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2011年3月30日 (水)

「第二百五十話」

「指揮者になる!」
と、言って家を飛び出して行った。
「ただいまー!」
そんな威勢よく2時間弱前に飛び出して行った父が、2時間弱後に威勢よく帰って来た。
「お帰りって、父さん?意気込んで出てった割には、随分と尻尾巻いて帰って来たね。」
「誰が尻尾巻いて帰って来たって?誰が?」
「逆に、どう言う事?」
「おっほん!父さんはな。ついさっき、晴れて指揮者となりました!」
「えっ!?」
嘘だ!父は、嘘を付いてる!2時間弱で指揮者になれてしまうんだったら、この世界は指揮者だらけだ!
「だから、今日から父さんの事は、マエストロと呼びなさい。マエストロとな!」
「指揮者になってすぐに名指揮者って!まだ、タクトを振るってさえいないのに?」
「タクトを振るってない?誰が?」
「誰がって、父さんがに決まってるじゃないか。」
「タクトを振るっていないと思うなよ?」
「えっ!?」
いやいやいや、2時間弱で、タクトを振るったと思えって方が無茶でしょ!また嘘だ!父は、明らかに嘘に嘘を上乗せしてる!
「見ろ!」
「タクト!?」
「ちゃ~と、家までの帰り道、振るって来た!」
「帰り道!?」
父は、何か根本的に指揮者って職業を勘違いしてる。木の枝を振るって歩いて帰って来るその構図は、あまりにも小学生すぎだ!
「気持ち良かったなぁ~!お前にも見せてやりたかったよ。タクト捌き!」
何をしてたんだ?父は、2時間弱をいったいどこで、どんな風に過ごしてたんだ?いつもの様に、公園でボーッと休日を過ごしてたとしか考えられないぞ?だとしたら、あまりにも完全なるヘンテコなおじさんすぎるじゃないか!
「父さん?」
「ん?」
「オーケストラって、知ってる?」
「バカもーんっ!!」
いや、そりゃそうか。いくら何でもこれは、あまりにも失礼な質問だったか。
「ごめんなさ」
「知らん!!」
「ええーっ!?」
知らなかった!?まさかの知らん回答!?タクトを知ってるのに!?オーケストラの方を知らないの!?だのに息子をバカ呼ばわり!?何で?何でこっちがバカ?いやいや、そんな事よりもこれはマズいぞ!非常に果てしなくマズい事態突入だぞ!父は、指揮者を理解してない!理解してないどころか!木の枝を振るってたら、それが指揮者なんだって方向に勘違いしちゃってるぞ!まさかこんなバカげた非現実が現実に巻き起こるだなんて!そして巻き込まれるだなんて!そんなバカな!?
「父さん!ちゃぶ台の上に立って、ご陽気に木の枝を振るってるそこの父さんってば!」
「だから、父さんじゃなくて、マエストロと呼びなさいと言ってるだろ?それにこれは、木の枝じゃなくて、タクトだ。タークートー!」
「短っ!タクト短っ!小指より短っ!」
そう、父が持ってるタクトと名付けられた木の枝は、木の枝って言うよりも小枝って言う表現をした方が、あまりにもしっくり来るモノすぎた。
「タクトはな。長さじゃないんだよ。」
渋めな顔付きで、ニヒルにバカな事を言ってんじゃないよ。タクトが短かかったら、オーケストラが見えないでしょうが!って言おうと思ったけど、やめた。父にオーケストラの概念が存在しない以上、どうせまた僕がバカ呼ばわりされるのが目に見えてるからだ。
「短きゃ短いだけいいんだよ!」
長さじゃん!長さ第一主義なんじゃん!長さを重んじて長さを敬ってんじゃん!長さって、伸びる方も縮む方も両方込みで長さじゃん!そんな一方通行の概念だらけの人にバカ呼ばわりされたの?されちゃった訳?僕は!
「父さ・・・マエストロ?」
「何ぞや?」
誰だよ!何時代の者だよ!そろそろこの辺で1回正式にマエストロに謝れ!
「タクトを振るうのは構わないけど、何?」
「何?って?何?」
「いやだからさ。それを振るって何なの?」
「お前、マエストロにヘンテコな質問するな。」
お前の方がよっぽどヘンテコなヤツだよ!ヘンテコなおじさんだよ!
「いやちょっと父さんマエストロのルールが、いまいちと言うか全く分かってないから教えて欲しくてさ。」
「あのな。マエストロがタクトを振るうって事はだよ。そこには、メロディーが奏でられているって事に決まってるだろ?大学生にもなってヘンテコな質問してんじゃないよ。」
ああ、良かった。きっと父の遺伝子情報が開花してたら、今頃僕は、大学どころか小学校低学年で、がんじがらめだったよ。ありがとう母さん!ありがとう僕のDNA!って、ん?メロディー?確かに父は今、メロディーが奏でられてるって言ったぞ!?父の指揮者に対する概念に対する僕の概念が間違ってたのか?単に父は、オーケストラって単語を知らなかっただけで、小枝を振るった父の耳だけには、オーケストラが奏でるクラシックなメロディーが聞こえてるって事なのか!?まさか!?父にしてみれば既にここは家ではなく!ホールって事なのか!?父は、イメージの向こう側で本物のマエストロになっちゃってるって事なのか!?でも、実際にそんな事が2時間弱前まで普通に鼻をほじりながら新聞を読んでた人に可能なのか?つまらない事で母さんを怒鳴り付ける人間地雷の父に可能なのか?いやいや、仮に父がそう言った才能に特化してたとしたら?だとしたら?それは、あまりにも十分に可能すぎる!!いや、いやいやいや、でもこれは、あまりにも妄想がすぎる!いいや!だがしかし!それでも人は、その妄想を上回るほどのあまりにもな可能性を秘めすぎてる!!
「いったい、マエストロの耳には、どんなメロディーが届いてるんですか?」
「ヒュン、ヒュン、ってな。」
小枝だ!そりゃ小枝が奏でるあまりにも下らない、下らなすぎる空気振動だ!メロディーでも何でもない!逆にそれだけの小枝から音がする方が奇跡だ!
「ヒュン、ヒュン!」
って、口じゃん!自分で言ってんじゃん!もはや小枝関係ないじゃん!てか、小枝無いじゃん!振りすぎてもう既にどっかへ飛んでっちゃってんじゃん!小枝無き今、既に父はマエストロでも何でも無い!ヒュンヒュンって、ちゃぶ台の上で言ってる完全にイッちゃってるおっさんじゃん!
「ちょっと?」
「ヒュン、ヒュン!」
「父さん?」
「ヒュン、ヒュン!」
「父さんって!」
「ヒュン、ヒュン!」
「父さんってば!!」
「マエストロだって、何度言えば分かるんだ!!」
何度言われようが分かりませんよ。分かってしまったら僕はそこで、おしまいですよ。
「無いじゃん!」
「運がか?」
いや占い師じゃないんだから、そんな内面的に人が持ってるもんなんて知らないし、占い師が本当にそんな内面的に人が持ってもんを知る事が出来んのかも知らないよ!
「タクト!」
「な、何っ!?本当だ!いつの間に!」
「もういんじゃん?そろそろ母さん帰って来る頃なんだしさ。」
「お前、もしや?」
「もしや、何?」
「マエストロがタクトを1本しか持ってないと!そう、本気で思っているんじゃなかろうな?」
「えっ!?」
まさか!?まさかその!?その何かを取り出そうと入れたズボンの!?そのズボンのポケットの中に!?中に!?
「見て驚くなよ!」
もちろん驚かないよ!驚かないさ!そんな意外性ゼロな事なんかに!僕が心配なのは、これはあまりにも面倒臭い指数100%すぎる緊急事態だぞって事だ!

第二百五十話
「ジャジャジャジャ~ン!」

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