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2011年3月

2011年3月 2日 (水)

「第二百四十六話」

 お母さんに頼まれて、僕が家で1人で留守番してたら、何の前触れも無く突然、サイボーグが訪ねて来た。
「こんにちは。」
「どぞ。」
何やらビームっぽいのが発射しそうな右腕を上げて、サイボーグは挨拶した。だから僕は、このチャンスを逃したらって思って、サイボーグを2階の僕の部屋に案内する事にした。だって、そうでしょ?人がサイボーグに出会う確率なんて、人が野生のハムスターに出会う確率より低いんだよ?僕の人生じゃあ、きっともう2度とサイボーグに出会う事なんて無いんだからさ。そりゃもう、部屋に招いちゃうよ。
「こっちだよ。」
「お邪魔します。」
飛ぶかな?飛ぶのかな?翼的なもんが出て来て飛んじゃうのかな?それとも足の裏からジェット噴射的な事なのかな?そこ、かなり興味津々だよ。翼的なもんかな?それとも足の裏からジェット噴射的な事なのかな?そこ、物凄く気になっちゃうよ。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
うん。だよね。そうだよね。翼なんて出したら家が壊れちゃうし、ジェット噴射的な事をしたら、やっぱり家が壊れちゃうもんね。階段は、普通の人と同じ感じで上がるよね。サイボーグって言っても割合的には、人間と機械で五分五分っぽいもんね。
「ここが僕の部屋だよ。その辺に座って待っててよ。今、何か飲み物持って来るからさ。」
「どうぞお構い無く。」
ん?でもちょっと待てよ?サイボーグって、オレンジジュースとかグレープジュースとか飲めるのかな?やっぱり、ガソリンとか特殊な燃料とかなのかな?
「あのさ。」
「はい。」
「何、飲む?」
「本当にお構い無く。すぐに帰りますから。」
「遠慮しないで言ってみてよ。まあ、家にあるもんならなんだけどね。」
すぐに帰りますから?すぐに帰してなるもんかってんだい!これからなが~い時間掛けて、いろいろ聞かなきゃなんないし、いろいろ見せてもらわなきゃなんないんだからさ。
「では、ほうじ茶を。」
「ほうじ茶?」
「無ければ結構です。長居は致しませんから。」
「あるあるある!ほうじ茶あるから!すぐ持って来るから、待ってよ!」
「はい。」
ふっふっふっ!あるんだなぁ。ほうじ茶!家は食後にいっつも、ほうじ茶が出るんだなぁ。まさか、僕の嫌いなほうじ茶に、こんな形で助けられるとは思ってもみなかったよ。感謝だよ!ありがとうだよ!ほうじ茶!
「ほ~う~じ茶~!ほう~じ茶~!ほっほっ、ほう~じ茶~!」
もう、ウキウキが止まらなくて、ワクワクが押さえきれないよ。階段も今まで味わった事ないくらいにリズミカルに下りれちゃうよ。でもって台所に到着っと!え~と?確か、いとしのほうじ茶は台所の棚の中に!
「あった!」
ふっふっふっ!あったあった!いったい何を聞いてやろうかな?とりあえず左目について聞いてやろうかな?それとも、中に何かを隠してそうなお腹について聞いてやろうかな?それともそれとも、半分見えてるガラスケースの中の脳ミソについて聞いてやろうかな?って、そんなウキウキを胸に、ほうじ茶の茶筒を手に取り、いやいや、やっぱり口から火が吹けるのかな?バリアとか出来ちゃうのかな?どう言う感じで飛ぶのかな?どっから来て、どこに行くのかな?何でサイボーグになったのかな?とかから聞いてやろうかな?って、こんなワクワクを胸に、ほうじ茶の茶筒を僕は勢いよく開けた。
「えっ?」
空だ!?ウソ!?何で?どうして?まずい!まずいよ!これじゃあ、サイボーグが!せっかく何だか分からないけど訪ねて来てくれたサイボーグが!帰っちゃうよ!ダメかな?オレンジジュースとかグレープジュースじゃ、ダメなのかな?
「どうやら、無いようですね。」
「えっ?サイボーグ!?いや、ちょっと待てよ!あるあるある!絶対どっかにあるから!ほうじ茶!」
出来ればその右腕のビームっぽいのが発射する所を見たいって僕の夢が!二まわりぐらい大きな左手のメガトンパンチの破壊力を見てみたいって僕の夢が!きっと電撃っぽいのが出るんじゃないかって左膝の辺りのバチバチしたとことか!小型のミサイルっぽいのが隠されてそうな右腿のパカパカしたとことか!その耳やその肩や何だか分からない緑色のヤツとか!
「いくら探しても、きっとほうじ茶は、見付かりませんよ?」
「そんな事ないよ!家は食後には、いっつもほうじ茶なんだから!」
「だからこそですよ。」
「えっ?どう言う事?」
「それでは、私はこの辺で失礼します。」
「えっ!?ちょ、ちょっと待てよー!サイボーグ!行かないでよー!サイボーグ!行っちゃダメだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
行かないで!お願いだから行かないでサイボーグ!まだ、僕まだ何にも聞いてないじゃないか!まだ何にも見せてもらってないじゃないか!こんなのイヤだよ!こんなのウソだよ!帰らないでよサイボーグ!
「うぇぇぇぇん!お母さぁぁぁぁぁぁん!!」

第二百四十六話
「母は、お茶屋へ」

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2011年3月 9日 (水)

「第二百四十七話」

 フリーライターをしている私がその薬の噂を耳にしたのは、3週間前の事でした。その後の取材で掴んだ噂の薬があるとされるその街の商店街は、私が訪れたどの街の商店街よりも不思議で、でもその不思議に対して、不思議と違和感を感じさせないところがまた、不思議と言うか、とにかくライターとしてこう書いてしまうのは失格なのかもしれませんが、言葉では上手く言い表せない、不思議だけど普通な商店街だったんです。
「うわぁ~。ちょっと、嫌だなぁ。出ないよね?お化け的なの?」
地上の商店街は、不思議だけど普通。しかし、地下の商店街は、違っていました。所々、裸電球が切れ掛かっている暗い階段を下り、先も見えない真っ暗な地下商店街の入り口に立つと、何だか背筋に寒気のようなものを感じました。そう、不思議で不気味。そんな表現がお似合いでした。
「水滴屋?」
電球がまるでスポットライトのように照らす所々剥げて辛うじて地下商店街入り口と読める床に書かれた文字を跨ぐと、すぐに水滴屋と言う看板の文字が私の目に飛び込んで来ました。
「水滴を売ってる?って事なのかなぁ?」
少し、いや、かなり好奇心を揺さぶられましたが、今はそれどころではないと、目当てのお店へと歩みを進めました。しばらく好奇心を揺さぶられながら歩くと、目的のお店がその姿を現しました。

第二百四十七話
「万能薬屋」

「まんま、なんだ。」
ボロボロの看板の文字を見て、私はガセネタを掴まされたのだと確信しました。それでもとりあえず理不尽に怖い思いまでしてここまで来たんだからと、私は店の中へ入りました。
「すみませーん。えっ!?」
一瞬、私は次元の違う空間へ来てしまったのかと、自分の目を疑いました。扉を挟んで外は暗黒の世界。店の中は真っ白な世界。
「ん?お客さんとは珍しいな。」
そして、カウンターの向こうで、汚い汚い白衣を纏った60代ぐらいの太った男性が、完全にサイズ違いの眼鏡を掛けて、私を迎えてくれました。
「あのう?私、こう言う者です。」
「ほう!フリーライター?で?そのライターさんが何の用なんだい?」
「こちらのお店に、万能薬があると聞いて伺ったのですが。」
「お嬢ちゃん?」
「お、お嬢ちゃん!?」
「店の看板、見た?」
「ええ。」
「で?ボロっちぃ看板には何て?」
「万能薬屋、と。」
「うちの店には、万能薬しか置いてない。なぜだか分かるかい?」
「いいえ。」
「お嬢ちゃん。本当にライターさんなのか?」
「ええ、一応これでもライターです。フリーですが。」
「疎いねぇ。疎い。万能薬以外の薬が置いてない理由なんて、万能薬以外の薬を置く必要がないからに決まってるじゃないか。」
「それはつまり、万能薬で、どんな病気も治せると言う事ですか?」
「だから、万能薬って言うんだろ?違うのか?」
鼻息をあらげて得意気に話す店主でしたが、それはあまりにも突飛で、次元違いな話で、私は信じられませんでした。いや、始めから万能薬なんて薬の存在自体を信じていませんでした。なぜなら、店主の言う事が本当であるなら、どうして世界中で今も尚、不治の病で苦しんでいる人達がいるのでしょうか?そうなんです。まるで筋が通っていないんです。
「本当に万能なんですか?」
「お嬢ちゃん?疑ってるのかい?」
「正直、疑っています。いえ、このお店の万能薬を疑っているのではなく、私は万能薬の存在自体を疑っています。」
「はあ~あ。」
店主は、大きな溜め息を吐き、頭を掻いて、完全にサイズ違いの眼鏡を外し、目頭を押さえ、再び完全にサイズ違いの眼鏡を掛けて、私を見た。
「なら、お嬢ちゃんは、どうしてこんな場所まで、わざわざ訪ねて来たんだい?万能薬の存在自体を疑ってんなら、そんなネタ、無視してしまえばいいじゃないか。」
「そ、それは・・・・・・・・・。」
「うん。まあ年甲斐もなくわしも随分と意地悪な質問をしてしまったね。まあ、あれだ。ほら、人は頭で完全否定しても完全否定しきれない。そこに希望があるからな。で、逆に完全肯定も出来ない。そこに絶望があるからだ。まっ、哲学的な話は置いといて、あれだろ?あってもいいなぁ?って、思っただけなんだろ?簡単な話、一種の好奇心ってやつだな。」
「・・・・・・・・・。」
確かに、店主の言ってる事も当たっています。世界に万能薬が流通していないのは、それを人々が受け入れようとしないのからかもしれない。そんな魔法の様な希望の薬があればいいなと思っていても実際には確実に存在しない絶望で完全否定している。目の前に万能薬を突き付けられたとしても、その万能薬で病気が治ったとしても、きっとそれを万能薬だとは、認めないのではないでしょうか?ユニコーンやドラゴンのように、万能薬もまた、想像上の延長線上にのみ存在していて、現実には存在しない。頭で分かっているけど、それは同時に頭で分かっていないと言う事なのかもしれません。
「見えていないんだろ?」
「見えていない?」
「店内にある万能薬の事さ。店に入って来た時のお嬢ちゃんの表情で分かってたけど、店の中が真っ白に見えてるんじゃないのかい?ん?正解だろ?」
「まさか!?」
「まあ、それが正常なのかもしれないが、わしからしてみれば、随分とまあ、贅沢な話だよ。」
「贅沢?それはどう言う意味ですか?」
「現実に存在する万能薬をあえて否定しながら生きる生き方の事さ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
私は、言い返す言葉が見当たらなかった。頭の中が、あまりにも憶測の域を越えなかったんです。万能薬が見えない。でも、果たして本当にそんな現実が存在しているのか?それともただ単に、店主が私の事をからかっているだけなのか?きっと、この話は平行線を辿るだけだと思い私は、最後に1つだけ質問をして店を出る事にしました。
「万能薬って、何色なんですか?」
「色?そんなの決まってるだろ?万能薬は、黒だよ。」
私は、真っ白な店内を見渡し言葉を失いました。そして、言い様のない虚脱感と恐怖感にさいなまれながら、店主に別れを告げ、店を後にしました。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
真っ暗な地下商店街を歩きながら私は、確かこの地下商店街に来る途中、おいしい珈琲を淹れる喫茶店があったのを思い出し、そこで少し頭の中を整理してから家へ帰る事にしよう。そう思いました。それは、美味しい珈琲でも飲んで、少し気持ちを落ち着かせないと、とてもじゃないけど眠れそうになかったからです。

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2011年3月16日 (水)

「第二百四十八話」

「長っ!はあ、ダルっ!そして、眠っ!」
「お疲れさん。」
「お疲れさんじゃないわよ!どうしてアタシだけ捜査会議に行かなきゃなんないのよ!」
「この課は、僕と君の二人しかいないんだからしょうがないだろ?ここを無人には、出来ないじゃないか。」
「なにその理屈?なんなのその屁理屈?そもそも全員参加だっつぅの!」
「で?進展は?」
「ある訳ないでしょ!」
「ほらね。」
「ほらねって!なに!」
「まあまあ、落ち着きなよ。いいかい?君が退屈な捜査会議に僕の分も頑張って出てくれたお陰で、僕は僕の捜査に没頭する事が出来た。で、犯人を見つける事が出来た。」
「何が僕の捜・・・えっ!」
「君の無駄な苦労も労力も眠気も無駄じゃなかったって事さ。むしろ僕らは、合理的な役割分担で事件を見事解決したって事になる。」
「はいはいはいはいはい。どうもありがとう。で?犯人は、誰なの?」
「犯人は、第一発見者の彼女。」
「はああああああ!!」
「なにそのあからさまで大きな溜め息?」
「出るでしょ!出ちゃうでしょ!」
「出ないでしょ。」
「出るっつぅの!よい?彼女は、第一発見者だけど、絶対に犯人じゃないの!犯人な訳がないの!」
「捜査の基本でしょ?第一発見者を疑えってさ!」
「ねぇ?ねぇねぇ??ちゃんと出れば?ねぇ?ちゃんと出ようよ捜査会議!」
「ガラじゃないんだよね。」
「なによその理不尽な言い訳!」
「まあでも、間違いなく犯人は、彼女だよ。」
「はあ???まあでもってなに!犯人は、間違いなく男だって事ぐらい知ってんでしょ!防犯カメラの映像観たじゃん!彼女は、男がマンションを出て行った数十分後に、マンションを訪れてんの!それに、彼女の友人の部屋に残された血液型は、彼女と違うし、毛髪は、一目瞭然で彼女とは別物!」
「不自然だって思わないかい?」
「なにをどう思えって言うの?よっぽど今の貴方の推察の方が不自然よ!」
「犯人は、背後から刃物でひと突き。」
「そうよ?だからなにが不自然なの?」
「争ったんなら分かるけど、何で部屋に血液や毛髪が?何だかこれじゃあ、わざとな感じがしないかい?まるで犯人が彼女じゃないんだよ!みたいにさ。」
「犯人じゃないんだからよいじゃん!それに、こうやって包丁を強く握って刺すと、この後ろの部分で指を切る事もあるの!毛髪だって、毎日たくさん抜けるの!なにもどこも不自然な事なんてないの!」
「これ見てよ。」
「エコー写真?誰の?」
「彼女の母親のさ。」
「これって!?」
「そう、彼女は双子なんだよ。」
「じゃあ!二人で殺人を企てて実行したって言いたいの?でも、変よ。彼女は、一人っ子なはずよ?」
「そう。これを見てくれるかい?」
「このエコー写真は?」
「彼女の母親のさ。」
「えっ?でも、赤ちゃんは一人しか写ってないわよ?って、まさか!彼女は、バニシング・ツイン!?」
「そう。この現象自体、特に珍しい事じゃない。問題なのは、母体の中でいつの間にか消えてしまった赤ちゃんの方じゃなくて、残った方の赤ちゃんが生まれて来てから、その身に起こる現象の方なんだよ。」
「お腹の中で消えた子供の魂が宿ってしまう。」
「うん。一つの体の中に、二人の精神。」
「でもそれって、人格障害や詐病の一種でしょ?」
「ああ、かなりの確率でそうだろうね。」
「彼女がバニシング・ツインだとして、やっぱり彼女は犯人じゃないわ。」
「ほらよく見て?失われた赤ちゃんは、男だよ?」
「それでもよ!よい?それでも物的証拠が全て犯人は、彼女じゃない事を示してるの!」
「僕は、人格障害や詐病だけでは説明のつかないバニシング・ツインを知っているのです。」
「急に誰?」
「でも、僕の推察が正しければ、彼女は今までにない特殊なケースだよ。いや、特殊過ぎるケース。」
「なにが言いたいの?」
「通常、バニシング・ツインでは、君の言った通り残った双子の片割れに、消えた双子の片割れの魂が宿る。そしてある時、突然人格が入れかわる。そう、一つの体に二人の精神。だけど、今回のケースはまるで違う。双子は、消えてないんだ。」
「消えてない?なに言ってんの?よい?よいよい?自分が持って来たエコー写真見なさいよ!」
「これはね?消えたんじゃなくて!同化したんです!つまりね?一人の人間を二人で共有してるんです!」

第ニ百四十八話
「ふたり人間」

「ふざけてんの?だったら、そろそろいい加減にしてよね!」
「証拠ならあるよ。このDNA鑑定の結果を見てよ。」
「結果って!これは、男性の血液と毛髪から」
「これは、彼女の鑑定結果だよ。」
「えっ!?」
「警察は、性別の不一致の段階で、そう、犯人とは性別の違う彼女の方のDNA鑑定はしてないんだよ。」
「なんてこと!?」
「よい?」
「・・・・・・・・・よい。」

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2011年3月23日 (水)

「第二百四十九話」

 俺は、しくじった。
「まさか俺みたいなドジな奴がもう一人いたとはな。」
「それは、私も同じ事だよ。」
「違いねぇ。はっはっはっはっはっ!」
「はっはっはっ!」
暢気に笑っていたが、これはとてもじゃないが、笑える状況なんてもんじゃなかった。俺は、しくじったんだ。それはもう、どうしようもなく、救いようもねぇ、しくじり方だ。
「怪我は、大丈夫なのかい?」
「ああ、どうって事ねぇ。右足が折れちまっただけだ。」
「そうか。」
「そっちは、どうなんだ?」
「私も同じだ。」
夜間の奇襲作戦。作戦名『雷雨の稲光』をしくじり、西側の奴等から逃げてる最中に俺は、崖から足を滑らし、右足をしくじり、必死に足を引き摺りながらやっとの思いで辿り着いた山小屋は、電気が通ってねぇと来たらもう、しくじる事は後はもう、何一つ無いだろうと、夜明けまで少し眠ろうとした時、山小屋の中で人の気配を感じた。
「私は、東側が奇襲を仕掛けてくると言う伝令を伝えに行く途中、崖から足を滑らしてね。この様さ。」
暗闇の小屋の中に居たのは、西側の兵士だった。だが、今思えばこれら全てのしくじりなんてもんは、これっぽっちのしくじりにもならねぇ。
「俺は、夜間の偵察中、崖から落ちた。」
「どうやら、お互い災難だようだな。」
「東側より、あの崖の方がよっぽど厄介ってもんだ。」
「はっはっはっ!そうかもしれないな。」
「はっはっはっはっはっ!」
だから俺は、自分を西側の兵士だと偽った。小屋が暗闇のしくじりは、これでチャラになったって事でいいかもしれねぇ。暗闇でなきゃ、この偽りは通用しない。もし、電気が通ってたら東側の夜間迷彩を着た俺は、小屋に入った時点で撃ち殺されてたとこだ。だが、祝杯をあげるには早すぎた。暗闇のしくじりがチャラになったと同時に、俺のタイムリミットが、夜明けまでと決定しちまったからだ。
「こんな時に、こんな事を言ったら、あれなんだが、暇潰しにいいかい?」
「いいねぇ。暇潰し!俺でよければ相手になるよ。」
選択肢は、いくつかあった。いくつかあるから、選択肢なんだが、まあこのチョイスをしくじったら、おそらく俺は、クソ美味くもないランチにはありつけないだろうって思った。
「つくづく思うんだよ。何がどうなって、こんな戦争が起こってしまったんだろうとね。」
「地球大戦か。」
「昨日まで当たり前の日常を過ごしてたかと思ったら、次の日突然、地球を東西に分けての戦争が始まってしまった。」
選択肢の1つは、夜明け前に俺が小屋を出て行くってヤツだ。単純明快の様でだが、なかなかどうして、問題が山積みだった。足の負傷がなければ、雨の中を一目散に走って逃げればいい話だが、そもそも足を負傷してなきゃ、こんな小屋に立ち寄ったりなんてしてねぇって話をしたら元も子もねぇな。それに大問題なのは、俺が小屋を出て行こうとした時、西側の兵士が一緒に小屋を出る確率が高いってヤツだ。つまりこの選択肢は、しくじる選択肢だった。
「どっか、俺達の知らないとこで、俺達の知らないお偉いさん同士が大喧嘩して、地球に東西真っ二つのボーダーラインを引いちまった。下らねぇ。」
「全くだ。ある日突然、何の恨みもない知らない人間を撃ち殺さなければならない。ある日突然、仲の良かった友人に銃を向けられなければならない。」
「ああ、下らな過ぎる。それに、こんな戦争が無ければ俺達が崖から足を滑らす事もなかったんだからな。」
「はっはっ!それもそうだな。だけど、君と出会えた。」
「どうせ会うなら、酒場で一杯おごってもらいたかったもんだぜ。」
「足が治ったら、おごらしてもらうよ。」
「約束だぞ?」
「約束だ。」
「はっはっはっはっはっ!」
「はっはっはっ!」
「・・・・・・・・・この戦争は、西側が勝っても東側が勝っても喜ぶのは、そのどっかのどっちかのお偉いさん達だけで、俺達みたいな無意味に、自分の意思とは関係無く、戦争させられてる兵士は、勝っても負けても悲しむだけだ。」
「ああ、全くその通りだよ。」
選択肢の1つは、夜明け前までに、この西側の兵士を撃ち殺すってヤツだ。暇潰しの会話の最中に、いろいろと知恵を絞ってみたが、おそらくこのチョイスがベストだった。だが、チョイスがベストだろうが、実行してしくじったら間違いなく俺は撃ち殺される。それでも俺を西側の兵士と信じ込んでる気の毒な西側の兵士を撃ち殺すのには、あまりにも容易い状況で環境だった。そう、しくじりたくてもしくじりようもない・・・・・・。
「もうすぐで、夜が明ける。私は、朝日が昇るのを見るのが好きでね。しかし、どうやら今日は見れそうにないみたいだ。」
殺らなきゃ殺られる。これが戦争ってヤツだ。
「バーン!!」

第二百四十九話
「東側の兵士」

俺は、しくじった。俺が今までにしくじって来たと感じて泣いたり悔しがったり憤怒や反省を繰り返したのがバカみたいだって、笑えてくるぐらいにだ。稲光で一瞬、照らされた光景を前に、撃ち殺すなんて選択肢が、戦争のせいで脳ミソが腐っちまったせいなのか?それこそこれぞ人間の本能ってヤツなのか?を少しだけ考えちまった。ついでに、こうも少しだけ考えた。別に、戦争の事なんて今はどうでもよかったじゃねぇか!ってな。まあ、全部が今更ってとこなんだがよ。
「なんだよ。こんなんだったら、夜明けまで暇潰ししてりゃあよかっ・・・・・・たよ。」
だが、しくじったのは、俺だ。目の前で涙を流す西側の兵士を偽ってた東側の兵士は、しくじっちゃいねぇ。

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2011年3月30日 (水)

「第二百五十話」

「指揮者になる!」
と、言って家を飛び出して行った。
「ただいまー!」
そんな威勢よく2時間弱前に飛び出して行った父が、2時間弱後に威勢よく帰って来た。
「お帰りって、父さん?意気込んで出てった割には、随分と尻尾巻いて帰って来たね。」
「誰が尻尾巻いて帰って来たって?誰が?」
「逆に、どう言う事?」
「おっほん!父さんはな。ついさっき、晴れて指揮者となりました!」
「えっ!?」
嘘だ!父は、嘘を付いてる!2時間弱で指揮者になれてしまうんだったら、この世界は指揮者だらけだ!
「だから、今日から父さんの事は、マエストロと呼びなさい。マエストロとな!」
「指揮者になってすぐに名指揮者って!まだ、タクトを振るってさえいないのに?」
「タクトを振るってない?誰が?」
「誰がって、父さんがに決まってるじゃないか。」
「タクトを振るっていないと思うなよ?」
「えっ!?」
いやいやいや、2時間弱で、タクトを振るったと思えって方が無茶でしょ!また嘘だ!父は、明らかに嘘に嘘を上乗せしてる!
「見ろ!」
「タクト!?」
「ちゃ~と、家までの帰り道、振るって来た!」
「帰り道!?」
父は、何か根本的に指揮者って職業を勘違いしてる。木の枝を振るって歩いて帰って来るその構図は、あまりにも小学生すぎだ!
「気持ち良かったなぁ~!お前にも見せてやりたかったよ。タクト捌き!」
何をしてたんだ?父は、2時間弱をいったいどこで、どんな風に過ごしてたんだ?いつもの様に、公園でボーッと休日を過ごしてたとしか考えられないぞ?だとしたら、あまりにも完全なるヘンテコなおじさんすぎるじゃないか!
「父さん?」
「ん?」
「オーケストラって、知ってる?」
「バカもーんっ!!」
いや、そりゃそうか。いくら何でもこれは、あまりにも失礼な質問だったか。
「ごめんなさ」
「知らん!!」
「ええーっ!?」
知らなかった!?まさかの知らん回答!?タクトを知ってるのに!?オーケストラの方を知らないの!?だのに息子をバカ呼ばわり!?何で?何でこっちがバカ?いやいや、そんな事よりもこれはマズいぞ!非常に果てしなくマズい事態突入だぞ!父は、指揮者を理解してない!理解してないどころか!木の枝を振るってたら、それが指揮者なんだって方向に勘違いしちゃってるぞ!まさかこんなバカげた非現実が現実に巻き起こるだなんて!そして巻き込まれるだなんて!そんなバカな!?
「父さん!ちゃぶ台の上に立って、ご陽気に木の枝を振るってるそこの父さんってば!」
「だから、父さんじゃなくて、マエストロと呼びなさいと言ってるだろ?それにこれは、木の枝じゃなくて、タクトだ。タークートー!」
「短っ!タクト短っ!小指より短っ!」
そう、父が持ってるタクトと名付けられた木の枝は、木の枝って言うよりも小枝って言う表現をした方が、あまりにもしっくり来るモノすぎた。
「タクトはな。長さじゃないんだよ。」
渋めな顔付きで、ニヒルにバカな事を言ってんじゃないよ。タクトが短かかったら、オーケストラが見えないでしょうが!って言おうと思ったけど、やめた。父にオーケストラの概念が存在しない以上、どうせまた僕がバカ呼ばわりされるのが目に見えてるからだ。
「短きゃ短いだけいいんだよ!」
長さじゃん!長さ第一主義なんじゃん!長さを重んじて長さを敬ってんじゃん!長さって、伸びる方も縮む方も両方込みで長さじゃん!そんな一方通行の概念だらけの人にバカ呼ばわりされたの?されちゃった訳?僕は!
「父さ・・・マエストロ?」
「何ぞや?」
誰だよ!何時代の者だよ!そろそろこの辺で1回正式にマエストロに謝れ!
「タクトを振るうのは構わないけど、何?」
「何?って?何?」
「いやだからさ。それを振るって何なの?」
「お前、マエストロにヘンテコな質問するな。」
お前の方がよっぽどヘンテコなヤツだよ!ヘンテコなおじさんだよ!
「いやちょっと父さんマエストロのルールが、いまいちと言うか全く分かってないから教えて欲しくてさ。」
「あのな。マエストロがタクトを振るうって事はだよ。そこには、メロディーが奏でられているって事に決まってるだろ?大学生にもなってヘンテコな質問してんじゃないよ。」
ああ、良かった。きっと父の遺伝子情報が開花してたら、今頃僕は、大学どころか小学校低学年で、がんじがらめだったよ。ありがとう母さん!ありがとう僕のDNA!って、ん?メロディー?確かに父は今、メロディーが奏でられてるって言ったぞ!?父の指揮者に対する概念に対する僕の概念が間違ってたのか?単に父は、オーケストラって単語を知らなかっただけで、小枝を振るった父の耳だけには、オーケストラが奏でるクラシックなメロディーが聞こえてるって事なのか!?まさか!?父にしてみれば既にここは家ではなく!ホールって事なのか!?父は、イメージの向こう側で本物のマエストロになっちゃってるって事なのか!?でも、実際にそんな事が2時間弱前まで普通に鼻をほじりながら新聞を読んでた人に可能なのか?つまらない事で母さんを怒鳴り付ける人間地雷の父に可能なのか?いやいや、仮に父がそう言った才能に特化してたとしたら?だとしたら?それは、あまりにも十分に可能すぎる!!いや、いやいやいや、でもこれは、あまりにも妄想がすぎる!いいや!だがしかし!それでも人は、その妄想を上回るほどのあまりにもな可能性を秘めすぎてる!!
「いったい、マエストロの耳には、どんなメロディーが届いてるんですか?」
「ヒュン、ヒュン、ってな。」
小枝だ!そりゃ小枝が奏でるあまりにも下らない、下らなすぎる空気振動だ!メロディーでも何でもない!逆にそれだけの小枝から音がする方が奇跡だ!
「ヒュン、ヒュン!」
って、口じゃん!自分で言ってんじゃん!もはや小枝関係ないじゃん!てか、小枝無いじゃん!振りすぎてもう既にどっかへ飛んでっちゃってんじゃん!小枝無き今、既に父はマエストロでも何でも無い!ヒュンヒュンって、ちゃぶ台の上で言ってる完全にイッちゃってるおっさんじゃん!
「ちょっと?」
「ヒュン、ヒュン!」
「父さん?」
「ヒュン、ヒュン!」
「父さんって!」
「ヒュン、ヒュン!」
「父さんってば!!」
「マエストロだって、何度言えば分かるんだ!!」
何度言われようが分かりませんよ。分かってしまったら僕はそこで、おしまいですよ。
「無いじゃん!」
「運がか?」
いや占い師じゃないんだから、そんな内面的に人が持ってるもんなんて知らないし、占い師が本当にそんな内面的に人が持ってもんを知る事が出来んのかも知らないよ!
「タクト!」
「な、何っ!?本当だ!いつの間に!」
「もういんじゃん?そろそろ母さん帰って来る頃なんだしさ。」
「お前、もしや?」
「もしや、何?」
「マエストロがタクトを1本しか持ってないと!そう、本気で思っているんじゃなかろうな?」
「えっ!?」
まさか!?まさかその!?その何かを取り出そうと入れたズボンの!?そのズボンのポケットの中に!?中に!?
「見て驚くなよ!」
もちろん驚かないよ!驚かないさ!そんな意外性ゼロな事なんかに!僕が心配なのは、これはあまりにも面倒臭い指数100%すぎる緊急事態だぞって事だ!

第二百五十話
「ジャジャジャジャ~ン!」

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