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2010年12月

2010年12月 1日 (水)

「第二百三十三話」

「熱がある!」
そう、今日の僕は、かなり熱がある。
「あっ!壁か!」
だから、うっかりしていると壁に話し掛けちゃう。壁を壁だと思わずに、思わず話し掛けちゃう。
「熱が・・・・・・ある!」
本当は、かなり熱があって、かなりフラフラしているから、家の中で薬飲んで寝てた方が、かなりいい。けど僕は、極度の淋しがり屋さんだから、誰かに知って欲しい!かなり熱がある僕の事を!僕以外の誰でもいいから、とにかくかなり知って欲しい!ってな、欲求が僕をこうして布団から飛び出させているのかもしれない!
「あっ!電信柱か!」
でも僕は、極度の淋しがり屋さんであると同時に、極度の人間嫌い屋さんだから、熱があるとは言えども無意識に!そう、無意識に!大嫌いな人間へ話し掛ける事を避けているのかもしれない!
「熱がある!」
本当は、お医者屋さんに行った方が!いや、確実に行くべきだ!だってでなきゃ、僕が行くよりも先に、僕が逝ってしまうのだから!だから、行こう!お医者屋さんに行こう!
「あっ!道路か!」
でも、お医者屋さんも所詮は人間!人間の端くれ!人間のくれ端!である以上!嫌いだ!大嫌いだ!見るのも嫌だ!話すのも嫌だ!ましてや、密室で同じ空気を吸うだなんて!考えただけでも吐きそうだ!
「熱がある!」
そう、熱はある!どうしようもなく果てしなく限りなく止めどなく熱はある!その現実は揺るがない!揺らいで欲しいけど、ちっとも揺るがない!
「あっ!小石か!」
本当は分かっているんだ!分かりきっているんだ!何だかんだ言っても!あーだこーだ言っても!僕が布団を飛び出した理由は、お医者屋さんに行く為だ!僕に、かなり熱がある事を一番に知って欲しいのは、親戚の叔父さんや遠い親戚の叔父さんではなく!歩いて5分のお医者屋さんにだからだ!
「熱がある!」
熱の力を借りれば或いは、人間と会話出来るかもしれない!そう、思った!
「あっ!空気か!」
でもそれは、あまりにも浅はかで、せつない考えであると同時に、あまりにも浅はかで、せつない考えだ!同じ事を平気で繰り返し言っちゃうぐらいの熱がある加減と言えども!お医者屋さんに行く訳には行かない!いや、行けないんだ!僕の中の人間嫌い屋さんが淋しがり屋さんを上回っている以上、それは不可能なんだ!
「熱がある!」
ここで僕は、叫びながらも閃いた。人は閃いた瞬間、熱がある!と叫ぶって聞いているけど!今のそれがあれなのかは、今の僕には分からない!
「熱がない!」
そう!そんな僕が閃いた、そんな僕に残された方法とは、自己暗示しかない!僕が今から行おうとしている行為が、自己暗示か自己催眠かは、専門家屋さんじゃないから僕にはそこんとこ詳しくはよく分からないけど!残された方法は、これ1本しかない!かなり熱がない!そう自分に言い聞かせるんだ!
「熱がない!」
うん!いい!いいぞ!いくら極度の人間嫌いだとは言っても!さすがに、そこはさすがに自分に話し掛ける事は可能だ!これなら人間以外への話し掛け間違いも起こらないぞ!
「熱がない!」
イケる!今、はっきりと迷信が確信へと変化した事を確信したぞ!だってほら、何だか熱が下がって来た!下がって来たじゃないかって気がするじゃないか!イケる!イケちゃうぞ!イケイケだぞーっ!
「熱がない!」
そうだ!熱がないんだ僕は!ふらふらじゃないんだよ僕は!お医者屋さんになんて行く必要なんて真っ平ないんだよ僕は!
「熱がない!」
凄い!凄いぞ僕!凄いじゃないか僕!天才だ!僕は自己暗示か自己催眠の天才だ!言いたい!凄く僕以外の誰かに言いたい!
「熱がない!」
でも、無理!無理無理!!この眠っていた物凄い才能を他の人間に伝えられないのは、凄く残念だけど!それは高望みってもんなんだよね!高望み屋さんってもんなのだよね!分かる!分かっている僕は!分かりきっているのだよ僕は!
「熱がない!」
熱が下がればそれでよしとしなくっちゃ!熱が下がる!僕にはそれだけで十分だ!それ以上を高望むだなんて贅沢!罰当たり屋さんだよね!
「熱がない!」
よーし!よーしよしよし!いいぞいいぞー!順調!順調!絶好調!
「熱がない!」
うひゃっほー!!
「熱がない!」
ひゃっふぉーっ!
「熱がない!」
いやった!いやったぞ!かなり熱があると言う状況を僕は!僕の力だけで克服したんだーっ!!!さあ、さあさあ!あと1回!あと1回で完全に僕の勝ちだ!大勝利だ!
「熱が…ないーっ!」
・・・・・・・・・・・・勝っ・・・・・・た!

第二百三十三話
「freezing to death」

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2010年12月 8日 (水)

「第二百三十四話」

『あ』

第二百三十四話
「完全なる手抜き」

「なんすか?」
「なんすかって、待望の新作だよ。」
「まさかですよ?」
「まさか、なに?なんかその鬼気迫る感じ怖いね。」
「まさか先生!これで完成だなんて言いませんよね?」
「完成だよ。」
「ぎゃふん!?」
「完成に決まってるじゃないか。」
「これ、『あ』ですよね?」
「まあ、『あ』でしょうな。『あ』以外のなにものでもないでしょうな。」
「これ、『あ』だけしか書いてませんよ?」
「ええ、『あ』でしょうな。『あ』以外のなにものでもないでしょうな。」
「なんすか?」
「待望の新作だって言ってるじゃないか。ほら、さっさと原稿持って帰って刷って売って金に変えてくれ!」
「はあ!!!?」
「だから、刷って売って金!刷って売って金!刷って売って金!金!金!金!だよ。」
「すいません。ちょっとパニックなんで、整理してっていいですか?」
「いいけど、なるべく手っ取り早く頼むね。」
「『あ』しか書かれていない原稿。」
「そうだね。」
「先生は、これを待望の新作と言った。」
「言ったね。」
「タイトルには、『完全なる手抜き』と書かれている。」
「見落としがちだね。」
「この原稿を出版社に持ち帰り、そして刷る。」
「なるべく多くね。」
「で、売る。」
「あれだね。来年辺り、水面下で進めてたニュージーランドへの永住計画!あれ実行できるね。」
「先生!」
「大丈夫。君もニュージーランドに遊びに来てもいいから、ご招待しちゃいますから。」
「売れるかーっ!」
「ぎゃふん!!?」
「てか、まず印刷まで漕ぎ着けるかーっ!」
「ぎゃっふん!!?」
「つか、出版社に持って帰るかーっ!」
「うっふん!!?」
「うっふん、おかしいでしょ!」
「思い付かなくてさ。めんごめんご。」
「なんすか?」
「ごめんって事だよ。」
「いや、そっちなんすか?じゃなくて、こっちなんすか?」
「君は、そればっかだな!」
「私だって!別のなにか違った事を言いたいですよ!でも、浮かんで来ないんですよ!『あ』って、なんすか!てか、手抜きにもほどがあるでしょ!」
「いや、別に手抜きじゃないよ。」
「手抜きじゃん!『完全なる手抜き』!書いてあるじゃん!手抜きってタイトルにモロ!書いてあるじゃん!」
「タイトルはね。」
「読者なめてんじゃねぇよ!!」
「・・・・・・・・・今、読者なめてんじゃねぇよ。と、おっしゃりました?」
「言いましたよ!もう一度、言いましょうか!」
「いや、一度で結構。では、言わしてもらうがね。読者なめてねぇよ!!」
「なっ!?」
「ご要望なら、何度でも言うけど?」
「結構です!なら、読者をなめてないと、そう、おっしゃるのなら、根拠をお聞かせ下さい!」
「いいよ。」
「お願いします。」
「じゃあさ。まず、君はどうしてこの待望の新作が、読者をなめてると思った?」
「それはもう、見たら分かるじゃないですか!」
「も少し具体的に?」
「まず!100%!いや、200%!いや、5000%!これが出版される事はありませんが!出版されたとしましょう!で、まず読者はタイトルの『完全なる手抜き』を目にする!そして、本をめくると!非常に薄っぺらい本をめくると!めくるとと言うか開くと!中には、『あ』の一文字!先生?これのどこがいったい逆に読者をなめていないのかの、ご説明を!」
「うん。超想像力起爆本。僕は、この待望の新作をそう呼んでいます。」
「ちょう・・・そうぞうりょく・・・きばく・・・ぼん?」
「イエス!では、なぜこの待望の新作を超想像力起爆本と呼ぶのか。」
「待望の新作って言うのやめません?」
「やめません!」
「そうすか。水を差して、すいませんでした。どうぞ、続きを。」
「うむ。読者とは、小説を読む読者とは、漫画や映画とは違い。普遍的で不鮮明な小説上のキャラクターを自己中心的に各々の頭の中で、独自に想像しながら、ストーリーを読み進めてく。」
「キャラクター像を組み立てて、独自にデザインするって事ですか?」
「まあね。どんな顔で、どんな声で、どんな服を着ているのか?少ない小説上の情報を頼りに読者の頭の中で想像してく。なっ!」
「えっ!?終わりすか!?いやいやいや、終われないでしょ!5000歩譲って、先生が言わんとしている事は分かります。ですが、ですがですよ?先生のこれには、登場人物なんて出て来ないじゃないですか!なんせ、『あ』で終わりなんですから!ストーリーもへったくれもありませんよ!」
「は~あ~あ。」
「なにに落胆されているのか意味不明です。」
「あ~あ~の、あ。」
「ふざけてるんですか?」
「ふざけてます。」
「ふざけてた!?ふざけられてたんだ!?って、ふざけないで下さいよ!」
「ふざけてないよ!ふざけているのは、貴様の方だーっ!!」
「情緒不安定ですか?」
「情緒は、安定した事がない事がなによりもの自慢だ!」
「羨ましくない。」
「超想像力起爆本だと言ったろ?今の時代なぁ!」
「時代を斬りますか。世相を斬るんですか。」
「斬るよ!時代でも世相でも爪でも鼻毛でも斬るよ!」
「鼻毛って、ここへ来て鼻毛って、言う?」
「ただな!僕は、鼻毛は抜く派だ!」
「知りませんよ!そんな派!鼻毛の話じゃなくて時代の話をお願いしますよ。」
「いいですか?今の時代ね。読者、馬鹿にしちゃいけませんよ!ええ?ここをこう書いたら、オチが読者にバレないかな?とか、ああ!こう書けば、犯人が最後の最後まで読者に分からないぞ!など、姑息で嫌だねー!そんな物書き。原稿とにらめっこで、人を欺く事ばーっか!」
「なんすか?その一方的な角度からのものの見方は?」
「下らん!!下らんのだよ!!」
「大丈夫ですか?」
「そんな姑息なストーリー展開!読者は、全て想像済みなんだよ!だから、小説を読み終わったあとにだ!想像通りだったと、落胆させてしまうんだよ!」
「作品によりますよ。」
「おい!だったら、今すぐ!ここに、想像通りじゃなかったと!読んだ読者全員がそう感じた作品を持ってこんかーいっ!」
「それは・・・・・・・・・。」
「それはなんだ?ええっ!つまりだ!5000人中4999人が想像を裏切られた作品はあるが!5000人中5000人が想像を裏切られたと言う作品は、この世には存在しない!と言う事でいいのかな?今のそれは!は?」
「確かに、先生のおっしゃる通りですが、しかしですよ?それでも4999人は満足したんですよね?それでいいじゃないですか。だいたい、全ての読者の想像を裏切・・・・・・まさか!?」
「やっと気付いたかな?そう!この待望の新作こそ!5000人中5000人の想像を裏切れる作品なんだよ!グワッハッハッハッハッ!!」
「豪快に笑っているとこ、申し訳ないんですが、宜しいですか?」
「宜しくない!グワッハッハッハッハッ!!」
「宜しれ!!」
「なに?早く金くれ!」
「もう、くれになっちゃってんじゃん!」
「なっちゃうだろ。なっちゃわないの?」
「ちゃわないでしょ。つまり、この『あ』しか書かれていない作品かっこ仮かっことじは、丸投げって事ですか?」
「簡単に言えばそうだけんども!難しく言えば超想像力起爆本だよ!てか、待望の新作だってばよ!」
「『あ』以降のストーリーから登場人物まで、全てを読者の想像に委ねる作品。読者が作品を想像する作品。『完全なる手抜き』。なるほど。5000%読者は、想像を裏切られる。なぜなら、想像通りと思わせるストーリー事態を読者が想像するんだから、裏切られない要素ゼロだ。」
「さあほら、フライトまで時間がないよ?お金ちょーだい!」
「気分は、ニュージーランドですか?」
「まあね。」
「馬鹿もーん!!」
「うわぁ!!?しっかり叱られたっ!!!?」
「しっかり叱るわい!!なにが『あ』だ!なにが『完全なる手抜き』だ!なにが超想像力起爆剤だ!」
「本、本!剤じゃなくて、起爆本だって!」
「うっさい!そんなのどーだっていんだよ!こんなもんを世に出せるかー!小説なめてんじゃねぇぞ!」
「・・・・・・・・・そんな叱らなくてもいいだろ?なめてませんよ。なめてませんって、分かったよ。分かった分かった。分かってるって、ほら!ここの封筒の中にちゃんと待望の新作があるから、落ち着きなさいよ。ちょこっと、ふざけてみただけじゃん。」
「まったく!あるならあるで、ふざけてないで始めからちゃんと渡して下さいよ!無駄に疲れさすのやめて下さって、なんすか?」
「なんすかって、待望の新作だよ。」
「『い』になっただけだろうがー!!」
「更に?」
「更に『完全なる手抜き2』って続編だー!!?」

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2010年12月15日 (水)

「第二百三十五話」

無事に帰れると思う。だから、人は自宅の扉を開け、外へ出るんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
僕は靴紐を結びながら、今日もそんな事を考えていた。いや、むしろこの考えは、考えなんて呼べるような考えなんかじゃない。普通、人は自宅から外へ出る時、こんなことは考えちゃいない。ましてやそれが、単なる買い物なら尚の事だ。無事に帰れるどころか、無事に帰れて当たり前の無意識クラスの考えだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
まさか自分が、今日、死ぬ、だなんて思っちゃいない。でもやっぱり、それが当たり前で、それが普通な思考回路だ。何ら問題ない。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
しかしそれは、僕が心配し過ぎなのか?他の人が安心し過ぎなのか?正しいのがどっちなのかまでは、分からない。ただ一つだけ分かるのは、目の前の扉を開け、戦場へ行くのと買い物に行くのとで、僕の気持ちは、僕の考えは、何ら揺るぐ事なんてないって事だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
外へ一歩足を踏み出した途端、僕は命を失うかもしれない。僕が、高い高い生の確率に身を置いて扉の外へ出て行くのか、低い低い死の確率に身を置いて扉の外へ出て行くのか、辿り着く結果はもちろん同じだ。じゃあ、何で僕は靴紐を結びながら、こんな事を考えてるのか?それは、僕がそれほど生を信用しちゃいないからだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
裏切るのは、死の方じゃない。それはいつも、生の方だ。事故、事件、病、全て死って言う死へ、死が引っ張ってるみたいな感じだけど、それは違う。その全ては、僕らに対する生の裏切りだ。そう、生は前触れも予兆もなく、僕らを裏切る。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
たかが買い物だけど、たかがコーヒー豆を買いに行くだけだけど、靴紐を結び終え、扉の外へ出た瞬間、隕石が直撃しないって保証はない。通り魔に襲われないって保証はない。心臓麻痺にならないって保証はない。つまり、生には絶対的な保証なんてないんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
別に僕は、皆が僕みたいな考えで毎日、毎日、自宅から外へ一歩足を踏み出して欲しいって事を言いたいんじゃない。そんな覚悟で靴紐を結んで欲しいって事じゃないんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ただ、こんな事を考えながら、扉を見詰めて、その先の生の裏切りを見据えて、靴紐を結ぶ人間もいるんだって事を知ってて欲しいだけなんだ。ただ、それだけなんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・よし!」
でも、それでも、こうして靴紐を結び終えた僕が、自宅の扉を開け、外へ出ようとするのは、やっぱり迂闊に生を信頼してるからかもしれない。何だかんだで、やっぱり死を軽視してるからかもしれない。
「えっ!?」
何だ?フラフラしてきたぞ!?目の前も急に暗くなって来た!?
「えっ!?」
まさか!?まさかまさか!!?僕は、生に裏切られてるのか!?迂闊だったよ。扉の外へ出る前に裏切られるだなんて!?
「や、やばい・・・・・・。」
意識が、意識が遠退いてく・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
こ、これが死って奴なのか!生からの裏切り!生からのギフト!死!!
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
まだだ!まだ僕は死なない!コーヒー豆を、コーヒー豆を買いに行かなきゃ!コーヒー豆を買いに行くんだ!僕は、今からコー
「バタン!」

第二百三十五話
「ただの風邪でした」

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2010年12月22日 (水)

「第二百三十六話」

「ぎゃあああああ!!」
何処かの境内に、剣士の最後の一人の断末魔が響いた。羽ばたくモズ達を見上げながら、数十人の剣士達の屍の中心に立つ剣士は、紅の刀を鞘へ。
「隠れていないで出て来たらどうだ?」
剣士がそう言うと、神木の後ろから、男が姿を現した。
「いやあ、素晴らしい。素晴らし過ぎです。バッ!バッ!ズバッ!と、十と五人もの剣士達をアッと言う間ですからね。しかも知ってました?この剣士達、結構名の知れた人達なんですよ?」
男は、話ながらゆっくりと中心に立つ剣士へと近付いて行った。
「お主、どうやらこの者達の仲間ではないようだな。」
「タコ!」
「なに?」
「黒い着物で紅の刀を素早く振るう剣士。その腕が、まるでタコの様に八つに見える事から付いた、貴方のアダ名です。」
「だから、どうした?」
「ええ、まあ、だから、どうした?ですよね。それは、勝手にこっち側が付けた事ですからね。あっ、そうそう。一応、この剣士達は、僕の仲間みたいなもんです。雇い主が違うだけで目的は同じのね。」
「お主、名は?」
「ウツボです。」
「タコを喰らうか。」
「ええ、まあ。」
「笑えん冗談だ。」
「あら?ここに来る間に、随分考えた冗談だったんですけどね。ダメでしたか。」

第二百三十六話
「タコとウツボ」

「それで?どうするんだ?」
「はい?」
「わざわざ待っていたのだろ?私とこうして一対一になるのを。」
「バレてましたか。」
「そんな禍々しい殺気を放たれたら、嫌でも分かるってものだ。」
「これでも押さえてた方なんですけどね。」
「私は、いつでも構わないぞ?」
「カラクリ師。」
「なに?」
「ほら、剣士とか忍とか肩書きがあるじゃないですか。僕の場合は、それがカラクリ師なんです。」
「商人か?」
「まあ、普段は街で子供達を相手に玩具を売ってますけどね。」
「お主、何者だ?」
「だから、カラクリ師ですってば。これ、僕が作った鉄砲です。」
男が懐から鉄砲を取り出すと、剣士へ向けた。と同時に剣士は、刀に手を掛けた。
「この距離では、お主の腕が先に土の上に落ちる事になるぞ?」
「知ってます。鉄砲の形をしてますけど、先っちょから鉛の弾が出るんじゃないんですよ。」
そう言うと男は、鉄砲を握った腕を空へ向けた。
「何をするつもりだ。」
「いいですか?」
そして、引き金を引いた。すると鉄砲の先からは、鉛の弾ではなく、火が出た。
「何をしている!」
「いや、何をしているって、僕の作品を見てもらおうと思っただけですよ。これ、凄くないですか?凄く便利な物だと思いませんか?」
「確かに、便利だ。」
「ですよね!ですよね?」
「だが。」
「だが?」
「鉄砲である必要性が見出だせん。あまりにも物騒過ぎる。そんな物を向けられたら、すぐに斬られるかもしれん。もっと安全な物から火を出すようにすればよいではないか。」
「ああ、まあ、そうなんですけど、冗談ですよ。冗談。相手を笑わす為の冗談な逸品なんですよ。」
「笑えん。」
「の様ですね。もし、欲しいなら、お安くしときますけど?」
「いらん。」
「ですよね。」
「お主、私を殺しに来たのではないのか?違うのか?」
「いや、まあ、殺しに来たんですけど、どうせなら次いでに商売でもしとこうかなって、思っただけです。」
「で、何を仕掛けた?」
「はい?」
「何を仕掛けたと聞いているのだ。」
「な、何も仕掛けてませんよ。」
「なるほど、あくまで阿呆を気取るのだな?」
「阿呆を気取る?なんかそれ、ちょっと素敵な冗談ですね。」
「間合い。」
「はい?」
「ならなぜ、詰めぬ?それは、詰める必要がないからであろう。もしくは、それ以上私の近くに寄れば、自分も巻き添えを喰らう。」
「参ったな。全てお見通しなんだもんな。答えは両方です。もし、貴方がその場から一歩でも動いたら、貴方の体は木っ端微塵です。で、この間合いは僕が巻き添えを喰わない安全な距離です。」
「爆発すると?」
「ええ、まあ、そうです。この季節は、落ち葉が凄いですからね。和尚が掃除をサボってたお陰で、簡単に仕掛けられました。まあ、ただ、舞い落ちて来る葉が、踏めば爆発する代物だなんて、誰も思わないでしょうけどね。けど、貴方はさすかですよ。タコさん。だってほら、普通なら僕が鉄砲を取り出して向けた時に、踏み込んで来るじゃないですか。」
「お主の敗北は、私の前に姿を表した事だ。」
「はい?」
「勝利を悟り、姿を現したつもりだろうが、それは違う。仮に、お主が姿を現さなかったのなら、或いは私は木っ端微塵になっていたに違いない。しかし、お主は、どうしても私に敗北感と共に、己の満足感を満たす為、己の存在を知らしめたかった。それとも?単に下らない冗談を聞かせたかっただけか?」
「何を言ってるんですか?」
「斬られていないとでも?」
「はい?」
「腕だ。」
「腕?」
「確かに、この間合いでは、私は一歩踏み出さなければ、お主を斬る事は不可能だ。ただ、鉄砲を手にした左腕を前に出したとしたらどうだ?」
「まさか!?」
「私の間合いだ。」
「馬鹿な!?」
「見誤ったな。」
「嘘だ!貴方は、嘘を付いている!確かあの時、貴方は!間違いなく斬るのを躊躇った!」
「タコ。」
「タコ?」
「お主達は、私をそう呼んでいるのだろ?腕が八つに見える。果たして、その私の本気の太刀をカラクリ師に見えるかな?」
「嘘だ!嘘だ!」
「それ以上、動くな、ウツボ。次に振動を与えれば左腕が土の上に落ちるぞ?タコがウツボの腕を喰らったのでは、笑えん冗談にもならんだろ?なに、心配はいらん。医者に縫合してもらえば、簡単に治る。ただ、その場を動いた瞬間、お主の左腕は、土の上に落ち、大量に血が流れ出て、命までも落とす事になる。」
「は、はったりだ!!」
「それは、動けば分かる事。」
「・・・・・・・・・・・・・・・…。」
「和尚が落ち葉を掃除しに来るのを気長に待つ事だな。さらばだ、ウツボ。」
そう言うと剣士は、剣士達の屍の上を次々と飛び移り、境内から去って行った。
「墨を吐いて逃げられた・・・・・・・・・か。」
一人、境内に残された男は、神木から舞い落ちる葉を、ただただ見ながら呟いていた。

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2010年12月29日 (水)

「第二百三十七話」

「よし!この店にするか!」
「カランコロンカラン!」
そう言うと中年の男は、商店街のど真ん中にあるグロテスク屋の向かって右隣の店へと入った。

第二百三十七話
「おいしい珈琲を淹れる喫茶店」

男が喫茶店に入ってから数分が経過していた。
「マスター?」
「何ですか?マスター。」
「いや、そりゃ何か私にも眠れる才能が眠っているかもしれないけれども、何かのマスターかもしれないけれども、現段階では単なるお客さんだよ。まあ現段階ではね。」
「左様ですか。」
「でも、次ここへ来た時には、何かのマスターかもしれないよ?」
「お待ちしております。」
「うん。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・さてと、帰って部屋の掃除でもし・・・でなくて!違うよ、マスター!私は、マスターに文句があったんだよ!」
「文句ですか?」
「そうですよ!文句ですよ!」
「では、お伺い致します。」
「私がね。この喫茶店に入ろうと思ったのは、看板に『おいしい珈琲を淹れる喫茶店』って書かれていたからなんだよ。でも、マスター!ヘイ、マスター!スゲェまずいじゃないか!飲めたもんじゃないじゃないか!」
「お客さん?お言葉ですけど僕は、コーヒーには自信があるんです。だけど、コーヒー以外のものについては、正直あまり自信がありません。もし、お口に合わないのであれば、申し訳ありません。としか、言い様がありません。」
「そっか。なら仕方がないね。って、コーヒーだから!私飲んでるこれ!コーヒーだから!マスターご自慢のコーヒーですから!しかもそもそもこの喫茶店には!コーヒー以外のメニューがありませんから!更に更にマスターの言ってる事、喫茶店のマスターとしてと言うか飲食店の経営者として、根本的に間違ってるからね!ねっ!」
「!?」
「いやいやいや、マスター?メチャクチャ驚愕してますけどね?私は、今後のマスターの為に是非とも言いたい!」
「!?」
「このコーヒーレベルなら、看板にあんな事を書いちゃ駄目だよ。客の期待値のハードルがグッと上がっちゃうからさ。でも、そのハードル分を差し引いたとしても、やっぱりこのコーヒーは考えものだよ。」
「!?」
「この味でお金貰っちゃ駄目だよ。それは駄目ですよ。これは、個人的な味覚云々のレベルじゃないからよ?死ぬ!って感じちゃったもんね。毒!って認識しちゃったもんね。」
「!?」
「悪い事は言わないからさ。マスター?一回店を閉めてだね。もう一度、修行し直してから、また店を開いた方がいいよ。」
「!?」
「驚愕もうよくない?いつまで驚愕してんの!」
「すいません。寝てました。」
「じゃあさあ?それはつまり、私の話を聞いてなかったって事?」
「はっ!?お客さん!?いつの間に!?ご注文はお決まりでしょうか?」
「えっえっ??どっから?どの段階から居眠り?誤魔化し加減がダイナミックだよ!病院で診てもらった方がよくない?レベルだよ!で、コーヒーしかないんだから注文聞くのおかしいでしょって!」
「喫茶店ジョークですよ。」
「喫茶店ジョークってなに!?つか、何がジョーク?どの辺りがジョーク?このクソまずいコーヒーが?それとも驚愕が?或いは、この店の存在事態が?」
「お客さんがです。」
「私?私がジョーク?まあね。確かに、ジョークだったのなら、どれほど良かった事かって思い出は、百や二百ではない人生だったよ。って、ほっとけ!私の人生なんか今は、関係ないでしょうが!こっちが真面目にマスターの為を思って言ってるんだから、ふざけちゃ駄目だよ。」
「はい!」
「いいよ別に、大きな声で返事しなくてもさ。」
「はい!」
「二人しか居ないんだから、いちいち手を上げて発言権を得ようとしなくてもいいよ。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・はい、マスター。面倒臭いな。」
「クリスマスプレゼントの件ですけど、やっぱり僕は」
「ちょちょちょちょちょ!何その件!その件、私知らないよ?私その案件、知らない。なに急にびっくりするような事を言ってんの!」
「シーズンだったので、つい。」
「仮にクリスマスシーズンだとしても、私にクリスマスプレゼントをお願いするのおかしいでしょ!お門違いでしょ!」
「サン・・・タ・・・クロー」
「スじゃないよ!要素ゼロだよ!」
「チエッ!」
「何で正式にガッカリされなきゃならないんだよ!ガッカリしてるのは、看板を信じて店に入っちゃった私の方だよ!」
「お客さん!店の看板に嘘偽りは一切ございません!」
「・・・・・・・・・何なの?その自信?どっから湧き出て来るの?嘘と偽りしか書かれていないじゃないか!!じゃあ、何なんだよ!このクソまずいコーヒーは!!」
「果たして、本当にそうでしょうか?」
「何気取りだ!」
「お客さんの言う通りでしょうか?」
「探偵気取りか?ちょっと目障りだから、止まって話してくれないかな?仮に動いて話したいんだったら、小刻みな早足じゃなくて、ゆっくり歩いてくれないかな?で、顔だけ常に私の方へ向けているのもやめてくれないかな?」
「『おいしい珈琲を淹れる喫茶店』と!確か看板には、そう書かれている。間違いありませんね?」
「それは、私がマスターに聞きたいぐらいだよ。」
「間違いありませんね?」
「ごり押しも甚だしいね。そうですよ。マスターの言う通りです!看板には『おいしい珈琲を淹れる喫茶店』と書かれています!」
「そらみたことか!」
「何が?私は今、いったいどんな状況下なの?何みたことかになってるの?」
「看板に嘘偽りはないってことかな状況下ですよ。」
「まずいじゃん!マスター、これ飲んでみなよ!」
「嫌ですよ。まずいもん。毒かと思うもん。」
「まずいんじゃん!!分かってんじゃんか!!」
「いやいやいや、分かりますよ。コーヒーのおいしいまずいが分からなかったら、おいしい珈琲を淹れる喫茶店のマスターなんて勤まりませんよ。」
「なら、勤まってないじゃん!」
「お客さんは、僕が淹れたコーヒーを飲んだ事ないから、そんな事をおっしゃってるんですよ。」
「じゃあ、これは何!このクソまずいコーヒーは、何なんだよ!」
「死が脳裏を過る程にクソまずいコーヒーですよ。飲めば分かるでしょ?」
「マスター、貴方はさっきっから何を言ってんの?ねぇ?マスター?おじさんに、もっと分かりやすく説明してよ。」
「そうやってね。物事を一方的な角度からしか捉えられないのが、お客さんの悪い所ですよ。」
「何で初対面のマスターに、そんな事を言われなきゃならないんだ!」
「つまりこうです!」
「また、探偵気取りか?」
「コーヒーは、二種類存在する。」
「はい!?」
「おいしく淹れたコーヒーと、お客さんに出すまずいコーヒー。いいですか?つまり『おいしい珈琲を淹れる喫茶店』の看板に、嘘偽りなんてないんです!僕の淹れるコーヒーは、メチャクチャおいしいんです!!」
「・・・・・・・・・はい。」
「はい、お客さん!」
「単純な疑問なんですけど?じゃあ、何でわざわざまずいコーヒーを客に出すの?」
「だからそれは、この喫茶店が、おいしい珈琲を淹れる喫茶店だからですよ!おいしい珈琲を飲ませる喫茶店じゃないからですよ!以上!Q.E..D.!」
「いったい何の証明を終了なさった?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「殴っても?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「痛いから嫌です。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
喫茶店内には、珈琲のいい香りと時計が時刻を刻む音が、ゆっくりと漂っていた。

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