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2009年5月13日 (水)

「第百五十二話」

「ガタン!」
僕がベッドで寝ていると、その音は、隣のディスコの部屋から聞こえて来た。ディスコは、僕のルームシェア相手で、彼を一言で言い表すなら、天才。

第百五十二話
「天才と過ごす日々」

「ディスコ?帰って来たのかい?」
ディスコの部屋は、夜になると昼間よりも一層暗さを増す。
『僕がこっちの部屋を使っていいのかい?』
『当たり前じゃないか!ああ、紹介が遅れてしまったね。ディスコだ。チョコレート・ディスコ。』
『チョコレート?あっ、僕はジョニー。』
『宜しくジョニー。』
陽当たりの悪い部屋を探してここへ辿り着いたと、あの時ディスコは言ってた。ああ、もちろんチョコレートって言うのは、本名ではなく、ニックネームだ。彼がなぜチョコレート・ディスコだなんて自らを呼んでいるのかは、初めて会って自己紹介した時に交わした握手で分かった。
『こちらこそ・・・ん?』
『挨拶代わりにやるよ。じゃあ、俺は部屋に戻るから、何か分からない事があったら遠慮せずに、何でも聞いてくれよな。』
『ありがとう。』
僕の手には、ウェルカムと書かれた銀紙に包まれたチョコレートがあった。そう、ディスコは無類のチョコレート好きで、わざわざ陽当たりの悪い部屋を選んだのも、チョコレートが溶けないようにって配慮らしい。分からない事があったら何でも聞いてくれって、あの時ディスコは言ってくれたけど、初めて会ったあの日の夜、ディスコは居なくなった。ディスコの痕跡を追うにも、ディスコはあまりにも人付き合いがなく、唯一あるとすれば、あの喫茶店のマスターぐらいだった。
『変わり者?単なる変わり者じゃないな。変わり者の中の変わり者だ。そして、天才だ。』
チョコレート好きの天才。その天才の痕跡を追うには、ディスコの部屋を片っ端から調べ上げる以外に方法は、なかった。だけど、今でもあの時の衝撃は、忘れない。それは、そう、初めてディスコの部屋に足を踏み入れた時だった。僕は、言い知れぬ恐怖感に襲われ、味わった事のない空気に身を包まれた。陽当たりの悪い部屋、一定の温度に保たれ、整理整頓された室内は、チョコレートと物凄い数の本で埋め尽くされてた。まるで生活感の無い、無機質な部屋。
『一度読んだだけで?』
『そうだ。本は、一度読めば十分。ディスコは、一回で内容を頭に入れちまうんだよ。』
『凄い。』
『だから言ってやったよ。まるで、ディスプレイみたいだな、ってな。』
『確かに。』
『そしたらアイツ、笑いながら、今のアンタみたいな事を言ってたよ。』
マスターは、自分の事のように嬉しそうにディスコを語ってた。なぜ、人付き合いが嫌いなディスコが、マスターに心を開いてたのかは、簡単な話だ。
『美味しい!』
それは、マスターの作るチョコレートドリンクが絶品だったからだ。新品同様の本と同じぐらい無数にあるチョコレート。そして新品同様の本の方はと言うと、どれもタイトルを見ただけで、気分が悪くなるような難しい本ばかりだった。そう、ディスコの収入源は、そこにあった。ディスコが名だたる研究者らのゴーストライターだって理解したのは、ディスコが居なくなって二日目の早朝だった。
『ディスコは、出掛けてます。いつ帰って来るかは、分かりません。』
身なりのキッチリとしたその男は、ディスコの不在を告げた僕の顔を見て、今にも泣き出しそうだったのを、鮮明に覚えてる。ただその男が、ロボット工学だったか?宇宙科学だったか?天文学だったか?考古学だったか?人間工学だったか?心理学だったか?いったいどの分野の権威ある人に頼まれ、書類を取りに来たのかまでは、覚えてない。とにかくあの時の僕は、ディスコの部屋に置いてあったそれぞれの封筒を、次々にやって来るそれぞれの分野の使いの者たちに渡す事で精一杯だった。
『で?ディスコは?』
『まだ帰って来てません。』
『これはいよいよアレだな。』
『アレ?』
『いよいよ本気で本当に帰って来ないのかもしれない、って事だ。』
『そんな・・・・・・・・・でも、きっと帰って来ますよ!』
あの時、マスターにはそう言ったものの。心の何処かでは、本当はもう、やっぱりディスコは死んでしまってるのかもしれないって、思ってた。
『チョコレート・アース?何だろう?』
それは、ディスコが誰かの為に書いたんじゃなく、自分自身の為に書いて作った一冊の本を、ディスコの机の引き出しの中から発見して読んだ時、変わり者の中の変わり者、チョコレート・ディスコが、あの日の夜、ドア越しに言った言葉の意味を理解出来たような気がしてたからだ。
『ジョニー?まだ起きてるか?』
『ああ。』
『ちょっと、出掛けて来る。』
『ああ、いってらっしゃい。』
『で、ちょっと頼みたい事があるんだ。』
『何だい?』
『俺が居ない間に訪問者が来たら、部屋にある封筒を渡しといてくれるか?』
『ああ、いいよ。』
『悪いな。』
『ディスコ?』
『ん?』
『何処へ行くんだい?』
『ちょっと、宇宙まで行ってくる。』
『えっ?』
ベッドから飛び起きて、僕が部屋のドアを開けた時には、もうディスコの姿は見当たらなかった。人付き合いが嫌いなディスコが、どうしてシェアリングを受け入れたのか、それはきっと、僕に最後の仕事を頼む為だったんだろう。
「・・・・・・・・・。」
それは、ドアの隙間からディスコの部屋を覗き込んでたつもりが、いつの間にかディスコの思い出を無意識に振り替えってた僕の目が、ディスコの部屋の暗さに慣れて来た時だった。
「ん?」
散乱した部屋の片隅で何かが動いた。
「ディスコ?」
いや、ディスコにしては、あまりにもシルエットが小さすぎる。
「えっ!?」
その時、僕の呼び掛けに反応して動きを止めた小さな影は、一直線に僕の方へ飛び掛かって来た。
「うわあっ!」
思わず尻餅をついた次の瞬間、僕の耳に聞こえて来たのは、ガラスの割れる音だった。音のする方へ目を向けた時、いつかのマスターとの会話を思い出した。
『元気か?』
『誰がですか?』
『犬だよ。』
僕は、今日までディスコの部屋で犬なんて見た事もなかった。いや、ここへ初めて来た時から、犬なんて見た事はなかった。それに、ディスコは犬の世話までは、僕に頼まなかった。だから、僕が来る前に死んでしまったのかと、思ってた。
『犬種は何ですか?』
『コーギーだよ。』
でも、紛れもなく窓ガラスを破って飛び出して行ったのは、コーギーだった。
「あの犬、いったい今までどこに居たんだ?」
割れた窓ガラスの破片に注意しながら、飛び出してった犬を探したけど、降り出して来た雨と夜の闇に邪魔されて、僕は犬の姿を見失ってしまった。犬の存在は、考えれば考えるほど謎だらけだったけど、でも、何よりも謎だったのは、犬がくわえてた物だ。
「あの犬、何でディスコの書いた本を?」
冷たい雨の闇を見つめながら僕は思った。ディスコ、君は本当に宇宙の匂いを嗅ぎに行ってしまったのかい?と。

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