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2010年11月17日 (水)

「第二百三十一話」

 80年以上、地球に優しくしてきた老婆が今、小さな公園のベンチに座る僕の膝の上に頭を乗せて横たわり、この地球上からその命を消滅させようとしている。
「エコさん!しっかりして下さい!エコさん!」
僕がエコ氏と初めて出会ったのも、この小さな公園だった。
「憶えていますか?ここは、貴方と初めて会った場所です。」
「忘れる訳ないじゃないですか!」
8年前の10月23日。この小さな公園で、地下鉄が通る度に地面から振動が伝わるこの小さな公園で、僕は1つだけしかないベンチに座って小説を書いていた。するとそこにエコ氏が現れ、地球に優しくし始めたのだった。そんなエコ氏の姿を見て、僕は気付くと声を掛けていた。始めは、他愛ない会話だった。天気の話や政治の話や物価の話や、そんなどうでもいいような会話からだった。しばらくして僕は、なぜそんなに地球に優しくするのかをエコ氏に尋ねると、エコ氏は笑って頷くだけだった。明確な答えを貰えなかったが、それはそれで僕の中では何かしら明確めいていたような気がする。その後は、2人でベンチに座り、定期的に訪れる振動を感じながら、エコ氏がこれまでに行ってきた地球に優しい活動や誰でも簡単にできる地球に優しくする方法や地球に優しくする裏技や10倍楽しくなる地球に優しくするコツや今からでも遅くはない地球に優しいライフスタイルや1歩先を行く地球に優しくする極意などを、エコ氏は50歳以上も下の僕に対しても、地球に優しくするのと同じぐらい優しく丁寧に語ってくれた。
「アタシはね。本望です。地球に優しくしてきて、最期までこうして地球に優しく出来る事が・・・・・・。」
「何を言っているんですか!もっともっと生きて!もっともっと地球に優しくしなきゃダメじゃないですか!エコさん!まだまだ地球は、エコさんの優しさを求めているんです!」
8年と言う月日が長いか短いかは、分からない。分からないが、エコ氏と過ごしたこの8年間は、僕にとって深く充実した大切な8年であったのは確かだ。人と言うのは、ここまで地球に優しくできるものなのか。人と言うのは、これほどまでに地球を優しく思う事ができるのか。人と言うのは、こんなにも地球に優しさを与える事ができるのか。人と言うのは、このレベルまで地球に優しい人になれるのだろうか。そんなエコ氏の姿に僕は、母なる大地を見たような気がする。
「いいえ。もう、十分です。アタシは、この境地に達する事だけを人生の目標にし、地球に優しくしてきました。そして今、やっとその境地に達する事が出来たのです。」
「・・・・・・エコさん。」
「こんなアタシの為に泣いて下さるのですね。貴方は、とてもお優しい方です。貴方のような方に、出会えてよかった。」
「僕もです・・・僕もですよ!エコさん!」
「さようなら。」
「さようなら。・・・・・・エコさん。」
そして、エコ氏は僕の膝の上で死んだ。その笑顔をけっして忘れない為、僕は最期の最期の瞬間まで、瞬きせずに見続けた。空気に溶け込むように、太陽の光に霞むように、優しい笑顔は、いつの間にか僕の膝の上から消えてなくなってしまった。80年以上も地球に優しくし続けてきたエコ氏の境地とは、なんとも地球に優しい死に方だった。

第二百三十一話
「エコ氏のエコ死」

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