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2009年6月17日 (水)

「第百五十七話」

 僕は、先月結婚した友人の新居に招待された。でも、手書きの地図を片手に単線を降りた迄は良かったが、すぐに道に迷ってしまった。だから僕は、道を尋ねようと、見渡す限り果てしなくトウモロコシ畑の真ん中に、ぽつーん、と一軒佇むお店の前に立っていた。
「まあ、いいや。とにかく、道を聞かない事には何も始まらないんだし、入っちゃおう。」
「ガチャ!」

第百五十七話
「今屋」

「いらっしゃい!」
扉がゆっくりと閉まると、思いのほか予想以上に狭い店内と、あまりにも陽気な容姿の店のおじさんに僕は、やばい!関わっちゃイケない事に関わっちゃったと思ったと共に、道を聞いたら、すぐに店を出て行こうと固く決心した。
「あのですね?」
「いらっしゃい!」
ここはまるでトイレの個室かと思う程の狭い店内。だから、ここはまるでカーニバルなフェスティバルかと思う程に陽気な容姿のおじさんとの距離は、言うまでもなく激近だ。カウンター代わりの陰気なテープで仕切られてなかったら、これは単なる立ち話だ。何よりもなぜ、豪華な佇まいの家なのに、店部分がこのスペックなのか?気になっちゃったけど、気にしちゃわない。この場合、気にしちゃって聞いちゃったら、何か地雷を踏んじゃったような気がしちゃったからだ。もちろん、今屋ってとこも気になっちゃってはいる。いるけど、それこそそこ聞いちゃったら、どんな爆発に巻き込まれるか分かったもんじゃない。踏まずに済むなら踏まないにこした事ないのが地雷のセオリーだ。
「この店はね。」
そんな僕の慎重な姿勢とは裏腹に、地雷は自ら爆発し始めた。
「今、を売ってるんだよ。だから、今屋。」
「はあ・・・・・・。」
いやもう、とんでもなく果てしなく、恐ろしい程に意味が分からなかった。実際、何だかんだ関わっちゃイケないとか思いつつも、蓋を開けたら単にトウモロコシを売っているだけの店だったなら、友人へのお土産にと、買っちゃって行っちゃってもいいかな?って思っちゃったけど、予想以上に予想通りだった。
「今を売ってるって、どう言う事なんですか?」
ライオンに噛まれたら逆に押し込めの理論に基づき僕は、話を早く終わらせる為に、あえて乗っかった。
「読んで字の如く!今は今だよ。」
もしかしたら僕は、乗っかろうが乗っかるまいが、結果的には同じみたいな。そんな無意味なバイパスに乗っかっちゃったんじゃなかろうか?そんな嫌な予感が頭の中を巡りまくってしょうがない。
「それが、ここ今屋!」
ご存知みたいな?さも、ご存知みたいなこの感じ!これは、混ぜなくても危険ってヤツだ!今?今って、今?まさに、今?そんな時間的なモノを売っちゃうって事なのか?でも、過去や未来じゃなくって、今。それって、空気や太陽の光を売っちゃってるようなもんなんじゃないの?じゃあ、この店は、何?この店の存在理由は、何?いる?この店?いらないでしょ!
「じ、時間的な意味なんですか?今を売るって?」
「わしはね。極上の今をお客さんにお届けして、喜んでもらいたい。ただそれだけなんだよ。それ以上は何一つ望んではいない。」
まるで答えになっちゃいない。自分の欲望の赴くまま生きる。THE面倒臭い人間だ。そうに違いない!いや、絶対そうだ!
「今を維持し続ける事は、何よりも難しい。生きる事よりも死ぬ事よりもだ。そう、誰しもが一度はこう思うはずだ。今が永遠に続けばいいのにな、と。」
不思議な店なんだなって、僕は不思議な店に足を踏み入れちゃったんだなって、そう思っちゃう事にした。なぜって?だってそれは、ラクだから、心にゆとりが持てて、陽気な容姿のおじさんをブッ飛ばさないで済んじゃうからさ。
「やっぱり何か時間的な事なんですよね?例えば、そうだな?時間を止」
「時間は止められんよ!時間なんて止めたら、とんでもない事になっちまう!それだけは、人間がやっちゃいかん事だ!時間だけは、止めちゃいかん!」
やってから、やってから言えよと僕は、思った。でも、しょうがない。とてもしょうがない事なんだ。さも、そんな事が出来ちゃうんだよお客さん的に言われても、ここは不思議な店なんだから、もうどうしようもなく、果てしなく、恐ろしく、しょうがないんだ。まあ、僕は?とりあえず道を聞ければそれでいいんだし、それ以上の何も望んじゃいないんだし、時間が止められる道具とか、今が無限ループする道具とか、陽気な衣装の色違いとか、いらない。
「大きな声を出してしまって、申し訳ない。」
「いえ。」
「ただ、これだけは聞いて欲しいんだ。今は、奥深いもの。今を笑うものは、今に泣かされ、今に痛い目に会わされる。今から今、なんじゃなく。今までも今からも、今は今、なんだ。今、に怯える事はない。今、を心から楽しむ。それが、人間と今、が上手く付き合えるコツだ。」
たぶん、僕は人生、最初で最後なんじゃなかろうか?こんなに、今って単語をワンブレスの中で聞いちゃったのは?と共に、これを時間の無駄って言うだなって、初めて時間の無駄の最中に気付く事が出来た。これはおそらく、稀な経験なんじゃなかろうかと、一つでもいいから、この不思議な店に足を踏み入れちゃった後悔の中から、教訓を得ようと必死に僕は、もがいてた。
「で、ここなんですけどね?どうやって行けばいいんですか?」
僕は、陽気な容姿のおじさんに、持っていた友人の手書きの地図を見せた。
「ここら辺が、この店だな。したら、ここを真っ直ぐ行くと、この道に出る。そしたらあとは、ここを真っ直ぐだ。ひたすら真っ直ぐだ。今、を突き進むのと同じだな。ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
笑い方が気持ち悪いのも去る事ながら、地図を指差してのその説明も、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカって、大きなマラカスが邪魔過ぎるぐらい邪魔に、陽気な指と一緒に陽気なリズムを刻んで動いちゃってるもんだから、まるっきし、さっぱり何もかも分かったもんじゃない。
「ありがとうございました。」
「いやいや。また、道に迷ったら、遠慮せずに何度でも立ち寄りなさい。」
もう知らない土地で僕は、二度と道に迷うまいと、固く決心して、ドアノブに手をかけた。
「じゃあ、時計屋さん。お世話になりました。」
後ろ姿のまま僕は、軽く会釈して、カチコチ、カチコチ、カチコチ、カチコチって一定のリズムを刻んじゃってる今屋の外へ足を踏み出した。
「ガチャ。」
見渡す限り果てしなくトウモロコシ畑の真ん中に、ぽつーん、と一軒佇むお店の前で僕は、先月結婚した友人の新居への道を尋ねようと、手書きの地図を片手に、その店のドアノブを握って立っていた。

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