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2010年10月20日 (水)

「第二百二十七話」

野垂れ死んでも構わないから俺は、俺の信じた道を行く。

 
でもたまに、その道に霧が、その道に誘惑が、その道に雑音が、その道に別の道が、俺の心を踏みにじって、へし折ろうとする。

 
虚無感と焦燥感とに挟まれ、果てしなく近く遠くの理想を現実から見つめていると、重力に押し潰され、引力にねじ曲げられそうになる。

 
憎悪に希望が引き裂かれそうになり、愚行と愚考に誇りを木っ端微塵に爆破されそうになる。

 
睡魔と不眠に肉体が蝕まれ、負のスパイスへと堕ちて行く様子がスローモーションで脳裏を過る。

 
痩せ細り朽ち果てそうになる心の柱を必死になって修復する光景がまた、脳裏を廻る。

 
いっそ目の前の綺麗に舗装された曖昧な道を歩き出し、適当な雑音に耳を傾け、それなりの霧に身を包まれ、おざなりの誘いに身を任せて生きてしまおうかと、一歩足を踏み出しそうになる自分へ、ギリギリの所で達成感がブレーキを掛け、満足感でその場を何とか凌ぐ自分。

 
孤独が辛いのか?苦悩が辛いのか?孤独で苦悩なのが辛いのか?無駄に無駄な無駄を試行錯誤するが、ただ、孤独と苦悩だけしか辛い事が無いのなら、何処かの誰かの辛さに比べたら、其ほど、言うほど、ましてや、此れほど大した事じゃない事はない。

 
たまにこうして心を痛めて悩んで泣くぐらいだけなら、幸福なのかもしれない。

 
今なら野垂れ死に出来る可能性を秘めている俺は、幸福なのかもしれない。

 
まだ冷静に分析して解析して答えを導き出せるのなら、何も迷っちゃいないのかもしれない。

 
野垂れ死んでもいいはずなのに、野垂れ死ぬ事を恐れ、野垂れ死なないでいる現状に、ホッと安堵してしまったら最期なのかもしれない。

 
空がブルーなヒストリーを刻み続けているならまだ
 
月がイエローなマイストーリーで輝き続けているならまだ
 
太陽とシャドーのタぺストリーが爆ぜ続けているならまだ
 
サンセットでサンライズに埋もれながらも俺は、勇敢にもハローと、果敢にもマニュアルで交わせるならまだ

 
エバーグリーンな贅沢はいらないって笑って、家路に着く前に、何処か、誰も見聞きした事もないような、誰も考えつかないような、閃きのアイデアの中で、俺はまだ野垂れ死ねるに違いない。

第二百二十七話
「the sky won't snow and the sun won't shine」

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