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2009年11月18日 (水)

「第百七十九話」

 僕が喫茶店でコーヒーを満喫しながら、まったりとしていると、結構なキャパだけど、今は客数の少ない時間帯なはずなのに、僕の真横の席に怪しい男は、座った。怪しいって言うのは、アッチの意味じゃなくて、その黒い背広にサングラスと言う容姿のコッチの意味だ。まるで、シークレットサービスのようじゃないか。でも、男はシークレットサービスではないはずだ。だって僕は、特に警護されるような地位でもないからだ。でも仮に、両親のどちらか一方が、或いは両方が、シークレットサービスを僕の為に雇ったのであれば、真横の男は間違いなくシークレットサービスだ。って、真横の怪しい男の妄想で、結構な時間の無駄を費やした僕は、再びコーヒーを口に運び、まったりとしながら現実へ戻る事にした。だいたい、こういった状況なんて、喫茶店に何度も来ていれば、何度も体験するような事なんだ。真横に座る人間をいちいち気にする事なんてない。
「ブレンドコーヒー。」
真横の怪しい男が、ウェイトレスに注文を終えると、ギュイッと僕の方に顔だけ向けて、ニタッと笑ってこう言った。
「似てるよね~。」
「はい?」
「ああ、申し遅れました。私は、こう言った感じの者です。」
そう言うと、怪しい男は、顔はそのままで、スーツの内ポケットから取り出した手帳を僕に見せて来た。予想もしないこの展開に内心、僕は少し、いや、凄く驚いた。
「指名手配局?」
怪しい男の怪しい手帳には、怪しくそう書かれていた。
「似てるよね~。」
「何がですか?」
「我々が属する国の裏機関、指名手配局とは、つまりですね。」
そこで一旦、男は話を止めた。なぜなら、男が注文したコーヒーをウェイトレスが運んで来たからだ。そして僕は、この間に思った。何か物凄く聞いてはならない話題を今、僕は聞いてしまっているのではないか?と。でも、男が勝手に顔を向けて聞かせているだけだから、どうしようもない。僕は、出来るだけ男の方を見ないように、正面を見ていた。だって何か、背筋を伸ばして、顔だけこっちに向けて喋っている様が、異様に恐いし気持ち悪かったからだ。
「つまりですね。指名手配犯を見付けて、場合によっては、その場で射殺する機関です。」
サラッと、サラッと何かとんでもない事を言いましたよ?ズズズッと、ズズズッとコーヒーを飲んでいますよ?
「そうですか。」
「そうなんですね。」
「で?その指名手配局の人が」
「シーッ!」
「えっ?」
「あまり口にしないで下さい。何せ我々は、裏機関なのでね。」
それは分かったけど、僕の口元にわざわざ人差し指をスッと伸ばして当てるこれは、分からなかった。逆に端から見れば、よっぽど目立つ光景だと思う。
「で、そこの人が、僕に何の用なんですか?」
「最重要事項が発生しない限り、我々が一般人に話し掛けると言う行為は、ありません。」
「最重要事項?って、この指、もうどけてもらってもいいですか?」
「ああ、失礼。最重要事項とは、対象が、指名手配犯だった時を指します。」
「はあ?」
「似てるよね~。」
「ちょっと待って下さいよ。」
「待ちません。」
「いや、待って下さいよ。」
「待ちませんよ。」
「僕の話を聞いて下さいよ。」
「イヤだ。」
おいおいおい、これはだいぶ複雑に絡み合った面倒臭い事態へ巻き込まれちゃったみたいだぞ?
「首振りを止めて、お願いですから、少しだけ僕の話に耳を傾けて下さい。」
「少しだけですよ。さあ、どぞ。」
ち、近い。
「そんなに傾けなくても、大丈夫ですよ。」
「そうでしたか。」
この人、本当に裏機関の人なんだろうか?いろいろな様が滑稽過ぎだろ。
「話さないんですか?」
「話します話します。」
「単刀直入にお願いしますよ。」
「単刀直入に言いますけど、貴方は勘違いしています。僕は、指名手配犯ではありません。」
「なるほどね。そう来ましたか。なるほどなるほど。教科書通りですね。」
「いや、誤魔化そうとかしているんじゃなくて、本当に僕は、指名手配犯じゃないんですよ。」
「こんなに似てるのに?ですか?」
サササッと、男が差し出した写真の中の人物は、確かに僕とそっくりだった。でも、ただそれだけの事だった。
「確かに似ています。似ていますが、別人です。」
「私の誤認だと?」
「残念ですけど、今回はそうみたいですね。」
「私は、こう見えて裏機関の人間です。そして、こう見えて裏機関のエリートです。尚且つ、こう見えてエリート中のエリートなんです。」
ある角度からは、どんな風に見えてるんだよ。
「まあ、その辺は僕にはよく分かりませんけど、エリートだろうが、エリートじゃなかろうが、誰でも間違ったりしますよ。みんな同じ人間なんですから、間違いますって。」
「外に車を待たせています。」
「僕の言った結構、良さげな言葉、聞いていました?」
「聞いてましたよ?」
「だったら、どうして僕を連れて行こうとするんです。」
「いや、続きは車の中で、じっくりと聞こうかなと思って。」
「いや、車に乗ったら最後、僕は監獄暮らし決定じゃないですか。」
「いえ、即死刑です。」
「写真のコイツとんでもないヤツなんじゃないですか!」
「知ってるくせに!」
「止めてもらえません?そうやって、肘で脇腹辺りをツンツンするの?僕は写真の人物じゃないって、言ってるでしょ。」
「じゃあ、コイツは、いったい何処にいるって言うんですか!」
「知りませんよ!とにかく今、初めて僕は、僕に似てる指名手配犯の存在を知ったんですよ!だいたい、それを調べるのが貴方達の仕事でしょ!」
「似てるよね~。」
「だから、似てるよ!似てるけど、違うからね!」
「あっ、声を荒げた!」
「いや、追い込まれたから荒げたとかじゃなくて、単に疑いを掛けられてイライラしただけですよ。だいたい、さっきからちょくちょく荒げてましたけどね。」
「そうだ。こう言うのは、どうです?」
「何ですか?」
「間違ったお詫びに、私がここのお代を持ちます。」
「いや、いいですよ別に。」
「いやいや、遠慮しないで下さい。ご迷惑をお掛けしてしまったんですから、ねっ?」
「そうですか?」
「で、お詫びついでに、ご自宅まで、我々の車でお送りします。」
「いや、引っ掛からないからね?そんな分かりやすいトラップに、引っ掛からないからね?」
「チェッ!」
「露骨かよ!もう、僕じゃないって分かったんだから、僕に構わず早く本物を捜しに行けばいいじゃないでか!」
「一緒に行く?」
「いいよ?じゃあ、一緒に車に乗って、行くとするよね?でもね?貴方だよ?恥じかくの貴方の方だからね?みんなの笑い者だよ?何がエリート中のエリートだよ!って言われて、抱腹絶倒されちゃうんだよ?」
「そん訳ないだろ!」
「あるだろ!僕は、男だろ!!」

第百七十九話
「指名手配の女」

裏機関の男が去ったあと、僕はこのイライラした気持ちを落ち着かせ、さっきの出来事をリセットして、再びゆっくりと満喫しながら、まったりとしようと、すっかり冷めてしまったコーヒーを入れ直してもらう為に、店員さんを呼ぼうと、手を上げた。
「お待たせしました。」
「すいま・・・・・・・・・。」
「コーヒーのお代わりでしょうか?」
「は・・・・・・い。」
そこには、僕そっくりのウェイトレスが立っていた。

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