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2009年11月 4日 (水)

「第百七十七話」

 今日は、月に一度の贅沢な日。だから僕は、ウキウキしながら、目指すお店へ向かって街を歩いていた。そのお店は、メガネだらけのメガネ屋さんの五軒先にひっそりと佇んでいる。逆から言うなら、そのお店の五軒先に、メガネだらけのメガネ屋さんがちゃっかりと佇んでいる。

第百七十七話
「歯磨き屋」

「ガチャ。」
真っ白なお店の真ん中に、ポツンと一つ椅子がある。何の変哲もない真っ赤な椅子だ。
「いらっしゃい!」
その真っ赤な椅子の横に、白衣を纏った店主が立っている。歯磨きを極めし人間だけが身に纏う事の出来るオーラがそこには、漂っていた。僕は、ゆっくりと真っ白な空間の中、真っ赤な椅子へと歩みを進めた。既に、歯磨きを終えた時の自分の姿を想像しながら、それは爽快感に包まれた清涼感に抱き締められた至福の時間。自然と笑顔を少し通り越した、ちょっと変な顔になっていた。
「どぞ。」
店主の指示に従い、僕は真っ赤な椅子へと座った。相変わらずと言うか何て言うか。このお店に、この真っ赤な椅子が無かったらって考えると、ゾッとする。この真っ赤な椅子を目指して真っ直ぐ歩いて来たからこそ僕は、無傷だけど、おそらく真っ赤な椅子じゃなく真っ白な椅子を目指して店内を歩き回っていたら、真っ白な空間に溶け込んだ真っ白なあらゆる歯磨き道具にぶつかり、今頃僕は、病院のベッドの上で、違う白衣の人を見上げているに違いない。
「今日はどんな感じで?」
真っ白な店主が尋ねた。
「今日は・・・・・・・・・。」
僕は、この日の為に、ある決意をしていた。いつかはしてもらおうと、夢見ていたコース。
「いつものピカピカコースかい?」
違う。いつものピカピカコースでもなければ、その上のピッカピカコースでも、更にその上のピッカピッカコースでもない。僕が今日、注文しようと夢見ていたコースは、毎月限定一名様のコース。当日開店同時先着完全予約制のシステムのこのお店で、数年越しの悲願のコース。月始めの開店一人目だけに与えられる夢の一時。真っ白な料金表の一番上に、真っ赤な線が一本、それが引かれていないって言うこの優越感。それにもう少しだけ浸っていたいって考えたけど、そこを優雅に堪能出来るほど僕は大人じゃない。
「今日は、ピッカンピッカンコースで、お願いします!」
遂に、遂に言ってしまった!王者の言葉。昨日の夜、湯舟に浸かりながら、何度練習しただろう言葉。今朝のトイレの中で、何度練習しただろう言葉。
「あいよ。」
コースの違いは、使う歯磨き道具の数だって、前に店主から聞いた事がある。いったい、どんな歯磨き道具を使って、僕を歯磨きのあっち側へと導いてくれるって言うんだ。
「じゃあまず、ベンジャミン。」
ベンジャミンとは、口の中に入れて爆発させ、一気に口の中を洗浄する小さな球体の事だ。
「ぼふぅ!」
この時、気を付けないといけないのは、ベンジャミンの爆発により大量に噴射される洗浄液が、鼻から出ないように、体を、くねくねさせる事が重要だ。
「よし!じゃあ、口を開けて!」
そう言って店主が手に持っているのは、ポップリンだ。ポップリンとは、主に紫と焦げ茶が存在する。男性には、紫。女性には、焦げ茶。性別によって色分けされているようだ。ポップリンが口の中に投入されて約三分待つ。すると口の中は、歯磨きに適した最高の状態へと仕上がる。
「ピピピ!」
タイマーが店内に鳴り響き、真っ白な椅子に腰掛けて腕組みをしていた店主が立ち上がった。
「ンコ虫!」
ンコ虫とは、虫の形に似ている事から付いた、ンコの種類の一つだ。他にも、ンコ車、ンコストロベリー、逆さンコ、ンコハーフ&ハーフ&ハーフ、渦ンコ、などなど。ンコの種類は豊富で、お店の数だけ、それを扱う匠の数だけ、それを扱われる客の数だけ、存在すると言われている。その数は、数百。或いは、数千、いや数億とまで言われている。
「よし。」
そう言って、店主が僕の口の中へ、ベンジャミンを放り込んだ。僕は、液体が鼻から出ないように、体を、くねくねさせた。
「冷奴。」
ンコで口の中のおおまかな汚れを取り除くと、次に冷奴を舌の上に乗せる。冷奴とは、所謂、ボルメディウセシウメニウムの事だ。だが、歯磨き屋では、ボルメディウセシウメニウムと言うよりも、材質や見た目から、冷奴と呼ぶのが一般的だ。言うまでもなく、ボルメディウセシウメニウムの歴史は古く、地球誕生と共に生まれた鉱石とも囁かれている。
「よし!」
次に店主が手にしたのは、上下の奥歯を磨く道具、ダンシィングハンマーRだ。ハンマーのダンシィングを利用して、一気にしつこい汚れを取り除く道具だ。昨年までは、ダンシィングハンマーが使われていたが、今年に入り、三十年間の沈黙を破り、エンジニアの努力の末、ダンシィング率を飛躍的に進化させた、ダンシィングハンマーRが導入され、業界が騒然となった話題も、今では懐かしい。
「さてと。」
そう言って、店主が僕の口の中へ、ベンジャミンを放り込んだ。僕は、液体が鼻から出ないように、体を、くねくねさせた。
「よし!」
次に店主が手にしたのは、奥歯と前歯以外の歯を磨く為の道具、パ、だ。パ、を使うには、まず、ゼ、を奥歯と前歯以外に貼り付ける。ゼ、を貼り付け、数秒してから、ゆっくりと丁寧に、ダ、を使って剥がしていく。それから上の奥歯と前歯以外には、ササラパパラ、を吹き掛け、下の奥歯と前歯以外には、パパラササラ、を吹き掛ける。ササラパパラ、と、パパラササラ、が乾くか乾かないかの絶妙な匠のタイミングで、パ、を使って磨く。
「よし!」
そしてまた、店主は僕の口の中へ、ベンジャミンを放り込んだ。だから僕は、液体が鼻から出ないように、体を、くねくねさせた。
「前歯!前歯!前歯!」
そう言って店主が前歯ボタンを押して前歯コールを店内に響き渡らせ、ゆっくりと慎重に、僕と自分との距離を計算しながら、前方へと歩いて行った。上下の前歯を磨く為の道具は、匠の匠たる匠と呼ばれる匠の妙技が光、逸品だ。磨き太鼓。音波による歯磨きだ。店主は、数メートル離れた場所から太鼓を叩く、その音の振動により、上下の前歯を磨く技。この妙技を見て体感する為だけに、わざわざ歯磨き屋に足を運ぶ人も少なくはない。
「せいやっ!!」
店主の磨き太鼓の終了の掛け声と共に、真っ白な店内が、より真っ白になるほどの静寂が包み込んだ。
「・・・・・・・・・。」
僕は、息を殺した。そう、ここまでは、僕がいつも注文しているピカピカコースと何ら変わりない。でも、今日は違う。まだまだ、この先、究極の歯磨きへの時間が待ち構えている。店主が、額から流れる汗を吹きながら近付いて来る。いったいこの先、どんな道具を使って、どんな風に歯を磨いてくれるって言うんだ?そして僕は、ピッカンピッカンコースが終了した時、幸福感の中で、いったい何を思うんだろう?
「せいっ!」
目の前で立ち止まった店主は、僕の口の中へ、ベンジャミンを放り込み、次の歯磨きの用意を始めた。それを横目で見ながら僕は、液体が鼻から出ないように、体を、くねくねさせていた。

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コメント

今夜は歯磨きが楽しみです「ぼふぅ!」ってなるで磨いてみよっ♪

投稿: Mr.Pfct | 2009年12月 5日 (土) 00時48分

「ぼふぅ!」ってなるまで←でした

投稿: Mr.Pfct | 2009年12月 5日 (土) 00時49分

鼻から出ないように、体を、くねくねさせるのを忘れないで下さいね。

コメントありがとうございました。

投稿: PYN | 2009年12月 5日 (土) 01時15分

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