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2009年12月

2009年12月 2日 (水)

「第百八十一話」

「さあ、主の部屋へどうぞ。御案内致します。」
どうして僕が?どうしてこんな大きな屋敷に?事の始まりは、一週間前に遡る。その日は、いつもの朝だった。大学への進学を考えていた僕は、この最後の夏休みを有効利用するために、予定のない日は全て図書館で過ごそうと決めていた。洗顔を終えて、朝食を済ませて、部屋で着替えをしながら図書館へ行く用意をしていた時、異変に気付いた。
「えっ?」
全身を映す鏡の中の自分は、いつもの自分じゃなかった。簡単に言うなら、映画や漫画の主人公が、ある日突然、何かの特殊能力に目覚める。僕の身に起きている事も、まさにそれと同じだった。伸縮自在で変幻自在、まさに自由自在だった。しばらく鏡の中の自分で、遊んでみたりしていた。だが、僕の身に付けた特殊能力なんて、到底、世界を救えるようなもんじゃない。現実は、映画や漫画みたいに、上手くは回転していないんだ。数分の無駄な時間を過ごして僕は、図書館へ出掛けた。
「夢じゃなかったか。」
特殊能力の事をすっかり忘れて図書館で一日を過ごした次の日、鏡の前で僕は、改めて昨日の出来事が現実だったんだって実感した。
「やれやれ。」
まあ、ただそれだけだった。
「やっべ!」
時計を見ると、彼女との水族館デートに行く待ち合わせ時間がギリギリだった。僕の特殊能力で、どうやって世界を救おうか?そんな暗闇で胡麻を拾うような事をしている暇なんてなかった。彼女の機嫌を損ねない方が、よっぽど平和への第一歩だ。もちろん、特殊能力の事を彼女に言うつもりはなかった。嫌われるかもしれない確率が高い事を、あえて言う必要がなかったからだ。そのあとの数日も図書館で過ごしたり、彼女の買い物に付き合ったり、特殊能力の事なんて、頭の隅っこに放置しながら過ごしていた。
「お客さんよー!」
今日も図書館で一日を過ごそうと部屋で用意をしていると、一階から母親の声が聞こえて来た。
「お客さん?僕に?」
この時、父親と姉は、会社で家にはいなかった。中学生の弟も昼食を急いで食べて、急いで出掛けて行った。そう、必然的に母親がお客さんだと言うそのお客さんは、僕のお客さんって事だ。
「誰だろう?」
僕は、疑問に思いながら、階段を下りて玄関へ向かった。
「遅いじゃない!」
「えっ?ああ。」
「すいませんね。」
母親は、そう言うと、僕のお客さんに頭を素早く数回下げ、昼食の後片付けがあると言い残し、台所へ行ってしまった。玄関には、僕と見知らぬ老紳士が残された。
「はじめまして。」
「えっ?ああ、はじめまして。」
そう、はじめまして、だった。別に僕が、どこかでこの老紳士の命を救った訳でもなく、まるで、はじめましてだった。
「あのう?どちら様・・・・・・ですか?」
「貴方様を御迎えに伺った者です。」
「はい?」
「貴方様が、わたくしの詳細を知るなど、何ら重要な事ではありません。重要なのは、貴方様がわたくしの主に御会いになる事なのです。さあ、御車の方へ、どうぞ。」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!僕には、何が何だかさっぱりなんですけど!僕と、その人と、いったいどう関係あるって言うんですか?」
「特殊能力・・・・・・・・・。」
「えっ!?」
「御理解なさってもらえたでしょうか?」
「理解って、どうしてその事を知っているんですか!?」
「その御質問は、主になさってはいかがでしょうか?わたくしはただ、貴方様を御連れしろとだけ、言われていますので。」
そして僕は、老紳士が運転する立派な車に乗り、主の元へと向かった。僕の特殊能力が関係しているのは、間違いない。なぜ、僕に特殊能力が備わった事を知っているのか?凄く気になった。でも、それ以上に僕の中では、僕の特殊能力が、この世界を救おうとするかのようなこの得体の知れない緊迫感と、いったいどう関係していくのか?その好奇心が上回っていた。
「・・・・・・・・・ん?」
どれぐらい走ったのだろう?いつの間にか僕は、心地好いシートに包まれて眠っていたようだ。気付くと車は止まっていて、窓の外には大きな屋敷がそびえ立っていた。
「す、凄い!」
ただただ、それだけだった。他に思い当たる言葉が見付からないほど、屋敷は凄かった。
「ん?」
そう言えば、運転していたはずの老紳士がいない。僕がそう思った瞬間、後部座席のドアが開き、そこにはさっきの老紳士が立っていた。
「気持ち良さそうに眠っておられたので、起こすのも無粋かと思いまして。」
「はあ、すいません。」
数分毎に老紳士が僕の様子を伺いに来ていたのでは?なんて考えたら、僕は何だか照れ臭くなってしまった。
「さあ、主の部屋へどうぞ。御案内致します。」
これまでの事を頭の中で断片的に整理しながら、僕は豪華絢爛の屋敷の中を老紳士に案内されながら、歩いていた。
「主が御待ちです。」
一際大きくて豪華な扉の前で老紳士は立ち止まり、観音開きのその扉の片方の取っ手を両手で開け始めた。重低音を響かせながら、扉は徐々に開いていく。いよいよだ。いよいよ話は、核心へ動き出す。
「御入り下さい。」
「ああ、はい。」
想像通りの広い部屋だけど、想像以上に汚い部屋だった。いや、汚いと言うか、無数の本が散らかり放題、散らかっている。見渡す限り本棚の部屋。ここは主の部屋ではなく、きっと屋敷の図書館のような場所なんだろう。
「やあ!」
「うわっ!?」
突然、目の前の本の山の中から、眼鏡を掛けた小太りの男が飛び出した。おそらく、主に違いない。でも、髪はボサボサで服装も何だかなって感じで、どうもここの空間とこの人物だけ、屋敷から浮いていた。
「よく来たね。う~ん?まっ!あの辺に座って話でもしようじゃないか。」
「は、はあ。」
主が指差す部屋の真ん中には、やっぱり本が山積みで、床を埋め尽くしていた。
「それでは、わたくしはこの辺で失礼致します。」
「うん。ご苦労さん!」
「御ゆっくりと、御楽しみ下さいませ。」
「どうも。」
そう言って僕にお辞儀をすると、老紳士は扉を閉めて立ち去った。僕は、主と共に部屋の真ん中に向かい、案の定、本の上に向かい合って座る事になった。
「あのう?」
「あっ、ちょっと待って、いろいろ君も聞きたい事が山積みだろうけどさ。ここはスピーディーに話を進めようじゃないか。つまり、結論から先に言わしてって事~!山積みは、そのあとあと~!」
何て掴みきれないペースの持ち主なんだ。やっぱりこれぐらいの屋敷の持ち主ともなると、計り知れないぐらいな強引グマイウェイの持ち主でもあるのかな?
「分かりました。」
「うん!君のその特殊能力で、世界を救ってみないかい?」
まさかの展開と言うか?少しだけ僕が期待していた展開と言うか?だからって、やっぱり僕には、山積みの山積みが、更に山積まれただけだった。
「無理です。」
「無理?なぜ?」
主がそれを本気で言っているんだとしたら、それは逆に今もどこかで世界を救うために悪と戦っているヒーローへの冒涜だと思う。
「僕の特殊能力の事、ご存知なんですよね?」
「もっちろんじゃないか!」
「それなら。」
「伸縮自在で変幻自在で、自由自在に扱える特殊能力!」
「鼻毛をです!」
「鼻毛をだよ!」
「鼻毛を伸縮自在に!鼻毛を変幻自在に!鼻毛を自由自在に!鼻毛を扱えるからって!世界のいったい何が救えるって言うんですか!」
「救えるさ。」
「世界のいったいどんな部分が救えるって言うんですか!」
「いろいろな部分だよ。」
「僕をからかわないで下さい!」
「からかってなんてないさ。」
「僕は、お金持ちの道楽に付き合っているほど暇じゃないんです!」
「ミラクル鼻毛ボンバー!」
「なっ!?」
「どう?このネーミング?良くなくなくはないだろ?」
「・・・・・・・・・まあ、ネーミングはそうですけど・・・・・・でも!こんな特殊能力で、いったいどうやって世界を救えるんだって気持ちに、変わりはありません!」
「君の鼻毛はね。君が思っている以上に、むっげんダイっ!!の可能性を秘めているんだよ!」
「無限大?」
不思議そうに主を見る僕を見て主は、鼻毛ソードに鼻毛ランス、鼻毛ドリルに鼻毛ブーメラン、鼻毛ウイングに鼻毛ホッピング、鼻毛分身に鼻毛変身と、無数の鼻毛アイデアを朝になるまで、いや、朝になっても尽きる事なく話し続けた。
「あとはね!」
「分かりました!」
「分かってくれたか!」
こうして僕は、あの日目覚めた特殊能力を使って、世界を救う事になった。

第百八十一話
「次週っ!
今明かされる!?もう1つのミラクル鼻毛ボンバーズ誕生秘話!!」

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2009年12月 9日 (水)

「第百八十二話」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
あっ、クマです。ども、こんにちはです。今さっき、山登りをしている人間の雄、通称山男なる者と出くわしました。僕は、別に襲うつもりなんかなかったんです。いやむしろ、僕の方から立ち去ろうとしたぐらいです。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
でも、山男は有無を言わさず死んだフリです。だったら、その隙に立ち去ればいいじゃないか?そう思うかもしれませんね。実際、僕もそうしようと思いました。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
しかし、しばらく死んだフリをした山男を見ていて思ったんです。見て分かる通り、これ程の山男です。熊に対して死んだフリは、むしろ逆効果だって事、重々承知なはずです。でも、これ程の山男が、僕を見るなり電光石火の死んだフリです。そこで僕は、思ったんです。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
死んでんじゃねぇの?死んだフリとかじゃなくて、本当に死んでんじゃねぇの?ってね。これ程の山男ですが、仮にあらゆる山のあらゆる自然の猛威を経験していたとしても、もしかしたらバッタリ熊に出くわしたのは、初めてなんじゃないか?僕は、そんな今年一番の大胆な仮説を閃いたんです。そう、それはつまりです。正確な表現で言うなら、山男は、まだ死んでない。僕を見たショックで心肺停止状態を引き起こしたって事です。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
僕の仮説が正しいとしたら?って思ったその瞬間、僕の頭の中に、カーラーの救命曲線が描かれました。2分以内なら90%、4分なら50%、5分で25%、救命率です。そう、それはつまりBLS、一次救命処置、所謂Basic Life Supportから二次救命処置、所謂ALS、Advanced Life Supportへの命を繋ぐリレーのスタートダッシュです。そして、僕が直ちにやらなきゃならないのは、BLSの中のBCLS、一次心肺蘇生法、Basic Cardiac Life Supportです。そう、それはまさしくCPR、心肺蘇生法、CardioPulmonary Resuscitationなんです。僕は、木の枝の影を見ました。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
うん、まだ間に合う。そして、現状から見てもバイスタンダーは、僕です。だから僕が急いで、バイスタンダーCPRを施せば、山男の命を救う事が可能なんじゃねぇの?と言う仮説の中の仮説に到達しました。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
僕は、バイスタンダーCPRにおけるA・B・C・Dを実践しようと思いました。だがしかしです。僕には、バイスタンダーCPRなんて出来ません。あっ、いや勘違いしないで下さいね。バイスタンダーCPR自体は、もちろん出来ます。なら、すればいい。そう思うかもしれませんね。でも、よーく思ってみて下さい。普通の状態でさえ、熊のパワーは、物凄いんです。ましてや、今の力の加減も分からない精神状態で、バイスタンダーCPRを山男へ施したらどうなる事か?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
まずはA、気道確保、Airwayです。片方の手で額を押さえて、もう片方の手の人差し指と中指を使って顎を上に持ち上げる。そうです。頭部後屈顎先拳上法です。でもきっと山男の顔面は、ミシミシって、バキバキって、ボギってなると思います。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
そしてBは、人工呼吸、Breathingですね。鼻を押さえて胸が膨らむように約1秒息を吹き込み、2秒の間をおいたあとに、もう一度息を吹き込むんですが、最初に息を吹き込んだ時点で、パーンって、パパーンって肺が破裂すると思います。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
更に問題なのはC、胸部圧迫、Circulationなんです。乳頭と乳頭を結んだ線上で身体の真ん中に手の付け根を置いて、4、5センチメートル程度沈むように圧迫し、それを約100回/分の速さで圧迫を繰り返す。しかも、胸部圧迫30回に1回間隔で人工呼吸をするんです。例え人工呼吸不要説を用いたとしてもです。どうなると思います?熊の胸部圧迫を?そんな事をしたら、矢鱈と骨がバキバキ折れて、ありとあらゆる臓器を損傷させてしまいます。それ以前に、一回目の胸部圧迫で心臓を、スパーンって破壊しちゃうかもです。これでは逆に、助かる命も助ける事なんて出来ません。命のリレーなんてとんでもないです。スタートダッシュで、見事に転ぶ事になってしまいます。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
でもです。無我夢中になってバイスタンダーCPRを施して山男をバラバラにしてしまう前に、この現状を気付けた冷静さと、理想を現実的に分析出来るだけの平常心を保てたのは、不幸中の幸いです。あの滝壺修行が無駄ではなかったんだと、師に感謝です。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
なら、ABCがダメならせめてDだけでも、AEDによる除細動、Defibrillationだけでも、と思ったんです。でも、ここは山の中腹です。こんな場所にAED、自動体外式除細動器、そうAutomated External Defibrillatorがあるはずもないんです。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
何て自分は、無力なんだと、痛感しました。知識ばかりを詰め込んだって、自分は何も出来ないじゃないかと、自分を責めました。熊出没注意の看板1に対してAED2の割合で、どうしてAEDが設置されいないんだと、世知辛い世の中に、真っ正面から八つ当たりしました。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
でも待てよ?おい、ちょっと待てよ?おい、ちょっと物事を、ネガティブに思い込み過ぎなんじゃねぇの?って、僕が思った矢先です。とんでもない仮説が頭のを巡ったんです。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
これはやっぱし本当に、死んだフリなんじゃねぇ?って、コペルニクス的な仮説がです。なら、安心して巣に戻ればいいじゃないか。死んだフリでも心肺停止でも、どうせお前はその場を立ち去る選択肢しかないんだから、速やかに巣へと帰還すればいいじゃないか。そう、思うかもしれませんね。おそらく僕も、これがただの死んだフリなら、そうしていたと思います。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
でもこれがもし、仮にもし、僕の頭の中に浮上した山男が挑んで来た勝負だとしたら?どれだけ上手く死んだフリをする事が出来るのか?って男と男の勝負を挑まれているんだとしたら?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
既に僕は、かなりのリードを許してしまっている!?果たして今から死んだフリをしたとこで、僕は山男を追い越す事が出来るんだろうか?いやそれ以前に、山男へ追い付く事が可能なんだろうか?いやいや、こんな事を思っている時間が勿体無い!!
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

第百八十二話
「熊も死んだフリ」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ん?だぞ?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
これはいったいだぞ!?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
どうなってんだぞ!?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
た、立ち去るどころか、何で熊まで死んだフリをしてるんだぞ!?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
いや、待てよだぞ?だが、待てよだぞ?万が一だぞ?熊が死んだフリをしたんじゃなくだぞ?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
本当に死んだんだとしたらだぞ!?こりゃ、一大事だ!?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
お、落ち着け、落ち着くんだぞ!?まだ、完全に死んだと決まった訳じゃないだぞ!
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
万が一、これがショックによる心肺停止状態なら、まだ救う事が出来るだぞ!?カーラーの救命曲線によれば、2分以内なら90%、4分なら50%、5分で25%、の救命率だぞ!とどのつまりBLS、一次救命処置、Basic Life Supportだぞ!そして、BLSの中のBCLS、一次心肺蘇生法、とどのつまるところのBasic Cardiac Life Supportをいかに早く施すかだぞ!そう、それはつまりCPR、心肺蘇生法、CardioPulmonary Resuscitationなんだぞ!状況から判断してもだぞ?当然バイスタンダーは私だぞ!なら急いで、バイスタンダーCPRを施せばだぞ!!
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
だがしかしだぞ?果たして山を愛する人間である私が、熊にバイスタンダーCPRを施す事が可能なのかだぞ?

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2009年12月16日 (水)

「第百八十三話」

 午前2時を時計の針が指した頃、僕は目覚めた。その時、何か得体の知れない2つの強い欲求と欲求とが、僕の中でぶつかり合い始めたのを感じた。
「さあ!立つのだ!」
「いや、キミはこのまま横になっていればいい。」
「さあ!立ち上がるのだ!」
「そのまま、キミはそのままでいい。」
「いや、立て!」
「立ってはいけない。」
頭の中で響く2つの声。やがてそれは、僕自身のこれからを大きく左右する言い争いへと、発展していく事となる。
「貴様は、黙っていろ!今動く事が、この男にとって最重要事項なのだ!」
「貴方こそ少し静かにしていて下さい。彼が今ベッドから起き上がって動く事は、今後の彼にとって良くない事だと、分からないのですか。」
加速する言い争いとは裏腹に、僕は2つの声を黙って聞いているしかなかった。でも、分かってる。最終的な決断を下すのは僕で、この2つの声じゃないって事を。
「貴様こそ!この男が今動かなければ、大変な事態に巻き込まれると言うのが、分からないのか!」
「時間は、まだ十分にあります。」
2つの声は、僕の内なる声、欲求の暴走。最後に行動するのは、僕なんだ。でも今はまだ、僕にはどうする事も出来ない。それはきっとまだ、この現実を現実だと受け止めきれていないからだ。いや、それは違う。そんなに難しい理由じゃない。
「甘いな。」
「何ですと?」
「考えが、まだまだ甘いと言っているのだ!人の寿命などたかが知れている!そうでなくとも、人とは死と隣り合わせで日常を生き抜いている!やれる時にやらんでどうする!!」
「確かに、確かに貴方の言っている事は正しい。しかし、貴方の考えの方が甘い。」
「私の考えが甘いだと!?」
「ええ、そうです。貴方が言うように、彼が今動いたとします。でも、貴方はその後の彼の身に起こる事態まで考えてはいない。彼が、再びこのベッドへと安息を求めに戻って来た時の事をです。まだ、動くべきではないのです。」
「その時はその時だ!」
「そんな危険な賭けにこそ、彼を巻き込む訳にはいかないと言いたいのが、まだ分からないのですか。」
「なら聞くが?貴様は、このまま男が動かないでおく事のリスクを考えているのか?」
「計算から割り出した結果に基づいた判断です。間違いありません。彼には、まだまだ時間があり、余力がある。」
「卓上の理論などを持ち込むでない!体調や心理、精神のバロメーターは日々、いや刻々と変化をするもの!計算だけで全てが割り出せると思ったら大間違いだ!それとも何か?貴様は、男に生き恥を晒せとでも言いたいのか!」
「確かに卓上の理論でしかありません。不慮の事態まで考慮された計算ではありません。しかし、これだけは分かります。今動けば、彼に安息はない。」
「それがどうした。」
「それがどうした?よくそんな事が言えますね。」
「生き恥を晒すよりかは、遥かにましな事ではないか!」
「五分です。」
「五分?」
「ええ、彼が今動くべきか、動かざるべきかの確率は五分です。」
「五分五分だと!馬鹿な事を言うな!今動かなければどうなるかを、あれ程言っても分からんのか!」
「卓上の理論を逆に言うのなら、それは貴方にも言える事なんです。」
「何だと?」
「確かに卓上の理論では彼のバロメーターを取り入れた不慮の事態まで割り出す事は不可能です。ただ、それらを取り除いた場合は、違います。計算で弾き出された答えは正確で、朝まで十分に時間がある事には変わらない。確率は、五分五分と言いましたが、今動けば安息が失われるのは確実です。つまり何が言いたいか分かりますよね?」
「分が悪いのは、動く事の方だといいたいのか?」
「貴方がこの場に現れた事が、貴方の存在こそが、まさに不慮の事態だったんですよ。」
「貴様ーっ!」
「彼の安息に入り込み、ストレスを与えているのは貴方です。人の寿命などたかが知れていると、人とは死と隣り合わせで日常を生き抜いていると、そう言っている貴方こそが、彼の寿命を縮めている元凶だと、なぜ分からないんですか。」
「言わせておけば!」
「でも、勘違いしないで下さい。僕は貴方を責めている訳ではありません。貴方が彼の為を思って行動しているって事は、十分に分かっているつもりです。ただ、貴方は来る時間帯を間違えたんです。彼は、動かない。断言します。」
「始めから・・・始めから無駄な言い争いだったと言うのか!」
「無駄とか無駄ではないとかって問題ではないんですよ。おそらくこれが、人の性なんですよ。分かっていても動けない。いや、動かない。」
「男は既に安息の中、勝負も既に私が負けると決まっていた訳か。」
「それは違います。勝ち負けで言うなら、貴方も僕も負けなんです。」
「情けなどいらぬ!」
「情けではありませんよ。」
「ならば勝ったのは何だと言うのだ!現に男は眠っているではないか!貴様の勝ちでなく、いったい何の勝ちだと言うのだ!」
「面倒臭さですよ。」
「面倒臭さだと!?」
「彼は、トイレに行くよりも睡眠を選んだのではなく、その2つを考えなくても済む、もっとも手っ取り早い方法を選んだだけなんです。」
「なっ!?」
「気付くのが遅すぎました。たぶん彼には、始めからどちらかを選択すると言う選択肢すらなかったんですよ。」
「そんな馬鹿な!?寝小便は!寝小便の心配はないのか!」
「ええ、おそらくしたらしたで、しょうがないと、そう思ったんでしょう。」
「何て事だ・・・・・・・・・。」
「計算外でした。」
そう、答えは簡単。どうする事も出来ないんじゃなく、どうにかしようって気が、僕にはこれっぽっちもないからだ。

第百八十三話
「眠気と尿意」

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2009年12月23日 (水)

「第百八十四話」

 小学生の息子が風邪で学校を休んだ。だから私は、息子の為に台所で、昼食用のお粥を作っていた。私がお鍋の中のお粥の出来具合を覗いていると、背後に人の気配を感じた。
「・・・・・・・・・。」
息子?いえ、息子じゃない。それは、気配で分かる。じゃあ、いったい誰?私は、深く一度呼吸をして、お鍋の火を止めると同時に振り向いた。
「貴方、誰!?」
目の前には、中年の男が立っていた。
「私?私は」
「強盗!?強盗ね!?」
「ちょ、ちょっと奥さん落ち着いてく」
「そうよ強盗よ!強盗に決まってるわ!強盗じゃなきゃ!この状況、逆におかしいもの!」
「奥さん、どうか落ち着いて下さい。私は」
「お金なら渡すわ!アクセサリーも、テレビも、服も、お粥も、何でも好きな物を上げるわ!だから、殺さんっんんー!んん!?」
「シィィィィィィ!!」
私は、男に口を手でガバってやられた。きっと殺される!そうよ!私は殺されるのよ!待って!違う!私はいい!私は殺されたって構わない!でも、息子は!息子は絶対に殺させない!私が命に変えても守る!
「ガブッ!!」
「いたーいっ!」
ざまあみろ!強盗野郎!手を噛んでやったわ!でも、どうする?どうすればこの強盗を?
「奥さん!何て事をするんですか!」
「人の家へ強盗に入って来て、何て事をするって、何て事言ってんのよ!」
「だから、私は強盗ではないんですよ。」
「黙れ強盗!」
どうする?どうすればいい?考えるのよ!早く考えるのよ!早く!早く!早く早く早く!
「奥さん!私の事を強盗だと思うのも、その強盗の私から息子さんを守ろうと策を考えるのも勝手です!しかし、奥さんが今やるべき事は、そんな事ではないはずです!風邪を引いた息子さんに、お粥を作って持って行って上げる事でしょう!」
「ええ、そうよ!お粥を・・・・・・って、ちょっと待ってよ!どうして強盗がそれを知ってるのよ!?」
「やれやれ、自己紹介まで随分と時間が掛かってしまいましたね。私は、こういった者です。」
そう言って男は、背広の内ポケットから名刺を差し出した。
「お粥大臣?」
「いえ、奥さん。お粥大臣です。」
「いや、そう言ったつもりだったんですけどね。で、そのお粥大臣が、私にいったい何の用なんです?」
「まあ、正確には、お粥大臣なんですが、この際、奥さんのそれは、それで良しとしておきましょか。」
「どの際?ねぇ?イントネーションから文字数まで見事に一致してるのに、ねぇ?どの際?」
「奥さん!」
「はい?」
「サイの話など、今はどうでもいいんです!」
「してませんけど!サイの話なんてしていませんけど!際の話はしましたけどね!ねぇっ!」
「そもそも、お粥と言うのはですね。」
「無視かよ!おいっ!結構、顔近めで、声おっきめなのに、無視かよ!」
「なんですよ!」
「言ってないからな!お前なんか私が、無視かよって顔近めで、声おっきめで言ってる間に、何だかお粥の話をしていたみたいな風になってっけど!そんなの一切してないかんな!」
「奥さん!」
「何っ!」
「だから、今はサイの話など、どうでもいいんですよ!」
「過敏か!言葉のさいの部分気になっちゃうアレルギーか!」
「違います。」
「分かってらぁっ!おちゃらけただけ!おちゃらけてみただけ!」
「やれやれ。」
「それは、私の台詞だよ。まったく!でだから、お粥大臣が来た理由を教えて欲しい訳よ。」
「そんなもん1つしかありませんよ。因みに私は、お粥大臣ですけど、まあいいですよ。」
「なら、いいじゃん!えっ?もしかして、お粥を作ってたからって事?」
「その通りです!」
「はあ?」
「何か問題でも?」
「いや、それを聞かれたらいろいろと問題だらけですけどね。あえて言わしてもらうなら、前のお粥の時には、いらっしゃらなかったですよね?」
「私?」
「ええ、貴方。」
「因みに、奥さんが前にお粥を作られたのは、いつ頃ですか?」
「そうねぇ?一年以上前になるかしら?」
「だったらそれ、私じゃないですよ。」
「はい?」
「だって私が、お粥大臣に任命されたのは、三ヶ月前ですから、それはきっと前お粥大臣ですね。まあでも、前お粥大臣がそんなお粥大臣だったから、新たなお粥大臣として、私がお粥大臣に任命されたんですけどね。あ、そうそう!前お粥大臣と言えばこんな話があるんですよ。」
「ちょっと?」
「私がね。ダンスホールで仲間とメガネの位置の調度いい位置談義に花を咲かせてた時なんですけどね。」
「お粥大臣さん?」
「そこに調度、前お粥大臣がツーステップでやって来たんですよ。いつものあの格好でですよ!」
「お粥大臣さんって!」
「で、メガネ談義仲間の一人が、そんな前お粥大臣を見てこう言ったんですよ!ここは、サーカスかってね!」
「お粥の大臣!!」
「で、私がそれに対してこう言ってやったんですよ。あ、そうそう!サーカスと言えばこんな話があるんだよ!ってね。で、サーカスの話なんですけどね。」
「シャラーップ!!」
「えっ?奥さん、今はサイの話なんてしていませんけど?」
「ミートゥ!!よし分かった!よーし分かった!よーしよしよしよし分かった!長くなっけど!始めっから、ちゃーんとツッコミ入れてこうじゃないか!あったぁ来た!!えっ?何?ダンスホールでメガネの調度いい位置談義?メガネ談義仲間?結構じゃないか!いいじゃないか!どこでメガネの調度いい位置談義に花を咲かせてもらったって、だーれも文句は言わないよ!でもお前、メガネ掛けてねーじゃん!調度いい位置を探す意味分からないじゃん!で?何?前お粥大臣がツーステップでいつものあの格好で来た?それを見た仲間がサーカス?知らねーし!前お粥大臣のいつも、知らねーし!それから何て言った?サーカスと言えばこんな話があるんだよって?普通さぁ。聞いてる方がちょくちょく話を止めてる話の流れがあったらさぁ。話を中断するんじゃないの?何がっつり話しちゃってんの?で、何で次の話題に行こうとしてんだよ!思い出し話の中で更に思い出し話してんだっつってんの!それから最後!どうしてわざわざサイの話にならないように、うるさいをシャラップって言ってんのにだよ?何勝手に訳してんの!!てか、だからお粥大臣って何なのよ!!」
「えっ?」
「聞いとけーっ!!耳ホジホジって!この流れで、その流れって!ベタベタか、お前は!」
「お粥だけにね!」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・ちょっと?」
「あれ?」
「あれ?じゃないわよ。自信満々に何してんの?」
「あら?」
「あら?じゃないわよ。いい加減にしろ!なんてツッコミ、しないわよ?」
「奥さん?」
「何よ!」
「ふざけてないで、早くお粥を作って息子さんに食べさせて上げましょうよ。ほら、美味しいお粥がちゃんと作れるように、お粥大臣の私がこうして後ろから見守っていて差し上げますから、さあ!大船に乗ったつもりで!さあさあ!」
「えっ?あっ、はい。じゃあ、宜しくお願いします。でも助かるわー。こうして、お粥大臣さんに見守っててもらえるとって、こんにゃろー!!」
「熱っ!ちょ、奥さん!熱っ熱っ!ダメですよ!熱っ!お粥で暴力は!熱っ熱っ!奥さんって!熱っ!」
「うるさいっ!!」
「だから、何度も言うようにサあっづーっ!!!!」

第百八十四話
「風邪を引いた時に
    頑張って書いた話です」

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2009年12月30日 (水)

「第百八十五話」

『殺人鬼と盲目少女』

 ある風のとても強い日の夜中の出来事。少女がベッドでグッスリ眠っていると、不意に訪れた不気味な気配で目を覚ます。上半身をお越し気配の方に顔を向けると、そこには男が立っていた。男の右手には、銃が握られ、男は少女に自分は殺人鬼だと言った。
「・・・・・・・・・?」
少女は、首を傾げながら殺人鬼を見ていた。だから、男も首を傾げながら、こう言った。
「怖くないのか?」
「ええ、怖くないわ。」
「なぜだ?」
「目が見えないから。」
「なるほど。」
そう言って男は、持っていた銃をしまった。

『余命15分の男と余命14分50秒の女』

 部屋には、男と女がいる。
「何なのよこれ!」
「俺が知るかよ!」
男も女も首に鉄のワッカをくくり付けられ、ギリギリで床に足が付く高さで、ギリギリお互いの体に手が届く距離で、天井から吊るされている。
「ふざけないでよ!」
「だから、俺に言うなって!」
鉄のワッカには、デシタルで無機質なカウントダウンが開始されている。男は15:00で、女は14:50。
「どうなってるのよ!」
「だから、俺が知るかよ!」
何かを言い争ってる場合じゃない事は、お互いに分かっていたが、何かを言い争ってなければ正気を保てない事も分かっていた。壁に貼られているメモ用紙に書かれたルールを簡単に説明すると、足元にある解毒剤を手に入れるには、鍵で鉄のワッカを外さなければならない。
「どうすればいいのよ!」
「今、考えてんだろ!」
鍵は、男と女の互いの胃の中に、互いの物が入っている。
「死にたくないわ!」
「俺だって死にたくない!」
助かるには、手に握っているナイフで、胃の中の鍵を取り出さなければならない。そうなると必然的に、助かるのは1人だけだ。果たしてそれは、男か?女か?
「誰か助けてー!!」
「助けてくれー!!」
ゲームは、始まったばかりだ。

『殺人鬼と盲目少女』

 しばらく沈黙が続き、少女が口を開いた。
「眠れないの。何かお話をしてくれない?」
男は、頭を掻き、少女のベッドに近付き、床に膝を付いて、こう言った。
「いいだろう。」
少女は、微笑んだ。

『絶対悪と絶対善』

 悪が蠢くこの町にも、善はいた。オートマチックに無線から流れ込んで来る不愉快なエピソードを聞きながら、彼は現場へとやって来た。
「やれやれ。」
彼以外、まだ現場には、誰も来ていなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
彼は、無言で銃を手にし、悪が蠢く家を見つめながら、吐き気と戦っていた。この手の通報に耳を傾ける物好きな警察の人間は、この町にはおそらく彼ぐらいなもんだろう。
「・・・・・・さてと、行くか。」
来るはずもない応援を少しだけ待ってみた彼は、銃をしまうと、車を出てゆっくりと周囲を見渡しながら、不愉快な家のドアの前までやって来た。
「さあて、何が出るかな?」
とは言ったものの、彼には分かっていた。結局、この死の臭いが漂う家で出会う結末は、吐き気の元凶となる悪か、その悪が残した理不尽な死の痕跡のどちらかだと言う事を、或いはそのどちら共に遭遇する可能性があると言う事を・・・・・・。と一瞬、脳裏にいつもの考えが過ったが、短く息を吐き出すと
「バタン!!」
おもいっきりドアを蹴破った。

『余命8分の男と余命7分50秒の女』

 数分前から、女は酷く興奮していた。
「やるしかないわ!」
「何だって?」
「やるしかなのよ!」
「馬鹿言うな!」
「アナタ、正気?」
「お前こそ正気か?胃を切り裂いて、鍵を取り出すんだぞ?」
「分かってるわよ!だからアナタ、アタシの為に死んでよ!」
「ふざけんな!」
「ふざけてないわ!アナタは、アタシより10秒も長く生きられる!アタシが死んだ後に鍵を取り出そうとしてるから、そんな風に言うのよ!」
「おいおいおい、待て待て待て、10秒だぞ!たったの10秒だぞ!10秒で出来るわけないだろ!」
「このまま2人とも死んだら、あの子の面倒は、いったい誰が見るのよ!母親のアタシが生きてた方がいいに決まってるわ!」
「ちょっと待て!それなら俺が生き延びた方が経済的にもいいだろ!」
「経済的ですって!そんな事をよく言えたものね!これはきっとチャンスなのよ!神が与えてくれたチャンスなのよ!」
「何のチャンスだ!頭がおかしくなったのか?考えてもみろ?さっきから俺達が騒いでるってのに、あの子は来ない。普通に考えたら、もうあの子は、先に向こうの世界へ行っちまったんだよ。」
「そんな!?」
「とにかく俺は、2人ともが助かる方法を探す!いいな?それから!お前が俺を殺そうとしたら!その時は、俺がお前を殺す!分かったな?」
「だったら早く探」
「バタン!!」
「何?何なの今の音?」
「もしかしたら、誰かが助けに来たのかもしれないぞ!おーい!!」
「ここよー!!ここにいるわー!!」

『殺人鬼と盲目少女』

「それでそれで!」
「いつになったら寝てくれるんだ?」
「それで?正義のヒーローは、どうなっちゃったの?」
「殺された。」
「誰に?」
「俺にだよ。」
「バタン!!」
「ん?」
「なーに?今の音?」
「さあな?」

『余命3分の男と余命2分50秒の女』

 男は、酷く興奮していた。
「ふざけんなバカヤロー!!テメーぶっ殺してやるからなー!!」
「もう、やるしかないわ。やるしかない。やるしかないやるしかないやるしかないやるしかないのよー!!!」
「このクソ女!!」
「死ねー!!!」
女は、ナイフで男に襲い掛かった。

『盲目少女と殺人鬼』

「聞いてもいいか?」
「うん!」
「なぜ、大声で助けを呼ばないんだ?パパかママが、或いは2人が助けに来てくれるかもしれないぞ?」
「来ないわ!」
「どうして分かる?」
「アタシの目、見えなくなったのって、パパの虐待が原因で、ママの見てみぬフリが理由なの。」
「見てみぬフリか。だから、助けに来ないのか?」
「そう。それに、もう殺人鬼さんが、殺しちゃってるかもしれないしね!」
「なるほど。」

『絶対悪と絶対悪』

 彼は、声のする2階の寝室へ一直線に向かった。そして、ゆっくりとドアを開け、隙間から中の様子を伺った。
「どうなってんだ?」
そこには、天井から吊るされている男女の姿があった。彼は、そのままゆっくりとドアを開け、部屋の中に入った。
「アンタ、警察の人か?」
「ああ、そうだ。」
「助かったわ!ねぇ!早く私達を助けて!」
「その前に聞きたいんだが?」
「ちょっと!先に助けなさいよ!」
「ダメだ。まずは、俺の質問に答えてもらう。」
「時間がないんだよ!」
「そのようだな。で、どっちなんだ?それとも2人ともか?」
「何言ってるのか分からないわ!」
「いいから助けろ!!」
「娘を虐待しているのは、誰なんだと聞いてるんだ!!」
「何を言ってるのよ!」
「そんな事より俺達は、殺されそうなんだよ!!」
「正直に話してくれたら、2人とも助けよう。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「さあ?娘を虐待してるのは、どっちなんだ?」
「・・・・・・この人よ!」
「お、おい!」
「この人のせいで、あの子は、視力を失ったの!」
「虐待は日常的に行われてたのか?」
「ああ、そうだよ!だがな!この女も同罪だ!いつもいつも見てみぬフリをしてたんだからな!」
「そうよ!アタシは、見てみぬフリをした!あの子が虐待されてるのを知ってて見てみぬフリをした!そうすればアタシは、何もされずに済むから!分かった!!」
「ああ、よく分かったよ。じゃあな。」
そう言うと彼は、ドアの方へ振り返り、ゆっくりと歩き出した。
「おい、冗談だろ?」
「どこ行くのよ!」
「俺も見てみぬフリをしよう。」
「おい!それでも警察か!!」
「早く助けてー!!」
「俺はもう、刑事じゃない。」
「何を言ってんだ!」
「早く助けなさいよ!」
「善は悪に殺されたんだよ。」
「お、おい!?ちょっと待ってくれ!」
「お願い行かないでー!!」
「バタン!!」
「ふざけんなバカヤロー!!テメーぶっ殺してやるからなー!!」
「もう、やるしかないわ。やるしかない。やるしかないやるしかないやるしかないやるしかないのよー!!!」
「このクソ女!!」
「死ねー!!!」

『嘘と嘘』

「ねぇ?殺人鬼さん?」
「何だ?」
「本当は、刑事さんなんでしょ?」
「バタン!!」
「今のは、パパか?あの仕掛けは、単純だ。時間が来たら、首のロックが外れる。ただそれだけの単純な仕掛けだ。冷静に観察すれば、すぐに子供騙しだって分かる。毒も嘘、解毒剤も胃の中の鍵も嘘。だが、目を覚ましてあの状況、そして壁に貼り付いたゲームのルールを目にしたらどうだ?たちまち人は、パニックに陥る。思い込みに支配されてしまう。」
「何の事?」
「この町で虐待を受けてるだなんて通報に、いちいち耳を傾ける警察の人間なんていない。ましてやそれが、子供からの通報だとしたら、尚更だ。」
「悲しいわね。」
「俺も同感だ。」
「でも、ここに居たわ。」
「俺はもう、刑事じゃない。助けられる命を助けなかった。だから俺はもう、刑事じゃない。」
「残念だわ。」
「それとここからは、俺の独り言だと思って聞いてくれ。」
「ええ。」
「たまたま無線を聞いた刑事が、たまたま入った家で、たまたま両親が死にかけていた。ここで疑問が?実に単純な疑問だ。誰もが一番最初にぶち当たる疑問だ。犯人は、誰か?家には、盲目の少女しか居ない。俺以外のお人好しが、俺よりも前にこの家にたまたま寄り道をして、たまたま持ってた道具で、たまたまお仕置きをして立ち去ったとも考えられる。だが、こうも考えられる。」
「・・・・・・・・・。」
「ベッドにいる盲目の少女は、果たして本当に盲目なのか?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「面白い独り言ね!」
「ああ、独り言だ。気にするな。さあ、もう話は終わりだ。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
そして男は、立ち去り、そして少女は、眠りについた。

第百八十五話
「刑事と少女」

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