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2009年5月27日 (水)

「第百五十四話」

「君の名前は?」
「俺の名は、ディスコ。」

第百五十四話
「ロリポップ・サン」

 あの日の夜は、雨が凄く降ってた。雨音にさいなまれながら僕は、眠りたくてもなかなか眠りにつけなかった。僕が家の前に倒れてた彼に気付いたのは、雨が一段と激しさを増した夜も深まって来た頃だった。とりあえず彼を家の中へと運び入れ終わったと同時に僕は、物凄い眠気に襲われ、そのまま眠ってしまった。昼過ぎぐらいに目覚めた僕は、彼を起こさないように、雨の午後を、家の中で静かに過ごしていた。雨が完全に止んだのは、綺麗な満月が夜空に浮かぶ頃になってからで、彼が目を覚ましたのもその頃だった。
「ここは?」
「僕の家だよ。」
「今日は、何日だ?」
「えーっと?さっきまで15日だったから、16日!」
「俺は丸一日、眠っていたのか・・・・・・・・・。」
「そう?・・・・だね!」
「迷惑掛けたな。」
「迷惑だなんて別に、僕はただ、あのままじゃキミが死んじゃうと思ったから、だから迷惑だなんてそんな・・・・・・当たり前の事をしただけだよ!」
僕の言葉を聞くと、彼は目を閉じて一回頷いてから目を開けて、こう言った。
「いいヤツなんだな。」
「いいヤツだなんて、そんな僕は・・・・・・・・・。」
照れる僕に向かって、彼はこう続けた。
「そう、礼がまだだったな。助けてくれて、ありがとう。本当だったら何かお礼のプレゼントの一つでも上げたいとこなんだが、あいにく持ってる物と言ったらこれだけで、これはプレゼントする訳にはいかないんだ。すまない。」
足元に目線を落としながら、彼はそう言った。
「お礼のプレゼントだなんてそんな、僕はそんなつもりで助けた訳じゃないんだし・・・・・・気持ちだけで嬉しいよ!」
誰かを助けたって言う現実離れした出来事と、今までにない感謝の言葉に困惑していた僕とは違い。何か強い意思を持っていた彼は、この場を立ち去るために、足元のそれを拾おうと身を屈めた。
「待って!」
「ん?」
「プレゼント!やっぱり貰っていいかな?」
「だが、俺には。」
「朝まで僕の話し相手になってよ!それが、プレゼント!」
「・・・・・・・・・命を救ってもらったんだ。俺に出来る事があるなら、話し相手になろう。」
「ありがとう!」
本当は、彼をこのまま帰してもよかったんだ。でも、昨日の夜に体験した夢なのか?現実なのか?よく分からない出来事が僕をそうさせなかったんだと思う。
「神様って信じる?」
「信じる理由もなければ、信じない理由も、特に見当たらない。」
彼は、突拍子もない僕の質問を冷静な意見で返してきた。
「なぜ突然、そんな話をするんだ?」
当然と言えば当然の、当たり前と言えば当たり前の、それは質問だった。
「うん。実は、夢かもしれないんだけどね。キミを家に運び込んだあと、眠った僕のとこに神様が来たんだよ。」
「で?神は何か言ったのか?」
「それが、よく覚えてないんだ。」
「そうか。」
「やっぱり夢だったんだよね?」
「さあな?」
「うん?」
「俺には、神の存在を証明出来ない代わりに、神が存在しない証明も出来ない。お前が見たんだ。誰が何を言おうが、お前が自由に決めればいい。」
「僕が?キミなら、やっぱり夢だと思う?」
「俺か?俺なら、幻覚だと思うだろうな。」
僕が何気無くぶつけた質問。でもそこから彼は、多くの事を語り出した。そう、まずそれは親友のジョニーとの楽しい思い出からだった。
「ははっ!チョコレートが大好きなんだね!」
「ああ。」
笑顔を絶やす事なく、彼は楽しそうに親友の話をしてくれた。
「本当に凄いんだね!ジョニーって!」
「アイツは天才だよ。」
でも、ドラッグの話以降、彼の顔からは、笑顔が消えた。
「チョコレート・ホリック?」
「ああ、そうだ。多幻覚系のドラッグ。文字通り、チョコレートの香りを漂わせるドラッグだ。」
「何だか美味しそうだね。」
「匂いだけはな。チョコレート・ホリックがもたらす幻覚は、日常生活の中で妖精が見えたりって可愛いもんじゃない。日常生活その物が幻覚なんだ。仮想現実ってヤツだ。」
「仮想現実?」
「仮想現実の中をさ迷い。本当の現実との区別がまるでつかない。いや、仮想現実にいる者は、そこが仮想現実だとすら疑う事もない。仮に、その現実を仮想現実だと気付き、抜け出せたとしても、待っているのは、今までの現実が仮想現実だと思っている仮想現実。バラバラになったパズルのような本当の現実が、複数の組み合わせで多仮想現実空間を作り上げている。匂いだけや適度な投与のトリップなら、きっかけで現実へ戻って来れる。」
「きっかけ?」
「チョコレート・ホリックその物や幻覚状態を維持するには、一定に保たれた温度が不可欠だ。チョコレート・ホリックは温度に弱い。優れ過ぎた物に課せられた単純な弱点ってヤツだ。温度バランスが崩れた仮想現実、そこに強いショックを仮想現実内で与えれば、容易に現実へ戻って来れる。例えばそうだな?銃で頭を撃ち抜くとかな。」
「うぇー!考えただけでもダメだ。」
「場合によったら、仮想現実から仮想現実へ移る羽目になって、何度も頭を撃ち抜く事になるかもな。」
「げぇー!」
「・・・・・・・・・ただ。」
「ただ?」
「致死量のチョコレート・ホリックを投与した場合。そこには、幻覚以上の恐怖が待っている。」
「幻覚以上の恐怖?」
「チョコレート化だ。」
「チョコレートになっちゃうって事!?」
「ああ。致死量に近ければ近いほど、温度変化でもどうにもならない状態に陥る。チョコレート化したら最後、後は溶けておしまいだ。」
「・・・・・・・・・。」
そして、ディスコは親友のジョニーとドラッグの事を話してくれた。
「ゴーストライター?」
「そう、そのゴーストライターとして置かれていた現状と、自分のアイデンティティー、それにこんな事がいつまでも法の網を掻い潜り抜けて行ける訳がないって要素が積み重なり、それらのストレスがジョニーの中で最大限に膨れ上がった時、作ってしまったんだよ。ジョニーは。」
「ジョニーがチョコレート・ホリックを!?」
「始めは、可愛いもんさ。エアコンをタイマーでセットして、部屋の中で匂いを嗅いで仮想現実へトリップする。単純な現実逃避の、ただのストレス発散の道具に過ぎなかった。」
喫茶店のマスターの話をし始めた時の彼の怒りと悲しみが入り交じった表情は、今でも忘れられない。
「人付き合いの悪いジョニーが、唯一気を許していた喫茶店のマスターへチョコレート・ホリックの話したのが、ジョニーの終わりの始まりだった。アイツは、ジョニーを脅迫してチョコレート・ホリックの製造方法を聞き出し、売り捌きだした。」
「あんまりだよ。」
「お前は、本当にいいヤツなんだな。ジョニーの為に悲しんでくれる。」
「・・・・・・・・・。」
「やがてジョニーは、精神的に追い込まれていった。」
そして、ジョニーはディスコの目の前で自殺した。
「スレスレの精神状態のジョニーは、もうジョニーじゃなかった。まるで俺がチョコレート・ホリックの仮想現実の中にいるようだった。いや、むしろ現実では、今でもジョニーがジョニーなら、そっちの方が良かったのかもしれない。これが仮想現実だったらってな。」
「えっ?」
「そんなに驚かなくても大丈夫だ。チョコレート・ホリックは、人間以外に効果はない。犬には何の害もない。」
それを聞いて内心少し安心したけど、彼の悲しげな顔を見ていると、安堵感に包み込まれ切れなかった。
「そしてジョニーは、この下らない本を書き上げた直後、致死量のチョコレート・ホリックを投与して自殺を計った。」
最後に彼は、宝物の話をしてくれた。
「どうなったの!?」
「さあな?投与した右手に夢中で噛み付いてチョコレート・ホリックを流し出してから、窓を割って温度変化を起こす事しか俺には、出来なかった。後は、ジョニーの運を信じるしかない。」
「絶対に生きてるよ!」
「・・・・・・・・・そうだな。」
「ねぇ?でもどうして、その本を持ち出したの?」
「こんな本をジョニーが書いたなんて誰にも知られたくなかったからな。」
「・・・・・・チョコレート・アース。」
「まったく、宇宙がチョコレートだって?下らないにも限度がある。だってそうだろ?だったら、宇宙はとっくの昔に太陽で溶けて無くなるのがオチだ!」
「太陽は・・・・・・・・・。」
「ん?」
「太陽はきっと、キャンディーで出来てるんだよ!だから、だから宇宙は溶けないんだよ!」
「・・・・・・・・・。」
「う~ん?なら月は、バニラアイスかな?星は、ポップコーンで、それからそれから!」
「・・・・・・何で、俺がここへ引き寄せられたのかが、分かったような気がするよ。」
「えっ?何で?」
「お前がいいヤツだからだ。」
「えっ??どう言う事?分からないよ。」
「たぶんそ」
彼が何かを言い掛けた時、僕の御主人が日課にしてる散歩へ出掛けるため、僕の名前を何度も呼ぶ声がした。
「いつの間にか、もう朝になってたのか。俺は、そろそろ行くとするよ。」
「う、うん。話し相手になってくれてありがとう!」
「いいや、それは俺のセリフだ。ありがとう。」
彼が何を言い掛けたのか気になったけど、僕にはそれ以上に気になってた事があった。
「ねぇ!その本、もしかして捨てちゃうの?」
「下らない存在してはならない本だ。」
「やっぱり、燃やしちゃうんだ。」
「ただ、こいつは俺の宝物だ。」
目を閉じて静かにゆっくりと頷く彼を見て、僕は笑顔で大きく頷いた。
「楽しかったよ。」
「僕も!」
「じゃあな。」
「あっ!」
「ん?」
「名前!」
「名前?」
「君の名前は?」
「俺の名は、ディスコ。」
「ディスコ・・・・・・うん!ディスコ?また、会えるよね?」
「・・・・・・・・・さあな?」
冷たく彼はそう言ったけど、僕には彼が笑って言ってくれたような気がした。
「じゃね!ディスコ!」
「じゃあな、チョコ。」
こうしてディスコと別れた僕は、このあと御主人と散歩へ出掛けた。

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