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2009年12月16日 (水)

「第百八十三話」

 午前2時を時計の針が指した頃、僕は目覚めた。その時、何か得体の知れない2つの強い欲求と欲求とが、僕の中でぶつかり合い始めたのを感じた。
「さあ!立つのだ!」
「いや、キミはこのまま横になっていればいい。」
「さあ!立ち上がるのだ!」
「そのまま、キミはそのままでいい。」
「いや、立て!」
「立ってはいけない。」
頭の中で響く2つの声。やがてそれは、僕自身のこれからを大きく左右する言い争いへと、発展していく事となる。
「貴様は、黙っていろ!今動く事が、この男にとって最重要事項なのだ!」
「貴方こそ少し静かにしていて下さい。彼が今ベッドから起き上がって動く事は、今後の彼にとって良くない事だと、分からないのですか。」
加速する言い争いとは裏腹に、僕は2つの声を黙って聞いているしかなかった。でも、分かってる。最終的な決断を下すのは僕で、この2つの声じゃないって事を。
「貴様こそ!この男が今動かなければ、大変な事態に巻き込まれると言うのが、分からないのか!」
「時間は、まだ十分にあります。」
2つの声は、僕の内なる声、欲求の暴走。最後に行動するのは、僕なんだ。でも今はまだ、僕にはどうする事も出来ない。それはきっとまだ、この現実を現実だと受け止めきれていないからだ。いや、それは違う。そんなに難しい理由じゃない。
「甘いな。」
「何ですと?」
「考えが、まだまだ甘いと言っているのだ!人の寿命などたかが知れている!そうでなくとも、人とは死と隣り合わせで日常を生き抜いている!やれる時にやらんでどうする!!」
「確かに、確かに貴方の言っている事は正しい。しかし、貴方の考えの方が甘い。」
「私の考えが甘いだと!?」
「ええ、そうです。貴方が言うように、彼が今動いたとします。でも、貴方はその後の彼の身に起こる事態まで考えてはいない。彼が、再びこのベッドへと安息を求めに戻って来た時の事をです。まだ、動くべきではないのです。」
「その時はその時だ!」
「そんな危険な賭けにこそ、彼を巻き込む訳にはいかないと言いたいのが、まだ分からないのですか。」
「なら聞くが?貴様は、このまま男が動かないでおく事のリスクを考えているのか?」
「計算から割り出した結果に基づいた判断です。間違いありません。彼には、まだまだ時間があり、余力がある。」
「卓上の理論などを持ち込むでない!体調や心理、精神のバロメーターは日々、いや刻々と変化をするもの!計算だけで全てが割り出せると思ったら大間違いだ!それとも何か?貴様は、男に生き恥を晒せとでも言いたいのか!」
「確かに卓上の理論でしかありません。不慮の事態まで考慮された計算ではありません。しかし、これだけは分かります。今動けば、彼に安息はない。」
「それがどうした。」
「それがどうした?よくそんな事が言えますね。」
「生き恥を晒すよりかは、遥かにましな事ではないか!」
「五分です。」
「五分?」
「ええ、彼が今動くべきか、動かざるべきかの確率は五分です。」
「五分五分だと!馬鹿な事を言うな!今動かなければどうなるかを、あれ程言っても分からんのか!」
「卓上の理論を逆に言うのなら、それは貴方にも言える事なんです。」
「何だと?」
「確かに卓上の理論では彼のバロメーターを取り入れた不慮の事態まで割り出す事は不可能です。ただ、それらを取り除いた場合は、違います。計算で弾き出された答えは正確で、朝まで十分に時間がある事には変わらない。確率は、五分五分と言いましたが、今動けば安息が失われるのは確実です。つまり何が言いたいか分かりますよね?」
「分が悪いのは、動く事の方だといいたいのか?」
「貴方がこの場に現れた事が、貴方の存在こそが、まさに不慮の事態だったんですよ。」
「貴様ーっ!」
「彼の安息に入り込み、ストレスを与えているのは貴方です。人の寿命などたかが知れていると、人とは死と隣り合わせで日常を生き抜いていると、そう言っている貴方こそが、彼の寿命を縮めている元凶だと、なぜ分からないんですか。」
「言わせておけば!」
「でも、勘違いしないで下さい。僕は貴方を責めている訳ではありません。貴方が彼の為を思って行動しているって事は、十分に分かっているつもりです。ただ、貴方は来る時間帯を間違えたんです。彼は、動かない。断言します。」
「始めから・・・始めから無駄な言い争いだったと言うのか!」
「無駄とか無駄ではないとかって問題ではないんですよ。おそらくこれが、人の性なんですよ。分かっていても動けない。いや、動かない。」
「男は既に安息の中、勝負も既に私が負けると決まっていた訳か。」
「それは違います。勝ち負けで言うなら、貴方も僕も負けなんです。」
「情けなどいらぬ!」
「情けではありませんよ。」
「ならば勝ったのは何だと言うのだ!現に男は眠っているではないか!貴様の勝ちでなく、いったい何の勝ちだと言うのだ!」
「面倒臭さですよ。」
「面倒臭さだと!?」
「彼は、トイレに行くよりも睡眠を選んだのではなく、その2つを考えなくても済む、もっとも手っ取り早い方法を選んだだけなんです。」
「なっ!?」
「気付くのが遅すぎました。たぶん彼には、始めからどちらかを選択すると言う選択肢すらなかったんですよ。」
「そんな馬鹿な!?寝小便は!寝小便の心配はないのか!」
「ええ、おそらくしたらしたで、しょうがないと、そう思ったんでしょう。」
「何て事だ・・・・・・・・・。」
「計算外でした。」
そう、答えは簡単。どうする事も出来ないんじゃなく、どうにかしようって気が、僕にはこれっぽっちもないからだ。

第百八十三話
「眠気と尿意」

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