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2011年8月

2011年8月 3日 (水)

「第二百六十八話」

「かなかなかなかなかなかな。」
蜩が鳴く凄く暑い夏の日。私は、叔父と二人で先祖代々続く昔ながらの佇まいを守る街並みと都会では味わえない緑豊かな風景に囲まれた場所を訪れていた。気ままな旅の途中ふらっと立ち寄った宿は、小さいけど超趣で超素敵なところだった。でも「風情ある旅館に殺人事件あり!」名探偵だった母の格言が私の頭を過ったのも事実だった。母の様な名探偵になりたい。母を殺した真犯人を捕まえたい。その一心で私は叔父の探偵事務所のドアを叩いた。って、別に私の話はどうでもよくて、その時はいつも唐突にやって来た。母の格言通り、この風情ある旅館で殺人事件は起きた。露天風呂で向日葵の間のお客さんが死んだ。外傷なし、普通なら単なる心臓発作や持病を疑うけど、そうはさせない謎のメッセージと次の犯行を促すメモが置かれていた。それを目にした私と叔父を抜かした宿の関係者を含めた13人の顔色が変わった事を私は見逃さなかった。何かある。私は、そう感じた。そして、私と叔父は、予定外の客。そう、犯人からしてみれば、招かれざる客。これはもしかしたら、私が名探偵になる為の試練なのかもしれない。だったら、次の犠牲者を出す前に、必ず犯人を見付けなきゃならない。隠された過去、隠された人間関係。憎悪、怨恨、殺意、その風の流れを誰よりも早く感じ取って犯人を探し出す。母がそうであったように!朝顔の間で私は固く決意したのだった。
「暑い!暑いって言葉しかないから暑いって言ってるけど!暑いの上を指す言葉が饅頭なら!昨日も今日も明後日も饅頭!」
「明日は?」
「明日ぐらいは暑い日であって欲しい。」
「意味分かんないし!」
とまあ、何と無く格好よさげに語ってはみたものの。現実は、別に旅の途中で偶然殺人事件に巻き込まれた訳でもなく、いつもの様に叔父の気まぐれと言うか、たまたま見てた雑誌で有名なお饅頭屋さんが紹介されてて、それを食べに来たらお饅頭を食べ過ぎてお腹を壊して、この向かいの宿にお世話になる事となった訳で、何ともまあ、超恥ずかしい感じで事件へと巻き込まれた訳なんです。
「お腹?大丈夫?」
「露天風呂に入ったら、すっかり良くなったよ!さすが腹に効く温泉は違うな!」
「目!目だから!」
「目も腹も同じだろ?」
「全然違うし!てか、よく人が死んでた露天風呂に入れるね。」
「いやいや、人が死んでようが生きてようが、そこに温泉があったら入るだろ!それが温泉ってもんだろ!」
「神経疑うよ。」
「てか、人が死んでようがここまで来て!その温泉を前にして!入らなかったって方が神経を疑うだろ!」
「で?犯人は分かったの?」
「犯人?そんなの夕食食った後でいいじゃん。」
「良かないから!それまでに次の犠牲者が出たらどうするの!幸い私達が探偵だって事はまだ誰も知らないんだし!調べるなら警戒心の無い今じゃん!」
「俺ね。私達じゃなくて、探偵は俺。お前は、助手代理。」
「だ、代理ってなによ!代理って!」
「犠牲者が出たら出たで、そりゃあ、そいつの運命なんだし、仕方ないさ。」
「はあ?????」
私の人生で大きな間違いがあるとしたら、叔父の探偵事務所のドアを叩いた事。母の弟だと思って、やっぱり名探偵なんだろうって、期待を膨らましてしまった事。超面倒臭がり屋で自由気ままな叔父の助手をしてても何の勉強にもならないし、名探偵にもなれないと気付いた時には、既に遅かった。あの事件の借りさえ無ければ、私はとっくに叔父の探偵事務所なんて辞めて、もっとまともな探偵事務所に入って今ごろは母の様な名探偵になってたはず!
「さてと!」
「何々!犯人分かったの?」
「飯の時間だ!確か、用心の為に、面倒臭い事に全員一緒に囲炉裏の大広間で食うんだったよな!」
「呆れた・・・・・・てか!叔父さんお腹痛かったんじゃないの!」
「ここら辺は、米が無茶苦茶美味いからな!きっと、それだけで腹一杯になるかもなぁ。いやいや、もったいない!もったいないって!なってたまるかっつぅの!」
「ねぇ?」
「ん?」
「ハメた?」
「ハメたって?」
「最初からこの宿に泊まるつもりだったんでしょ!腹痛嘘だったんでしょ!」
「さすが姉ちゃんの娘!そして俺の姪!」
「後半よけいだから!やられたよ。おかしいと思ったんだよね。尋常じゃない痛がり方のわりには、病院も拒否するしさ。」
「だって最初から宿に泊まるって言ったら断るだろ?まあただ、予定外な事が起きた。」
「殺人事件でしょ。」
「違う!予想外に饅頭が美味かった事だ!アレはヤバかったな!明日は、絶対に土産として買って帰ろう!」
「はあ???もう、次に殺されちゃえば!」
「おおっ!それはなかなか斬新な展開!じゃあ、俺が殺されたらその時は、お前が解決してくれよな!」
「次の犠牲者が出る前に!絶対に私が犯人を見付けるから!」
「そりゃあ、心強い!でもまあ、その前に飯だな!でもって、また温泉だな!で、また温泉!」
「何回入るのよ!」
「それがルールだろ?」
「そんなルール知らないし!」
「ほらほら、そんな事より大広間で皆さんが腹を空かせて待ってるぞ?」
「こんな時にお腹が減るのは叔父さんだけだし!」
部屋を出た私は、スリッパで終始、叔父の踵を蹴ったり踏んだりしながら囲炉裏の大広間へ向かった。
「痛いっつぅの!」
「何が?着いたよ。」
「えっ?おおっ!美味そう!」
「一人で食べてれば?その間に私が犯人を見付けるから!」
「はあ、まるで何だか皆さん。お葬式の様な雰囲気だね。」
「当たり前でしょ。てか、みんな気が気じゃないんだって、次は自分かもしれないんだから。」
「こんな雰囲気じゃあ、美味い飯も美味くないっつぅの!」
「美味く食べようとする方が間違ってんだって!」
「やれやれ。あのう?女将さん!あんた、犯人なんだからさぁ。さっさと警察に自首しちゃえば?」
「ちょっと叔父さん!何言い出すの!すいません!で?何で女将さんが、犯人なの?」
「知らないよ。」
「はあ????」
「ただ、何と無く、女将さんかなぁ?ってさ。」
「それっていつもの?」
「勘!」
「勘って!犯人なら犯人で、ちゃんと犯人だって事を証明しなきゃ!」
「いやもう、どうしてかは、警察が後からいろいろ調べれば分かる事だし、犯人は犯人なんだから、それでいいじゃん!」
「証拠も何も無いのに?」
「それが一番面倒臭いつぅの!証拠がどうとかってさぁ。何々?証拠ってそんなに大事?証拠があろうがなかろうが、動機が何だろうが、人を殺した事実は変わらない。証拠なんてもんはさ。」
「やめてよ叔父さん。いつもの言わないでよ。食事時だよ。」
「ケツを拭く紙みたいなもんだよ。欲望に負けてウンコしちゃったんだからさ。」
「言っちゃたよ。最悪。」
「それでも自分の無実を証明したいんなら方法は、ここにいる全員を殺すしかないね。てか、証拠とか過去の因縁とか見付けて女将さんを追い込むまでに、少なくともあと5人は死ぬね。そんなの長ったらしくて面倒臭いっつぅの!だからほら、表に警察呼んどいたから、さっさと行きなよ。警察でいろいろ過去のここにいる連中の悪事とかを言えばいいじゃん。」
「5人。マジ!?」
「マジ!俺には、女将さんが抱えてる怨恨とか興味無い訳。俺が興味あるのは、目の前の飯だけ!冷めないうちに消えてくれるかな?」
結局、叔父の推理?通り女将さんが犯人でした。宿を巡るトラブルが原因で、母である先代の女将さんを自殺に追い込んだ関係者への復讐だったようです。叔父は、事件には本当に興味が無かったようで、その経緯を聞いてもお饅頭屋さんが次の日、休みだった事の方がショックみたいだった。そして今、車の運転を私に任せて助手席で眠る暴挙に出ています。
「殺してやろうかな。」
「ごめん。」
「えっ?今更謝ったっ・・・何だ寝言か。」
「姉ちゃん。犠牲者が出る前に解決出来なくて・・・・・・・・・。」
まさか事件の風を感じて、それで今回の旅を計画したって事?まさかね。そんなまさかだよね。
「・・・・・・・・・叔父さん?」
「だから許して・・・・・・そんなに饅頭食えないって!」
「どんな夢よ!」

第二百六十八話
「連続殺人未遂」

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2011年8月10日 (水)

「第二百六十九話」

 何の変哲もない一軒家の何の変哲もない食卓。何の変哲もない二人用のテーブルの上には、何の変哲もない二人前の夕飯が並ぶ。旬の魚を一匹丸ごと焼いたメインディッシュを前に、男女が向かい合って座る。依然としてここは、何の変哲もない。
「いただきます。」
「いただきます。」
否っ!
「なぁ?」
じじぃ、九十歳。
「はい?」
ばばぁ、九十歳。一歩離れた位置から見ればそこには確かに、変哲は存在した。結婚生活七十と二年。七十と二年の二人暮らし。子供に恵まれなかった訳でも、あえて子供を作らなかった訳でもない。ただただ、時が流れ、気付けば七十と二年の二人暮らし。あまりにも運命だった。
「・・・・・・・・・。」
「何ですか?」
寂しいと言われれば寂しい二人暮らし。何か後悔があったのでは?と考えれば切りがない二人暮らし。笑ったり、泣いたり、怒ったりの七十と二年の二人暮らし。平々凡々と言われれば平々凡々な二人暮らし。それを、誰に言われるまでもなく一番理解している七十と二年の二人暮らし。
「・・・・・・いや、明日にしよう。」
「言い掛けたのなら言って下さいよ。明日言うなら、今言っても同じじゃありませんか。」
じじぃ、九十歳。ばばぁ、九十歳。無意識に意識する残された生存日数。明日が来るのか?終わりはいつなのか?それを考えたら老若男女問わず、確率は同じはずなのに、無意識に意識する残された可動日数。じじぃ、九十歳とばばぁ、九十歳の七十と二年の二人暮らし。
「あのな?」
「はい。」
いつ訪れるか分からない死の衝撃。その気持ちを落ち着かせようと口に運んだその一口大の食べなれたサイズの御飯が、じじぃの人生の幕を下ろすかもしれない。言葉を待つ、ばばぁの心臓が、いたずらな気まぐれで鼓動を止めてしまうかもしれない。無情にも大地が揺れ動き、この町に同時に平等な死をもたらすかもしれない。もしかしたら、三十年後の百と二年になる二人暮らしの今日の日もまた、じじぃは、ばばぁに、同じ言葉を伝えているのかもしれない。
「どうだったかな?」
「何がですか?」
「その・・・・・・あれだ。」
「あれって何です?」
解決しても解決しても、塵の如く何処からともなく姿を現す後悔の念。後悔しない事だけを考えながら、それを一つ一つ解決していくにはあまりにも短い人生。ならばすべきは、一つしか残されていない。無数にある後悔の中から解決すべき最優先の後悔を見付け出す荒業。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「あなた?」
じじぃ、九十歳。七十と二年の二人暮らしにして辿り着いた境地。それを口に出す勇気を獲た七十と二年の二人暮らし。震える手を、ばばぁに見えないように膝の上に置き、早まる鼓動を落ち着かせる為、初めて意識しながらする呼吸。体感にしてスローモーションに流れてはいるが、確実に一定の速度で刻み流れている時間の中、全ての神経を、声を出す事だけに集中した。
「幸せだったか?」
「・・・・・・・・・いいえ。」
ばばぁ、九十歳。七十と二年の二人暮らしで初めて口にする全否定を告げる意の言葉。返答まで時間にしてわずか二秒。しかし、ばばぁの頭の中では、一秒の流れの間に思い返された七十と二年の二人暮らしの詳細な日々と入り乱れる信じられないぐらいの数の感情。それは実に、あまりにも長過ぎる二秒であった。
「・・・・・・・・・そ、そうか。」
「あなた?幸せだったか?ではなくて、これからもずっと、幸せです。」
そこに確かな愛があった。七十と二年の二人暮らしで、お互いがお互いに同じ養分を与え、すくすくと順調に育ち、同じ高さまで成長を遂げ、真っ直ぐに伸びた茎のその先には、互いに寄り添う花の穂が二本。
「明日からもよろしく頼むな。」
「こちらこそ。お願いします。」
じじぃ、九十歳。ばばぁ、九十歳。その日もいつもの様に、焼き魚を綺麗に食べた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
じじぃ、九十歳。ばばぁ、九十歳。永眠。それは、七十と二年と一日目の二人暮らしの朝だった。

第二百六十九話
「フタリシズカ」

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2011年8月17日 (水)

「第二百七十話」

 俺が住むマンションの、俺が住む隣に引っ越して来た家族は、理想的な父親、理想的な母親、理想的な兄妹。まさに、理想的な家族だった。
「おはようございます。」
「お、おはようございます。」
それは外見的な事だけではなく、内面的な事も含めての理想的な家族だった。清楚で明るく、知的で笑顔の素敵な料理上手の母親。
「こんにちは!」
「あっ、こんにちは。」
真面目でスポーツ万能、成績優主な野球部のエースで四番、妹想いな中学二年の兄。
「こんにちはー!」
「こんにちは。」
そんな兄を尊敬し自慢にし誇りに思う天真爛漫で真っ直ぐな小学五年生の妹。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
気さくで親しみやすく、手先が器用でユーモアのセンスがあり、正義感が強く何よりも家族想いな一家の大黒柱の父親。どう考えても理想的な家族って言葉しか浮かんで来なかった。とても素敵な家族だ。隣に住んでいるんだと考えるだけで、俺まで何か幸せな気持ちになれる。これが運命の出逢いや縁って類いの事なら、俺は俺で最後の最後まで、この理想的な家族と理想的な隣人関係を続けていかなきゃならない。失礼があっちゃならない。理想的な家族を壊すような隣人関係をとっちゃならない。しかし、その関係性は偽りであっちゃならない。仮にもし、隣の理想的な家族が俺を受け入れない時には、その時は俺が引っ越せばいいだけの話だ。理想的な家族の理想的な隣人になれなかった俺が去ればいいだけの簡単な事だ。
「いつもいつもすいません。」
「いいえ、夕飯に作りすぎただけですし、お好きでしたよね?カレー!」
「はい。奥さんのカレー食べてから、他のカレー食べれなくなっちゃっいましたよ。」
「もう!またー!お上手なんですから!」
「いやいや、お世辞じゃないですよ。でも、本当にいつもありがとございます。」
「何言ってるんですか。感謝してるのは、家の方です。お隣さんには、何かと良くしてもらってるし、特に子供達の面倒をよく見てもらってますから。」
「お兄ちゃんの中学最後の試合。次の日曜日でしたよね?」
「ええもう、隣のお兄さんにいいとこ見せるんだ!絶対優勝してやる!って張り切っちゃって!」
「ははっ!そりゃ楽しみです。」
「それであのう?本当にいいんですか?」
「えっ?」
「娘の事です。」
「ああ!スケート教室が終わったら、そのまま二人で試合に行きますよ。」
「すいません。主人に急な仕事が入って迎えに行けなくなってしまって、あのう?別に無理しなくても、娘ももう六年生なんだし一人でも大丈夫だと思いますし。」
「いえいえ。無理なんてしてませんよ。それに用心に越した事はありませんからね。物騒な世の中ですし、俺が断って何かあったら顔向け出来ませんよ。」
「そんな!?」
「あっ、すいません。俺、不吉な事言っちゃっいましたね。」
「いいえ。ここでお隣さんが断って娘に何かあっても私達は、絶対に責めたりなんかしませんよ。」
「あいや、それもそう言った意味で言ったんじゃなくて!」
「分かってます。主人や子供達とも話してるんですよ?素敵なお隣さんだって、理想的なお隣さんに出逢えて良かったって!」
「それは俺の方こそですよ。」
「じゃあ!相思相愛の隣人関係ですね!」
「ハハハッ!」
「ん?何かおかしな事言いました。」
「だって、相思相愛の隣人関係なんて言葉、聞いた事ないから!」
「それもそうですね!」
「それより、おばあちゃんの手術の方は?」
「ええ、お陰様で初期のガンですし、転移もなくて手術も数時間程度の簡単なものだってお医者さんも言ってましたから、それに母ったら、手術が終わったその足でお兄ちゃんの野球の試合を見に行くだなんて言ってましたから。」
「おばあちゃんらしいや!その元気だったら大丈夫そうですね。」
「はい!でも、あの時、お隣さんが検査をした方がいいって、怒ってくれなかったらと考えると、ゾッとします。母も感謝してもしきれない。命の恩人だ。って言ってました。」
「いやいや、たまたまですよ。俺の母親と同じ症状だったんでもしかしたらと思っただけです。他の人より少しだけ知識があっただけですし、何よりも皆さんにここで俺みたいな後悔の悲しみを味わっては欲しくなかったですからね。」
「・・・・・・・・・ありがとございます。」
「い、いやだなぁ!俺はもう母の死は乗り越えてますし、そんな悲しい顔しないで下さいよ!いつもみたいにほら、笑顔でいて下さいよ!」
「本当にありがとございます。」
「そう!奥さんにはその笑顔です!じゃあ、次の日曜日に!」
「よろしくお願いします。」
「はい。それとお兄ちゃんに、あんまり素振りの練習し過ぎない様に言っといて下さい。」
「はい!それじゃあ、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
時々、こんなに理想的な家族と理想的な隣人関係を理想的な自然の流れで理想的に継続出来てる事が恐くなる。でも、その恐怖はきっと、幸せ過ぎる悩み事なんだろう。でも、この一年間で築き上げて来た理想的な隣人関係は、単なる序章に過ぎない。本当に理想的な家族と理想的な隣人関係を続けて行けるかどうかの本番は、次の日曜日。この理想的な家族ならきっと、長年待った俺の理想的な人生の終焉の幕を開けてくれるはずだ。

第二百七十話
「理想的な誘拐」

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2011年8月24日 (水)

「第二百七十一話」

「スタ。」
「スタって!?」
「スタスタ。」
「スタスタって!?」
「何だ、お嬢さん。やたらと人のスタに対して、文句があるみたいだなぁ。」
「も、文句って言うか・・・・・・・・・。」
「いいかい?昔っからだ。昔っからそうだ。人がこうして地面に軽やかに着地するときの擬音は、スタ、と決まってんだ。」
「それを自分で口に出して言いますか!?」
「他に誰も言ってくれないんだ。自分で言うしかないだろ?」
「いやいやいやいや!てか、そんな事なんてどーでもいいんですよ!空飛んでましたよね?」
「ああ、飛んでたよ。」
「ああって!?」
「何だ、お嬢さん。さっきからやたらと、じじぃの言う言葉に突っ掛かってくるけど、孤独な老人を虐待して、そんなに楽しいかい?アレだなぁ。この国も終わったなぁ。」
「虐待なんて!ぎゃ、虐待なんてしてません!」
「じゃあ、何だってんだ?見たとこ、この辺では見ない顔だし、葬儀屋でもなさそうだが?」
「葬儀屋って!?わ、私は、どこにでもいるしがないOLです。」
「見ての通り、わしは、こんなボロアパートに住んでる。財産なんて、雀の涙ほどもないぞ?」
「あのう?」
「何だ?」
「その、人をちょくちょく犯罪者目線で見るの止めてもらっていいですか?」
「あのなぁ?お嬢さんが逆の立場ならどうする?婆さんになったある日ある午後、イケメンに家の前までつけられて声を掛けられたら、どうする?」
「怪しみます。てか、つけてたの気付いてたんですか?」
「当たり前だろ?わしを誰だと思ってんだ。ボロアパートに住む孤独な老人だぞ?孤独死寸前だぞ?」
「いやちょっとその世界観笑えません。」
「ハイレベルなジョークを笑えないとは、この国も終わったなぁ。とまあ、それはそれで、ほらみろ!逆の立場なら怪しむじゃないか!まあ、わしの場合は、美女ではなく並だけどな。それでも怪しむには十分過ぎるってもんだ。」
「すいませんでしたね!美女じゃなくて、並で!」
「怒った顔もまた、並だねぇ~。」
「ケンカ売ってます?」
「勘違いしてもらっちゃ困るよ、お嬢さん?」
「ま、まあ確かに、何を言われようが、問答無用で後をつけてたのは、私です。失礼だと思いつつも興味本位だけで後をつけてたのは私です。それはもうどうしようもなくすいませんでした。」
「並好きも世の中には、たっくさんいる!頑張ってこー!」
「な、慰められてる!?そして励まされてる!?眉毛、八の字で慰められて、力なき拳を突き上げられながら励まされてる!?って、何で顔の事をそんなに言われなきゃならないんですか!」
「生きてれば、必ずきっといい事がある!いや、必ずきっとある!」
「何を否定して同じ言葉を繰り返した?って、肩ポンポンやめーい!!何で並がそこまで言われなきゃならないのよ!じゃあ、私が並以下だったらどうするんだ!」
「銀行を強盗する!」
「そんな汚い金で整形手術が出来るかーっ!!ふざけんな!あんた何様だ!」
「すまなかった。ただ勘違いしないで欲しい。そして、これだけは分かって欲しいんだ。」
「何をですか!」
「お嬢さんのお陰で、わしは犯罪者にならずに済んだ。本当にありがとう。ありがとう、並。」
「頭を上げて歯を食いしばれーっ!!!」
「本性を現したな?」
「何の話ですか!」
「やはり老人虐待か!」
「並なら誰でも沸き上がる感情だーっ!!」
「さてと、お嬢さん?」
「何ですか!」
「わしは、そろそろ家に帰りたいんだが?」
「いやいやいやいや!まだ、本題も何もないから!ただ、侮辱されただけだから!」
「わしは、常に他人に敬意を払って生きてる。他人を侮辱した事などない!」
「並って言ったじゃん!」
「侮辱ではない!真実だ!」
「時に真実は、他人を侮辱するんだ!」
「!?」
「な、何ですか?その驚愕具合?驚愕し過ぎて入れ歯が外れかけてますよ?」
「いやまさか、この歳になって、年下のお嬢さんから大事な何かを学ぶとはな。」
「学べきれてないんじゃん!」
「時に真実は、他人を侮辱する。」
「いやそれは別に、たまたま口から出た言葉であって、こんなに両手で握手されて感謝される事じゃありませんよ。」
「すまん!本当にすまん!わしは何て、バカなんだ!何てバカな事を言ってしまったんだ!嘘でもいいから美女と言えばよかったんだ!」
「いや、そう言う事ではなくてですね?」
「大きな嘘で真実を覆い隠して、それを胸にしまい込み、孤独死して行旅死亡人としてあの世まで持って行けばよかったんだ!」
「いやだから、その世界観笑えないんですってば!」
「そうか!いやしかし、本当に申し訳ない!」
「もういいですよ。」
「それじゃあ、縁が合ったらまた会おう!」
「いや、正義の味方ですか?てか、まだ何も聞きたい事を聞けてないんですけど?」
「お嬢さん?」
「な、何ですか?急にシビアな顔して!?」
「横文字はよく分からないが、それはわしが空を飛んでた事に関係してるんだろ?」
「も、もしかして、そこには何か重要な秘密が!?聞いてはいけない機密が!?って、顔近いです。」
「口臭がキツくて、すまん!」
「想定内です。でも、できればさっきの距離感でお願いします。」
「それで?」
「はい?」
「何が聞きたいんだ?」
「えっ?聞いていいんですか?」
「当たり前だろ。」
「国家機密とか、謎の研究機関とか、突然変異とかでは?」
「お嬢さん?何かの観すぎじゃないか?そんなもんに一般の日常生活内で出会えるはずがないだろ?」
「いやでも、空飛んでたし!駅前の喫茶店を出てすぐ空飛んでたし!しかも、普通に真顔でフワッと浮かんで、そのまま直立不動でスーッと空飛んでたし!」
「だから?」
「だからって!?だからの使い方理解してます?人が空飛ぶなんて有り得ないでしょ!絶対に!」
「何で?」
「何でって!?何でもですよ!ええ、それはとことん何でもなんですよ!」
「だが、お嬢さん?飛べるもんは飛べるんだ。生まれつきな。」
「生まれつき!?」
「そう言う家系なんだよ。父も祖父も、それこそずっと昔っから、わしの一族は空を飛んでたんだよ。」
「嘘っ!?」
「親と同じ場所にホクロがある。親と同じ場所に宝毛が生える。親と同じ様に空が飛べる。」
「言いたい事は分かります!でもこれは明らかに次元が!?」
「一緒だよ。一緒なんだよ。世の中にはさぁ。これはこうなんだ、あれはああなんだって、理由や原因を追い求めるより、それはそうなんだって事で簡単に解決しちゃわないといけない事があるんだよ。でなきゃ疲れるだけだ。疲れて得な事なんてないぞ?」
「・・・・・・・・・おじいさん。」
「空を飛べちゃうもんは、飛べちゃうんだ。どうしようもなく仕方無い事だ。だろ?」
「それはそうかもしれません。並の子は並かもしれません。」
「はははっ!いいジョークだが、次に使う時には気を付けた方がいいぞ?」
「何でですか?」
「美女が口にしたんじゃ聞いてる方は、笑えないからな!」
「えっ!?」
「さあ、風邪引かないうちに帰りなさい。楽しかったよ。じゃあな。」
「でも!」
「ん?まだ何か言いたい事があるのか?」
「傘は、さした方がいいですよ!」
「傘をさすとなぁ。なぜだか空を飛べないんだ。」
「そ、そう言う事ですか。」
「そう言う事だ。じゃあな。気を付けて帰るんだぞ。」
「は、はい。・・・・・・・・・・・・・・・何で飛ぶ必要性が?」

第二百七十一話
「雨の水曜飛」

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2011年8月31日 (水)

「第二百七十二話」

 列車が丁度、花畑の真ん中辺りに差し掛かった頃、若い女は向かいで静かに本を読む神父に、話し掛けた。
「アタシは、罪を犯してしまいました。」
神父は、読んでいた本をパタンとゆっくり閉じて、懺悔を乞う女の顔を見た。
「私で良ければ話を聞きますよ?」
「はい。」
返事をすると女は一度、自分の足元に目をやり、ゆっくりと目線を神父へと戻した。
「私は、ついさっき、屁をこいてしまいました。」
「それは、スカシの屁ですね?」
「・・・・・・・・・はい。」
「どうりで、もしかしたらと自分の鼻の穴を疑っていとこです。」
「ごめんなさい!どうしても我慢出来なくて!でも!でも最初は!スカシの屁をこくつもりじゃなかったんです!」
「と、言いますと?」
「神父様のページを捲る音に合わせて、ここうと思ったんです!何度も何度も屁をこくタイミングを見計らっていたんです!何度も何度も!でも!でも思いの外、ページを捲る音がしなかったんです!」
「この音に?」
そう言うと神父は、出来るだけ荒々しくページを捲ってみせた。
「そうです!」
「いくらなんでも、それは無理でしょう。」
「無理でした!だから、スカシの屁をこいてしまったんです!」
「なるほど。」
「でも!でも神父様!ケツの筋肉に力を入れて、音が出ない様に!音が出ない様に、スカシの屁をこくに至るまでには!まだあるんです!」
「何を試みたんです?」
「音速です!」
「音速?」
「そうです!音速の壁を破れば!動作の後に音がします!だからアタシが、屁をこく動作とは、真逆の動作で音速の壁を越えて屁をこけば!そうすれば誰もアタシが、屁をこいたなんて気付かない!そう閃いたんです!」
「閃きましたか。」
「でもそれは、すぐに不可能な事なんだと気付かされました。」
「なぜ?」
「慣性の法則に縛られてる今のアタシに!どうして音速の壁を破る事が出来るでしょう!」
「それで、ケツの筋肉に力を入れて、スカシの屁を?」
「いいえ、神父様!それでもアタシは、挫けませんでした!」
「一体何を試みたんですか?」
「幸せな事を!ありったけの幸せな事を考えたんです!」
「気を紛らわしたんですね?屁の苦しみから己を解放しようとした。」
「そうです!でも!でも駄目でした!放屁衝動は、幸福感では押さえられませんでした!いいえ!幸福感だけではありません!焦燥感や嫌悪感や憎悪感や罪悪感や悦楽感や爽快感や清涼感や達成感や不快感!ありとあらゆる感を試してはみましたけど!凌駕してしまうんです!放屁衝動は!外に出ようとする力を!内に押さえ付けとく事は不可能だったんです!自分の体内で作り出した屁なのに!自分ではどうする事も出来ない!アタシは無力感と虚無感の中をさ迷ってました!そして気付くと、いつの間にか車窓から花畑が見えてたんです!」
「そしてケツの筋肉に力を入れて、スカシの屁をこいたと言う訳ですか。」
「はい。でも!でも神父様!アタシは、ケツの筋肉に力を入れてスカシの屁をただ単に!ただ単にこいた訳ではありません!」
「それでもまだ尚、一体何を試みたんですか?」
「神父様?人にはそれぞれおそらく、眠ったままの才能って言うのがありますよね?もしかしたら、死ぬまで使われないかもしれない自分でも気付く事のない生まれ持っての才能。」
「ギフト?」
「そうです!神様からの頂き物!ギフトです!アタシ人より、道を尋ねられる回数が多いんです!だからきっと!たぶんそれが!やっぱりアタシの眠った才能だったんだって思います!駄目だったんです!試したけど無理だったんです!」
「どんな眠った才能があると試みたんですか?」
「ブラックホールです!」
「ブラックホール?」
「ケツの穴を瞬間的にブラックホール化する事により!こいた屁を消滅又は超圧縮!更には、どこか別の次元へと誘う!そう言う眠った才能があれ!と、願いながらケツの筋肉に力を入れてスカシの屁をこいた訳です!でも、漂うスカシの屁の悪劇臭をかいだ瞬間に理解したんです。そうアタシには、ケツの穴を瞬間的にブラックホール化する才能はないんだ、と。でも!でも神父様!アタシは、最後の最後まで諦めませんでした!」
「まだ何かを?」
「ケツの穴を瞬間的にブラックホール化出来ないんなら!口は、出来るかもしれないって!目一杯吸い込みました!出来るだけスカシの屁を自己処理しようと!でも、それでも漂うスカシの屁の悪劇臭をかいだ瞬間に理解したんです。そうアタシには、瞬間的に口をブラックホール化する才能もないんだ、と。」
「そうですか。でも、やむを得なく屁をこいてしまう事に対して、そこまでいろいろな事を考え実行してくれたとは、貴女はとても心の優しい人なんですね。」
「そ、そんな事ありません。」
「きっと、貴女が罪だと思い悩んでいる事は、神も私も罪だなんて思ってませんよ。」
「ほ、本当ですか!」
「ええ。」
「ありがとうございます!」
神父が笑顔で優しく語り掛けると、安堵感に包まれた女は目に涙を浮かべながら感謝を述べた。そして、神父は再びゆっくりと本の続きを開くと、笑顔で車窓から見える花畑を眺める女に、視線をそのままに言った。

第二百七十二話
「何を食べました?」

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