« 「第二百七十一話」 | トップページ | 「第二百七十三話」 »

2011年8月31日 (水)

「第二百七十二話」

 列車が丁度、花畑の真ん中辺りに差し掛かった頃、若い女は向かいで静かに本を読む神父に、話し掛けた。
「アタシは、罪を犯してしまいました。」
神父は、読んでいた本をパタンとゆっくり閉じて、懺悔を乞う女の顔を見た。
「私で良ければ話を聞きますよ?」
「はい。」
返事をすると女は一度、自分の足元に目をやり、ゆっくりと目線を神父へと戻した。
「私は、ついさっき、屁をこいてしまいました。」
「それは、スカシの屁ですね?」
「・・・・・・・・・はい。」
「どうりで、もしかしたらと自分の鼻の穴を疑っていとこです。」
「ごめんなさい!どうしても我慢出来なくて!でも!でも最初は!スカシの屁をこくつもりじゃなかったんです!」
「と、言いますと?」
「神父様のページを捲る音に合わせて、ここうと思ったんです!何度も何度も屁をこくタイミングを見計らっていたんです!何度も何度も!でも!でも思いの外、ページを捲る音がしなかったんです!」
「この音に?」
そう言うと神父は、出来るだけ荒々しくページを捲ってみせた。
「そうです!」
「いくらなんでも、それは無理でしょう。」
「無理でした!だから、スカシの屁をこいてしまったんです!」
「なるほど。」
「でも!でも神父様!ケツの筋肉に力を入れて、音が出ない様に!音が出ない様に、スカシの屁をこくに至るまでには!まだあるんです!」
「何を試みたんです?」
「音速です!」
「音速?」
「そうです!音速の壁を破れば!動作の後に音がします!だからアタシが、屁をこく動作とは、真逆の動作で音速の壁を越えて屁をこけば!そうすれば誰もアタシが、屁をこいたなんて気付かない!そう閃いたんです!」
「閃きましたか。」
「でもそれは、すぐに不可能な事なんだと気付かされました。」
「なぜ?」
「慣性の法則に縛られてる今のアタシに!どうして音速の壁を破る事が出来るでしょう!」
「それで、ケツの筋肉に力を入れて、スカシの屁を?」
「いいえ、神父様!それでもアタシは、挫けませんでした!」
「一体何を試みたんですか?」
「幸せな事を!ありったけの幸せな事を考えたんです!」
「気を紛らわしたんですね?屁の苦しみから己を解放しようとした。」
「そうです!でも!でも駄目でした!放屁衝動は、幸福感では押さえられませんでした!いいえ!幸福感だけではありません!焦燥感や嫌悪感や憎悪感や罪悪感や悦楽感や爽快感や清涼感や達成感や不快感!ありとあらゆる感を試してはみましたけど!凌駕してしまうんです!放屁衝動は!外に出ようとする力を!内に押さえ付けとく事は不可能だったんです!自分の体内で作り出した屁なのに!自分ではどうする事も出来ない!アタシは無力感と虚無感の中をさ迷ってました!そして気付くと、いつの間にか車窓から花畑が見えてたんです!」
「そしてケツの筋肉に力を入れて、スカシの屁をこいたと言う訳ですか。」
「はい。でも!でも神父様!アタシは、ケツの筋肉に力を入れてスカシの屁をただ単に!ただ単にこいた訳ではありません!」
「それでもまだ尚、一体何を試みたんですか?」
「神父様?人にはそれぞれおそらく、眠ったままの才能って言うのがありますよね?もしかしたら、死ぬまで使われないかもしれない自分でも気付く事のない生まれ持っての才能。」
「ギフト?」
「そうです!神様からの頂き物!ギフトです!アタシ人より、道を尋ねられる回数が多いんです!だからきっと!たぶんそれが!やっぱりアタシの眠った才能だったんだって思います!駄目だったんです!試したけど無理だったんです!」
「どんな眠った才能があると試みたんですか?」
「ブラックホールです!」
「ブラックホール?」
「ケツの穴を瞬間的にブラックホール化する事により!こいた屁を消滅又は超圧縮!更には、どこか別の次元へと誘う!そう言う眠った才能があれ!と、願いながらケツの筋肉に力を入れてスカシの屁をこいた訳です!でも、漂うスカシの屁の悪劇臭をかいだ瞬間に理解したんです。そうアタシには、ケツの穴を瞬間的にブラックホール化する才能はないんだ、と。でも!でも神父様!アタシは、最後の最後まで諦めませんでした!」
「まだ何かを?」
「ケツの穴を瞬間的にブラックホール化出来ないんなら!口は、出来るかもしれないって!目一杯吸い込みました!出来るだけスカシの屁を自己処理しようと!でも、それでも漂うスカシの屁の悪劇臭をかいだ瞬間に理解したんです。そうアタシには、瞬間的に口をブラックホール化する才能もないんだ、と。」
「そうですか。でも、やむを得なく屁をこいてしまう事に対して、そこまでいろいろな事を考え実行してくれたとは、貴女はとても心の優しい人なんですね。」
「そ、そんな事ありません。」
「きっと、貴女が罪だと思い悩んでいる事は、神も私も罪だなんて思ってませんよ。」
「ほ、本当ですか!」
「ええ。」
「ありがとうございます!」
神父が笑顔で優しく語り掛けると、安堵感に包まれた女は目に涙を浮かべながら感謝を述べた。そして、神父は再びゆっくりと本の続きを開くと、笑顔で車窓から見える花畑を眺める女に、視線をそのままに言った。

第二百七十二話
「何を食べました?」

|

« 「第二百七十一話」 | トップページ | 「第二百七十三話」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/121942/41066848

この記事へのトラックバック一覧です: 「第二百七十二話」:

« 「第二百七十一話」 | トップページ | 「第二百七十三話」 »