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2010年3月17日 (水)

「第百九十六話」

 長閑。この場所を長閑と表現せずに、いったい何処を長閑と表現したらいいものだろうか?そんな長閑以外の表現を全く受け付けない風景の中に、ポツン、とバス停があり、1日1本のバスを2人掛けの長椅子に座って待つ男が2人、居る。
「内緒ですよ。」
「・・・・・・・・・ええまあ。」
年齢も近い2人は、特に友人でもなければ、知り合いでもない。ただ、この長閑なバス停で一緒にバスを待つ事になった、ただただ、そんな関係の2人。
「あれ?」
「何か?」
「僕の話、信じてませんね?」
「別に、疑ってないですよ。」
2人掛けの長椅子を正面に、向かって右側に座ってるのが、地球の破壊を計画する男で、向かって左側に座ってるのが、地球の破壊を阻止する男だった。
「長閑ですね。」
「ええ。」
「こう、自然と口から長閑って単語が出て来ちゃいますもんね。」
「ええ。」
「でも、残念だなぁ。この長閑もあと少しで無くなっちゃうなんてね。」
緊張感から来るものなのか?それとも高揚感から来るものなのか?地球の破壊を計画する男は、胸に大事そうに抱え込むアタッシュケースを会話中もそうでない時も常に音が出ない程度の力で、リズミカルに弾いてる。
「あのう?私は、別に疑ってないですからね?」
「疑ってないけど信じてはいない!でしょ?」
「・・・・・・・・・かもしれません。」
「ほ~らね!でも、それはあまりにもどうでもいい疑心ですよ。」
「えっ?」
「だってほら、結局はどんなに疑っても、どんなに信用しなくっても、どうしようもない現実は、どうしようもないんですから!」
「そうですね。」
「まっ、そう言う事です!はあ、バスまだかなぁ?でも、つくづく長閑ですよねぇ?前も後も右も左も上も下も!球体的に長閑な場所って、ここぐらいじゃないですか?まあ、言うほどいろんな場所に足を運んでるわけじゃありませんけどね。でも、長閑な場所とそうでない場所、もしも人生の最後を過ごすならどっちがいいかって聞かれたら、やっぱり!長閑な場所を選びますよねぇ?」
「私は別に・・・・・・・・・。」
「ち、違うんですか!?」
「えっ?ええ、死ぬ時は、死ぬ時ですから・・・・・・。」
「まあ、そう言われちゃうとそうなんですけどね、としか言えないんですけどね。」
「すいません。」
「い、いやいやいや、謝らなくてもいいですよ。あっ!知ってます?」
「何をですか?」
「破壊衝動ってあるじゃないですか?」
「ええ。」
「僕が今考えてる破壊衝動ってのは、大きな集合体として、美しい女性を傷付けたくて殺人にまで至る衝動やジョイントフェチのような分解衝動に駆られちゃう衝動とかです。つまり、何かしら完璧で精巧で美的なモノを破壊・分解・木っ端微塵にしちゃいたいような衝動です。ダメ!って言われた事をしちゃうのとか自傷行為や死の美学的なのとは、ちょっと違うんですけどね。」
「欲求ですか?」
「う~ん?」
「違いましたか?」
「いやまあ、欲求に似た欲求です。やってる事は似てるけど、根っこの部分が違うんです。多少!」
「はあ・・・・・・。」
「でっ!でっ!でっ!何が言いたいのかと言うとですね。破壊衝動、特に完璧で精巧で美的なモノを壊したいと言う三拍子揃った欲求、そんなマイノリティなシンドロームの人からしたらですよ?うってつけなんですよ!」
「何がですか?」
「何がって、だから、この地球!がですよ!考えてもみて下さいよ。そんなマイノリティなシンドロームな男がですよ?ある日、目覚めたら、それまで特に当たり前過ぎて気付かなかった地球の美しさに、改めて、いや、初めて気付いてしまったとしたら?」
「初めて?」
「そうです!気付かなかったんですよ!それがあまりにも大きな存在過ぎてね!ほら、歩く行為そのものに対して人は、違和感なんて感じないでしょ?」
「ええ。」
「だから、地球の中で生まれ育った男にしたら、誕生から揺るぎなく存在してた地球の美しさや地球の精巧さなんて、無意識の彼方だったんですよ。」
「無意識。」
「そう!無意識です!でも、その無意識を意識した途端、男の破壊衝動を抑制する枷は、何処かに行ってしまった。いや、そもそもそんな無意識って意識自体に枷なんて初めから存在してなかったのかもしれない。いいですか?とどのつまり、気付いてしまったんですよ。」
「何にです?」
「地球が完璧な球体なんだって事に!それは物理的な事ではなく、感覚的なスフィア!完璧で精巧で美的な地球っ!!」
「スフィア・・・・・・完璧な球体・・・・・・それで、男は?」
「ありったけの破壊衝動をアタッシュケースの中に詰め込んだ!」
アタッシュケースをリズミカルに弾く地球の破壊を計画する男の指は、いつの間にか止まってた。それでもやはり、バス停を球体に包み込む風景は、相変わらず長閑だった。
「アタッシュケース・・・・・・・・・。」
「男にとって計画は、あくまでも地球を木っ端微塵にする事であり、でも?」
「でも?」
「・・・・・・・・・それにしても、バスまだですかねぇ?」
「あのう?」
「にしても、ここはずーっと、それこそ果てしなく長閑ですねぇ?」
「でも、何なんです!」
「えっ!?」
地球の破壊を計画する男が声をあらげて立ち上がると、胸に抱え込んでたアタッシュケースが、地面へと落下して行った。
「やばっ!?」
それを地球の破壊を阻止する男が、空を仰ぐ形で地面スレスレの所で胸に抱え込んだ。
「セーフ!」
「答えて下さいよ!でも、の続きを!」
「ああ、ですから、男にとっての計画とは、あくまでも地球を木っ端微塵にする事であり、でも!それは結果的に人類の滅亡へ繋がる事なんですよ。」
「人類滅亡?」
「そうです。地球が木っ端微塵になれば、人類の滅亡は免れません。気付いてもらえました?」
「ええ。」
「なら、やめません?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「地球の破壊?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「まあ、無理にやめ」
「やめます!地球の・・・・・・破壊・・・・・・。」
「良かったぁ!」
地球の破壊を計画してた男は、ゆっくりと長椅子に座り込んだ。そして、地球の破壊を阻止した男は、大事そうにアタッシュケースを胸に抱え込み、長椅子の左側へと安堵の溜め息と共に腰掛けた。こうして長閑なバス停で巻き起こった地球史上最大の危機は、幕を閉じた。

第百九十六話
「守られた平和は、誰も知らない」

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