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2010年10月13日 (水)

「第二百二十六話」

 私は、毒物を運ぶ男。50年間ずっと、私は、毒物を運ぶ男。
「おじさん!」
「ん?」
「下さい!」
そして私は、その毒物を運び売り捌いて歩く男。だが、この日は妙に違っていた。何がどうとか、説明は難しいが、私から毒物を買おうとしている少女を目の前にして、私の中の何かの切っ掛けが、どうにかなってしまったのだろう。
「お嬢ちゃん、ママのお手伝いかい?」
「うん!」
或いは少女ではなく、その母親の方が毒物を買いに来ていたのなら、私はいつも通りの感覚で、いつも通りに毒物を売り捌いていたのかもしれない。
「偉いね。」
「えへへ。」
この笑顔。きっと少女のこの笑顔が、私の中の何かを狂わしたのだろう。歯車の一部を停止させ、パズルのワンピースを抜き取ってしまった。そしてそれはきっと、当たり前の日常の中にある当たり前すぎる日常を疑問に思えと言う感覚を生んでしまっただろう。生まれた時から存在する当たり前が、本当に当たり前なのだろうか?極論で言ってしまえば、私は私なのだろうか?と言った具合だろうか?己が信じている事が覆される恐怖に怯え、真実から目を背ける。
「おじさん?」
いや違う。私は、初めからこの毒物を、毒物だと思って運び売り捌いている。真実を覆される恐怖も真実を真実だっと突き付けられる恐怖も、私には存在しない。ならば、何だと言うんだ?当たり前の日常の中に潜む当たり前すぎる日常とは?
「おじさん!ってば!」
「ん?ああ、すまない。で?いくつ欲しいんだい?」
「えーと?えーと、えーと??」
「忘れちゃったかい?」
「大丈夫!今、思い出すから!」
思い出すな!!私は、心の中でそう叫んだ。毒物と少女を何度も何度も交互に見ながら、何度も何度も私は、心の中で少女へそう叫んだ。
「えっとねぇ?」
今、今この瞬間、私がこの場から走り去れば、或いは毒物を少女へ売り捌かなくても済むのではないだろうか?しかし、それをしたとこで、何になる?おそらく少女は、他の毒物を運ぶ人を見付けて、買うだろう。私が売り捌かなくとも、少女が毒物を手にする当たり前の未来は、到底変える事の出来ない未来。
「「そうか!」だ!」
「!?」
「!?」
お互いが同時に何かを閃き思い出し、私と少女は驚いて見詰め合っていた。どうやら少女は、毒物をいくつ買うのかを思い出し、私は突っ掛かりの突破口を閃いた。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ。それより、いくつ欲しいんだい?」
「20個!」
少女は、小さな両手で20の数字を作り、私に向かって突き出した。その先に見え隠れする少女の笑顔が、毒物を手にする私の手を震えさせているのは、明らかだ。
「20個だね。」
「うん!ママとパパとお兄ちゃんと私と妹の分!」
「じゃあ、はい20個!」
「ありがとう!」
「走って転ぶんじゃないぞーっ!」
「うん!」
私は、毒物を売り捌き、少女から受け取った毒物20個分のお金を鞄の中に入れながら、満タンの毒物の容器を手にして、間も無く空になる毒物の容器を取り出し、手にした容器を入れた。それは、日に7回行われる当たり前すぎる行為だった。そうしなければ、この地球上で人は、簡単に死んでしまうからだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
私が感じた妙な違和感とはきっと、こうして生きている当たり前すぎる日常が、当たり前でいいのだろうか?と言う理不尽で突飛な不安感だったのだろう。
「毒物か・・・・・・・・・。」
私が生まれるずっと以前からそれは、毒物と呼ばれていた。そして、私が運び売り捌いてるこれは、元々その毒物から汚染物質を68%以上取り除いて作り出された物だと言う真実を知っている。
「100%空気・・・・・・。」
毒物の容器に書かれた文字を呟き、それでも毒物を毒物だと知らないで待つ人々の元へ私は、再び毒物を売り捌く為、歩き出した。

第二百二十六話
「空気を売る男」

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