻き起こさなくても、いいんじゃないですか?」
「まあ、それもそうだよね。」
「そうですよ。」
「アハハハハ!」
「ガハハハハ!」
「あれ?マスター、笑い方、変えた?」
「ちょっと、いつもじゃない風にしてみました。」
「マスター、やるじゃん!」
「いやいや。」
「ブハハハハ!」
「ドハハハハ!」
いつもの喫茶店。
「ワーハハハハ!」
「ガーハハハハ!」
いつものマスター。
「プハハハハ!」
「ギハハハハ!」
いつもの席。
「イシシシシ!」
「ニシシシシ!」
いつものコーヒーの味。
「ギャハハハハ!」
「ニャハハハハ!」
いつもの窓、いつもの風景、そして、いつもの僕。

第百四十六話
「深海の喫茶店」

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