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2009年11月

2009年11月 4日 (水)

「第百七十七話」

 今日は、月に一度の贅沢な日。だから僕は、ウキウキしながら、目指すお店へ向かって街を歩いていた。そのお店は、メガネだらけのメガネ屋さんの五軒先にひっそりと佇んでいる。逆から言うなら、そのお店の五軒先に、メガネだらけのメガネ屋さんがちゃっかりと佇んでいる。

第百七十七話
「歯磨き屋」

「ガチャ。」
真っ白なお店の真ん中に、ポツンと一つ椅子がある。何の変哲もない真っ赤な椅子だ。
「いらっしゃい!」
その真っ赤な椅子の横に、白衣を纏った店主が立っている。歯磨きを極めし人間だけが身に纏う事の出来るオーラがそこには、漂っていた。僕は、ゆっくりと真っ白な空間の中、真っ赤な椅子へと歩みを進めた。既に、歯磨きを終えた時の自分の姿を想像しながら、それは爽快感に包まれた清涼感に抱き締められた至福の時間。自然と笑顔を少し通り越した、ちょっと変な顔になっていた。
「どぞ。」
店主の指示に従い、僕は真っ赤な椅子へと座った。相変わらずと言うか何て言うか。このお店に、この真っ赤な椅子が無かったらって考えると、ゾッとする。この真っ赤な椅子を目指して真っ直ぐ歩いて来たからこそ僕は、無傷だけど、おそらく真っ赤な椅子じゃなく真っ白な椅子を目指して店内を歩き回っていたら、真っ白な空間に溶け込んだ真っ白なあらゆる歯磨き道具にぶつかり、今頃僕は、病院のベッドの上で、違う白衣の人を見上げているに違いない。
「今日はどんな感じで?」
真っ白な店主が尋ねた。
「今日は・・・・・・・・・。」
僕は、この日の為に、ある決意をしていた。いつかはしてもらおうと、夢見ていたコース。
「いつものピカピカコースかい?」
違う。いつものピカピカコースでもなければ、その上のピッカピカコースでも、更にその上のピッカピッカコースでもない。僕が今日、注文しようと夢見ていたコースは、毎月限定一名様のコース。当日開店同時先着完全予約制のシステムのこのお店で、数年越しの悲願のコース。月始めの開店一人目だけに与えられる夢の一時。真っ白な料金表の一番上に、真っ赤な線が一本、それが引かれていないって言うこの優越感。それにもう少しだけ浸っていたいって考えたけど、そこを優雅に堪能出来るほど僕は大人じゃない。
「今日は、ピッカンピッカンコースで、お願いします!」
遂に、遂に言ってしまった!王者の言葉。昨日の夜、湯舟に浸かりながら、何度練習しただろう言葉。今朝のトイレの中で、何度練習しただろう言葉。
「あいよ。」
コースの違いは、使う歯磨き道具の数だって、前に店主から聞いた事がある。いったい、どんな歯磨き道具を使って、僕を歯磨きのあっち側へと導いてくれるって言うんだ。
「じゃあまず、ベンジャミン。」
ベンジャミンとは、口の中に入れて爆発させ、一気に口の中を洗浄する小さな球体の事だ。
「ぼふぅ!」
この時、気を付けないといけないのは、ベンジャミンの爆発により大量に噴射される洗浄液が、鼻から出ないように、体を、くねくねさせる事が重要だ。
「よし!じゃあ、口を開けて!」
そう言って店主が手に持っているのは、ポップリンだ。ポップリンとは、主に紫と焦げ茶が存在する。男性には、紫。女性には、焦げ茶。性別によって色分けされているようだ。ポップリンが口の中に投入されて約三分待つ。すると口の中は、歯磨きに適した最高の状態へと仕上がる。
「ピピピ!」
タイマーが店内に鳴り響き、真っ白な椅子に腰掛けて腕組みをしていた店主が立ち上がった。
「ンコ虫!」
ンコ虫とは、虫の形に似ている事から付いた、ンコの種類の一つだ。他にも、ンコ車、ンコストロベリー、逆さンコ、ンコハーフ&ハーフ&ハーフ、渦ンコ、などなど。ンコの種類は豊富で、お店の数だけ、それを扱う匠の数だけ、それを扱われる客の数だけ、存在すると言われている。その数は、数百。或いは、数千、いや数億とまで言われている。
「よし。」
そう言って、店主が僕の口の中へ、ベンジャミンを放り込んだ。僕は、液体が鼻から出ないように、体を、くねくねさせた。
「冷奴。」
ンコで口の中のおおまかな汚れを取り除くと、次に冷奴を舌の上に乗せる。冷奴とは、所謂、ボルメディウセシウメニウムの事だ。だが、歯磨き屋では、ボルメディウセシウメニウムと言うよりも、材質や見た目から、冷奴と呼ぶのが一般的だ。言うまでもなく、ボルメディウセシウメニウムの歴史は古く、地球誕生と共に生まれた鉱石とも囁かれている。
「よし!」
次に店主が手にしたのは、上下の奥歯を磨く道具、ダンシィングハンマーRだ。ハンマーのダンシィングを利用して、一気にしつこい汚れを取り除く道具だ。昨年までは、ダンシィングハンマーが使われていたが、今年に入り、三十年間の沈黙を破り、エンジニアの努力の末、ダンシィング率を飛躍的に進化させた、ダンシィングハンマーRが導入され、業界が騒然となった話題も、今では懐かしい。
「さてと。」
そう言って、店主が僕の口の中へ、ベンジャミンを放り込んだ。僕は、液体が鼻から出ないように、体を、くねくねさせた。
「よし!」
次に店主が手にしたのは、奥歯と前歯以外の歯を磨く為の道具、パ、だ。パ、を使うには、まず、ゼ、を奥歯と前歯以外に貼り付ける。ゼ、を貼り付け、数秒してから、ゆっくりと丁寧に、ダ、を使って剥がしていく。それから上の奥歯と前歯以外には、ササラパパラ、を吹き掛け、下の奥歯と前歯以外には、パパラササラ、を吹き掛ける。ササラパパラ、と、パパラササラ、が乾くか乾かないかの絶妙な匠のタイミングで、パ、を使って磨く。
「よし!」
そしてまた、店主は僕の口の中へ、ベンジャミンを放り込んだ。だから僕は、液体が鼻から出ないように、体を、くねくねさせた。
「前歯!前歯!前歯!」
そう言って店主が前歯ボタンを押して前歯コールを店内に響き渡らせ、ゆっくりと慎重に、僕と自分との距離を計算しながら、前方へと歩いて行った。上下の前歯を磨く為の道具は、匠の匠たる匠と呼ばれる匠の妙技が光、逸品だ。磨き太鼓。音波による歯磨きだ。店主は、数メートル離れた場所から太鼓を叩く、その音の振動により、上下の前歯を磨く技。この妙技を見て体感する為だけに、わざわざ歯磨き屋に足を運ぶ人も少なくはない。
「せいやっ!!」
店主の磨き太鼓の終了の掛け声と共に、真っ白な店内が、より真っ白になるほどの静寂が包み込んだ。
「・・・・・・・・・。」
僕は、息を殺した。そう、ここまでは、僕がいつも注文しているピカピカコースと何ら変わりない。でも、今日は違う。まだまだ、この先、究極の歯磨きへの時間が待ち構えている。店主が、額から流れる汗を吹きながら近付いて来る。いったいこの先、どんな道具を使って、どんな風に歯を磨いてくれるって言うんだ?そして僕は、ピッカンピッカンコースが終了した時、幸福感の中で、いったい何を思うんだろう?
「せいっ!」
目の前で立ち止まった店主は、僕の口の中へ、ベンジャミンを放り込み、次の歯磨きの用意を始めた。それを横目で見ながら僕は、液体が鼻から出ないように、体を、くねくねさせていた。

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2009年11月11日 (水)

「第百七十八話」

「おはよう、奥さん。」
「おはよう、旦那さんって、何なの?このやり取りは?」
「まあまあ、今日は、奥さんと旦那さんとの間柄で行こうじゃないか。」
「結婚してから、ずっとソノ間柄でいたつもりだったけど?」
「そっかぁ。あれからもう5年。僕らも30代半ばの夫婦になったもんだ。」
「ええ、まあ、その通りだけど、何?」
「何って?」
「だから、さっきから何と無く説明口調な感じは、何なのって?」
「何か目に見えない都合上、説明口調で朝を迎えなきゃならない時だってあるんだよ。」
「はあ???」
「朝だね!」
「朝だよ。」
「うわぁ!朝御飯が、テーブルの上に用意されている!」
「されているわよ。」
「パンとスクランブルエッグとサラダ、それにコーヒーだね!」
「何なの?旦那さんは、年末にでも何か演劇やらミュージカルの公演でも控えてるの?」
「いいえ、違います。旦那さんは、ただのサラリーマンです。」
「何で、英語の教科書口調よ!」
「まあまあ、気にせず朝御飯を、いざ!いただこうじゃないか!ささっ、座って座って!奥さん、遠慮せずに!」
「何で、我が宅で、遠慮する必要があるのよ!」
「座ったね!」
「ええ。」
「じゃっ、ちょっとだけ、わたくしこと、旦那さんから、お話が御座います!」
「いつから、そんな面倒臭い人間になった?」
「アレだよね?僕ら夫婦って、いつもいつも、ホント下らない事でケンカしちゃうよね。いただきます!」
「いや、何かもう、何を言っていいんだかさっぱりだわ!何?もう、食べていいわけ?」
「プリーズ!」
「何でニヤニヤしてんの?」
「まあまあ、気にしない気にしない!」
「いや、気にせずにはいられないって!」
「じゃっ、僕は、パンにバターでも塗ろうかな?」
「じゃあ、終わったら貸して。」
「えっ?」
「何?」
「塗るの?」
「塗るよ。」
「パンにバターを?」
「当たり前でしょ。」

第百七十八話
「終わっちゃった!?」

「何、急にわけの分からない事を大声で言うわけ?ビックリするでしょ!」
「がっかりだよ!」
「はい、質問。」
「はい、奥さん君。」
「会議中かココは!あのう?がっかりされる覚えもないし、終わっちゃったの意味もよく分からないんですけど?」
「いやだってさぁ。いただきますの前に、フリがちゃんとあったじゃん。」
「フリ?フリなんてあった?」
「んもう!だから、貴女は、奥さんなんだよ!」
「意味の分からないキレ方しないでよ。」
「いいですか?奥さん、当時をよーく思い出してみて下さい。」
「犯人逮捕目前か!何、いただきますの前?」
「確か僕は、こう言いましたよね?僕ら夫婦って、いつもいつも、ホント下らない事でケンカしちゃうよね。いただきます!と。」
「ああ、言ってたわ!言ってた。わけの分からない事を言ってました。」
「じゃ、何で旦那さんがパンにバターを塗るって言ったら、奥さんもパンにバターを塗っちゃうんだよ!そこはアレだろ!片方がパンにバターを塗る派で、もう一方がパンにバターを塗らない派だろ!そこで一悶着だろ!そんな構図で我が家は成り立ってんだろ!」
「成り立つかっ!ごめん。全部聞いても理解に苦しむ結果になったわ。」
「だからー!下らない事でケンカしちゃう夫婦なんだから、下らない事でケンカしちゃわないと!じゃなきゃストーリーも何もあったもんじゃないじゃないか!ましてや、どんでん返しもへったくれもなきにしもあらずじゃないか!」
「何をそんなに支離滅裂に一生懸命怒ってんの?」
「一生懸命に怒る時は人間、支離滅裂になるもんさ。うん。って、黄昏時に黄昏ている場合じゃなかったわい!何で怒っているのかだって?そんなの奥さんがパンにバターを塗ろうとするからに決まってるだろ!」
「もう、あえてイロイロ突っ込まずに流して結論だけを掻い摘まんで言っちゃいますけど、だったら!旦那さんの方が、進んでパンにバターを塗らない派になればいいじゃない!」
「イヤだーっ!!!」
「うわぁ・・・・・・・・・うわわぁ、子供かよ。ちょっと、引くぐらいな感じだったわよ?ソレ、外では絶対やらないでよ?」
「やらせてなるものかっ!」
「心の中に誰かいるわけ?とにかく、もう食べていい?」
「いいわけないだろ!お前は、何だ!不思議ちゃんか!」
「はあ???」
「パンにバターを塗る塗らないで、ケンカしよーぜ!ケンカしちまおーぜ!っつてんの!なのに、何を厳かに締め括ろうとしてるんだよ!」
「お前だ!不思議ちゃんは!何でケンカしなきゃならないんだ!」
「下らない事でケンカしちゃう夫婦のさ。面白おかしいなケンカをさ。見てもらおうよ。」
「ケンカに面白いとかないだろ!」
「いや、ケンカってさ。してる当事者達は気付いてないけど、一歩引いたとこから見れば、相当、面白おかしいぜい?ケンカって、そんなもんだぜい?」
「どこの誰だよ!」
「ココの旦那さんだーっ!!」
「情緒不安定か!とにかく、旦那さんは、ケンカしたいかもしれないけど、奥さんの方は、まっぴらごめんなの。」
「じゃっ、僕は、パンにバターでも塗ろうかな?」
「いや、奥さんの話、ちゃんと聞いてた?言っとくけど、そんなフリ何回やろうとも、塗るわよ?奥さんは、パンにバターを好きなだけ塗るわよ?」
「土下座しても?」
「ええ、単なる土下座損に終わるわね。」
「土下座損は、イヤだな。土下座はいいとして、損と言う部分に心が傷付き、そしてもう二度と立ち直れなくなるもんな。」
「どんなトラウマの持ち主よ。」
「分かった!パンにバターを塗る塗らない戦争は諦めるよ。」
「いつからそんな、規模が膨れ上がった?」
「戦争は良くないもんな。そう言う大人の身勝手な事情に、パンとバターを巻き込むわけには、いかないもんな!戦争反対!ジャム廃止!」
「新たにジャムまで巻き込まないでよ。まあ、とにかく食べていいのね?」
「御意!」
「いや、御意は、どちらかと言えば、こっち側のセリフだから!」
「いただきます!」
「マイペースもいいとこね。いただきます。」
「ほら、バター。」
「ありがとう。あっ、その砂糖使い終わったら、次貸してね。」
「何だとーっ!!!」
「もういいってばっ!」

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2009年11月18日 (水)

「第百七十九話」

 僕が喫茶店でコーヒーを満喫しながら、まったりとしていると、結構なキャパだけど、今は客数の少ない時間帯なはずなのに、僕の真横の席に怪しい男は、座った。怪しいって言うのは、アッチの意味じゃなくて、その黒い背広にサングラスと言う容姿のコッチの意味だ。まるで、シークレットサービスのようじゃないか。でも、男はシークレットサービスではないはずだ。だって僕は、特に警護されるような地位でもないからだ。でも仮に、両親のどちらか一方が、或いは両方が、シークレットサービスを僕の為に雇ったのであれば、真横の男は間違いなくシークレットサービスだ。って、真横の怪しい男の妄想で、結構な時間の無駄を費やした僕は、再びコーヒーを口に運び、まったりとしながら現実へ戻る事にした。だいたい、こういった状況なんて、喫茶店に何度も来ていれば、何度も体験するような事なんだ。真横に座る人間をいちいち気にする事なんてない。
「ブレンドコーヒー。」
真横の怪しい男が、ウェイトレスに注文を終えると、ギュイッと僕の方に顔だけ向けて、ニタッと笑ってこう言った。
「似てるよね~。」
「はい?」
「ああ、申し遅れました。私は、こう言った感じの者です。」
そう言うと、怪しい男は、顔はそのままで、スーツの内ポケットから取り出した手帳を僕に見せて来た。予想もしないこの展開に内心、僕は少し、いや、凄く驚いた。
「指名手配局?」
怪しい男の怪しい手帳には、怪しくそう書かれていた。
「似てるよね~。」
「何がですか?」
「我々が属する国の裏機関、指名手配局とは、つまりですね。」
そこで一旦、男は話を止めた。なぜなら、男が注文したコーヒーをウェイトレスが運んで来たからだ。そして僕は、この間に思った。何か物凄く聞いてはならない話題を今、僕は聞いてしまっているのではないか?と。でも、男が勝手に顔を向けて聞かせているだけだから、どうしようもない。僕は、出来るだけ男の方を見ないように、正面を見ていた。だって何か、背筋を伸ばして、顔だけこっちに向けて喋っている様が、異様に恐いし気持ち悪かったからだ。
「つまりですね。指名手配犯を見付けて、場合によっては、その場で射殺する機関です。」
サラッと、サラッと何かとんでもない事を言いましたよ?ズズズッと、ズズズッとコーヒーを飲んでいますよ?
「そうですか。」
「そうなんですね。」
「で?その指名手配局の人が」
「シーッ!」
「えっ?」
「あまり口にしないで下さい。何せ我々は、裏機関なのでね。」
それは分かったけど、僕の口元にわざわざ人差し指をスッと伸ばして当てるこれは、分からなかった。逆に端から見れば、よっぽど目立つ光景だと思う。
「で、そこの人が、僕に何の用なんですか?」
「最重要事項が発生しない限り、我々が一般人に話し掛けると言う行為は、ありません。」
「最重要事項?って、この指、もうどけてもらってもいいですか?」
「ああ、失礼。最重要事項とは、対象が、指名手配犯だった時を指します。」
「はあ?」
「似てるよね~。」
「ちょっと待って下さいよ。」
「待ちません。」
「いや、待って下さいよ。」
「待ちませんよ。」
「僕の話を聞いて下さいよ。」
「イヤだ。」
おいおいおい、これはだいぶ複雑に絡み合った面倒臭い事態へ巻き込まれちゃったみたいだぞ?
「首振りを止めて、お願いですから、少しだけ僕の話に耳を傾けて下さい。」
「少しだけですよ。さあ、どぞ。」
ち、近い。
「そんなに傾けなくても、大丈夫ですよ。」
「そうでしたか。」
この人、本当に裏機関の人なんだろうか?いろいろな様が滑稽過ぎだろ。
「話さないんですか?」
「話します話します。」
「単刀直入にお願いしますよ。」
「単刀直入に言いますけど、貴方は勘違いしています。僕は、指名手配犯ではありません。」
「なるほどね。そう来ましたか。なるほどなるほど。教科書通りですね。」
「いや、誤魔化そうとかしているんじゃなくて、本当に僕は、指名手配犯じゃないんですよ。」
「こんなに似てるのに?ですか?」
サササッと、男が差し出した写真の中の人物は、確かに僕とそっくりだった。でも、ただそれだけの事だった。
「確かに似ています。似ていますが、別人です。」
「私の誤認だと?」
「残念ですけど、今回はそうみたいですね。」
「私は、こう見えて裏機関の人間です。そして、こう見えて裏機関のエリートです。尚且つ、こう見えてエリート中のエリートなんです。」
ある角度からは、どんな風に見えてるんだよ。
「まあ、その辺は僕にはよく分かりませんけど、エリートだろうが、エリートじゃなかろうが、誰でも間違ったりしますよ。みんな同じ人間なんですから、間違いますって。」
「外に車を待たせています。」
「僕の言った結構、良さげな言葉、聞いていました?」
「聞いてましたよ?」
「だったら、どうして僕を連れて行こうとするんです。」
「いや、続きは車の中で、じっくりと聞こうかなと思って。」
「いや、車に乗ったら最後、僕は監獄暮らし決定じゃないですか。」
「いえ、即死刑です。」
「写真のコイツとんでもないヤツなんじゃないですか!」
「知ってるくせに!」
「止めてもらえません?そうやって、肘で脇腹辺りをツンツンするの?僕は写真の人物じゃないって、言ってるでしょ。」
「じゃあ、コイツは、いったい何処にいるって言うんですか!」
「知りませんよ!とにかく今、初めて僕は、僕に似てる指名手配犯の存在を知ったんですよ!だいたい、それを調べるのが貴方達の仕事でしょ!」
「似てるよね~。」
「だから、似てるよ!似てるけど、違うからね!」
「あっ、声を荒げた!」
「いや、追い込まれたから荒げたとかじゃなくて、単に疑いを掛けられてイライラしただけですよ。だいたい、さっきからちょくちょく荒げてましたけどね。」
「そうだ。こう言うのは、どうです?」
「何ですか?」
「間違ったお詫びに、私がここのお代を持ちます。」
「いや、いいですよ別に。」
「いやいや、遠慮しないで下さい。ご迷惑をお掛けしてしまったんですから、ねっ?」
「そうですか?」
「で、お詫びついでに、ご自宅まで、我々の車でお送りします。」
「いや、引っ掛からないからね?そんな分かりやすいトラップに、引っ掛からないからね?」
「チェッ!」
「露骨かよ!もう、僕じゃないって分かったんだから、僕に構わず早く本物を捜しに行けばいいじゃないでか!」
「一緒に行く?」
「いいよ?じゃあ、一緒に車に乗って、行くとするよね?でもね?貴方だよ?恥じかくの貴方の方だからね?みんなの笑い者だよ?何がエリート中のエリートだよ!って言われて、抱腹絶倒されちゃうんだよ?」
「そん訳ないだろ!」
「あるだろ!僕は、男だろ!!」

第百七十九話
「指名手配の女」

裏機関の男が去ったあと、僕はこのイライラした気持ちを落ち着かせ、さっきの出来事をリセットして、再びゆっくりと満喫しながら、まったりとしようと、すっかり冷めてしまったコーヒーを入れ直してもらう為に、店員さんを呼ぼうと、手を上げた。
「お待たせしました。」
「すいま・・・・・・・・・。」
「コーヒーのお代わりでしょうか?」
「は・・・・・・い。」
そこには、僕そっくりのウェイトレスが立っていた。

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2009年11月25日 (水)

「第百八十話」

「食べんの?食べないの?」
「お姉ちゃん?」
「何よ!」
「何を?」

第百八十話
「マルゲリータ」

「パパとママは今日、結婚記念日で、2人きりのディナーに出掛けたの。」
「知ってる。だって、それって、僕とお姉ちゃんからのプレゼントだもん。」
「そう。お陰で、アタシ達の今月のおこずかいは、全てパーよ。でもまっ、パパとママが喜んでくれるなら、オールオッケー。うん、何も問題ないわ。」
「そうだね。」
「で、アタシ達は2人、寂しくディナーの時間って、わけ。」
「知ってる。」
「テーブルの上に新しいテーブルクロス。その上に、お皿とコップ、スプーンとフォークとナイフ。アタシ達は、いつも通り向かい合って座ってる。」
「うん。」
「でもどう?パパとママ達は、きっと今頃、メインディシュが目の前に運ばれようとしているってのに、何でアンタは、アタシの料理に手をつけようとしないの!食べる気ないわけ!」
「お姉ちゃん?」
「何よ!」
「だから、さっきから何回も言ってるけど、何を?」
「決まってるでしょ!ソノ何かをよ!」
「コノお皿の上に乗ってるヤツ?」
「当たり前でしょ!食べんだから、お皿の上に乗ってるヤツじゃない!それを何で、わざわざお皿の上に乗ってないヤツを食べんのよ!アンタ死にたいの!」
「・・・・・・・・・。」
「それといい?赤よ!お皿の上の赤いソレを食べんのよ!緑と黒のソレは、彩りのためだけだから、絶対に口に入れちゃダメよ!ちょっとなら?ちょっとだけなら?とかって、甘い考えは禁物よ!緑と黒のソレが赤いソレに触れないように、そ~っと食べるのよ!」
「うん、知ってる。その注意もお姉ちゃんから何回も言われたからね。」
「ええ、そうよ?アタシも5回目ぐらいまでは数えてたけど、今のでもう何回目かなんて、覚えてないわ。」
「このコップの中の何かも飲んだらダメなんでしょ?」
「そうよ。」
「絶対にコップに触ってもダメなんでしょ?」
「分かってるじゃない。いい?赤いソレは、物凄く喉が渇く!でも、パニックにならないで!いい?パニックは、ディナーの1番の敵よ!ならどうすればいい?この喉の渇き、いったい何で潤せばいい?雨を待つ?いいえ!雨を待つ間に、喉の渇きであの世にゴーだわ!雨はダメ!だったらどうすればいい?どうやって喉の渇きを?」
「スープ。」
「そう!スープよ!アタシ達には、この何かを!時間掛けて、グツグツコトコト煮込んだ透明なスープがある!これを飲んで喉の渇きを潤せばいい!それで、オールオッケー!うん、何の問題もないわ!」
「いくらなんでも、透明過ぎない?」
「ええ、そりゃあモチロン透明なスープですもん。透明過ぎるぐらいが、いいぐらいよ!」
「お姉ちゃん?でも、僕にはスープがあまりにも透明過ぎて、何も見えないよ。すくってもすくっても、何も滴り落ちないよ。ほら?」
「まったく、あまりにも透明なスープが美味しすぎて、一気に飲み干しちゃったのね?」
「違うよ。」
「はあ、やれやれ、お代わりが欲しいなら、素直にそう言えばいいのに!ほら、お皿貸して!」
「お姉ちゃん?」
「ほら!スープがなかったら、赤いソレの喉の渇きで、渇き死にしちゃうんだから、貸しなさいって!」
「お姉ちゃんっ!!」
「なっ!?何よ!?いきなり!?ビックリするじゃない!」
「お姉ちゃん!」
「何よって!」
「お姉ちゃん!!」
「だから!何よって!」
「何っ!何なのこのディナー!」
「ディナーよ!」
「ディナーじゃないよ!」
「はあ???どっから、どう見てもディナーじゃない。」
「こんなのディナーじゃないよ!」
「ふぅ~、何を言い出すのかと思ったら、やれやれね。」
「僕、嫌だよ!」
「あのね?いい?これから先、アンタは、なが~い人生を生きてくの。そしたらこの先、ず~っと、パパとママとアタシとアンタの4人で、ディナーを囲んでく事なんて不可能なの。自然と囲まない事の方が多くなってくの。それはもう、どうしようもない事なの。でも、泣かなくていいわ。」
「泣いてないよ。」
「大丈夫、安心して、アンタにもそのうち家族が出来て、幸せにディナーのテーブルを囲む素敵な毎日がやって来るわ!そして、アンタの子供達もいつの日か、結婚記念日の夜に、アタシ達と同じような事をして、アンタと同じような事を想うはずよ。こうして、ディナーってのは受け継がれていくモノなの。ねっ?だからもう泣くのはやめて、ディナーを食べましょ!」
「だから、僕は泣いてないって!」
「あそうっ。うん、それは良かったわ。なら、ディナーを食べましょ!」
「食べないよ!食べないよって言うか!食べれないよ!お姉ちゃん!」
「何よ!」
「お姉ちゃんは、いったい何を作ったの?この赤や緑や黒や・・・・・・ああもう!この色とりどりなお皿やテーブルの上にいっぱいある何かは、何っ!!食べたら死ぬとか、飲んだら死ぬとか、触っただけでも死ぬとか!ディナーって、そんなに死と隣り合わせなもんじゃないよ!!」
「・・・・・・・・・。」
「な、何だよ。急に顔近付けたりして、何?」
「いい?ディナーは、死と隣り合わせなの。」
「そんなわけないだろ!」
「そんなわけ、あるの。」
「だったら、お姉ちゃんから先にソノ赤いヤツを食べればいいじゃないか!何で僕にばっかり進めるんだよ!何これ?斬新な殺人ゲーム?」
「やれやれ、アンタ、つまんない小説の読みすぎなんじゃない?殺人ゲームですって?バカバカしい。んなわけないでしょ?アタシがアンタを殺して、いったい何のメリットがあるのよ。」
「だったら、ほら!早く赤いソレを食べてよ!お姉ちゃんが赤いソレを食べて、ソノ透明なスープで喉の渇きを潤したとこを見たら、僕も食べるよ!」
「分かったわよ!よ~く見ときなさいよ!」
「うん!」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「お姉ちゃん?」
「何よ!今から食べんだから、話し掛けないでよ!赤いソレが緑と黒のソレに触れたらどうすんのよ!」
「フォークとナイフを持つ手、震えてるよ?」
「ああーっ!もう!うるさいわねっ!集中出来ないじゃない!それとも何?アンタは、アタシを殺す気なわけ?」
「殺す気なんてないよ。ただ僕は?」
「ただ何よ!」
「ピザでも注文しない?って、思っただけだよ。」
「それも悪くないかもね。うん、何も問題ないわ。」

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