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2009年5月

2009年5月 6日 (水)

「第百五十一話」

 何がビックリしたって、地球がチョコレートで出来てたって真実だ。

第百五十一話
「チョコレート・アース」

まあ、そう言われてみれば言われたで、思い当たる節は、いろいろとある。毎朝、目覚めた時、何と無くほのかにチョコレートの甘い香りが何処からか漂って来るし、世の中には茶色いものが溢れかえっちゃってるし、チョコレートをプレゼントする日が設けられてるし、そもそもチョコレートがこの地球上に存在してるって事が、地球がチョコレートで出来てるってのの何よりもの証拠だ。
「ワン!」
紹介が遅れたけど、暖炉の前でロッキングチェアに揺られながら、本を読んでる僕の足元にいるこのコーギーは、名前をギーコーって言う僕の愛犬だ。それに、何を隠そう今、僕が読んでるこの本を拾って来た張本犬だ。
「地球は、チョコレートで出来ている。ギーコー・・・・・・キミがこんなタイトルの本を口にくわえて家に帰って来た時は、遂にパワーハラスメントかと思ったけど、読んでみるとなかなかどうして、実に興味深い本だったよ。ありがとう。」
感謝の念と労いの意味を込めてギーコーの頭を撫でてやると、相も変わらず恐ろしく尖った犬歯で、ギーコーは僕の左手に噛み付いた。
「ウゥゥゥゥゥゥ!!」
一見、本気で噛み付いてるように見えるけど、実際は本気以上で噛み付いてる。クレーター状になった僕の手を見れば、それは一目瞭然だ。
「特に興味深い章は、ここだよ。」
そう言って僕が、ダラダラと理解し難い言葉を並べて専門用語満載の本題に入る前の説明書き的ページを左手だけで一生懸命必死になってめくった真ん中のページ。そこには、本当の地球が直径1センチぐらいのチョコレートの球体だって書かれてた。
「解るかい?つまり、僕らが地球だと思ってる地球は、実はチョコレートの表面をコーティングしてる単なる元素の集合体に過ぎないって事なんだよ。実際の地球は、こんなもんさ。」
「ウゥゥゥゥゥゥ!!」
一度、噛み付いたら最短でも3日は離さないギーコーの飼い犬とは思えないほどの血走った目を見ながら、僕は誰も行き着く事のなかった真実を、噛み付かれてる右手の方で地球を表現しながら語った。余談だけど、人の慣れる、って能力は偉大で、不思議と僕は右手に痛みを感じる事はなかった。
「それから、次。宇宙の匂いを嗅いだことがあるだろうか?」
この本を書いた誰かさんのこの問い掛けを初めて目にした時の衝撃足るや、僕がペットショップで初めてゲージ越しにギーコーと出会った時の感覚に似ていた。店員のお姉さんに頼んで、赤ちゃんのギーコーを抱っこさせてもらい、そのまま抱き抱えて家まで帰って来たスイートで、左手だけで財布からお金を支払う難しさを痛感させられたビター、な思い出。
「人生で二度もこんな衝撃に出会うとは、考えてもみなかったよ。」
宇宙の匂いを嗅いだことがあるか?この質問に解答出来る人間は、おそらく存在しない。真実とは、時に恐ろしく不条理に守られてるもんだ。
「宇宙が黒いのは、何故か?衛星や帰還したロケットがチョコレートまみれなのは、何故か?」
作者から投げ掛けられる次から次への問い掛けが、僕の仮説を真実へと導いて行く。もし、宇宙空間に空気が存在し、もし、ヘルメットを取る事が可能ならば、誰もが声を揃えて、こう言うはずだ。
「チョコレートの香りがする。」
子供の頃、チョコレートの雨がたまに降る事への疑問を抱いて過ごしてたけど、それは大人になるにつれ、次第にそのあまりにも当たり前な日常風景を疑問と思うバカばかしさに気付くと、疑問にすら思わなくなってた。そう、それはギーコーが、なぜ僕の手に噛み付くのかを考えなくなった時とよく似てる。宇宙自体が既にチョコレートなら、地球がチョコレートで出来てる事へ不信感を抱く必要性がない。宇宙の匂いを証明出来る人間が存在しないって言ったけど、もしかしたら死の直前に作者は、実感したのかもしれない。まえがき部分に書かれてた作者の言葉。
「この本が売り出された時には既に、私は宇宙の塵となっているのだろう。」
それは大いなる挑戦で、自己満足の極みだ。
「ただ、ギーコー?僕は、思うんだよ。地球がチョコレートで出来てるからって、それがどうしたんだ。ってね?」
「ウゥゥゥゥゥゥ!!」
「だってそうだろ?例え地球がチョコレートで出来てるって驚きが頭を駆け巡っても、僕らの友情は何一つ変わる事がないんだからさ。」
そう、例えば今まで信じられて来た言い伝えや歴史から、衝撃的で魅惑的な真実が突如としてある日、掘り起こされたとしても、僕の現実は何一つ変わる事はない。真実と現実は、似ているようでどこか平行線を辿ってるんだ。だって、僕らは既に真実の中の現実で生きて来たんだから、改めて真実を語られても、驚きや衝撃があったとしても、そこに変化はない。ただ、そうなんだって思うだけ、ただ、その発見を称えるだけ、ただ、無謀な挑戦を羨ましがるだけ、だ。
「ビチャビチャビチャ!」
「天気予報通りだ。」
降り出して来た窓に吹き付けるチョコレートの雨を見ながら、僕はその本を暖炉の中へ投げ込んだ。明日はきっと、チョコレートクリーニングの仕事の注文で大忙しだなんて現実を、頭の中で駆け巡らせながら。
「なっ?」
「ウゥゥゥゥゥゥ!!」

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2009年5月13日 (水)

「第百五十二話」

「ガタン!」
僕がベッドで寝ていると、その音は、隣のディスコの部屋から聞こえて来た。ディスコは、僕のルームシェア相手で、彼を一言で言い表すなら、天才。

第百五十二話
「天才と過ごす日々」

「ディスコ?帰って来たのかい?」
ディスコの部屋は、夜になると昼間よりも一層暗さを増す。
『僕がこっちの部屋を使っていいのかい?』
『当たり前じゃないか!ああ、紹介が遅れてしまったね。ディスコだ。チョコレート・ディスコ。』
『チョコレート?あっ、僕はジョニー。』
『宜しくジョニー。』
陽当たりの悪い部屋を探してここへ辿り着いたと、あの時ディスコは言ってた。ああ、もちろんチョコレートって言うのは、本名ではなく、ニックネームだ。彼がなぜチョコレート・ディスコだなんて自らを呼んでいるのかは、初めて会って自己紹介した時に交わした握手で分かった。
『こちらこそ・・・ん?』
『挨拶代わりにやるよ。じゃあ、俺は部屋に戻るから、何か分からない事があったら遠慮せずに、何でも聞いてくれよな。』
『ありがとう。』
僕の手には、ウェルカムと書かれた銀紙に包まれたチョコレートがあった。そう、ディスコは無類のチョコレート好きで、わざわざ陽当たりの悪い部屋を選んだのも、チョコレートが溶けないようにって配慮らしい。分からない事があったら何でも聞いてくれって、あの時ディスコは言ってくれたけど、初めて会ったあの日の夜、ディスコは居なくなった。ディスコの痕跡を追うにも、ディスコはあまりにも人付き合いがなく、唯一あるとすれば、あの喫茶店のマスターぐらいだった。
『変わり者?単なる変わり者じゃないな。変わり者の中の変わり者だ。そして、天才だ。』
チョコレート好きの天才。その天才の痕跡を追うには、ディスコの部屋を片っ端から調べ上げる以外に方法は、なかった。だけど、今でもあの時の衝撃は、忘れない。それは、そう、初めてディスコの部屋に足を踏み入れた時だった。僕は、言い知れぬ恐怖感に襲われ、味わった事のない空気に身を包まれた。陽当たりの悪い部屋、一定の温度に保たれ、整理整頓された室内は、チョコレートと物凄い数の本で埋め尽くされてた。まるで生活感の無い、無機質な部屋。
『一度読んだだけで?』
『そうだ。本は、一度読めば十分。ディスコは、一回で内容を頭に入れちまうんだよ。』
『凄い。』
『だから言ってやったよ。まるで、ディスプレイみたいだな、ってな。』
『確かに。』
『そしたらアイツ、笑いながら、今のアンタみたいな事を言ってたよ。』
マスターは、自分の事のように嬉しそうにディスコを語ってた。なぜ、人付き合いが嫌いなディスコが、マスターに心を開いてたのかは、簡単な話だ。
『美味しい!』
それは、マスターの作るチョコレートドリンクが絶品だったからだ。新品同様の本と同じぐらい無数にあるチョコレート。そして新品同様の本の方はと言うと、どれもタイトルを見ただけで、気分が悪くなるような難しい本ばかりだった。そう、ディスコの収入源は、そこにあった。ディスコが名だたる研究者らのゴーストライターだって理解したのは、ディスコが居なくなって二日目の早朝だった。
『ディスコは、出掛けてます。いつ帰って来るかは、分かりません。』
身なりのキッチリとしたその男は、ディスコの不在を告げた僕の顔を見て、今にも泣き出しそうだったのを、鮮明に覚えてる。ただその男が、ロボット工学だったか?宇宙科学だったか?天文学だったか?考古学だったか?人間工学だったか?心理学だったか?いったいどの分野の権威ある人に頼まれ、書類を取りに来たのかまでは、覚えてない。とにかくあの時の僕は、ディスコの部屋に置いてあったそれぞれの封筒を、次々にやって来るそれぞれの分野の使いの者たちに渡す事で精一杯だった。
『で?ディスコは?』
『まだ帰って来てません。』
『これはいよいよアレだな。』
『アレ?』
『いよいよ本気で本当に帰って来ないのかもしれない、って事だ。』
『そんな・・・・・・・・・でも、きっと帰って来ますよ!』
あの時、マスターにはそう言ったものの。心の何処かでは、本当はもう、やっぱりディスコは死んでしまってるのかもしれないって、思ってた。
『チョコレート・アース?何だろう?』
それは、ディスコが誰かの為に書いたんじゃなく、自分自身の為に書いて作った一冊の本を、ディスコの机の引き出しの中から発見して読んだ時、変わり者の中の変わり者、チョコレート・ディスコが、あの日の夜、ドア越しに言った言葉の意味を理解出来たような気がしてたからだ。
『ジョニー?まだ起きてるか?』
『ああ。』
『ちょっと、出掛けて来る。』
『ああ、いってらっしゃい。』
『で、ちょっと頼みたい事があるんだ。』
『何だい?』
『俺が居ない間に訪問者が来たら、部屋にある封筒を渡しといてくれるか?』
『ああ、いいよ。』
『悪いな。』
『ディスコ?』
『ん?』
『何処へ行くんだい?』
『ちょっと、宇宙まで行ってくる。』
『えっ?』
ベッドから飛び起きて、僕が部屋のドアを開けた時には、もうディスコの姿は見当たらなかった。人付き合いが嫌いなディスコが、どうしてシェアリングを受け入れたのか、それはきっと、僕に最後の仕事を頼む為だったんだろう。
「・・・・・・・・・。」
それは、ドアの隙間からディスコの部屋を覗き込んでたつもりが、いつの間にかディスコの思い出を無意識に振り替えってた僕の目が、ディスコの部屋の暗さに慣れて来た時だった。
「ん?」
散乱した部屋の片隅で何かが動いた。
「ディスコ?」
いや、ディスコにしては、あまりにもシルエットが小さすぎる。
「えっ!?」
その時、僕の呼び掛けに反応して動きを止めた小さな影は、一直線に僕の方へ飛び掛かって来た。
「うわあっ!」
思わず尻餅をついた次の瞬間、僕の耳に聞こえて来たのは、ガラスの割れる音だった。音のする方へ目を向けた時、いつかのマスターとの会話を思い出した。
『元気か?』
『誰がですか?』
『犬だよ。』
僕は、今日までディスコの部屋で犬なんて見た事もなかった。いや、ここへ初めて来た時から、犬なんて見た事はなかった。それに、ディスコは犬の世話までは、僕に頼まなかった。だから、僕が来る前に死んでしまったのかと、思ってた。
『犬種は何ですか?』
『コーギーだよ。』
でも、紛れもなく窓ガラスを破って飛び出して行ったのは、コーギーだった。
「あの犬、いったい今までどこに居たんだ?」
割れた窓ガラスの破片に注意しながら、飛び出してった犬を探したけど、降り出して来た雨と夜の闇に邪魔されて、僕は犬の姿を見失ってしまった。犬の存在は、考えれば考えるほど謎だらけだったけど、でも、何よりも謎だったのは、犬がくわえてた物だ。
「あの犬、何でディスコの書いた本を?」
冷たい雨の闇を見つめながら僕は思った。ディスコ、君は本当に宇宙の匂いを嗅ぎに行ってしまったのかい?と。

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2009年5月20日 (水)

「第百五十三話」

登場人物

グラハム捜査官
ヴェネッサ捜査官
ジョニー
ギーコー
ディスコ

9:41AM
『カフェ・チョコレート・ディスコ』

「なーるほどのぅ。」
10人ぐらい入れば満員になってしまう程の狭い店内。その狭い店内の狭い通路を一番奥のテーブル席まで行くと、そこには両手で新聞を広げ、熱心に記事を読んでいる五十代後半の男がいた。テーブルの上には、3分の1程度減ったチョコレートドリンクが置かれていた。
「なるほどじゃないでしょ!」
「ん?遅かったな。」
新聞を読みながら、男はその先に立つ二十代後半の女性に言った。
「遅かった?グラハム?私は、ちゃーんと定時にオフィスで仕事を始めてたのよ?そこへ、暢気にカフェでお茶してるジジィから電話で呼び出されたわけ!」
「まあまあ、とにかく座ったらどうだ、ヴェネッサ。ほら、お前さんもチョコレートが好きだろ?だからわざわざ、わしがご招待してやったんじゃないか。マスター!こちらのお嬢さんにも同じ物を!」
相も変わらずに新聞を読みながらのグラハムに対し、マスターはカウンターの中から深々とお辞儀をすると、チョコレートドリンクを作り始めた。
「何事も反発し合うわしらの唯一の共通点。それは、チョコレート好きってとこだけだ。ここのチョコレートドリンクは、絶品だぞ?なんせメニューは、それしかないんだからな。チョコレート・ホリックには堪らんぞ?ほれ、いい加減座ったらどうだ?」
「チョコレート中毒?私の場合は、貴方みたいにチョコレートならなんでもいいってわけじゃないの。チョコレートは、私にとってオシャレなのよ。」
そう言いながら、ヴェネッサは椅子に座った。
「その発想が既に、チョコレート・ホリックなんだよ。がっはっはっ。」
「はあ、やれやれね。で?いい加減、タブロイド紙を読むのやめて、何なの?今度は?また都会のオフィスビルに幽霊でも出たわけ?それとも、生き返る死体?睡眠殺人?タイムトラベル?」
テーブルの上に両肘を付き、両手に顎を乗せ、天井を見上げながら、ヴェネッサはつまらなそうに溜め息混じりで言った。
「そんなもんじゃないぞ?これを見てみろ!」
グラハムは、読んでいた記事をヴェネッサの方へ向けた。
「北でUFO墜落。軍は宇宙人を捕獲。へぇ~、凄く楽しそうー。」
「違う!その下の小さい記事の方だ!」
「下?チョコレートの雨が降る町?」
「どうだ!わしらにうってつけの事件だろ?」
「事件?これなら、まだ宇宙人の方がましよ。」
「お待たせ致しました。」
呆れ果てたヴェネッサの前に、チョコレートドリンクを置くと、マスターは深々とお辞儀をして、カウンターの方へと戻って行った。
「まあ、とにかくアレだ。それを飲んだら、出発だ!」
「はあ???」

第百五十三話
「チョコレート・ホリック」

1:37PM
『ルート214』

国道を走る一台のクラシックカー。運転席には、グラハム。助手席には、ヴェネッサが乗っていた。
「ねぇ?聞いてもいい?」
「文句以外なら大歓迎だ。」
「これ、いったい何の捜査なの?」
「捜査?んな事、一言でも言ったか?」
「はあ?」
「単なる興味だ。」
「なら、グラハム?貴方は今まで捜査って物をした事がないのね。」
「チョコレートの雨だぞ?わしはな。あの記事を見た時に、ピーンっと来たんだ!」
「子供じゃないのよ?いい、グラハム?気象学的に考えて、チョコレートの雨が降るなんて絶対に有り得ないの!ゴシップ中のゴシップよ!てか、何時間走れば着くのよ!」
「まあ、降ってなきゃないで、バカンスだと思えば楽しいだろ?」
「いつもバカンスじゃない!それで?何時間も掛けて行く田舎町で、どんなバカンスをすればいいわけ?グラハム?長官に怒られる前に帰りましょうよ。今度、私達の課が問」
「おい!ヴェネッサ!!アレを見てみろ!!」
「嘘でしょ!?」
曲がりくねった山道を走るクラシックカーの先には、チョコレートまみれの町並みが広がっていた。

2:02PM
『バレンタインタウン』

「どうだヴェネッサ!ここは本当にチョコレートの雨が降るんだ!」
「ねぇ?これって単に、この町の伝統的な行事か何かじゃないの?ほら、トマトとか爆竹とかのフェスティバルみたいなものなんじゃないの?」
町の入り口で車を止め、二人は車内で話していた。
「かもしれんな。だが、お祭りしては、少し静か過ぎる。それにアレは、ちょっとばかし異様な光景だ。」
そう言ってグラハムが指差す先には、チョコレートにコーティングされていない一軒の青い屋根の家があった。
「まあ、確かに何かはありそうね。」
ヴェネッサの言葉を聞き終わると、グラハムは車のキーを回した。

2:14PM
『青い屋根の家』

「ビィィィィィ!!」
グラハムがチャイムを鳴らすと、中から三十代半ばの細身の男性が現れた。
「ガチャッ!」
「どちら様ですか?」
「わしは、グラハム捜査官、こっちのお嬢さんはヴェネッサ捜査官。」
「事件か何かですか?」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっとばかし、この町について聞きたい事があってな。中に入れてもらってもいいかい?えーっと?」
「ジョニーです。」
「ジョニー。」
「・・・・・・どうぞ。」
ジョニーに案内され、グラハムとヴェネッサは、暖炉のある部屋へとやって来た。グラハムが暖炉の前にあるロッキングチェアの背もたれに手を掛け、軽くソレを揺らしていると、一旦部屋を出ていたジョニーが戻って来た。
「こんな物しかありませんけど、どうぞ。チョコレートドリンクです。」
「おう!悪いな!」
グラハムは、ヴェネッサが座るソファーの横へ座ると、テーブルに置かれたチョコレートドリンクのカップを手に取り一口飲んだ。
「うまい!!」
その言葉を聞いたジョニーは、微笑みながら二人の向かいに座った。すると、チョコレートドリンクに夢中なグラハムに代わって、ヴェネッサが質問を始めた。
「ねぇ?ジョニー?この町は、どうしてチョコレートまみれなわけ?チョコレートのお祭りでもしたの?」
「お祭りじゃありません。チョコレートの雨が降ったんです。」
「じゃあ、どうして貴方の家は、綺麗なの?」
「ああ、それは僕がこの町でチョコレートクリーニングの仕事をしているからですよ。家が綺麗なのは、試作品の防チョコレート剤を使ったからです。」
「防チョコレート剤?」
「チョコレート・ホリックです。僕が調合して作ったんです。」
「チョコレート・ホリック・・・・・・・・・ねぇ?グラハム?」
ヴェネッサは隣に座っているグラハムに、小声で話し始めた。
「やっぱり何だか、この町は変よ。」
それを聞いたグラハムが、今度はジョニーに質問を始めた。
「ジョニー?チョコレートの雨は、どうして降るんだ?」
「お二人は、宇宙の匂いを嗅いだ事がありますか?」
「いや、あいにくそういった機会には、まだ巡り合っとらん。」
「きっと嗅いだら、こう言いますよ?チョコレートの甘い香りがする。ってね。」
「それは何か宗教的な事かしら?」
ヴェネッサは、緑色の大きな瞳を細めながら聞き返した。
「宗教的?違いますよ。」
ジョニーは、二人を嘲笑うかのように少し見下した口調で言った。
「なら、もしかしたら?あの暖炉の中で黒焦げになっとる本が何か関係しとるのかな?」
そう言うとグラハムは、左手に持っていたチョコレートドリンクを飲みながら、右手で暖炉を指差した。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「やれやれ。図星か。で?あの本を書いたディスコってヤツは、いったい何者なんだ?」
「本ですって!えっ!?」
ヴェネッサはソファーから立ち上がり、暖炉へ向かおうとした。しかし、いつの間にか足元に居た物体に気付いた。
「犬?わぁお!コーギーじゃない!ジョニー、貴方コーギー飼ってたの!」
「噛み付くから気を付けて下さい。」
「大丈夫!私、犬には好かれるタイプだから。」
「それも得意のプロファイリングか?」
「違うわ。単に心が綺麗なだけよ。名前は、何て言うの?」
「ギーコーです。」
「ギーコー?」
グラハムが首を少し傾げながら犬の名前を呟いた時、ヨレヨレの背広の内ポケットから、電子音が鳴り響いた。
「ピロピロピロピロ!」
「何て着信音使ってんの?まさか、長官からじゃないわよね?」
「いや、ヴェネッサ、長官からじゃない。」
「携帯を見ないで、どうして長官じゃないって分かるのかしらねぇぇぇぇぇ?」
ヴェネッサは、ギーコーの頭を撫でながら、グラハムに尋ねた。
「着信音だ。」
「ああ、着信音で分けてるってわけね。」
「そしてこの着信音は、ヴェネッサ、お前さんからだ。」
「どう言う事なの!?」
「・・・・・・・・・なるほど、そう言う事か。」
何かを理解したグラハムは、携帯電話ではなく、代わりに拳銃を取り出すと、それをこめかみに当てた。
「グラハム!!何やってるの!?」
「まあ会おう、ヴェネッサ。」
「バン!」

9:41AM
『カフェ・チョコレート・ディスコ』

「なーるほどのぅ。」
「ピロピロピロピロ!」
何かに納得したグラハムは、タブロイド紙をテーブルの上に置き、内ポケットの携帯電話を手に取った。
「まあ、戻って来れたのもこいつのお陰か。ヴェネッサのヤツめ、どうせ下らん遅刻の言い訳だろ。そうだマスター、チョコレートドリンクをもう一杯!」
グラハムの視界の先には、深々とお辞儀をするマスターの姿があった。
「やれやれ。日に二度も拳銃で頭をぶち抜く事になるとはな。のぅ?そこら辺、どう思うよ?ジョニー?」
「バン!」

1:37AM

「ピロピロピロピロ!ピロピロピロピロ!」
「ピッ!」
「こちらゴッホ。」
「ゴッホ?何言ってんの?そんな事より、早く出てよね!ちょっと?聞いてんの?グラハム?」
「聞こえとるよ。あんまり大声を出さんでくれ、頭が少しクラクラしとるんだ。」
「もしかして居眠りしてたわけ?」
「わしが居眠り?難しい哲学的な事を考えとったんだ!」
「あそう。私はまた、チョコレート・ホリックの香りにやられて幻覚の世界へでもバカンスに行ってたのかと思ったわ。」
「馬鹿な事を。」
「まあ、いいわ。で?ギーコーは?」
「ああ、マスターなら、わしの目の前に座っとるよ。」
「そう、逮捕したのね。」
「死体でな。」
「殺されてたの!?」
「いや、自殺だ。おそらく取り引きでトラブったんだろう。ドラッグを大量に投与しての自殺だ。お陰で、店内はチョコレート・ホリックが充満しちまってる。今夜の暴風とカフェのドアの立て付けの悪さがなかったら、今頃わしはチョコレートの町の住民だ。」
「多幻覚系ドラッグ、チョコレート・ホリック。ドラッグが放つチョコレートの香りだけでも、その効果は絶大。でも、温度に弱い。」
「ん?何だ。あんなにこっちの捜査を嫌がってたのに、調べたのか?チョコレート嫌いのお前さんが。」
「まあね。」
「で?ところでジョニーは?」
「病院よ。」
「撃ったのか?」
「まさか!?ジョニー・バレンタイン。彼もドラッグ常習者だったわけ。」
「チョコレート・ホリックか。」
「ええ。おそらく、ゴーストライターとしての生活からのストレスによるものね。家に踏み込んだ時には、もう瀕死の状態だったわ。」
「なら、お前さんも幻覚の中に居たのか!?」
「も?いいえ、リビングの窓ガラスが割れてたお陰で、私の方は頭を銃で二度も撃たずに済んだわ。」
「ふん!」
「ジョニーが死ななかったのもそのせいね。」
「ジョニーか?」
「確かに内側からだったけど、ジョニーには無理ね。まあ、あの部屋を一目見れば、何かがぶつかって偶然に割れたってのが妥当ね。」
「やれやれ、バイヤーとゴーストライターの別々の捜査に、こんな繋がりがあったとはな。ところでヴェネッサ、さっきから聞こえて来る物音は何だ?」
「ああ、事件が私の手から離れたから、家に帰って来て荷物をまとめてるの。」
「荷物?」
「私、明日から休暇をとったから。」
「何だと!?そんな事、聞いとらんぞ!」
「ちゃんと今言ったわ。」
「なっ!?」
「明日のお昼頃には、南の島!」
「南の島?」
「そう、本物のバカンスよ!」
「そいつは、丁度いい!」
「ちょっと?」
「いい話があるんだ!」
「やめてよ?」
「目の前の記事によるとな。」
「グラハム?}
「南の島で人喰いクラゲの目撃情報があるんだ。」
「やめてって!」
「どうだ、ヴェネッサ?休暇ついでに、その人喰いクラゲを・・・ん?ヴェネッサ?・・・おい!・・・切りやがった・・・・・・。」
携帯電話を内ポケットにしまうと、グラハムはテーブルの上に置かれた新聞を広げて、熱心にクラゲの記事を読み始めた。

2:14AM
『カフェ・バレンタインデー』

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2009年5月27日 (水)

「第百五十四話」

「君の名前は?」
「俺の名は、ディスコ。」

第百五十四話
「ロリポップ・サン」

 あの日の夜は、雨が凄く降ってた。雨音にさいなまれながら僕は、眠りたくてもなかなか眠りにつけなかった。僕が家の前に倒れてた彼に気付いたのは、雨が一段と激しさを増した夜も深まって来た頃だった。とりあえず彼を家の中へと運び入れ終わったと同時に僕は、物凄い眠気に襲われ、そのまま眠ってしまった。昼過ぎぐらいに目覚めた僕は、彼を起こさないように、雨の午後を、家の中で静かに過ごしていた。雨が完全に止んだのは、綺麗な満月が夜空に浮かぶ頃になってからで、彼が目を覚ましたのもその頃だった。
「ここは?」
「僕の家だよ。」
「今日は、何日だ?」
「えーっと?さっきまで15日だったから、16日!」
「俺は丸一日、眠っていたのか・・・・・・・・・。」
「そう?・・・・だね!」
「迷惑掛けたな。」
「迷惑だなんて別に、僕はただ、あのままじゃキミが死んじゃうと思ったから、だから迷惑だなんてそんな・・・・・・当たり前の事をしただけだよ!」
僕の言葉を聞くと、彼は目を閉じて一回頷いてから目を開けて、こう言った。
「いいヤツなんだな。」
「いいヤツだなんて、そんな僕は・・・・・・・・・。」
照れる僕に向かって、彼はこう続けた。
「そう、礼がまだだったな。助けてくれて、ありがとう。本当だったら何かお礼のプレゼントの一つでも上げたいとこなんだが、あいにく持ってる物と言ったらこれだけで、これはプレゼントする訳にはいかないんだ。すまない。」
足元に目線を落としながら、彼はそう言った。
「お礼のプレゼントだなんてそんな、僕はそんなつもりで助けた訳じゃないんだし・・・・・・気持ちだけで嬉しいよ!」
誰かを助けたって言う現実離れした出来事と、今までにない感謝の言葉に困惑していた僕とは違い。何か強い意思を持っていた彼は、この場を立ち去るために、足元のそれを拾おうと身を屈めた。
「待って!」
「ん?」
「プレゼント!やっぱり貰っていいかな?」
「だが、俺には。」
「朝まで僕の話し相手になってよ!それが、プレゼント!」
「・・・・・・・・・命を救ってもらったんだ。俺に出来る事があるなら、話し相手になろう。」
「ありがとう!」
本当は、彼をこのまま帰してもよかったんだ。でも、昨日の夜に体験した夢なのか?現実なのか?よく分からない出来事が僕をそうさせなかったんだと思う。
「神様って信じる?」
「信じる理由もなければ、信じない理由も、特に見当たらない。」
彼は、突拍子もない僕の質問を冷静な意見で返してきた。
「なぜ突然、そんな話をするんだ?」
当然と言えば当然の、当たり前と言えば当たり前の、それは質問だった。
「うん。実は、夢かもしれないんだけどね。キミを家に運び込んだあと、眠った僕のとこに神様が来たんだよ。」
「で?神は何か言ったのか?」
「それが、よく覚えてないんだ。」
「そうか。」
「やっぱり夢だったんだよね?」
「さあな?」
「うん?」
「俺には、神の存在を証明出来ない代わりに、神が存在しない証明も出来ない。お前が見たんだ。誰が何を言おうが、お前が自由に決めればいい。」
「僕が?キミなら、やっぱり夢だと思う?」
「俺か?俺なら、幻覚だと思うだろうな。」
僕が何気無くぶつけた質問。でもそこから彼は、多くの事を語り出した。そう、まずそれは親友のジョニーとの楽しい思い出からだった。
「ははっ!チョコレートが大好きなんだね!」
「ああ。」
笑顔を絶やす事なく、彼は楽しそうに親友の話をしてくれた。
「本当に凄いんだね!ジョニーって!」
「アイツは天才だよ。」
でも、ドラッグの話以降、彼の顔からは、笑顔が消えた。
「チョコレート・ホリック?」
「ああ、そうだ。多幻覚系のドラッグ。文字通り、チョコレートの香りを漂わせるドラッグだ。」
「何だか美味しそうだね。」
「匂いだけはな。チョコレート・ホリックがもたらす幻覚は、日常生活の中で妖精が見えたりって可愛いもんじゃない。日常生活その物が幻覚なんだ。仮想現実ってヤツだ。」
「仮想現実?」
「仮想現実の中をさ迷い。本当の現実との区別がまるでつかない。いや、仮想現実にいる者は、そこが仮想現実だとすら疑う事もない。仮に、その現実を仮想現実だと気付き、抜け出せたとしても、待っているのは、今までの現実が仮想現実だと思っている仮想現実。バラバラになったパズルのような本当の現実が、複数の組み合わせで多仮想現実空間を作り上げている。匂いだけや適度な投与のトリップなら、きっかけで現実へ戻って来れる。」
「きっかけ?」
「チョコレート・ホリックその物や幻覚状態を維持するには、一定に保たれた温度が不可欠だ。チョコレート・ホリックは温度に弱い。優れ過ぎた物に課せられた単純な弱点ってヤツだ。温度バランスが崩れた仮想現実、そこに強いショックを仮想現実内で与えれば、容易に現実へ戻って来れる。例えばそうだな?銃で頭を撃ち抜くとかな。」
「うぇー!考えただけでもダメだ。」
「場合によったら、仮想現実から仮想現実へ移る羽目になって、何度も頭を撃ち抜く事になるかもな。」
「げぇー!」
「・・・・・・・・・ただ。」
「ただ?」
「致死量のチョコレート・ホリックを投与した場合。そこには、幻覚以上の恐怖が待っている。」
「幻覚以上の恐怖?」
「チョコレート化だ。」
「チョコレートになっちゃうって事!?」
「ああ。致死量に近ければ近いほど、温度変化でもどうにもならない状態に陥る。チョコレート化したら最後、後は溶けておしまいだ。」
「・・・・・・・・・。」
そして、ディスコは親友のジョニーとドラッグの事を話してくれた。
「ゴーストライター?」
「そう、そのゴーストライターとして置かれていた現状と、自分のアイデンティティー、それにこんな事がいつまでも法の網を掻い潜り抜けて行ける訳がないって要素が積み重なり、それらのストレスがジョニーの中で最大限に膨れ上がった時、作ってしまったんだよ。ジョニーは。」
「ジョニーがチョコレート・ホリックを!?」
「始めは、可愛いもんさ。エアコンをタイマーでセットして、部屋の中で匂いを嗅いで仮想現実へトリップする。単純な現実逃避の、ただのストレス発散の道具に過ぎなかった。」
喫茶店のマスターの話をし始めた時の彼の怒りと悲しみが入り交じった表情は、今でも忘れられない。
「人付き合いの悪いジョニーが、唯一気を許していた喫茶店のマスターへチョコレート・ホリックの話したのが、ジョニーの終わりの始まりだった。アイツは、ジョニーを脅迫してチョコレート・ホリックの製造方法を聞き出し、売り捌きだした。」
「あんまりだよ。」
「お前は、本当にいいヤツなんだな。ジョニーの為に悲しんでくれる。」
「・・・・・・・・・。」
「やがてジョニーは、精神的に追い込まれていった。」
そして、ジョニーはディスコの目の前で自殺した。
「スレスレの精神状態のジョニーは、もうジョニーじゃなかった。まるで俺がチョコレート・ホリックの仮想現実の中にいるようだった。いや、むしろ現実では、今でもジョニーがジョニーなら、そっちの方が良かったのかもしれない。これが仮想現実だったらってな。」
「えっ?」
「そんなに驚かなくても大丈夫だ。チョコレート・ホリックは、人間以外に効果はない。犬には何の害もない。」
それを聞いて内心少し安心したけど、彼の悲しげな顔を見ていると、安堵感に包み込まれ切れなかった。
「そしてジョニーは、この下らない本を書き上げた直後、致死量のチョコレート・ホリックを投与して自殺を計った。」
最後に彼は、宝物の話をしてくれた。
「どうなったの!?」
「さあな?投与した右手に夢中で噛み付いてチョコレート・ホリックを流し出してから、窓を割って温度変化を起こす事しか俺には、出来なかった。後は、ジョニーの運を信じるしかない。」
「絶対に生きてるよ!」
「・・・・・・・・・そうだな。」
「ねぇ?でもどうして、その本を持ち出したの?」
「こんな本をジョニーが書いたなんて誰にも知られたくなかったからな。」
「・・・・・・チョコレート・アース。」
「まったく、宇宙がチョコレートだって?下らないにも限度がある。だってそうだろ?だったら、宇宙はとっくの昔に太陽で溶けて無くなるのがオチだ!」
「太陽は・・・・・・・・・。」
「ん?」
「太陽はきっと、キャンディーで出来てるんだよ!だから、だから宇宙は溶けないんだよ!」
「・・・・・・・・・。」
「う~ん?なら月は、バニラアイスかな?星は、ポップコーンで、それからそれから!」
「・・・・・・何で、俺がここへ引き寄せられたのかが、分かったような気がするよ。」
「えっ?何で?」
「お前がいいヤツだからだ。」
「えっ??どう言う事?分からないよ。」
「たぶんそ」
彼が何かを言い掛けた時、僕の御主人が日課にしてる散歩へ出掛けるため、僕の名前を何度も呼ぶ声がした。
「いつの間にか、もう朝になってたのか。俺は、そろそろ行くとするよ。」
「う、うん。話し相手になってくれてありがとう!」
「いいや、それは俺のセリフだ。ありがとう。」
彼が何を言い掛けたのか気になったけど、僕にはそれ以上に気になってた事があった。
「ねぇ!その本、もしかして捨てちゃうの?」
「下らない存在してはならない本だ。」
「やっぱり、燃やしちゃうんだ。」
「ただ、こいつは俺の宝物だ。」
目を閉じて静かにゆっくりと頷く彼を見て、僕は笑顔で大きく頷いた。
「楽しかったよ。」
「僕も!」
「じゃあな。」
「あっ!」
「ん?」
「名前!」
「名前?」
「君の名前は?」
「俺の名は、ディスコ。」
「ディスコ・・・・・・うん!ディスコ?また、会えるよね?」
「・・・・・・・・・さあな?」
冷たく彼はそう言ったけど、僕には彼が笑って言ってくれたような気がした。
「じゃね!ディスコ!」
「じゃあな、チョコ。」
こうしてディスコと別れた僕は、このあと御主人と散歩へ出掛けた。

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