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2012年9月19日 (水)

「第三百二十七話」

 仕事で疲れていたのか、私はバスの中で眠ってしまった。気が付くと知らない街の知らない停留所の知らない商店街に着いていた。太陽は、真上から灼熱に私を照らしていた。本来なら、すぐにでも会社へ引き返さなければならないのだが、この商店街には私を惹き付ける何かがあった。と、言うのは建前で、本音はただ単にサボりたかっただけだ。丁度、営業回りも一段落していた事だし、少しぐらいは油を売ったとこで、怒らはしないだろう。
「暑いなぁ。」
私は、ハンカチで汗を拭きながら、商店街を歩いていた。知ってるお店から、全く聞いた事も見た事もないお店まで、歩いているだけでも好奇心を刺激される商店街だった。
「地下商店街?」
私は、地下商店街と壁に掘られた文字を前に立ち止まった。地下へと続く階段は、とても魅力的だった。と同時に背筋をつたう何かが、今は踏み込むべきじゃないと私を思い止めた。
「いらっしゃい!」
何とも言えない空気に包まれた私は、気付くと地下商店街へと続く階段の近くに建つ店の中にいた。
「えっ?」
そこは実に不思議な空間だった。不思議と言うか、何とも異様だった。何も無い。そう、店の中には何も無かった。店主と思わしき50代ぐらいの男が、中華料理を作る様な出で立ちで、店の真ん中に立っているだけだった。
「何を出入口で、ボーッと突っ立ってんだい!お客さんだろ?それともセールスマンか?」
「きゃ・・・客です。」
「ならそんなとこ居ないで、こっち来たらどうなんだ!ほら!」
「は、はあ。」
私は、店の真ん中に立っている店主の方へと歩いて行った。そして、立ち止まった。
「いらっしゃい!」
「あのう?初歩的な質問で悪いのですが、ここはお店ですか?」
「当たり前だろ!店じゃなかったら、いらっしゃい!とか、お客さんだろ?なんて聞かないだろ!」
「そうなんですよね。そうなんですけど、そのぉ?何も無いですよね?」
「俺がいるだろ!」
「確かにいますけど、テーブルもイスも何も無いですよね?」
「そう言う店なんだから、そう言われても困っちゃうんだよなぁ?だいたいテーブルやイスってのは、俺じゃないしな。俺がいればいいんだから、無くていいんだよ。」
「でも、このお店、中華料理店なんですよね?」
「ああ、この格好か?違う違う!ウチは、中華料理店じゃないよ!」
「じゃあ、何でそんな格好をしてるんですか?」
「何でって言われても、俺がしたい格好なんだから、そう言われても困っちゃうんだよなぁ?」
この空間、異様過ぎる。あんなに賑やかな商店街の中で、この空間は一体何なんだ?だいたい何の店だと言うんだ?中華料理を振る舞う訳でもなく中華料理を作る様な出で立ちの店主。でもこれは、店主の話から察するに、趣味的な感じだろうと推測出来る。明日はまた違う格好なのかもしれない。何も無い店内?もしかしてここは、格闘技道場的な感じなのだろうか?
「あのう?」
「おう!」
「ここは、何かの格闘技道場でしょうか?」
「格闘技道場?そんな訳があるはずないだろ?どこをどう見たら俺に格闘技の心得があると思ったんだか。全くおかしな事を言う客だよ。」
違う!?まあ確かに、店主が何か格闘技をしていると言った体つきではないのは、分かる。しかし、なら何だ?この空間で何が出来る?
「もしかして、ここは外国語教室ですか?」
「外国語だって?こんな格好してるからか?」
「いえ、格好は関係無いです。違いますよね。」
「こっちが教えてもらいたいもんだよ!」
これも違う。モノを使う事なく、営む事が出来る商売を考えていたら、やっぱり体を使うか言葉を使うかに行き着いたんだが、ならこっちか?
「じゃあ時期的に、怪談話を聞かせてくれるとかですか?雰囲気を醸し出す為に、あえて店内には何も置いていない!」
「違う違う!商店街イチ怖がりの俺が怪談話なんかする訳がないだろ!怪談って口に出すだけでもチビる寸前なんだから、言わせんじゃねぇよ!!気を付けやがれ!!」
「怖がりってのは、初めて知った事実ですよ。そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。すいませんでした。」
謎だ。謎過ぎる。普通の人なら既に降参して、答えを店主の口から聞き出してるに違いない。しかし、自分で当てたい派の私は、まだまだ答えを聞く訳にはいかない。何としても自力で答えを導き出さなくては!だが、にしては、あまりにも店内にはヒントが転がっていなさ過ぎる。何も無い?いや、何も無いだけなのかもしれないぞ?そう!今は何も無いだけで、店主は匠で、これから何かを創るのだとしたら?しかも実は、かなり名の知れた芸術家だとしたら?
「アトリエですか?」
「はあ?」
ああ、違う。反応で分かった。悲しいかなこの店主からは、芸術性の欠片も感じやしない。だったら何だ?偉大な発明家か?いや発明家なら店内には、発明品が溢れかえってるはずだ。まさか!この店内の床を開けると地下へと続く階段があり、そこは巨大な研究施設になっていて、何かとてつもない研究をしているのか!世界を震撼させる何かとてつもない研究を!?
「博士ですか?」
「おいおいおい、お客さん。いよいよ大丈夫か?」
「・・・・・・大丈夫です。すいません。」
ダメだ。この店内の異様な空気に飲まれて、正常な思考が働かない。もう、これ以上は自力で答えを導き出すのは不可能だ。
「あのう?」
「何だ?」
「ヒントを下さい。」
「ヒント?ヒントって何のヒントだい!」
「ですから、このお店が、一体何のお店なのかってヒントです。」
「何だ何だ?店のドアのに貼ってある貼り紙を見て入って来たんじゃないのか?」
店主のその言葉を聞いた私は、一目散に出入口まで走った!そして引戸を開け、その貼り紙を見た!
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

第三百二十七話
「閉店はじめました」

謎は深まるばかりだった。

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