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2012年6月27日 (水)

「第三百十五話」

「おはよう。」
「誰!?」
貴方はもし、愛する娘の記憶が、ある朝突然消えていたらどうしますか?
「だ、誰って、パパだよ。朝っぱらから何を言ってるんだ。まったく。」
「知らない!」
「え?」
「知らないわ!おじさん、誰なの?」
明日で25になる娘は、明日結婚する。男手1つで育ててきた25年間。亡き妻との約束を果たそうとしていた前日の朝。朝食の用意がされたテーブルに着こうとした瞬間、サラダが盛られた皿をテーブルに置こうとこちらを振り向いた愛する娘の記憶が突然、消えていたらどうしますか?
「冗談・・・なんだよな?パパの事をからかってんだよな?明日の結婚式で緊張してるだけなんだろ?そうしてジョークでほぐそうとしてるだけなんだろ?そんな事しなくてもパパは大丈夫だから。」
「アタシ、結婚・・・するの?」
「えっ?」
「アタシ、誰と結婚するの?」
「お、おい!?」
「しないわ!結婚なんてしないわ!」
「おい!どーしたんだよ!しっかりしろ!」
「触らないで!」
この時、分かりました。両肩に置いた手を振り払った娘の態度で、その力加減で、私は本当に娘には記憶が消えているのだと分かったんです。
「病院行こう!なあ?結婚式は延期して、すぐ病院へ行こう!」
「・・・・・・・・・・・・。」
泣きながら頭を抱えて座り込んだ無言の娘を見て、私は咄嗟に救急車を呼ぼうと電話機がある部屋へ向かおうとしました。でも次の瞬間、娘は信じられない一言を発したのです。
「ママはどこ?」
「何だって?」
「おじさん、ママをどうしたの?ママは、どこにいるの?」
「何を言ってるんだ。」
「ママー!」
「ママは・・・ママは、25年間前に死んだじゃないか。」
「嘘よ!」
「嘘じゃない!ママは、もういないんだ。」
「違う。ママは、生きてる。」
「なあ?いいから、すぐに病院に行こう!なっ?病院で診てもらおう。」
「死んだのはママじゃない。」
「えっ?」
「パパよ。」
「今、何て言ったんだ?」
「25年前に死んだのは、ママじゃなくてパパ。」
「そんなバカな!パパは、こうして生きてるじゃないか!」
「ねぇ?誰なの?おじさんは、一体誰なの?」
「パパだよ。お前のパパだよ。」
「ママはどこ?ママはどこなの?ねぇ?ママに何をしたの?ママに何をしたのよ!」
いや、妻は娘を生んですぐ、娘をその手に抱く事なく息を引き取った。それは、忘れようにも絶対に忘れられない、とてもとても暑い、最高の喜びと最低の悲しみが同時に押し寄せた夏の午後。出産前日、私の手を握り締め、娘を立派なお嫁さんにしてね、と言った妻の顔は今でもしっかりと覚えている。あの笑顔が瞼の裏に焼き付いていたからこそ私は、挫けずに今日まで娘と一緒に生きてこれたんだ。それなのに、これは何なんだ?何が起きているんだ?
「どうなってんだ・・・・・・。」
「ママを殺した?」
「何っ!?」
「ママを殺したんでしょ!」
「・・・・・・やめてくれ。」
「おじさん!ママを殺したのね!そうなんでしょ!強盗なんでしょ!」
「そんな物を向けちゃいけない。お前は明日、花嫁になるんだぞ?」
「訳の分からない事を言わないで!!ママを返してよ!!」
包丁を握る娘の両手は震えていた。頼む。この世に神が存在するなら、どうかお願いだ。娘の記憶を戻してくれ。娘が私を殺す前に、どうか、どうか。

三百十五話
「この物語をハッピーエンドにして下さい」

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