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2011年7月27日 (水)

「第二百六十七話」

 私は、この街に住んで99年になる。この街の商店街の第1号店である最初屋が誕生した年に、私も産声をあげたのだ。この商店街と共に私は成長し、人生を歩んで来たと言ってもいいだろう。この商店街の歴史は、私の歴史でもある。今では、数え切れない程の店が建ち並び、私がまだ幼かったあの頃と比べたら、この商店街も実に賑やかに、そして華やかになったものだ。新しい店がこの商店街に出来る度、足を運ぶのが私の楽しみの1つでもあった。
「・・・・・・・・・。」
しかし、そんな風に商店街と共に過ごしてきた私でも、まだ1度も立ち寄った事のない店が1つだけ存在した。その店は、商店街の大きなアーチ状の入り口を潜り抜け、最初屋側の通りを真っ直ぐ歩き、3つ目の信号を右に曲がりしばらく歩くと、ひっそりと昔と変わらぬ姿で佇んでいる。

第二百六十七話
「こっち屋」

この商店街には、奇天烈な店がたくさん存在している。しかし、このこっち屋以上に奇天烈な店は、地下商店街を含めても存在しないのではないだろうか?
「・・・・・・・・・。」
こっち屋の歴史は古く、私が小学生になる前にはもう、今と変わらぬ佇まいで存在していた。あの頃の商店街に建ち並ぶ店は、最初屋とこっち屋、それと私がこれから向かう行きつけの店を除いては、時代の流れと共に、全て地下商店街へと、その場所を移していった。幼心に感じた気持ちは、90年以上経った今でも何一つ変わらない。
「・・・・・・・・・。」
果たしてこっち屋とは、一体どんな商品を売っているのだろうか?その商品を一体どのようにして使うのだろうか?こうして毎回、こっち屋の前で歩みを止め『新しいこっち入荷しました。』の貼り紙を目にしては、好奇心と恐怖心とが混じり合った感情が、今でも私の中で躍動していた。それはもちろん、今日の今現在も変わる事はなかった。
「・・・・・・・・・。」
いつものように店の前に立ち、いつか店に入ってみよう。大人になったら、30を過ぎた頃には、いや40、50、60を過ぎた頃には、いやいや70、80、90を過ぎた頃には、今日こそは、今日こそは必ず。と考えているうちに、この歳になってしまった。
「・・・・・・・・・。」
友人や知り合いに聞いても、こっち屋へ足を運んだ者はいない。何度か店の前で、こっち屋へ入る者や、こっち屋から出て来る者を待った日もある。こっち屋について何でもいいから知りたいと言う好奇心を、幼心に抱いたこっち屋に対しての恐怖心が、私のそれを阻んでいるのだろうか?それとももしかしたら、この商店街を知り尽くした自分の中で、奇天烈なこの商店街の奇天烈な部分を1つだけでも残しておきたいと言う願望のようなものが、私をそうさせているのだろうか?
「・・・・・・・・・。」
100歳になった時こそはと、こうして今日もまた私は、こっち屋の前で少しだけ歩みを止め、少しだけ佇まいを眺め、少しだけその奥にある店内を想像し、少しだけ新しく入荷した商品を手にした自分を思い浮かべ、少しだけ昔を思い出し、少しだけ歴史を振り返り、少しだけ自分を取り戻してはまた、こっち屋の隣にある行きつけのあっち屋へと歩みを進めるのだった。

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