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2009年6月10日 (水)

「第百五十六話」

 ダイニングの椅子に座り、私はこれから朝食を取ろうとしていた。お茶碗に程好く盛られたごはんの湯気の向こう側には、小皿に乗った生たまごが一つ。そう、今朝も私の朝食は、たまごかけごはん。私は、たまごかけごはんが大の好物なのだ。いやなに、だからと言って何もこだわりのごはんだの、こだわりのたまごだのと言った具合ではない。ごはんとたまごさえ有れば、それだけでいい。何もこだわる必要はないのだ。逆に、そこがこだわりなんじゃなかろうか?と、聞かれたら、えっ?と、一回わざと聞こえなかった振りを程好くするだろう。さて、たまごかけごはんについての能書きはこの辺までにして、そろそろたまごをごはんにかけよう。
「待てい!」
そう思って、私がたまごを掴もうと手を伸ばした瞬間、これから至福の時が始まろうとしていた瞬間、家の電話のベルが鳴った。
「待てい!待てい!待てい!ま」
「もしもし?はい・・・・・・はい・・・・・・ええ・・・めがね・・・ええ、ええ・・・従来型よりも・・・・・・はい・・・はい?・・・軽い・・・はい・・・ええ、はい・・・・・・はい?・・・ああ、はい、ええ・・・はい・・・・・・間に合ってます。」
私は、時空間を自由に行き来する事の出来る道具のセールスの電話を切ると、足早に席に戻った。
「さてと。」
これから訪れる至福の時を想像しながらテンションが上がりっぱなしの私は、テーブルの端と端を持ち、小刻みに揺らして興奮状態気味になっていた。
「うひょー!!」
その時、時計が8時を刻み告げていた。
「おや?」
そんな中、私はたまごかけごはんには、欠かす事の出来ないたまごかけごはん専用醤油を持って来るのを、忘れていた。
「やれやれ。」
私は、重い腰を上げ、キッチンまでたまごかけごはん専用醤油を取りに行く事にした。何故なら、重い腰を上げてまでも取りに行く程の価値が、あの醤油にはあるからだ。最近では、いろいろな専用醤油が販売されている。刺身や冷奴や納豆など、枚挙に暇が無い。それぞれの食品に合わせて、それぞれな醤油が開発されている時代。いや、食品だけではない。例えばテレビのチャンネルを変えた時、同じCMが寸分の狂いも無く放送されていた時専用醤油や風呂上がり専用醤油、ソース顔専用醤油や黄昏時専用醤油、スポーツドリンク専用醤油や立ち眩み専用醤油、痴漢撃退専用醤油や醤油専用醤油などなど、醤油の勢いは滞る事を知らない。もしかしたら、この国を裏で牛耳っているのは、醤油なのではなかろうか?とさえ、布団専用醤油をかけた布団に包まれ、夢専用醤油を片手に握り締め眠りに落ちる前に、そんな事をふと考えてしまう日々だ。
「よし!」
そんな事を考えている間に、2つばかし山を越え、大陸を横断し、途中で殺人事件の真犯人扱いされるハプニングもあり、己を見失うと言うトラブルに見舞われながら、それでもなんとかタクシーを乗り継ぎに乗り継ぎ、やっとの思いで辿り着いたキッチンの棚の中に私は、たまごかけごはん専用醤油を発見した。
「さてと。」
帰りは、程好く大胆に近道をして席に戻った私は、たまごかけごはん専用醤油をいい具合にお茶碗の脇に置き、いよいよたまごを手に取ると、なぜかカピカピになったごはんに気が付いた。ついでに、ぷ~んと鼻を突くような異臭を放つたまごにも気が付いた。いくら私が、たまごかけごはんにこだわりを持たないと言っても、カピカピとぷ~んは、いくらなんでも、いくらなんでもだ。そこで私は、新しいごはんとたまごをキッチンに取りに行くのも何なんで、胸ポケットに入っている時空間移動めがねを掛け、カピカピとぷ~ん、になる前に時空間移動する事にした。
「よし!」
テーブルの上には、お茶碗に程好く盛られたごはんと、その湯気の向こう側に見える小皿に乗った生たまごが一つ。私は近道でたまごかけごはん専用醤油を取りに行き、近道で戻って来ると、たまごかけごはん専用醤油をいい具合にお茶碗の脇に置いた。
「やれやれ。」
少しくたびれたが、それはそれ、これはこれ、の信念を貫き、私は再びたまごを手に取った。
「コンコン。」
たまごわり専用テーブルのかどっこを使い、たまごの殻にヒビを入れ、たまごかけられ専用ごはん専用お茶碗に程好く盛られたたまごかけられ専用ごはんの真ん中で、たまごを割った。
「よし!」
いい具合に、たまごかけられ専用米専用炊飯器で炊いた、たまごかけられごはんの上にたまごが乗った。後は、たまごかけごはん専用醤油を程好くかけ、そしてこの、たまごかけごはん専用デジタルカメラで撮影するだけだ。
「カシャッ!」
「よし!」
今日もなかなかどうして、いいたまごかけごはんが撮れた。
「パリーン!」
最後にたまごかけごはん専用壁へ投げ付けて、私の朝食は、終わる。

第百五十六話
「たまごかけごはん専用作品」

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