« 「第百八十一話」 | トップページ | 「第百八十三話」 »

2009年12月 9日 (水)

「第百八十二話」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
あっ、クマです。ども、こんにちはです。今さっき、山登りをしている人間の雄、通称山男なる者と出くわしました。僕は、別に襲うつもりなんかなかったんです。いやむしろ、僕の方から立ち去ろうとしたぐらいです。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
でも、山男は有無を言わさず死んだフリです。だったら、その隙に立ち去ればいいじゃないか?そう思うかもしれませんね。実際、僕もそうしようと思いました。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
しかし、しばらく死んだフリをした山男を見ていて思ったんです。見て分かる通り、これ程の山男です。熊に対して死んだフリは、むしろ逆効果だって事、重々承知なはずです。でも、これ程の山男が、僕を見るなり電光石火の死んだフリです。そこで僕は、思ったんです。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
死んでんじゃねぇの?死んだフリとかじゃなくて、本当に死んでんじゃねぇの?ってね。これ程の山男ですが、仮にあらゆる山のあらゆる自然の猛威を経験していたとしても、もしかしたらバッタリ熊に出くわしたのは、初めてなんじゃないか?僕は、そんな今年一番の大胆な仮説を閃いたんです。そう、それはつまりです。正確な表現で言うなら、山男は、まだ死んでない。僕を見たショックで心肺停止状態を引き起こしたって事です。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
僕の仮説が正しいとしたら?って思ったその瞬間、僕の頭の中に、カーラーの救命曲線が描かれました。2分以内なら90%、4分なら50%、5分で25%、救命率です。そう、それはつまりBLS、一次救命処置、所謂Basic Life Supportから二次救命処置、所謂ALS、Advanced Life Supportへの命を繋ぐリレーのスタートダッシュです。そして、僕が直ちにやらなきゃならないのは、BLSの中のBCLS、一次心肺蘇生法、Basic Cardiac Life Supportです。そう、それはまさしくCPR、心肺蘇生法、CardioPulmonary Resuscitationなんです。僕は、木の枝の影を見ました。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
うん、まだ間に合う。そして、現状から見てもバイスタンダーは、僕です。だから僕が急いで、バイスタンダーCPRを施せば、山男の命を救う事が可能なんじゃねぇの?と言う仮説の中の仮説に到達しました。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
僕は、バイスタンダーCPRにおけるA・B・C・Dを実践しようと思いました。だがしかしです。僕には、バイスタンダーCPRなんて出来ません。あっ、いや勘違いしないで下さいね。バイスタンダーCPR自体は、もちろん出来ます。なら、すればいい。そう思うかもしれませんね。でも、よーく思ってみて下さい。普通の状態でさえ、熊のパワーは、物凄いんです。ましてや、今の力の加減も分からない精神状態で、バイスタンダーCPRを山男へ施したらどうなる事か?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
まずはA、気道確保、Airwayです。片方の手で額を押さえて、もう片方の手の人差し指と中指を使って顎を上に持ち上げる。そうです。頭部後屈顎先拳上法です。でもきっと山男の顔面は、ミシミシって、バキバキって、ボギってなると思います。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
そしてBは、人工呼吸、Breathingですね。鼻を押さえて胸が膨らむように約1秒息を吹き込み、2秒の間をおいたあとに、もう一度息を吹き込むんですが、最初に息を吹き込んだ時点で、パーンって、パパーンって肺が破裂すると思います。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
更に問題なのはC、胸部圧迫、Circulationなんです。乳頭と乳頭を結んだ線上で身体の真ん中に手の付け根を置いて、4、5センチメートル程度沈むように圧迫し、それを約100回/分の速さで圧迫を繰り返す。しかも、胸部圧迫30回に1回間隔で人工呼吸をするんです。例え人工呼吸不要説を用いたとしてもです。どうなると思います?熊の胸部圧迫を?そんな事をしたら、矢鱈と骨がバキバキ折れて、ありとあらゆる臓器を損傷させてしまいます。それ以前に、一回目の胸部圧迫で心臓を、スパーンって破壊しちゃうかもです。これでは逆に、助かる命も助ける事なんて出来ません。命のリレーなんてとんでもないです。スタートダッシュで、見事に転ぶ事になってしまいます。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
でもです。無我夢中になってバイスタンダーCPRを施して山男をバラバラにしてしまう前に、この現状を気付けた冷静さと、理想を現実的に分析出来るだけの平常心を保てたのは、不幸中の幸いです。あの滝壺修行が無駄ではなかったんだと、師に感謝です。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
なら、ABCがダメならせめてDだけでも、AEDによる除細動、Defibrillationだけでも、と思ったんです。でも、ここは山の中腹です。こんな場所にAED、自動体外式除細動器、そうAutomated External Defibrillatorがあるはずもないんです。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
何て自分は、無力なんだと、痛感しました。知識ばかりを詰め込んだって、自分は何も出来ないじゃないかと、自分を責めました。熊出没注意の看板1に対してAED2の割合で、どうしてAEDが設置されいないんだと、世知辛い世の中に、真っ正面から八つ当たりしました。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
でも待てよ?おい、ちょっと待てよ?おい、ちょっと物事を、ネガティブに思い込み過ぎなんじゃねぇの?って、僕が思った矢先です。とんでもない仮説が頭のを巡ったんです。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
これはやっぱし本当に、死んだフリなんじゃねぇ?って、コペルニクス的な仮説がです。なら、安心して巣に戻ればいいじゃないか。死んだフリでも心肺停止でも、どうせお前はその場を立ち去る選択肢しかないんだから、速やかに巣へと帰還すればいいじゃないか。そう、思うかもしれませんね。おそらく僕も、これがただの死んだフリなら、そうしていたと思います。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
でもこれがもし、仮にもし、僕の頭の中に浮上した山男が挑んで来た勝負だとしたら?どれだけ上手く死んだフリをする事が出来るのか?って男と男の勝負を挑まれているんだとしたら?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
既に僕は、かなりのリードを許してしまっている!?果たして今から死んだフリをしたとこで、僕は山男を追い越す事が出来るんだろうか?いやそれ以前に、山男へ追い付く事が可能なんだろうか?いやいや、こんな事を思っている時間が勿体無い!!
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

第百八十二話
「熊も死んだフリ」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ん?だぞ?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
これはいったいだぞ!?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
どうなってんだぞ!?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
た、立ち去るどころか、何で熊まで死んだフリをしてるんだぞ!?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
いや、待てよだぞ?だが、待てよだぞ?万が一だぞ?熊が死んだフリをしたんじゃなくだぞ?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
本当に死んだんだとしたらだぞ!?こりゃ、一大事だ!?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
お、落ち着け、落ち着くんだぞ!?まだ、完全に死んだと決まった訳じゃないだぞ!
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
万が一、これがショックによる心肺停止状態なら、まだ救う事が出来るだぞ!?カーラーの救命曲線によれば、2分以内なら90%、4分なら50%、5分で25%、の救命率だぞ!とどのつまりBLS、一次救命処置、Basic Life Supportだぞ!そして、BLSの中のBCLS、一次心肺蘇生法、とどのつまるところのBasic Cardiac Life Supportをいかに早く施すかだぞ!そう、それはつまりCPR、心肺蘇生法、CardioPulmonary Resuscitationなんだぞ!状況から判断してもだぞ?当然バイスタンダーは私だぞ!なら急いで、バイスタンダーCPRを施せばだぞ!!
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
だがしかしだぞ?果たして山を愛する人間である私が、熊にバイスタンダーCPRを施す事が可能なのかだぞ?

|

« 「第百八十一話」 | トップページ | 「第百八十三話」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/121942/32459467

この記事へのトラックバック一覧です: 「第百八十二話」:

« 「第百八十一話」 | トップページ | 「第百八十三話」 »