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2011年8月17日 (水)

「第二百七十話」

 俺が住むマンションの、俺が住む隣に引っ越して来た家族は、理想的な父親、理想的な母親、理想的な兄妹。まさに、理想的な家族だった。
「おはようございます。」
「お、おはようございます。」
それは外見的な事だけではなく、内面的な事も含めての理想的な家族だった。清楚で明るく、知的で笑顔の素敵な料理上手の母親。
「こんにちは!」
「あっ、こんにちは。」
真面目でスポーツ万能、成績優主な野球部のエースで四番、妹想いな中学二年の兄。
「こんにちはー!」
「こんにちは。」
そんな兄を尊敬し自慢にし誇りに思う天真爛漫で真っ直ぐな小学五年生の妹。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
気さくで親しみやすく、手先が器用でユーモアのセンスがあり、正義感が強く何よりも家族想いな一家の大黒柱の父親。どう考えても理想的な家族って言葉しか浮かんで来なかった。とても素敵な家族だ。隣に住んでいるんだと考えるだけで、俺まで何か幸せな気持ちになれる。これが運命の出逢いや縁って類いの事なら、俺は俺で最後の最後まで、この理想的な家族と理想的な隣人関係を続けていかなきゃならない。失礼があっちゃならない。理想的な家族を壊すような隣人関係をとっちゃならない。しかし、その関係性は偽りであっちゃならない。仮にもし、隣の理想的な家族が俺を受け入れない時には、その時は俺が引っ越せばいいだけの話だ。理想的な家族の理想的な隣人になれなかった俺が去ればいいだけの簡単な事だ。
「いつもいつもすいません。」
「いいえ、夕飯に作りすぎただけですし、お好きでしたよね?カレー!」
「はい。奥さんのカレー食べてから、他のカレー食べれなくなっちゃっいましたよ。」
「もう!またー!お上手なんですから!」
「いやいや、お世辞じゃないですよ。でも、本当にいつもありがとございます。」
「何言ってるんですか。感謝してるのは、家の方です。お隣さんには、何かと良くしてもらってるし、特に子供達の面倒をよく見てもらってますから。」
「お兄ちゃんの中学最後の試合。次の日曜日でしたよね?」
「ええもう、隣のお兄さんにいいとこ見せるんだ!絶対優勝してやる!って張り切っちゃって!」
「ははっ!そりゃ楽しみです。」
「それであのう?本当にいいんですか?」
「えっ?」
「娘の事です。」
「ああ!スケート教室が終わったら、そのまま二人で試合に行きますよ。」
「すいません。主人に急な仕事が入って迎えに行けなくなってしまって、あのう?別に無理しなくても、娘ももう六年生なんだし一人でも大丈夫だと思いますし。」
「いえいえ。無理なんてしてませんよ。それに用心に越した事はありませんからね。物騒な世の中ですし、俺が断って何かあったら顔向け出来ませんよ。」
「そんな!?」
「あっ、すいません。俺、不吉な事言っちゃっいましたね。」
「いいえ。ここでお隣さんが断って娘に何かあっても私達は、絶対に責めたりなんかしませんよ。」
「あいや、それもそう言った意味で言ったんじゃなくて!」
「分かってます。主人や子供達とも話してるんですよ?素敵なお隣さんだって、理想的なお隣さんに出逢えて良かったって!」
「それは俺の方こそですよ。」
「じゃあ!相思相愛の隣人関係ですね!」
「ハハハッ!」
「ん?何かおかしな事言いました。」
「だって、相思相愛の隣人関係なんて言葉、聞いた事ないから!」
「それもそうですね!」
「それより、おばあちゃんの手術の方は?」
「ええ、お陰様で初期のガンですし、転移もなくて手術も数時間程度の簡単なものだってお医者さんも言ってましたから、それに母ったら、手術が終わったその足でお兄ちゃんの野球の試合を見に行くだなんて言ってましたから。」
「おばあちゃんらしいや!その元気だったら大丈夫そうですね。」
「はい!でも、あの時、お隣さんが検査をした方がいいって、怒ってくれなかったらと考えると、ゾッとします。母も感謝してもしきれない。命の恩人だ。って言ってました。」
「いやいや、たまたまですよ。俺の母親と同じ症状だったんでもしかしたらと思っただけです。他の人より少しだけ知識があっただけですし、何よりも皆さんにここで俺みたいな後悔の悲しみを味わっては欲しくなかったですからね。」
「・・・・・・・・・ありがとございます。」
「い、いやだなぁ!俺はもう母の死は乗り越えてますし、そんな悲しい顔しないで下さいよ!いつもみたいにほら、笑顔でいて下さいよ!」
「本当にありがとございます。」
「そう!奥さんにはその笑顔です!じゃあ、次の日曜日に!」
「よろしくお願いします。」
「はい。それとお兄ちゃんに、あんまり素振りの練習し過ぎない様に言っといて下さい。」
「はい!それじゃあ、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
時々、こんなに理想的な家族と理想的な隣人関係を理想的な自然の流れで理想的に継続出来てる事が恐くなる。でも、その恐怖はきっと、幸せ過ぎる悩み事なんだろう。でも、この一年間で築き上げて来た理想的な隣人関係は、単なる序章に過ぎない。本当に理想的な家族と理想的な隣人関係を続けて行けるかどうかの本番は、次の日曜日。この理想的な家族ならきっと、長年待った俺の理想的な人生の終焉の幕を開けてくれるはずだ。

第二百七十話
「理想的な誘拐」

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