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2011年11月 9日 (水)

「第二百八十二話」

 墓参りの日に限って、数十年に一度あるかないかの大雨とはな。オレもラッキーなんだかアンラッキーなんだか。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
せっかく恥を忍んで30年以上連れ添った妻と年頃の娘に、飛びっきりな愛のメッセージをギフトしたってのに、この雨音で台無しだ。
「・・・・・・・・・また来る。」
味気無い符号と記号と年号とが刻まれた冷たい石の冷たい袂に、左手に持ってたビショ濡れの花束を置き、オレは墓地をあとにした。この街には、滅多に雨が降らない。だから、雨が降った日には、街の人々は口々に、こう言う。
「ラッキーレイン&アンラッキーレイン・・・・・・か。」
まあ、愛のメッセージを掻き消され、こうして老体を雨にさらしながら街を歩いてるオレには、今のとこアンラッキーレインでしかないがな。
「・・・・・・・・・。」
男が大金を手にして街一番の金持ちになった日、街には雨が降ってた。その街一番の金持ちが、自殺した日にもやはり、街には雨が降ってた。今やこの街のジョークになってる話だが、その街一番の金持ちを殺した犯人はまだ、いまだに捕まっちゃいない。巧妙に雨を利用した殺人ってヤツだ。だがまあ、それを知るのは今やオレを含めて数人だけになっちまったがな。そして今でも犯人が、巧妙なアイデンティティーに守られ、この街で迂闊に生き延びてるのは確かだ。

「ん?」
そんなどうでもいい昔の事を思い出しちまうから、雨はどうも好きになれない。だがどうだ?こうしてランダムに街を歩いて偶然辿り着いた路地裏で、見覚えのあるゴキブリがゴキブリの死骸を前に、ビショ濡れのアスファルトの上に跪き、天を仰いで鳴いてるじゃないか。ひょっとすると、レインがひっくり返ったか?
「クソォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
「ゴキブリも鳴くとは知らなかった。」
「誰だっ!!」
「この街は不思議だ。まるでラビリンスかのようだ。さほど大きくもないってのに、偶然出会った人間に、次もう一度偶然出会う確率が異様に低い。」
「老いぼれ刑事が、何の用だ?生き恥さらして散歩するには、あいにくな天候だが?」
「さあな?用ならありすぎて、老いぼれだからいちいち全部覚えちゃいないさ。」
「そーだ!奥さんと年頃の娘は、元気か?」
「さっき会って来たばかりだ。」
「なあ?だったら、オレの事、何か言ってなかったか?特に年頃の娘、死ぬ前にもう一度、彼とベッドをともにしたかったわ。とかな!!」
5本で1本を形成する特殊で異様な禍々しい斧とともに、ゴキブリが立ち上がった。
「あいにく娘は、ゴキブリが苦手でな。見付けたら退治してくれと、よく泣き付かれたもんだ。」
「ああ、そう言われてみれば、今でも時々だがクソしながら思い出す事があるよ。パパ~!助けて~!パパ~!って、娘の声をな!ギャハハハハハ!」
「・・・・・・・・・なぜだ。」
「ああ?」
「なぜ、家族を殺す必要があった。」
「そりゃあ、この街で刑事っつったら、クソ以下だからだよ。特にアンタはその底辺だ。そんなクソの家族もクソの底辺だからだよ!」
「刑事殺しのゴキブリの考えそうな事だ。」
「そんなゴキブリの考えに気付かず!家族を殺された間抜けな刑事は、どこのどいつだぁ!!」
「・・・・・・・・・。」
「ああ、そう言えば刑事さん?右腕、調子はどうだい?」
「・・・・・・・・・。」
「最近の医学っつぅのか?技術っつぅのか?科学っつぅのか?凄いもんなんだな?それが義手だなんて、ん?義腕か?まあ何でもいい。とにかくだ。切断したオレじゃなきゃ、1発で見破れないもんなぁ?あと少しだったなぁ?あとほんの少しで、妻と娘の体に触れる事が出来たってのに、おしかったよなぁ?」
「あの時、もっと早く家に帰ってれば、もっと早くお前の考えに気付いてれば・・・・・・・・・もっと!もっと!オレは、後悔をこの右腕に詰め込んだ。絶対に忘れちゃならない後悔をな。」
「復讐だろ?オレへの?だが、どうだ?他人や仲間を殺したオレを捜す時とは違い。家族を殺されたあの日からアンタは、ビビってオレを捜すフリをしてるだけだろ?そうやって1日1日を無駄に過ごしてるだけだろ?何が後悔だよ。え?この間抜けな腑抜けが!」
「もはや、オレにしたら、ゴキブリを雇って街一番の金持ちを殺させた雇い主の事なんて、とっくにどうでもいい話だ。」
「そうかい。」
「一部のゴキブリどもが、お前をダークヒーローに祭り上げてるが、実際はどうだ?単なる泣き虫だ。」
「あと、数人だ。お前を含めてあと数人殺せば、オレの仕事は完璧に完結する。フィナーレだ!」
「結果的にそれを完結させる訳には、いかないんだよ。」
「ビビって何も出来ない間抜けな腑抜けに、オレのストーリーを修正する事は出来ない。今ここで、偶然出会ったアンタを始末してもいんだが、オレにはまず!コイツを殺したクソヤロウを始末しなきゃならないんでな!今日は見逃してやるから、またオレを捜すフリでもしてな!そのうち殺してやるからよ!」
「花を買ったんだ。」
「ああ?」
「妻と娘のとこへ行く前に、花屋で花を買ったんだよ。しばらく二人が好きだった花が思い出せなくてな。年を感じたよ。」
「だから何だ?それがどうした?オレの気が変わらないうちに消えないと、今すぐこの世から消える事になるぞ?」
「花屋で花を買うとすぐに雨が降って来た。」
「おいおいおい!オレは、老いぼれの下らねぇ話に付き合ってる暇はないんだよ!」
「前から女が走って来た。何か約束でもあったのか?女は人混みの合間を軽やかに、軽快に走り抜けながら、こっちへ向かって来た。」
「だから何だ?その女に一目惚れでもしたのか?やめとけやめとけ、またオレに殺されるだけだ。次は、左腕も失って今以上に死ぬより辛い生き恥をさらすだけになるぞ?」
「雨で足元が滑ったのか?オレとスレ違った瞬間、女は転んだ。」
「C級ラブストーリーか?」
「オレは、手を差し伸べ、女を手助けようとした。しかし女は、オレの手を振り払い、そのまま走り去って行った。」
「パリーン!老いぼれの間抜けな恋が腑抜けて砕け散ったって訳か。下らねぇ!下らねぇ!下らねぇ!」
「その反応からすると、聞いてないようだな。」
「ああ?だから、恋が砕け散ったんだろ?ちゃんと聞いてやってんじゃねぇか!」
「こうして、右手を差し伸べて、オレは女へ手を差し伸べた。」
「ああ?」
「まあ、この街のジェントルマンなら当然、自分の足で引っ掛けて転ばしたゴキブリに対して、手を差し伸べて助けようとするのは必然だがな。しかし、女はそんな自然な行為を振り払った。だが、それで十分だった。女の手に一瞬触れられただけで、十分だった。」
「お前、変態か?」
「そう、触れた手から手へと毒をギフトしてやるには、十分過ぎる一瞬だった。」
「まさか!?」
「墓参りの時間を計算して注入しといたんだ。」
「お前が殺したのか!」
「キス、したか?」
「何だと?」
「キス、だよ。熱烈にスパイシーなキスをしたかって聞いてんだ。」
「殺す!今すぐ殺す!バラバラにして豚に喰わしてやる!」
「どうやら今日の雨は、ラッキーレインだったようだな。」
「ああ!アンタとこうして偶然出会えて切り刻めるんだからな!スーパーラッキーレインだっ!」
「ああ、スーパーラッキーレインだ。生きてるゴキブリに出会えるとはな。最悪、死体でも構わないと思いながら、ランダムに街を歩いてたんだが、これからゴキブリがもがき苦しみながら死んでく姿が見れるとはな。」
「何を言ってやがんだ!!」
「したんだろ?キッス?」
「したから何だって言・・・・・・!?うぇぇぇぇぇ!!な、何しやが・・・・・・った!ぐあああああああ!!」
「何って、ただ家に入って来たゴキブリを2匹、退治しただけじゃないか。」
「があああああああ・・・あ・・・・・・ああ・・・・・・あ・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「これでやっと、娘の笑顔が見れる。」
最果ての街、欲望の街、逆転の街、人の数だけ、この街の呼び名が存在する。確か、知り合いの少し風変わりな男は、糞の溜まり場なんて呼んでたな。まあ、それもあながち間違っちゃいないが、オレにとってこの街は、想い出の街だ。ただ、路地裏にはよく、ゴキブリが出るのが少し問題だが、まあ出たら出たで、また殺虫剤で退治すればいいだけの話だ。

第二百八十二話
「スリーティーズ・シティ・バックアレー」

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