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2011年7月20日 (水)

「第二百六十六話」

「記憶喪失!?」
「そうなんだよ!」
待ち合わせの喫茶店に、2時間も遅れて来た友人は、向かいの席に座るなり、アイスロイヤルミルクティーを注文したかと思ったら、実に斬新な言い訳を言い放った。
「いや、もっと別の言い訳があったろ?ってか、素直に謝ればいいだろ?」
「いやいや、何か謝ったら俺の負けじゃん。」
「負けとかって、何?勝ち負けじゃないじゃん。」
「確かに、確かに記憶を喪失したのは、俺だよ。それはもう、どう弁解しようが弁解出来ないよ。でもだよ?果たして本当に俺が悪いんだろうか?いや、遅刻した事にスポットを当てるなら、確実に俺が悪いよ。でも、例えば俺が喫茶店に来る途中で事故に遭ったとしたらどうだろう?もちろん、事故に遭ったのは、俺だしそれによって遅刻が生じたんだから、悪いよ。ただその場合、謝るべきなのだろうか?建前で悪いんだけど本音では悪くない俺が謝るべきなんだろうか?」
「ま、まあ言わんとしようとしてる事は何と無く分かるよ。」
「また急に熱中症で倒れて病院で治療したから遅刻した俺は、謝るべきなのだろうか?いやむしろ!それでも喫茶店へ来た事を感謝すべきなんではなかろうか?お前は俺に、ありがとう。と、言うべきなんじゃなかろうか?」
「何でだよ!無茶苦茶もいいとこだろ!だいたいお前が遅刻した理由は、事故でもなければ、病気でもないだろ?」
「そうだよ。記憶喪失ですけど?でも、事故や病気に全く引けを取らない理由だろ?いやむしろ俺は!その上を行っていると思うぞ!」
「何、お前?謝りたくないの?」
「違うよ!謝りたくないんじゃなくて、謝らなくてもいい事に謝らなければならない事が嫌なだけだ。」
「あ、そう。俺だって謝らなくてもいいなら、謝って欲しいだなんて思わないよ。でも、謝って済むなら、素直に謝ればいいんじゃないかって思うぞ?」
「同意見だ!」
「握手とかいいから!」
「で?これからどうする?とりあえずバッティングセンターか?」
「いやちょっと待てよ。この流れで、その流れは、歪だろ?」
「そうかなぁ?俺は、一週間前にお前から連絡があった時から、久しぶりに行こうと思ってたけどなぁ?バッティングセンター!」
「なあ?なあなあ?ズバリ言っちゃうけどさぁ?嘘なんだろ?記憶喪失。」
「あのなぁ?どこの世界に嘘で記憶喪失を持ち出す奴がいんだよ!」
「ここにいんじゃん!てか来てんじゃん!ちゃんと待ち合わせの喫茶店に来ちゃってんじゃん!」
「来たよ?待ち合わせの喫茶店に来たら、悪いの?じゃあ、何?待ち合わせの場所って、何なの?」
「ええーっ?言ってる事が滅茶苦茶なの気付いてないの?何で記憶喪失の人間が、一週間前に待ち合わせ場所に決めた喫茶店の記憶があるんだよ!」
「無いよ。」
「なぬっ!?」
「ぶっちゃけ、無いよ。お前が誰かの記憶も、自分が誰かの記憶も無いよ!けど、この喫茶店を一週間前に待ち合わせ場所に友人と決めた記憶だけはあるんだよ!ここに来たら何か記憶が戻るんじゃないかって、微かな希望を胸に必死で何もかも分からない状態で、やっと辿り着いた事をなぜ!感謝しないんだ!」
「もう言ってる事が、記憶を取り戻したいんだか、感謝されたいんだか、分かんないよ。」
「両方だ!!」
「欲張り!?てか普通、注文するか?記憶喪失の奴が必死になって、ようやく友人がいる喫茶店に辿り着いて、開口一番アイスロイヤルミルクティーって言うか?とにかくバッティングセンターに行こうとするか?」
「そうなんだから、仕方ないだろ?」
「いやもう、言おうよ!ごめんって、言っちゃおうよ!それで全てが丸く収まるんなら、言っちゃえよ!気分よく行こうぜ!バッティングセンターへ!」
「こしあんかと思って食ったらつぶあんだったのとは訳が違うんだぞ?そう簡単に謝れるかってんだ!」
「何を言ってる訳?」
「お前こそ記憶喪失の友人に対してあまりにもだろ!こっちは記憶を喪失してんだから、もっと優しくしろよな!」
「逆ギレ加減が凄まじいな。だいたい、今のお前からしてみれば、初対面の俺とよくこんなエキサイト出来るな。」
「今の俺には、そうする事しか出来ないからな。友人と思わしき人物に出来るだけ心配掛けたくないからな。気丈だよ!俺は!」
「いやもう、だいぶ最初の段階で、アイスロイヤルミルクティーの単語の次に記憶喪失って単語を耳にしちゃってるからね。いいから謝れって!別に怒ってないし、謝ればそれでいいんだからさ。」
「そんなに謝って欲しいのか?」
「いや、そうじゃないけど、2時間も待って何もないんじゃ、アレだろ?」
「何、アレって?そこ肝心だよ?そこはっきり言ってくんなきゃだよ?何ですか?何なんですか?アレって!」
「突っ掛かるなってば!だから、こっちはさ。2時間も待たされた訳なんだし、ごめんの一言でもあっていんじゃないのかなぁ?って事だよ。」
「じゃあ、無表情でいい?」
「何でだよ!」
「記憶喪失だからだよ。」
「今まで感情豊かに話してたじゃん!何で急に謝る時だけ無表情?」
「あれ?お前、髪切った?」
「なんて古典的な誤魔化し方だよ!って、記憶喪失の奴が、絶対にしちゃダメな誤魔化し方だろ!」
「実はな。」
「何だよ急に真面目な顔付きになって。」
「本当の俺は今、病院のベッドの上なんだ。」
「はあ?」
「待ち合わせの喫茶店に来る途中でさ。小型セスナ機に衝突されて、意識不明なんだ。けど、どうしてもお前に会いたくてさ。お前とバッティングセンターに行きたくてさ。魂だけ来ちゃったんだよ。」
「嘘、ヘタクソか!もう小型セスナ機との事故が本当だとしてもだよ!病院のベッドの上で意識不明が本当だとしてもだよ!魂が開口一番アイスロイヤルミルクティー注文するかよ!」
「するよ!アイスロイヤルミルクティー大好きなんだから!注文しちゃうよ!!」
「ええーっ?食い気味でキレる事?」
「てか、遅くない?」
「何が?」
「アイスロイヤルミルクティーだよ!」
「ああ、言われてみれば遅いな。」
「注文してから、だいぶ待ってるぞ?」
「忘れてんじゃないか?」
「こりゃもう、文句の一つでも言ってやんなきゃダメだな!」
「お前が言える立場かっ!」

第二百六十六話
「忘れ去られたアイスロイヤルミルクティー」

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