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2009年6月

2009年6月 3日 (水)

「第百五十五話」

 この店は、あまりにも不思議で、さっき私が
「サラダを下さい。」
と、注文すると
「かしこまりました。」
と、かしこまったのだ。あらま?と、思い。私は、ツーステップで立ち去る店員の後ろ姿を白目で見届け、持っていた雑誌を鞄から取り出して、この店の紹介記事を読み返し、改めてこの店の不思議過ぎる不思議さを感じた。
「隊長!」
「どうした!隊長!」
隣のテーブルには、あからさまに隊長丸出しな隊長達が座っていた。
「さっきの作戦会議の事なんだけどな!隊長!」
「あれ、よく分からなかったぞ!隊長!・・・・・・いや、よく分からなかったと言うか、きれいさっぱり分からなかったぞ!」
「隊長もか!」
「えっ!?そう言う隊長もなのか!」
「声が小さかったな!隊長!」
「ああ、声が小さかったぞ!隊長!」
「最前列の隊長席に座ってたのにな!隊長!」
「ああ、手榴弾も爆発しない距離だったぞ!隊長!」
隊長がよく来る店。やはり雑誌の情報は、正しい。なら、なぜ私がサラダを注文したら、こうしてテーブルの上にサラダが置かれるまでに至るのだ?
「ママ!」
「ん?」
「赤ちゃんは、どうして産まれるの?」
向かいのテーブルには、無理難題を問い掛ける少女と大きなお腹の母親が座っていた。
「もうすぐお姉ちゃんになるってのに、公の場でいきなり下ネタかよっ!」
「ママ?下ネタって、何?」
「博士って知ってるでしょ?」
「博士?博士って、3丁目の科学研究所荘の博士?」
「そうよ。でも、世の中にはまだまだ沢山の博士がいるの。」
「???」
「あのね。赤ちゃんって言うのはね。その博士達が作ってくれるの。ママのお腹の中の赤ちゃんも、もちろん博士が7時間にも及ぶ改造手術を施して作ってくれたの。」
「ママ、手術したの?」
「そうよ。でもいい?赤ちゃんだけじゃないの。博士はね。何でもかんでも手当たり次第、作ってくれるの。だから、博士なの。故に、博士なの。」
「博士って、凄いね!」
「勘違いしちゃダメよ。博士が凄いんじゃないの。凄いが博士なの。ここ、肝心よ。むしろ、ここ以外は人生においてゴミみたいなもんだから、捨てちゃいな。」
「ふ~ん。ママ?下ネタって?」
「カァー!カァー!カァー!」
「ママ?」
「さあ、カラスが鳴いたから帰るわよ。」
「カラス?ママがカラスの鳴き真似を全力でやったんでしょ?」
「いい?カラスって言うのは、一人一人の心の中に居るの。だから、カラスなの。故に、カラスなの。それからね。カラスが鳴いたら、如何なる場合でも帰らないとダメなの。それはもう!それは、もう!なの。」
「帰らないと、どうなっちゃうの?」
「下唇が爆発しちゃうのよ。」
「嫌だよー!下唇爆発したくないよー!下唇爆発したら、残された上唇が可哀想だよー!」
「そうね。上唇の為にも急いで帰らないとね。偉いわ。優しいわ。さすが、お姉ちゃんね。」
「えへへ!」
「じゃあ、帰ろうね。」
「うん!」
「あら、奥さん!赤い屋根の家の奥さんじゃない!」
「あんれまあ!」
「何どうしたの?赤い屋根の家の奥さんも、このお店によく来るの?」
「ええ、子供とお買い物の帰りとかにね。赤い屋根の家の奥さんもよく来るの?」
「ママ?」
「そうなの!あら、それにしてもお腹、だいぶ大きくなってきたわね。」
「次の雨の日に産まれるって、背中に大きな刀傷があるお医者が。」
「そう!じゃあ、次の雨の日が楽しみね。」
「ええ!」
「ママ?下唇・・・・・・・・・。」
「お名前は、もう決まってるのかしら?」
「まだなの。何かいい名前ないかしら、赤い屋根の家の奥さん。」
「爆発、ママ?爆発!」
「そうね?男の子?女の子?」
「20歳になるまでは、知らないようにしようって、主人と。」
「そうなの。そうね?例えばの例えば、こんな名前はどうかしら?赤い屋根の家の奥さん。」
「聞かせて?赤い屋根の家の奥さん。」
「ママ!早く帰ろうよ!下唇爆発しちゃうよ!」
「男の子でも女の子でもいいように、レインマンって、どう?」
「グッジョブ!!」
「マーマー!!下唇爆発嫌だよー!!」
巻き糞を頭の上に乗せた親子と蜜蜂を鼻の穴で養蜂するオバサン。やはりこれも雑誌の記事通りだ。ならどうして?ドレッシングをサラダにかけながら、私の疑問はより一層、膨らんでいくばかりだった。
「愛してる?」
「愛してるさ!」
「どれぐらい?」
「この無限に広がり続ける宇宙の広さぐらい無限大にさ!」
ドレッシングをサラダにかけ終わる頃には、後ろの席のカップルの会話が聞こえて来た。
「無限大?」
「そう、無限大!無限大に君を愛しているさ!君への愛は無限大なのさ!」
「ちょっと待って!」
「ちょっと待つけど、どうしたの?」
「宇宙が無限大に広がり続けるって、誰が決めたの?もしかして?アナタ、無限説の人なの?」
「そうだよ!宇宙は無限に広・・・・・・ちょっと待って、君はもしかして、有限説の人なのかい?」
「当たり前じゃない!宇宙が無限に広がる?馬鹿な事、言わないでよ!」
「ば、馬鹿な事だって!?」
「宇宙はね!広がり続けて、いずれは縮むの!」
「まさか!?ビッグクラッシュを引き起こすって、本気で思ってるのか!?」
「当然っ!だってそれが、宇宙よ!拡張と収縮を繰り返す!ビッグバンとビッグクラッシュを繰り返す!無になって、有になり!また有になって、また無になる!これこそが、宇宙!宇宙が有限である限り、永遠なんてこの世に存在しないわ!」
「なぜ、そんな馬鹿な事を!宇宙は無限だ!果てはない!無限の可能性!無限の未来!無限の形!沢山の無限が散りばめられているんだ!果てしなく果てしないんだ!宇宙ってのは!」
「馬鹿ね。」
「何だと!!」
「何よ!!」
「僕は、君を無限大に愛してるんだよ!!」
「愛もまた、宇宙と同じ。有限よ!拡張して収縮する!宇宙を無限だなんて言ってるアナタの愛なんて!ナノ程もないのよ!」
「ふざけるなっ!君がそんな人だったなんて思わなかったよ!」
「アタシもよ。アタシ達、もう終わりみたいね。」
「いいや。」
「えっ?」
「言っただろ?僕の愛は、無限大だってさ!この愛もまた、宇宙のように無限なのさ。」
「な、何てこった!?」
この店を訪れるカップルは、必ず別れ話をする。やっぱり、雑誌に書かれている事は、事実のようだ。なら本当に、目の前にある空になったお皿の中の美味しいサラダは、いったい何だったと言うのだ?私は、心の中に不思議さとナンセンスを残したまま、ツーステップでお店を出た。

第百五十五話
「特集!絶対にサラダを出さない店」

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2009年6月10日 (水)

「第百五十六話」

 ダイニングの椅子に座り、私はこれから朝食を取ろうとしていた。お茶碗に程好く盛られたごはんの湯気の向こう側には、小皿に乗った生たまごが一つ。そう、今朝も私の朝食は、たまごかけごはん。私は、たまごかけごはんが大の好物なのだ。いやなに、だからと言って何もこだわりのごはんだの、こだわりのたまごだのと言った具合ではない。ごはんとたまごさえ有れば、それだけでいい。何もこだわる必要はないのだ。逆に、そこがこだわりなんじゃなかろうか?と、聞かれたら、えっ?と、一回わざと聞こえなかった振りを程好くするだろう。さて、たまごかけごはんについての能書きはこの辺までにして、そろそろたまごをごはんにかけよう。
「待てい!」
そう思って、私がたまごを掴もうと手を伸ばした瞬間、これから至福の時が始まろうとしていた瞬間、家の電話のベルが鳴った。
「待てい!待てい!待てい!ま」
「もしもし?はい・・・・・・はい・・・・・・ええ・・・めがね・・・ええ、ええ・・・従来型よりも・・・・・・はい・・・はい?・・・軽い・・・はい・・・ええ、はい・・・・・・はい?・・・ああ、はい、ええ・・・はい・・・・・・間に合ってます。」
私は、時空間を自由に行き来する事の出来る道具のセールスの電話を切ると、足早に席に戻った。
「さてと。」
これから訪れる至福の時を想像しながらテンションが上がりっぱなしの私は、テーブルの端と端を持ち、小刻みに揺らして興奮状態気味になっていた。
「うひょー!!」
その時、時計が8時を刻み告げていた。
「おや?」
そんな中、私はたまごかけごはんには、欠かす事の出来ないたまごかけごはん専用醤油を持って来るのを、忘れていた。
「やれやれ。」
私は、重い腰を上げ、キッチンまでたまごかけごはん専用醤油を取りに行く事にした。何故なら、重い腰を上げてまでも取りに行く程の価値が、あの醤油にはあるからだ。最近では、いろいろな専用醤油が販売されている。刺身や冷奴や納豆など、枚挙に暇が無い。それぞれの食品に合わせて、それぞれな醤油が開発されている時代。いや、食品だけではない。例えばテレビのチャンネルを変えた時、同じCMが寸分の狂いも無く放送されていた時専用醤油や風呂上がり専用醤油、ソース顔専用醤油や黄昏時専用醤油、スポーツドリンク専用醤油や立ち眩み専用醤油、痴漢撃退専用醤油や醤油専用醤油などなど、醤油の勢いは滞る事を知らない。もしかしたら、この国を裏で牛耳っているのは、醤油なのではなかろうか?とさえ、布団専用醤油をかけた布団に包まれ、夢専用醤油を片手に握り締め眠りに落ちる前に、そんな事をふと考えてしまう日々だ。
「よし!」
そんな事を考えている間に、2つばかし山を越え、大陸を横断し、途中で殺人事件の真犯人扱いされるハプニングもあり、己を見失うと言うトラブルに見舞われながら、それでもなんとかタクシーを乗り継ぎに乗り継ぎ、やっとの思いで辿り着いたキッチンの棚の中に私は、たまごかけごはん専用醤油を発見した。
「さてと。」
帰りは、程好く大胆に近道をして席に戻った私は、たまごかけごはん専用醤油をいい具合にお茶碗の脇に置き、いよいよたまごを手に取ると、なぜかカピカピになったごはんに気が付いた。ついでに、ぷ~んと鼻を突くような異臭を放つたまごにも気が付いた。いくら私が、たまごかけごはんにこだわりを持たないと言っても、カピカピとぷ~んは、いくらなんでも、いくらなんでもだ。そこで私は、新しいごはんとたまごをキッチンに取りに行くのも何なんで、胸ポケットに入っている時空間移動めがねを掛け、カピカピとぷ~ん、になる前に時空間移動する事にした。
「よし!」
テーブルの上には、お茶碗に程好く盛られたごはんと、その湯気の向こう側に見える小皿に乗った生たまごが一つ。私は近道でたまごかけごはん専用醤油を取りに行き、近道で戻って来ると、たまごかけごはん専用醤油をいい具合にお茶碗の脇に置いた。
「やれやれ。」
少しくたびれたが、それはそれ、これはこれ、の信念を貫き、私は再びたまごを手に取った。
「コンコン。」
たまごわり専用テーブルのかどっこを使い、たまごの殻にヒビを入れ、たまごかけられ専用ごはん専用お茶碗に程好く盛られたたまごかけられ専用ごはんの真ん中で、たまごを割った。
「よし!」
いい具合に、たまごかけられ専用米専用炊飯器で炊いた、たまごかけられごはんの上にたまごが乗った。後は、たまごかけごはん専用醤油を程好くかけ、そしてこの、たまごかけごはん専用デジタルカメラで撮影するだけだ。
「カシャッ!」
「よし!」
今日もなかなかどうして、いいたまごかけごはんが撮れた。
「パリーン!」
最後にたまごかけごはん専用壁へ投げ付けて、私の朝食は、終わる。

第百五十六話
「たまごかけごはん専用作品」

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2009年6月17日 (水)

「第百五十七話」

 僕は、先月結婚した友人の新居に招待された。でも、手書きの地図を片手に単線を降りた迄は良かったが、すぐに道に迷ってしまった。だから僕は、道を尋ねようと、見渡す限り果てしなくトウモロコシ畑の真ん中に、ぽつーん、と一軒佇むお店の前に立っていた。
「まあ、いいや。とにかく、道を聞かない事には何も始まらないんだし、入っちゃおう。」
「ガチャ!」

第百五十七話
「今屋」

「いらっしゃい!」
扉がゆっくりと閉まると、思いのほか予想以上に狭い店内と、あまりにも陽気な容姿の店のおじさんに僕は、やばい!関わっちゃイケない事に関わっちゃったと思ったと共に、道を聞いたら、すぐに店を出て行こうと固く決心した。
「あのですね?」
「いらっしゃい!」
ここはまるでトイレの個室かと思う程の狭い店内。だから、ここはまるでカーニバルなフェスティバルかと思う程に陽気な容姿のおじさんとの距離は、言うまでもなく激近だ。カウンター代わりの陰気なテープで仕切られてなかったら、これは単なる立ち話だ。何よりもなぜ、豪華な佇まいの家なのに、店部分がこのスペックなのか?気になっちゃったけど、気にしちゃわない。この場合、気にしちゃって聞いちゃったら、何か地雷を踏んじゃったような気がしちゃったからだ。もちろん、今屋ってとこも気になっちゃってはいる。いるけど、それこそそこ聞いちゃったら、どんな爆発に巻き込まれるか分かったもんじゃない。踏まずに済むなら踏まないにこした事ないのが地雷のセオリーだ。
「この店はね。」
そんな僕の慎重な姿勢とは裏腹に、地雷は自ら爆発し始めた。
「今、を売ってるんだよ。だから、今屋。」
「はあ・・・・・・。」
いやもう、とんでもなく果てしなく、恐ろしい程に意味が分からなかった。実際、何だかんだ関わっちゃイケないとか思いつつも、蓋を開けたら単にトウモロコシを売っているだけの店だったなら、友人へのお土産にと、買っちゃって行っちゃってもいいかな?って思っちゃったけど、予想以上に予想通りだった。
「今を売ってるって、どう言う事なんですか?」
ライオンに噛まれたら逆に押し込めの理論に基づき僕は、話を早く終わらせる為に、あえて乗っかった。
「読んで字の如く!今は今だよ。」
もしかしたら僕は、乗っかろうが乗っかるまいが、結果的には同じみたいな。そんな無意味なバイパスに乗っかっちゃったんじゃなかろうか?そんな嫌な予感が頭の中を巡りまくってしょうがない。
「それが、ここ今屋!」
ご存知みたいな?さも、ご存知みたいなこの感じ!これは、混ぜなくても危険ってヤツだ!今?今って、今?まさに、今?そんな時間的なモノを売っちゃうって事なのか?でも、過去や未来じゃなくって、今。それって、空気や太陽の光を売っちゃってるようなもんなんじゃないの?じゃあ、この店は、何?この店の存在理由は、何?いる?この店?いらないでしょ!
「じ、時間的な意味なんですか?今を売るって?」
「わしはね。極上の今をお客さんにお届けして、喜んでもらいたい。ただそれだけなんだよ。それ以上は何一つ望んではいない。」
まるで答えになっちゃいない。自分の欲望の赴くまま生きる。THE面倒臭い人間だ。そうに違いない!いや、絶対そうだ!
「今を維持し続ける事は、何よりも難しい。生きる事よりも死ぬ事よりもだ。そう、誰しもが一度はこう思うはずだ。今が永遠に続けばいいのにな、と。」
不思議な店なんだなって、僕は不思議な店に足を踏み入れちゃったんだなって、そう思っちゃう事にした。なぜって?だってそれは、ラクだから、心にゆとりが持てて、陽気な容姿のおじさんをブッ飛ばさないで済んじゃうからさ。
「やっぱり何か時間的な事なんですよね?例えば、そうだな?時間を止」
「時間は止められんよ!時間なんて止めたら、とんでもない事になっちまう!それだけは、人間がやっちゃいかん事だ!時間だけは、止めちゃいかん!」
やってから、やってから言えよと僕は、思った。でも、しょうがない。とてもしょうがない事なんだ。さも、そんな事が出来ちゃうんだよお客さん的に言われても、ここは不思議な店なんだから、もうどうしようもなく、果てしなく、恐ろしく、しょうがないんだ。まあ、僕は?とりあえず道を聞ければそれでいいんだし、それ以上の何も望んじゃいないんだし、時間が止められる道具とか、今が無限ループする道具とか、陽気な衣装の色違いとか、いらない。
「大きな声を出してしまって、申し訳ない。」
「いえ。」
「ただ、これだけは聞いて欲しいんだ。今は、奥深いもの。今を笑うものは、今に泣かされ、今に痛い目に会わされる。今から今、なんじゃなく。今までも今からも、今は今、なんだ。今、に怯える事はない。今、を心から楽しむ。それが、人間と今、が上手く付き合えるコツだ。」
たぶん、僕は人生、最初で最後なんじゃなかろうか?こんなに、今って単語をワンブレスの中で聞いちゃったのは?と共に、これを時間の無駄って言うだなって、初めて時間の無駄の最中に気付く事が出来た。これはおそらく、稀な経験なんじゃなかろうかと、一つでもいいから、この不思議な店に足を踏み入れちゃった後悔の中から、教訓を得ようと必死に僕は、もがいてた。
「で、ここなんですけどね?どうやって行けばいいんですか?」
僕は、陽気な容姿のおじさんに、持っていた友人の手書きの地図を見せた。
「ここら辺が、この店だな。したら、ここを真っ直ぐ行くと、この道に出る。そしたらあとは、ここを真っ直ぐだ。ひたすら真っ直ぐだ。今、を突き進むのと同じだな。ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
笑い方が気持ち悪いのも去る事ながら、地図を指差してのその説明も、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカって、大きなマラカスが邪魔過ぎるぐらい邪魔に、陽気な指と一緒に陽気なリズムを刻んで動いちゃってるもんだから、まるっきし、さっぱり何もかも分かったもんじゃない。
「ありがとうございました。」
「いやいや。また、道に迷ったら、遠慮せずに何度でも立ち寄りなさい。」
もう知らない土地で僕は、二度と道に迷うまいと、固く決心して、ドアノブに手をかけた。
「じゃあ、時計屋さん。お世話になりました。」
後ろ姿のまま僕は、軽く会釈して、カチコチ、カチコチ、カチコチ、カチコチって一定のリズムを刻んじゃってる今屋の外へ足を踏み出した。
「ガチャ。」
見渡す限り果てしなくトウモロコシ畑の真ん中に、ぽつーん、と一軒佇むお店の前で僕は、先月結婚した友人の新居への道を尋ねようと、手書きの地図を片手に、その店のドアノブを握って立っていた。

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2009年6月24日 (水)

「第百五十八話」

 優しい話が書きたくて、僕は殺人事件の現場に来ていた。
「どうだ?」
「ああ、警部。見て下さい。」
「・・・・・・酷いな。」
「ええ、巨大なハンマーで、顔面を一撃、即死ですね。」
「するとあれだな。犯人は、相当な力持ちだな。」
「そうなりますね。こんな巨大なハンマーを振りかざす事が出来る人物ですからね。かなりの力持ちに間違いありませんよ。ところで警部?」
「ん?」
「後ろにいる方は?」
「ああ、物書きだ。」
「物書き?ですか?何か今回の事件と関係でも?もしかして、重要な目撃者ですか?」
「いや、違う。何でも優しい話が書きたいから、殺人事件の現場を見てみたいらしい。」
「そっちですか。」
「まあ、捜査の邪魔は、しないと言っているから、彼の存在は気にせず、我々は捜査に集中しよう。」
「ですね。」
一連の刑事達のやり取りを聞いていて僕は、こう思った。仮に被害者が、イチゴジャムだらけのこの床を歩いてる最中に、滑って転んで顔面を巨大なハンマーに打ち付けたとしたら、これは殺人事件じゃなく、単なる事故死だ。それに、毛むくじゃらの天井で首を吊ったあと、毛むくじゃらが切れて落ちた拍子に巨大なハンマーに顔面を打ち付けたとしたら、これは殺人事件じゃなく、単なる自殺だ。
「死亡推定時刻は?」
「はい。午前0時~午前2時の間です。」
「今が、午前2時12分だから、ん?殺されたてって訳か?あれか?最悪、我々がいる間に殺されたって訳か?」
「ホヤホヤです。」
「第一発見者は?」
「それが・・・・・・・・・。」
「どうした?」
「死にました。」
「なに!?どう言う事だ!?」
「第一発見者は、マンションの下の階の、この真下の部屋に住んでいる透視能力を持った女性です。」
「なぜ、死んだんだ!」
「それが、かなりのお調子者で、我々と話をしている最中も、8階の自室のベランダの手摺の上を靴下を履いたまま歩く始末でして、警部が到着する少し前に、案の定、スキップの最中に足を滑らして、転落してしまいました。」
「何てこった・・・・・・。」
不幸中の不幸とは、まさにこれだと、僕は痛感した。女性がお調子者ではなく、単におっちょこちょいだったらと、悔いても悔やみ切れない痛恨の極みだった。
「なら、目撃情報は?防犯カメラに怪しい人物とか映っていたとかは!」
「映っていました。」
「で、画像解析の結果はどうだったんだ。」
「それが、少し問題がありまして、死亡推定時刻と思われる時間帯に、玄関のエントランスに備え付けられている防犯カメラが捉えた怪しい人物は、5人いまして、その全てが別の事件の犯人でして、今回の事件とは全くの無関係だと思われます。」
「ちょっと待て!その中の誰かが、今回の事件を引き起こした可能性もあるんじゃないのか?」
「その可能性は、ないと思います。」
「なぜ、そう言い切れるんだ?」
「5人が5人とも、ガリガリだからです。」
「なに!?」
「とてもこんな巨大なハンマーを持てる力持ちだとは、考えられません。現に、画像を元に周辺を捜索して逮捕した5人に、科学捜査班がポリグラフと共に、力持ちテストを行いましたが、力持ち、と結果が出た者はいません。」
「待て、5人の中にもしかしたら、念力を使える者がいるかもしれないぞ?仮にそいつが己の力を隠しているとしたら?」
「警部、こんな時に冗談はやめて下さい。」
「そうだったな。念力なんて、そんなマンガや映画のような絵空事、現実にある訳がないな。すまんすまん。」
「そうですよ。」
でも、あながち念力を頭ごなしに否定してしまう事を僕は、どうかと思った。この世界は不思議だらけで、未だに解明されてない謎だらけだからだ。限りなく0%に近い念力の可能性だとしても、それはけして0じゃない。念力の可能性を捨てるには、早すぎると思った。もっと念力をもっと念入りに調べる必要性は、十分過ぎる程あると思った。事実、僕は何度もテーブルの上の味噌汁が入ったお椀に手を触れず動かした事がある。
「警部の方は、どうでした?」
「ああ、ここに来る前に、超能力捜索班の元を訪ねて来たんだが、うっかり部屋の電気を点け忘れてたもんで、描いてもらった犯人に繋がる絵が、まるで何の絵なのかが、さっぱり分からん。」
「そんな!?」
「部屋の電気が消えていた事に気付かなかったとは、迂闊だった。」
「いえ、警部のせいではありません。この世に電気と言う物を発明してしまった、その偉人が悪いんです。警部を責める権利なんて、誰にもありませんよ。」
「そうか?」
「そうですよ!警部は、確実に悪くありません!」
こう言うの諺で何かあったんだよな?何だったっけな?えーっと?何だったっけ?羊の群れに飛び込むダイバー、だったっけかな?違うな?何だろ?えーっと?眼鏡も傘も機能的にはもはや限界、かな?う~ん?違うな?何かしっくり来ないもんな?
「そう言えば、何か争う物音や言い争う声を聞いた者はいないのか?」
「隣人が午前0時頃に何か言い争うような、何か物音のような、そんな音を聞いたそうです。」
「それは重要な手掛かりに繋がるんじゃないか?」
「ただ、隣人があまりにもインディアンでして、嘘を付かない代わりに、真実も言わないんですよ。」
「何だと!なら、反対側の隣人は?そっちはどうなんだ!」
「居留守です。」
「なっ!?こんな時に、居留守だと!?」
「それも完全なる居留守です。」
「人が一人殺されてるんだぞ!そんな時に、何を居留守する必要があるんだ!ちょっと行ってくる!」
「落ち着いて下さい、警部。」
「これが落ち着いてられるか!」
「気持ちは分かります。ただ、居留守と言っても、ただの居留守ではないんです。」
「どう言う事だ。」
「ドアに、勉強中の札が・・・・・・。」
「・・・・・・そうか。それならしょうがないな。人の一生懸命を邪魔する権利は、我々には、いや誰にもないからな。」
「はい。」
「なら、真上の部屋の住人は?何か聞いてないのか?」
「それが・・・・・・。」
「どうした?空き部屋なのか?」
「いや、住んでるには住んでるんですが・・・・・・。」
「だから、何なんだ!」
「この真上の部屋、幽霊が出るって曰く付きの部屋でして、怖がって誰も聞きに行けないんです。警部、もしよかっ」
「聞かなかった事にしよう。」
数ヶ月後には、この部屋も曰く付きになるんだろうか?そんな考えが僕の頭の中を過った。でも、それならそれで、その曰くに事件の詳細を聞けば、スピード解決だ。とも過った。
「他に誰もいないのか!こんな巨大なハンマーで一撃だぞ?相当な地響きがしたに違いない!」
「実は警部、このマンションの屋上なんですが・・・・・・。」
「屋上がどうかしたのか。」
「コズミックP、の秘密基地になっているんです。」
「コズミックP!?コズミックPって、あのコズミックPの事か!?」
「そうです。正義のスーパーロボット、コズミックPです。」
「まさか!?ここが、僕等いいもんじゃないんだぞ軍団の操る、メカ機械獣ロボと戦う、あのコズミックPの秘密基地だったとは!?信じられん!」
「言っちゃダメですよ?」
「口が裂けても言うもんか!!」
「なので、マンションの住民ときたら、非常に地響き慣れしているんです。現に今夜もコズミックPは、出動していますし、コズミックドッグやコズミックウィングの発進も確認されています。」
「待て!」
「どうしました?」
「コズミックウィングは、確か前々回の戦いで、ぶら下がりメカ機械獣ロボにぶら下がられ、破壊されてしまったはずじゃ?ま、まさか!?」
「ええ、新型です!」
「こんなに早くか!?」
「この地球(ほし)の未来(あした)の為です!」
「・・・・・・・・・うっ。」
「警部、男泣きですか?目頭を押さえる程の男泣きなんですね?」
「いや、これは繋げて1つにしてしまおうと言う一連の動作だ。」
「そっちでしたか。」
「よーし!我々も負けてはいられんぞ!全速前進で、この犯人を捕まえるぞ!」
「はいっ!!」
優しい話が書けるかどうかは、全くもって僕次第な話だけど、僕には優しい話が書けない気は、しなかった。そして、僕が殺人事件の現場を去った後も、現場検証や聞き込みなどなど、捜査は果てしなく続いたとかどうだとか?

第百五十八話
「迷宮入り」

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