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2012年7月 4日 (水)

「第三百十六話」

 車の往来が殆んど無い国有の道路数メートル手前の三叉路の真ん中で、少年はしゃがんでいた。その視線の先には、一匹の丸々と太ったイモムシがいた。
「おい!イモムシ!」
「何だ、少年。」
「お前は、何でイモムシなんだ!」
「なあ?少年?少年は何で少年なのかって尋ねられて、果たしてそれに明確に答えられるのか?イモムシはイモムシ。少年は少年。マルチーズに同じ質問をしたとこで、返ってくる答えもまた、同じって事だ、少年。」
「う~ん?マルチーズって、何だ?イモムシ!」
「少年、知らなきゃ知らないで、別に死ぬ訳じゃないから安心していいこれは問題だ。」
「イモムシは、こんなところで何をしてんの!」
「この三叉路を渡って、あの木まで行く途中だ。」
「危ないよ!」
「ああ、車の往来が日に数台と言っても、その代わりここは山へ向かうバスが定期的に通るからな。」
「轢かれるよ?」
「轢かれないさ。少年。」
「どうして?」
「バスは、まだ来ない。あの木まで行くには、十分過ぎる程の時間があるからさ。」
「何でそんな事がイモムシに分かるの?」
「イモムシだからこそ、分かるのさ。こうして地面から伝わる振動により、バスがどれぐらいの距離にいるのかが分かるさ。」
「マルチーズだね!」
「マルチーズではない。それは果てしなくマルチーズではないのだよ、少年。家に帰ったら少年、お母さんにマルチーズが何かを教えてもらうといい。」
「お母さんは、いないんだ。」
「すまない。どうやら余計な事を言ってしまったようだ。本当にすまない。少年。」
「今日は、夕方まで出掛けてるんだ!」
「妙な安心感をありがとう、少年。」
「どういたしまして!」
「なら、寝る前にでも教えてもらうといい。」
「お風呂に入る前じゃダメ?」
「その辺のタイミングは、少年。少年に委ねようではないか。」
「委ねられた!」
「うむ。」
「イモムシは、あの木まで行って、何をするの?」
「そろそろな感じがしてな。だから、あの木に向かっているさ。どうしてあの木か?って聞かれたら、少年。それは分からない。ワタシの本能があの木に向かえと、この身体を突き動かしているとしか答えられない。」
「ふ~ん。で、そろそろって、何がそろそろなの?」
「身体がムズムズするのさ。その時を伝えているのだよ。」
「ムズムズ?」
「蝶になるのさ!」
「蝶?蝶って、あの蝶?」
「そうだ!」
「嘘だーっ!」
「嘘ではない。嘘ではないぞ、少年。」
「だって、イモムシと蝶って、姿形がまるで違うじゃん!」
「そうだな。だが、少年?おたまじゃくしはどうだ?ひよこはどうだ?まるで親とは別の姿形をしているだろ?」
「た、確かに!?」
「少年、何もここは尻餅をついてまで驚く事の話ではないぞ?そう言う事を有りの侭に受け入れられる柔軟な心を持つ事は、素晴らしい事だ。」
「もしかしてイモムシは今、ボクを宗教に勧誘してるの?」
「ふむ。人を疑う心もまた、表裏一体で重要な事、か。」
「いいよ!」
「少年?ワタシは、別にこれと言って特に宗教への勧誘などはしていないのだ。だから、勝手に入信を希望しないでくれ。」
「イモムシは、何蝶になるの!」
「アゲハ蝶さ!」
「うわぁ!凄い!」
「凄くはないさ。たまたま親がアゲハ蝶だった、と言うだけの話さ。」
「ボクも大きくなったら、アゲハ蝶になれるかな!」
「夢ってやつは、自由だ。その夢を心の中に死ぬまで抱いていく事も、1秒後に捨ててしまう事も、また自由だ。ただ少年?生物学的に無理な事を夢見てはいけない。ワタシがアゲハ蝶になる事は、特別でも何でもない。極々自然の流れと言う事だ。ワタシからしてみれば少年?この先、無限大の可能性を秘めている少年の方が凄い、と思うぞ?羨ましくもあるのだぞ?」
「えへへ!」
「そんな無限大の可能性を秘めた少年は将来、何になりたいのだ?」
「昆虫博士!」
「昆虫博士か!」
「うん!!」
「そうか!なれるといいな、昆虫博士に!いや、きっと無限大の可能性を秘めた少年なら昆虫博士になれるさ!」
「うん!ありが・・・アゲハ蝶になった!!凄い!凄いや!本当にイモムシがアゲ」
その時、定時通りに三叉路を通過したバスは少年を轢き、アゲハ蝶となったイモムシは、その光景を見下ろしていた。

第三百十六話
「運転手はアゲハ蝶を見ていた」

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