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2009年8月

2009年8月 5日 (水)

「第百六十四話」

「父さーん!ご飯できたよー!」
テーブルに夕食の用意をしながらボクは、二階の書斎にいる父を呼んだ。父は、世界中の不思議を解き明かしている冒険家だ。そんなボクの父の口癖は『グッジョブ』だ。
「おおっ!美味そうだな!今日もカレーか!」
「それ、嫌味?」
皮肉ったかのように言った父をボクは、睨み付けたが、父は右手でスプーンを握り、左手の親指を立てて笑ってた。
「嫌味じゃないさ!心から喜んでんだよ!父さん、カレーが大好物だからな!世界中どこへ行っても、食べるのは、いつもカレーだ!でも、やっぱり母さんのカレーとお前のカレーが、ワンツーフィニッシュだ!」
「はいはい。じゃあ、二番のカレーをどうぞ召し上がれ。」
「何だよ!ご機嫌斜めか?機嫌直してくれよ!二番って言ってもな!母さんのカレーとお前のカレーの差は、こんなもんだ!これっぽっちだぞ?」
「分かった分かった。」
「それにな!お前のカレーには、母さんのカレーにはない美味さがある!」
「ほら、冷めるよ。」
「なら、同率一位でどうだ?それで手を打たないか?」
「別に、母さんのカレーが一番で、ボクのカレーが二番でいいよ。そんなとこで、特に争ってる訳じゃないからさ。」
「美味いっ!!」
って、相も変わらず人の話を聞かない自由人な父だった。だからこそなのか?父の口癖が『グッジョブ』なのは?
「母さん、明日だね。」
「おおっ!」
母は今、入院してる。別に、命に関わる重病とかって話じゃない。足の骨を折って入院してるだけだ。そして明日が、母の退院してくる日だった。
「お前、車で迎えに行けるんだろ?」
「そのつもり。」
「父さん、今日の最終便で、呪いの秘宝の調査に出掛けないとならないから、母さんを頼んだぞ!」
「分かってる。」
「まあでも、お前の運転技術なら、心配ないか!父さん、世界中のいろんな場所で、いろんな人が運転する車に乗ってるけど、お前の運転さばきに敵う奴はいないよ!本当に最高だ!」
「そりゃ、どーも。」
子供の頃、殆んどの人は、食べながら喋るなって注意されたかもしれない。でも、父の教えは真逆だった。冒険家にとって食事の時間は、大事なコミュニケーションの場であり、重要な作戦会議の場であるらしい。その延長線上に、父の口癖が「グッジョブ」一辺倒な秘密があるんだろうか?
「にしてもアレだな!あの外科の先生、やっぱり腕は衰えてなかったな!なかなかの名医っぷりだったよ!」
「名医っぷりじゃなくて、今では立派な名医なんだよ。」
母の手術をしてくれた先生は、昔から父と馴染みのある先生で、無茶ばっかりして帰って来る父の体を、昔も今も治してくれてる。
「そうだったな!」
「そうだよ。」
「それにしても母さんの奴、レッスン中に転倒するとはな。猿も木から落ち何とかだな!」
「る。ねっ!」
母は、フラダンスの先生をしてる。たまたま床の汗で足を滑らせて転び、骨折してしまった。なもんで、病室にはいつも教え子の人達がお見舞いに来てくれて、華やかに賑わってた。
「来週、新人の人達のデビューの舞台なんだってさ。」
「そうか!ああ、残念だな。父さんも観に行きたかったよ。母さんの教え子のフラダンスは、最高だからな!やっぱり先生が最高な指導者だと違うな!母さん、最高だよ!」
ボクは、もう慣れっこだった。父が何か行事がある時にいないって状況に。だって、世界中を駆け巡ってるんだから、仕方ない。それにボクは、一度だってそんな父を恨んだ事なんてない。ボクは、口にはした事ないけど、こんな冒険家の父を尊敬してる。昔も今も。それはもちろん「グッジョブ」が口癖の部分を含めてだ。
「それはそうと、お前の方は、どうなんだ?」
「ボク?」
「新作、書いてんだろ?ここ最近、毎日アトリエじゃないか!」
ちょっとは名の知れた画家。それがボクだ。父の言う通り、ここ最近はアトリエに籠って個展に出品する作品を描いてた。
「うん。まあね。」
「そうかそうか!父さんはな!お前の作品が大好きだ!特にあの躍動感がいいな!世界一だと思ってるよ!」
何ともまあ、恥ずかしげもなく我が子に、よくもまあこんな事を言えるもんだ。でもまあ、ボクが画家として、それなりに食べていけるのは、父のお陰だ。子供の頃から、父が世界中を飛び回ってる最中に撮影した写真を片手に、行った事も見た事もないその写真の中の景色を描くのが、ボクの楽しみだった。そんなボクの描いた絵を見ては『グッジョブ』『グッジョブ』と、父は言ってくれた。そしてそれは、今でも変わらない。
「いや~食った食った!相変わらず美味過ぎた!」
「食べ過ぎだよ。」
「ごちそうさま!」
「胃薬飲んでけば?」
「なーに、まだまだ食べれるんだ!そんなもんは必要ないさ!じゃあ、父さん行くけど、母さんに宜しくな!」
「分かった。」
「それと、お前の絵。楽しみにしてるからな!」
「うん。父さんも気を付けて。」
「おう!じゃあ、行ってくる!」
「行ってらっしゃい。」
こうして『グッジョブ』が口癖の父は、また新たな冒険へと旅立って行った。

第百六十四話
「言えよっ!!」

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2009年8月12日 (水)

「第百六十五話」

 今日も1日が平凡に始まり、平凡に1日が過ぎ、そして1日は、平凡に終わろうとしていた。そんな平凡感をたっぷりと味わった俺は、仕事が一段落したので、書斎からダイニングキッチンに移動し、換気扇の下にあるバーチェアに座り、換気扇のスイッチを押すと、シガーケースから煙草を1本取り出した。やけに換気扇のフィルターの埃が気になったが、それは次に仕事が一段落した時にでもどうにかしようと、手にした煙草に火をつけた。そして、目をつぶり、ゆっくりと優しく、女子を抱えてベッドへ運ぶように、煙を肺へ運び込んだ。しばらくのまどろみを楽しむと、今度は肺から煙を、ゆっくりと優しく、助手席で寝ている女子を起こさないように、ゆっくりと優しく、車を運転して家へと送り返すように、煙を吐き出した。それと同時にゆっくりと目を開けた俺は、換気扇の流れに吸い込まれて行く煙草の煙とは逆の流れで、ゆっくりと目線を動かしていた。
「18・・・19・・・20・・・」
慎重に数を数えながら
「31・・・32・・・33・・・」
ゆっくりとバーチェアを回転させながら
「49・・・50・・・51・・・」
その数が一致したとこで、現状は何一つ変わる事がないが
「64・・・65・・・66・・・」
とにかく俺は、煙草の灰が床に落っこちないように、ゆっくりとバーチェアを回転させながら、慎重に数を数えた。
「・・・76・・・77。」
77。それは、俺の全身を取り囲むようにして空中に静止してる果物ナイフの数。

第百六十五話
「VS 死(ナイフ篇)」

「ゴォォォォォ!」
フィルターの埃を掃除しなかった俺の絶体絶命の姿を見て、まるで嘲笑ってるかのように、勢いよく回り続けてる換気扇。そう、回り続けてる。だから、理解出来た。換気扇の轟音の中で、微かに俺の鼓膜を刺激する時計の秒針が回り続けてる音。無意識の中で少しだけ、リアルから離れ掛けた俺の心を、グイッとリアルへと、引き戻してくれる音。そう、時は、確実に動いてる。確実に止まっては、いない。
「・・・・・・・・・。」
単純な事だが、もっとも重要な事だ。この世界で今、止まっているのは、目の前の果物ナイフだけだ。
「っつ!」
俺は、目の前の果物ナイフに触れてみた。左手の中指から流れ出る血と素早い痛みの伝達事項から理解した。そう、これも重要な事だ。確実に夢じゃないリアル。そしてもう一つ理解出来たのは、空中に浮かぶ果物ナイフは、まるで空中に固定されてるかのように、微動だにしないって事だ。それはまるで、朝、目覚めたその時から、ランチにボンゴレビアンコを食べると決めた俺の決意のようにだ。そしてそれは、俺自身も身動きが取れないって事になる。
「フゥゥゥゥゥ。」
煙草を一服すると言う日常があり、今にも俺をメッタ刺しにしようと空中に静止してる果物ナイフによる非日常。これがもし、死神が仕掛けた脱出不可能な死のゲームだとしたら、注文したパスタがなかなか出て来ないレストランよりも、タチが悪い。
「・・・・・・・・・。」
果物ナイフを空中に固定してる力が何なのかも、何がきっかけで動き出すのかも分からない。ただ、確実な事は、果物ナイフが動き出した瞬間、俺は死ぬって事だ。
「フゥゥゥゥゥ。」
死は、誰にでも平等に訪れる。ただ、いつ、どこで、どんな状況で、が分からないから人間は死を恐怖する。ならどうだ?意味不明だが、果物ナイフに刺されて死ぬ、そんな自分の死のタイミングが理解出来てるだけ、俺は幸せなのかもしれない。この考えを諦めだと言われてしまえばそれまでだが、確実な死がこうして具現化して目の前に現れてしまった以上、もはや諦めるどうこうって話じゃない。ただ、悪趣味な死神が無い知恵を搾って作り出した恐怖のアトラクションなら、それはとんだ誤算だ。死と直面してもなお、こうして俺が冷静でいれるのは、なぜか?答えは簡単だ。俺が、死ってモノを、別に遠い未来の話だとは、考えていないからだ。明日には、いや、数秒後には、自分が死ぬかもしれない。生きてる事が、それだけで奇跡だって日々を生きてるからだ。
「・・・・・・・・・。」
ここで77本の果物ナイフに取り囲まれたって、俺は恐怖も不条理さも微塵も感じない。ただ純粋に、必然的な死を受け入れるだけだ。このゲームの主催者が、死神だとして、神だとして、この死への恐怖に怯える人間の姿をワインの味を堪能しながら傍観して楽しもうとしてるのなら、どうやらプレイヤーを間違えたようだ。
「フゥゥゥゥゥ。」
俺は、短くなった煙草を灰皿で揉み消すと、死を待った。全く百済ない茶番劇の終焉を、ただただ待った。いつ動き出すかも知れない果物ナイフを見ながら、死を待った。
「・・・・・・ん?」
そして俺は、それに気付いた。
「なるほどな。」
この脱出不可能な死のゲームについて、誤算をしてたのが自分の方だったんだと気付いた。
「やられたよ。」
空中に浮かぶ77本の果物ナイフは、静止なんてしてなかった。気が付かなければ気が付かないぐらいのゆっくりな速度で、出会ったばかりの男女がまだ、互いの恋心に気が付かない無意識な速度で、果物ナイフは、確実に俺へ近付いて来てる。

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2009年8月19日 (水)

「第百六十六話」

「あづー!!」
それは、いきなりで突然だった。僕が夏の暑さにうなだれてた時、チャイムが鳴り、ドアを開けると目の前には、白づくめの男が立っていた。男は、白いサングラスの真ん中をクイッとすると、白い背広の内ポケットから封筒を一通取り出し、僕に手渡し、アパートの階段をゆっくりと下りて行き、白い車に乗って、去って行った。僕は、あまりにも理解不能な状況に、男に話し掛ける事すら出来なかった。しばらく玄関に立ち尽くしたあと、僕は部屋に戻り、男が渡した白い封筒の封をペーパーナイフで切った。中には、僕の持つ家電では、再生不可能であろう小さな特殊な記録媒体と認定証が入っていた。
「ピンポーン!」
僕が、認定証に書かれた文字を読もうとした時、再びチャイムが鳴った。ドアを開けると、そこには宅配業者の人がダンボールを片手に持って立っていた。サインをしてダンボールを受け取り、僕は再び部屋へ戻った。部屋へ戻って来る途中、送り状に書かれた文字を見て、中身がさっきの記録媒体の再生機だって事、そして、送り主がこの国からだって事が分かった。とにかく分からない事だらけだったけど、やるべき事は、一つしかなかった。
「ベリベリベリ!」
僕は、勢いよくガムテープを剥がし、ダンボールを開けた。そして、見た事もない特殊な再生機を中から取り出し、説明書を片手にそれをテレビに接続した。あとは、特殊な記録媒体を特殊な再生機に入れれば、全ての謎が解ける。
「カチッ!」
しばらく真っ黒なテレビ画面が映し出されたあと、そこに映った人物は、この国で一番偉い人物だった。テレビ画面の中のその人物は、淡々と今回の経緯を説明すると、最後に深々とお辞儀をしていた。映像は、そこで終わり、再び画面は真っ黒になった。
「プチン!」
僕は、テレビの電源を切ると、画面の中で最後の方にこの国で一番偉い人物が言っていた通り、認定証を見た。そこには確かに、僕がこの国で一番価値のない人間だと言う事が、認定されていた。認定証を手に茫然自失の僕の頭の中では、画面の中で、この国で一番偉い人物が、切実にこの国の為だと何度も何度も説明していた言葉がグルグル回っていた。そして、これが無作為に選ばれたモノではなく、何かの調査結果で、僕になったと言う言葉に引っ掛かってもいた。謎が解けると思って再生ボタンを押したけど、謎が解けるどころか、謎は謎のままで、僕にこの国で一番価値のない男だって認定がされただけだった。
「ピンポーン!」
そしてまた、タイミングよくチャイムが鳴った。僕は玄関まで走り、ドアの前で一度深呼吸をしてから、ドアを開けた。
「パシャ!」
そんな僕をカメラのフラッシュが迎えてくれた。カメラを肩に担ぎ直した男は、笑顔で僕に握手を求めて来た。そして男は、自分が新聞記者だと名乗った。次に男は、この国で一番価値のない僕の事を取材に来たのだと言った。取材なんて受ける気分じゃなかったから、僕は男の申し出を素っ気なく断った。すると男は、自分はこの国からの依頼で僕を取材に来たのだと、許可書を見せた。
「どうぞ。」
だから僕は、仕方無く新聞記者の男を部屋へ招き入れた。僕が冷蔵庫から冷たい飲み物を取って来る間、新聞記者の男は、僕の部屋を写真に撮りまくっていた。僕が部屋に戻ると、男はソファーに座り、僕の写真を一枚撮ると、カメラをテーブルの上に置き、続いて鞄から取り出したボイスレコーダーのスイッチを押て、テーブルの上に置いた。
「今の気分は、どうですか?」
そして、男の取材が始まった。
「国に対して今、何か言いたい事はありますか?」
それは淡々と、そして事務的な取材だった。
「この制度の最初の生け贄に当たる訳ですが、国民に向けて何か言いたい事は、ありますか?」
男のチープな取材にも、この国の新たな制度にも、僕はうんざりしていた。一番価値のない人間を決定する事により、その人間を見下すように、自分より下がいるんだって、そんな精神を国民に持たして、国民へやる気と希望を植え付ける事を目的としたこの制度、全くうんざりする。
「貴方は、ご自分をどのように捉えていますか?」
救世主?英雄?この国で一番偉い人物がテレビの画面の中で言っていた言葉を借りれば、そんなとこだろう。でも僕は、この国の救世主でもなければ、ましてや英雄なんかじゃない。そう僕は・・・・・・。
「僕は、単なるこの国で一番価値のない男です。」
「なるほど。」
何がいったい、なるほどなのか?理解もしたくない。この国で一番価値のない男なんだから、この国で一番価値のない男だって決まっているに決まっているのに、何がなるほどだ。
「これが、最後の質問です。政府が当初、この制度を決めるに当たり、懸念していた事があります。それは、価値のない人間だと選ばれた人間が、自ら命を絶つのではないか?と言う事です。単刀直入にお聞きします。貴方は今、自殺をお考えですか?」
単刀直入?僕には、遠回しに自殺するなって言っているように聞こえるけど?やれやれ、どこまでうんざりさせれば気が済むんだ?
「いいえ。むしろ、この国で一番価値のない男として、長生きしてやろうって考えています。」
「それはなぜです?」
新聞記者の男が驚いている表情が、妙に滑稽に感じて、思わず笑いが吹き出しそうになったけど、僕は堪えた。そして、そのもっともチープな質問に、こう答えてやった。
「だって、僕が死んだら、また誰かが、この国で一番価値のない人間に選ばれてしまうじゃないですか。」
新聞記者の男は、しばらく唖然としたあと、ボイスレコーダーの電源を切り、鞄にしまうと、最後に僕の写真を一枚撮り、深々とお辞儀をして出て行った。階段を下りて行く男の後ろ姿を見ながら、今さっき自分で男に言った言葉を思い出していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
そして、こうなる事も全て計算され尽くしていたのかと気付くと、僕は再びうんざりして、やけに青い青空を眺めた。

第百六十六話
「この国で一番価値のない男は、この国で一番優しい男」

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2009年8月26日 (水)

「第百六十七話」

 私が今いる場所。メガネだらけの場所。通常、こう言った場所をメガネ販売店とでも言うべきだろうか?だが、ここは、あまりにもメガネだらけだ。床にも天井にも
「いらっしゃいませメガネ~!」
そして、店員にも、とにかく通常のメガネ販売店と言うには、メガネ過ぎる。
「メガネをお探しでしょうか?メガネ~?」
「ああ。」
世にも不思議で、奇妙な出来事と言うのは、連鎖するのだろうか?ならば、世にも不思議で、奇妙な出来事に取り込まれてしまったら最後、人はその呪縛から脱け出す事は不可能なのだろうか?
「でしたら、お客様!とっておきのメガネがございますメガネ~!」
「頼む。」
「かしこまりましたメガネ~!」
実は、なぜ私がこんなにもアンバランスなメガネを掛け、こんなにもメガネだらけのメガネ販売店に来たのかには理由がある。それは、メガネだらけのメガネ販売店に立ち寄る羽目になった世にも不思議で、奇妙な出来事が起きたからだ。家を出た時には、もちろん私のメガネは、最高にバランスが保たれていた。しかし、本屋に行く途中で、世にも不思議で、奇妙な出来事に遭遇してしまった。私は、道に落ちていたバナナの皮を避けようと出したその足で、別のバナナの皮を踏んで転びそうになり、踏ん張ろうと前へ出した反対側のその足で、また別のバナナの皮を踏んでしまった。そして、そのまま地面へ顔面を直撃し、メガネがこんな姿に成り果ててしまったと言う訳だ。因みに、両方の鼻の穴にバナナの皮が詰まっているのは、その時にバナナの皮が鼻の穴に入り込んだのではなく、鼻血を止める為の苦渋の決断によるものだ。とにかく、バナナの皮だらけの道の次に辿り着いた場所が、メガネだらけのメガネ販売店だったと言う訳だ。
「お待たせ致しました。こちらのメガネなど、いかがでしょうか?メガネ~?」
そして私は、こんな世にも不思議で、奇妙な出来事の連鎖など、もう懲り懲りだ。連鎖を早く断ち切る為にも、早いとこメガネを選んで、早いとこ立ち去ろう。そう固く決心した。
「少し派手じゃないか?」
「こちらのメガネ、大変スペシャルなメガネでして、メガネを掛けると、何と!空を飛ぶんですメガネ~!」
「馬鹿な!?メガネを掛けただけで、空を飛ぶって言うのか?」
「はい、メガネが!」
「メガネが?」
「こちらのデザインがお気に召さないのであれば、こちらのメガネは、いかがでしょうか?メガネ~?」
「メガネが・・・・・・?」
「こちらはですね。メガネを掛けると瞬間移動するんですメガネ~!」
「空間を自由に移動出来るってアレか!メガネを掛けるだけでか?」
「はい、メガネが!」
「メガネが?」
「そしてこちらのメガネはですね。何と!メガネを掛けると透明になるんですメガネ~!」
「メガネが、か?」
「はい、メガネが!」
「ちょっと、確認したい事がある。」
「はい、何でも聞いて下さいメガネ~。」
「キミの語尾のメガネのお陰で少し私の頭の中が混乱しているんだがな。はい、の後の、メガネが、って言うのは、飛んだり瞬間移動したり透明になるのは、メガネだけがって、事か?メガネだけが、そうなるって言う意味なのか?」
「そうです。」
「聞きたい事が、何個かあるんだが、いいか?」
「はい、どうぞ!メガネ~!」
「まず、その語尾のメガネ、メガネだらけのメガネ販売店のメガネだらけのメガネ販売員だから受け流していたが、付けるなら付けるで統一してくれないか?」
「大変申し訳ございませんでした。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・あっ!メガネ~!」
「いや無理矢理だったら、付ける方に統一しなくて結構だよ。いやね。私は、てっきり付ける方に統一しようとしているのだと思っていたからね。付けないのだね?付けない方向で、いいのだね?」
「付け・・・ないで!」
「分かった。まずは、解決だ。」
「良かったです。で、ですね。次にこちらのメガ」
「ちょっと待ちなさい。まずはと言ったはずだぞ?まだ言いたい事はあるんだ。」
「大変失礼致しましたメ・・・・・・。おっと!」
「さて、本題に入ろうか。キミが私にオススメしたメガネ、つまりあのメガネ達は、掛けるとメガネだけに起こる現象と言う訳だ。」
「そうでございますメガ・・・・・・。おっとっと!」
「そんなに付けたいのなら付けなさいよメガネって!おっとっと言うぐらいなんだから、うっかりって事なんだろ?つまりそれは、普段はメガネって、語尾に付けているって事なんだろ?私はね。語尾にメガネが付こうが付くまいが、どうだっていいのだよ!そんな事よりもだ!メガネを掛けて、メガネだけが、空を飛んだり瞬間移動したり透明になったりしたら、私はメガネを見失う一方ではないか!ん?いや待てよ?メガネが透明になるなら、それはそれでメガネを掛けているにも関わらずメガネを掛けていないように相手からは、見えると言う訳か。」
「そうでございますメガネ~!」
「よし!だったら、その透明になるメガネを買おう!」
「ありがとうございます。それでは、お客様、左右どちらが透明になるメガネに致しましょう?メガネ~?」
「なるほどね。語尾の時には伸ばすのかって、そんな発見はどうでもいい!左右って何だ?左右って!」
「ですから、掛けると左半分が透明になるメガネと、掛けると右半分が透明になるメガネでございますメガネ~。」
「ちょっと待ってくれ、確かキミは、こう答えたはずだ。そうでございますメガネ~!とね。」
「ですから、掛けると左半分が透明になるメガネを掛ければ左側の人から、掛けると右半分が透明になるメガネを掛ければ右側の人から、と言う意味でございますメガネ~。」
「変な人か!キミは、私に変な人になれと言うのか!どうして、左側と右側が透明になるメガネが作れて、両方が透明になるメガネが作れないのだ!」
「すぐにメーカーに問い合わせてみますので、少々お待ち下さいメガネ~!」
「いやいいよ。」
「ですが、お客様!もしかしたら、お客様が待ち望んでらっしゃる左右透明メガネが製造されているかもしれませんメガネ~!」
「いや、待ち望んでらっしゃいませんよ。あったらいいなってだけの話であって、別に普通のメガネで十分なんだよ。」
「そうでございましたかメガネ~。」
「で?普通のメガネは、どの辺にあるのかな?」
「普通のメガネでございますね?メガネ~?」
「ん?あの特売品の棚辺りかな?」
「あちらは、掛けると爆発するメガネとなっておりますメガネ~!」
「爆発!?」
「はい、メガネが!」
「いや、そりゃメガネが!じゃ済まないだろ!」
「またまた、ハハハハハ~!メガネ~!」
「笑い事じゃないだろ!笑い事じゃ!だから、特売品かって気にもならないよ!普通のメガネだよ!私は、普通のメガネでいいのだから、早いとこ普通のメガネが置いてある場所を教えてくれれば、後は自分で選ぶから、キミはそれでメガネを作ってくれればいいのだよ!」
「お客様?メガネ~?」
「ん?ああ、レンズなら、今掛けてるアンバランスなメガネのヤツを使ってくれ、幸いレンズは無事だったものでな。それで?普通のメガネは、どこだ?天井か?床か?それとも、キミか?」
「普通のメガネは、ございませんメガネ~!」
「何でだっっっ!!!」

第百六十七話
「右側だけメガネを掛けている男を見ました」

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