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2012年1月 4日 (水)

「第二百九十話」

 ボクは今から死のうとしている。ここから飛び降りて、自ら命を絶とうとしている。そう、その曖昧な人生に幕を下ろそうとしているのだった。

第二百九十話
「正しい道」

「ゴン!」

「・・・・・・・・・・・・・・・?」
「大丈夫か?ああ、血が出てるし、コブになってるじゃないか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・!?」
「いや、そりゃそうなるだろ!そんなビックリした顔で見られても、ワタシの方がビックリだよ!何で?何で切り餅一つの上から飛び降りて自ら命を絶とうだなんて考えた?」
「!!?」
「いや、顔が近い!だって、それはもはや!むしろ飛び降りと言うより!普通に地面に倒れ込んだってだけの事だろ?いくら正しい道を選ぼうが、その方法が正しくなければ、こうして鼻血が出る羽目になるんじゃないのか?バカなの?」
「バカなの。」

「こんな所で何をしていのかね?」
「これから、ここから飛び降りて、自ら命を絶とうとしているだけです。」
「飛び降りる・・・・・・・・・。世の中、浮かれ気分だと言うのに、キミは新年早々に自殺かい?」
「世の中、みんながみんな、貴方が言うほど浮かれている訳ではありません。貴方は?この土地の所有者か関係者の方ですか?」
「ワタシか?ワタシは、たまたまここを通り掛かった単なる老いぼれだよ。」
「通り掛かった?まあ、いいです。通り掛かる事もあるでしょう。なら、そのままどうぞ、通り過ぎて行って下さい。」
「その意志は固いのかな?」
「意志?それは、自ら命を絶つと言う意志の事ですか?」
「ああ。」
「はい。」
「なら、青年。キミに問おう!」
「問う?」
「自分が正しいと思う道を進む事と本当に正しい道を進む事とでは、一体どっちが真の正しい道なんだ?」
「本当に正しい道とは?それは一体、誰が決めるんですか?貴方?第三者?世間?時代?」
「自分が正しいと思う道が、正しい道だと言う事でいいのかな?」
「その問いの答えが既に、第三者が意図的に、自由自在に操作出来てしまう時点で、答える必要性が見出だせないと言うだけです。」
「正しい道など、それ自体が存在しないと?」
「存在させたい人間が存在させているだけで、全ての人に平等に見える道ではないと言うだけです。ボクの自ら命を絶とうする意志は、ボクにとっての正しい道であり、誰かにとっての間違った道なだけです。」
「正解はないと?」
「間違った道でない全ての選択肢が正しい道であり、それを決めるのが意志を持った多くの人間だと言うだけです。数学ではないんです。答えは一つではありません。人間の思想、理念、理性、心の数だけ存在すると言うだけです。」
「だが、その答えへと導く道もまた、複数存在する。」
「だから?だから、何だと言うんです?」
「いや、だからと言って何でもないさ。ホント、何でもない。キミは、今日、そこから飛び降りて死ぬ。それが正しいか間違いかは、それぞれがそれぞれにそれぞれの判断を下せばいいだけの事だ。」
「その言い回しが既に、今のボクを否定していますよ?その言い回しが既に、今の貴方を肯定しようとしていますよ?何が言いたいんです?」
「そんな深い意味はないさ。」
「死のうとする人間を止めるのは、なぜ?花屋で花を買おうとしている人間を止めないのは、なぜ?自殺をする人間を止める事が既に、正しい道ではないとしたら?そう考えた事は無いんですか?」
「いやいや、何だか話が難しくなってきたな。ただ、その選択肢に行き着くまでのスタートラインにすら、立った事が無い。偶発で非日常的で奇跡に近い現場に居合わせると言う事だからな。この現状は。」
「では、自殺を止めて、その後の事は考えないんです?助けられた人間の立場は?その後の人生は?ただ目の前の自殺者を助けた満足感を得たいだけですか?エゴですか?」
「エゴかもしれん。人助けの心理の底に転がっているのは、ゴツゴツしたエゴの塊なのかもしれん。しかし、それが人間ってもんじゃないのかね?」
「その定義が既に曖昧なんです。助けを求めている人間を助ければいいだけで、何も自ら命を絶とうとしている人間まで助ける必要性は、無いんです。」
「キミは、後悔しないのか?」
「それは、今ここで自ら命を絶った事での未来へのですか?」
「ああ。」
「人間が死を目前とした時、果たしてその生涯を、その未来を、後悔しない人間などいるのでしょうか?どんな死に方であっても、その瞬間には必ず後悔するのではないでしょうか?そしてそれは、貴方が言う正しい道を選んだとしても例外ではないと言うだけです。」
「飛び降りるのか?」
「それがボクの正しい道ですから。貴方も貴方で、目の前の自殺者を止めると言う正しい道を選んだんですから、そろそろボクにも正しい道を歩ませて下さい。」
「・・・・・・・・・。」
「では・・・・・・・・・。」
「お、おい!」
「さようなら。」
「待ちなさい!」

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