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2010年3月31日 (水)

「第百九十八話」

「人は、人の本質を見抜こうとしない。いや、自分では相手の本質を見抜いたつもりでいる。そう、つもりなんですよ。アタシの言いたい事、分かりますよね?」
「えっ?いやちょっと?」
「見た目や行動、目から入る情報だけでは、本質を見抜こうとしたって、見抜けないんです!それは、本質を見抜けない自分を、見抜いたつもりだって納得させている単なる虚しい行為なだけなんです!いいですか?肝心なのは、発する声なんです!会話の中身ではなく。自分の質問に対して、相手が答える声のトーン、間、語尾、温度、速度、振動、などなどです!それら全てを瞬時に理解し、整理し、分析し、推測し、仮定し、いくつかの答えへと絞り込む!そしてまた次の質問をぶつける!一つの質問で一つの答えを消去する!これを繰り返し、相手の心を丸裸にしていくんです!さあ、そうして辿り着いたそこにあるのは、何です?」
「へっ?」
「本質です!それが人の本質です!粘り強く、根気強く、しかし、迅速に、的確に、それが交渉人に求められる条件なんです!交渉人魂って、ヤツなんです!」
「・・・・・・・・・税務署の職員の方ですよね?」
「ええ、何か?」

第百九十八話
「悪夢の税務調査の巻」

「今の話は?」
「気にしないで下さい。いつもの事ですから。」
「私にしたら、初体験も初体験なんですけど?」
「新食感って、ヤツですね!」
「違います。」
「そんな事より爪屋さん!」
「ネイルサロンです!」
「失礼。えいと、まだ、うちの上司と貴女の税理士さんが来ていないようですが、さて、ガッツリ始めちゃいましょう!」
「へっ?税理士立ち会いでなきゃダメでしょ!しかも、ガッツリって!」
「じゃあ、ソックリ?」
「何が?いや、表現方法の問題でなくて!」
「お父様ですよね?」
「確かに、今から来る税理士は、私の父です。父の会計事務所にお願いしてますからね。」
「じゃあ、ソックリで!」
「意味がですよ!意味が分からないんですよさっきから何かと!個人的にソックリも微妙に嫌だし。」
「初めてですよね?税務調査。」
「はい。」
「そんなもんです。」
「はあ?」
「税務調査とは、意味が分からないもんです。」
「いやいやいや、新人の貴女が言っちゃったらダメでしょ!それだったら尚更、貴女の上司と、私の税理士を待ちましょうよ!」
「接待交際費なんですけどね?」
「前触れ無しに始まった!?」
「いいですか?前触れなんて巻き起こすから、相手に考える時間を与えてしまうんです!質疑応答の準備の隙を与えてしまうんです!前触れなんて、巻き起こさないに越した事ないんです!」
「確かに、じゃなくて、と、とにかく税理士が来るのを待ちまし」
「いくら待っても来ませんよ。」
「へっ?」
「今頃、外では、アタシの上司が貴女の税理士兼お父様をコブラツイストで足止めしている運びです!」
「なんてこった!?」
「おぞましいですよ。いい歳した初老同士の赤パンと黄パン一丁のコブラツイストの掛け合い!」
「いや、そこ驚いてたんじゃなくて!てか、コブラツイストの掛け合いって、父もノリノリみたくなっちゃってんじゃん!」
「まず、この接待交際費から始めましょう。」
「いや、これはもう、何かと、何かに違反してると思うんですけど!」
「毒をもって毒を制す!ある国のもっとも有名なフェイバリット諺です!」
「もっともでもないし、決め台詞でもないし、そもそもある国は、この国だし!」
「時に正義は、悪の悪事を暴くためには、悪以上の悪事を犯さなければならないのですよ!」
「悪、悪って、こんな小さなネイルサロンから税金を搾り取ろうする貴女達の方が悪じゃないですか!」
「毒をもって毒を制するには、毒をもって毒を制するですか。つまりそれは、正義をもって正義を制するって、ヤツですね!」
「へっ?と、とにかく言いたい事はいっぱいあるけど、何よりも顔がとても近いっ!!」
「いいですか?やりますよ!嫌ですとか、お得意の涙腺ユルユル攻撃とか、そんな事したって、お構い無しにやりますからね!」
「お得意って、見たのか!」
「申告書の摘要欄に書きましたよね?」
「書くかー!」
「もう!腹くくって下さいよ!でないと、レフェリーが不在のリング上では、今頃、貴女の税理士兼お父様とアタシの上司の四の字固めのひっくり返し合いですよ?」
「いったい何してんのよ!初老のオッサン二人は!てか、もうこうなったらヤケクソよ!来なさいよ税務調査!」
「ダッシャーッ!」

ラウンド1―接待交際費、消耗品費&新聞図書費―

「まず、何なんですか!この数々の遊具や装飾品!爪屋にゲーム機やらゲームソフトやらマンガやら多種類な雑誌やらDVDやらCDやら装飾品やらが、何故に!故に!こんなに必要なんですか!」
「ネイルサロンだって!そ、それはアレですよ。」
「アレ?アレとは?」
「えーと?だからですね。」
「ん?なるほど!アレですか!お客様に対してのサービスって、ヤツですか。どの様な年齢層の、どの様な趣味をお持ちのお客様が来られても、待たせてる間も、アートの最中も、居心地の良い空間作りからって、ヤツですか!それに、お子様連れのお客様にも対応するって、ヤツですね!この狭い狭い、想像以上に狭い空間を一種のアミューズメントパークの様にするわけですね!」
「そ、そうです!そこのドアからこの狭いネイルサロンに入って来てから、この狭いネイルサロンを出て行くまで!一秒たりともお客さんを飽きさせない!それが私が志すエンターテイメントネイルサロンなんです!」
「ご立派!」
「いやぁ、それほどのものです!」
「でも一つだけ宜しいですか?」
「はい?」
「レシートから察するに、その大量の娯楽用品が一つも、とにかく狭い店内に存在しないのは、何故です?」
「そ、それは、アレですよ!」
「アレ?はっ!?ま、まさか!?」
「お、お客さんにですね。」
「やっぱり!狭くて立地条件の悪いネイルサロンにとって、来て下さるお客様一人一人とは、密な間柄にいなくてはならない!そのためのプレゼント作戦ですね!ただ闇雲にアートをしているわけではなく、その間のお客様との会話のやり取りの中から、趣味嗜好やらを聞き出し、店内にある物ならば、その場で!そうでない物ならば、次回来店時に!狭くて立地条件の悪いネイルサロンならではのリピーター獲得大作戦ですね!」
「大作戦です!」
「そして、中には、飲食関連のお客様もいる!あししげくお店に足を運ぶ、逆客大作戦ですね!」
「大作戦です!」
「しかしですね。どうも腑に落ちない点が一つだけあるんですよ。このペット用品関連のレシートは、何ですか?」
「それは・・・・・・・・・。」
「ああーっ!」
「へっ!?」
「逆もまた真なり!与えるばかりではなく受けとる!例えお金が掛かろうが!例えその先に死が待ち受けていようが!お客様から無理矢理押し付けられた贈り物だろうが!ペットを最期のその時まで精一杯可愛がる!天晴れです!」
「ど、ども。」
「只今改装中状態のこの狭い殺風景なネイルサロンが、次はどの様なエンターテイメントでお客様を楽しませるアミューズメントパークに生まれ変わるのかが!楽しみで仕方ありません!」
「その時は是非!」

ラウンド2―会議費&福利厚生費―

「こっちからも一ついいですか?」
「涙腺ユルユル攻撃は、効きませんよ?」
「泣きません!」
「では、どうぞ。」
「あのう?なぜこの喫茶店のレシートが会議費にならないんですか?」
「ああ、それは一人だからですよ。一人で、会議って?何を会議?それって事業の経費じゃなくて家計費じゃん!って、ノリです。」
「ノリって、でもこれは立派な会議費です!」
「何故です?」
「いいですか?コレはですね。」
「こ、これはもしや!」
「えっ?」
「ああーっ!アタシは、とんでもない勘違いを!」
「勘違い?」
「そうですよね!そうでしたよね!ネイルアート、それはつまり、貴女は一人のアーティスト!クリエイターに休日など存在しない!365日クリエイターなんですよね!これは日頃、定時の事務職に勤しむアタシにとって、盲点でした!しかも!こんな狭い店内では、良いアイデアが浮かんだとしても集中してスケッチなど出来ませんもんね!帳簿を付けようにもお客様に丸見えですもんね!」
「その通りです!」
「でも喫茶店はいいとして、しかしですよ?このコンビニエンスストアやスーパーマーケットでの飲食代は、どう言う事です?これは間違いなく家計費ですよね!」
「違います!!」
「ぎゃふん!!」
「ぎゃふん!?」
「分かっちゃいましたよ!コレはアレですね!」
「ソレです!」
「やっはり!安い給与で働いてくれている爪屋のタマゴであるアルバイトの方々や、この狭い、あまりにも狭過ぎるネイルサロンを影ながら支えてくれている親族や友人の方々への心遣いですね!どうしてもお金では補いきれない部分!いや、あえてお金で補いたくない部分!更に相手が、お金では受け取らない部分!それをこうして、食費や生活用品と形を変え、そこに目には見えないけど、心にツーンとくる感謝と言うスパイスをぶっかけてるんですね!爪の恩返しって、ヤツですね!」
「はい!」

ラウンド3―カピバラ費―

「さて、最後ですけど、ここが今回の調査の最重要ポイントで山場です。カピバラ費って、何なんですか?」
「カピバラ費は、カピバラ費です。」
「はあ?」
「リラクゼーションなんです。私にとって、カピバラは単なる世界最大のネズミじゃなくて、安らぎなんです!あの瞳!あのフォルム!あの動き!あの雰囲気!それはもう!全てがなんです!疲れた体を癒してくれるんです!渇いた脳を潤してくれるんです!折れ掛かった心を支えてくれるんです!本当は店のマスコットとして飼いたいぐらいだけど、何かの条約に反するかもしれないから、今のとこは動物園などで触れ合う程度で我慢してるんです!」
「・・・・・・・・・。」
「とにかくこの狭いネイルサロンが狭くてもネイルサロンとして営めているのは、カピバラのお陰なんです!もはや私じゃなく、カピバラが真のオーナーだと言っても過言じゃないぐらいなんですよ!ソレは!」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「その気持ち凄く良く分かります!」
「ありがとう!」
「さて、もっとこうしてギュッと握手を交わしていたい所ですが、アタシはもう行かねばなりません。」
「じゃあ!」
「はい。今回の税務調査は、これにて終了です!」
「ほっ!」
「では、アタシは、最後の大仕事へ!」
「大仕事?」
「ええ、早くレフェリーに戻って、ビッグブーツ、アックスボンボーからのギロチンドロップの黄金パターンから、貴女のお父様がアタシの上司に、スリーカウント取られるのを阻止しなければなりません!!」
「早く行って上げて下さい!!早くっ!!そしてもう、二度と来ないで下さいっ!!!」

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