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2010年1月13日 (水)

「第百八十七話」

 その店は、物凄く右にある。物凄く右にさ。
「マスター?」
「はい?」
「無いの?」
「ええ。」
「無いんだ。」
「無いんです。」

第百八十七話
「右屋」

去年の秋ぐらいから始まった右不足は、今年に入って回復するかのように思えたが、急速に加速して行った。これが所謂、世界的大右不足さ。連日ニュース番組では、各国首脳による右不足解消をテーマにした右会議の様子が流れていた。右会議と銘打ってはいるが、実際にはどうだろう?観るも無惨、聞くも無惨、に左ばっかりってのが現状さ。大都市にすら右が出回らないこのご時世、私が住む町になど、いったいいつになったら右が出回るのか?全く知れたもんじゃないさ。
「無い?」
「見ての通り、店内はもぬけの殻ですよ。この右不足のご時世です。お客さんの期待に答える事は、逆立ちしたって出来ませんよ。」
「マスター?」
「はい?」
「じゃ、何で店を開けてるのさ?店が開いてたらさ。あると思うじゃない。ああ、右が売ってるんだなって、思っちゃうじゃない。」
「すいません。しかし、アタシもこの道一筋で50年やってまして、いくら右が不足しているからと言って、800年代々続くこの店を開けない訳にはいかないんです。」
「いや、本末転倒でしょうそれって!右が無い右屋なんて、ベンジャミンの無い歯磨き屋みたいなもんだよ?店を開けててどうするのさ。」
「頭では、分かってはいるんですけどね。アタシみたいな古いタイプの人間は、どうもいけませんね。」
「私も商売人だからさ。まあ、マスターの気持ちは分からないでもないけどさ。とは言ったものの、マスターにくらべたら私なんてまだまだヒヨッコだけどさ。しかし、いったいいつまで続くのかねぇ?この右不足はさ。」
一昨日の夜だったかな?そこら辺は、適当さ。だってあまりにも内容が百済な過ぎたからさ。右の専門家と左の専門家か達が集まって、何やら討論するテレビ番組を観てたんだ。まあでも、右が不足しているんだから、当然、左が優勢かと思ったが、そうじゃない。右あっての左さ。結局、左右の専門家達は、右往左往するばかりで、右も左もあったもんじゃないさ。笑うに笑えなくて、思わず観たくもない古い映画がやってる所へチャンネルを変えちゃったさ。
「ところで、アタシの店なんかで油を売っててもいいんですか?左屋さん。」
「ん?ああ、大丈夫大丈夫。どうせ店を開けてても、誰も来ないしさ。かみさんが店番しているよ。」
「やっぱり、右不足の影響ですか?」
「マスター?私は言いたいね。右不足、右不足って、世間では大騒ぎだけどさ。実際は、どうさ?その影響で、左が溢れかえっちゃてさ。今じゃ左の値が急降下さ。これじゃあ、左を何個売っても売っても、儲けになんてならりゃしないさ。右があって左がある。左があって右がある。世の中バランスでしょ?左右のバランスが重要でしょ?世界大右不足なんてもんはさ。世界左大暴落の始まりさ。」
「右あっての左、左あっての右ですか。分かりますよ。仮にこれが、左不足だったらと考えると、単にそれはアタシと左屋さんの立場が入れ替わるだけで、苦しみは一緒です。」
「でしょ!そうでしょ!右が苦しんでる時はさ!左も苦しいのさ!それを何で、何で世間は分かってくれないかなぁぁぁぁぁ!」
ならなぜ、世界大右不足が起きたのか?有力な説として上げられているのが、右利き人口の急速な増大さ。それに伴い右の生産が追い付かなくなったと言われている。何ともまあ、当たり前と言ったら当たり前過ぎて、誰もが頷かざるを得ない説さ。でも、そりゃあ、そう言われたらそうだけど、何だかもっともらしい説だけど、それを真に受けてそのまま右から左へと事の重要性を軽く受け流していいものなのか?全くの疑問さ。
「マスターさ。このまま右不足が続いたら、どうなるんだろうね?」
「現に知ってる同業者の何人かは、店を畳んでしまいましたよ。」
「そうだよね。そうなるよね。でもまさかだよね?まさか、右が世の中から不足するなんて、誰が思った?だーれも思ってなかったさ。」
「ええ、こんな時代がやって来るなんて、きっと誰にも分からなかったでしょうね。」
「お偉いさんが、あたふたしちゃうのも何だか妙に納得しちゃうしさ。」
「そうですね。」
「はあ、いつまで続くのかねぇ。右不足。」
「そうですね。」
右暗黒時代。そう呼ぶ学者も少なくない。人類は、真っ暗で長いトンネルの中を今、歩き続けているんです。って、どっかのコメンテーターが気取ってそう言ってたさ。右も左も分からないまま、出口があるのかすら、分からない長く暗いトンネルの中を我々は、いったいいつまでさ迷い続けていればいいのか?とかさ。まあ、左を売る事しか脳のない奴が考えたって分かるもんじゃないさ。とにかく今は、1秒でも早く右不足が解消されるのを願うしかないさ。
「マスター?」
「はい?」
「本当に無いの?この靴下の右?」
「ええ。」
「・・・・・・分かったよ。じゃあ、右が入荷した頃にまた来るさ。」
「申し訳ないね。」
その店は、物凄く右にある。まあでも、見方によっては、物凄く左にある。物凄く左にさ。

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