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2012年11月 7日 (水)

「第三百三十四話」

 私が喫茶店を営んでいる理由は1つだ。いつの日にかシュールな客がやって来る!ただ、それだけだ。そして今さっき、念願のシュールな客らしき男が、この喫茶店にやって来た。
「いらっしゃいませ。」
その男は、右足を引き摺りながら、カウンターの席に座った。
「とにかく熱くて濃いコーヒーを頼む。」
「かしこまりました。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
私は、シュールな客らしき男に釘付けになった。
「・・・・・・・・・ん?俺の顔に何かついてるのか?」
「いえ、ただ・・・・・・。」
「ただ?」
「右足、どうしたんですか?」
「朝、目を覚ましたら、足首から下を鰐に喰われただけだ。」
「は、はあ。」
私は、思った。これは、シュールなのか?と。ドクドクと右足から血を流し、青ざめた顔でコーヒーを待つ男。これは、シュールと言うより、事件なんじゃないのか?あまりにも事件がシュールを上回り過ぎてる客なんじゃないのか?私は、右足を鰐に喰われた男を前に、こうして自慢のコーヒーを自慢気に淹れていても良いのか?とりあえず救急車的なモノを呼んだ方が良いのではないのか?ただ、自慢のコーヒーを淹れながら、もう一人の私は、こう話し掛けて来る。その頭の中にある事件感を取り除いたら、この男はかなりシュールな客だぞ!と。
「お待たせしました。」
「ありがとう。」
この男が出血多量で死にそうになったその時は、救急車的なモノを呼べばいい。それまで、もう少しだけ、ほんの少しだけ、シュールを探ってみよう。とりあえず私は、自慢のコーヒーを男がどんな風に飲むのかが気になった。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
砂糖もミルクも入れず、男はカップを口元へと近付けた。さあ早く!早く私にシュールな飲み方を見せてくれ!
「・・・・・・・・・ん?」
「えっ?」
その時、凝視する私の目と男の目が合った。
「気になるか?」
「えっ?」
「何で俺が、鰐に右足を喰われたってのに、こうして喫茶店で自慢のコーヒーを満喫しようとしているのかが。」
「あ、いや、その。」
ムチャクチャ気になるっしょ!そこ気にならないマスターがいますかって、話っしょ!ドクターなら或いは、ほっとかないのかもしれないけど、あいにく私はマスターなんですよってんですよ!
「たまたま朝目を覚ますと、鰐に右足を喰われてただけだ。勇気を喰われてた訳でもなければ、ましてや夢を丸ごと喰われてた訳じゃない。鰐に右足を喰われて医者に行くような奴は、鰐に右足を喰われて困る奴がすればいい。鰐に右足を喰われたとこで困らない俺は、こうして喫茶店で自慢のコーヒーを優雅に飲んでればいい。ただ、それだけの話だ。」
「なるほど。」
なるほどじゃないだろ!私!しっかりしろ、私!私、しっかりしろ!意味が不明過ぎるだろ!どのピースをどう組み立ててパズルを完成させればいいのかだろ!シュールな話だが、これは何かそう!ハードボイルドなカオリがプンプンする話だぞ?あまりにも上回り過ぎてないか?ハードボイルド感が!殺し屋か?この目の前のシュールな客は、殺し屋なのか?いや、ハードボイルド=殺し屋って考えは、安直過ぎる。うんそうだ。世の中にはハードボイルドなピエロがいても良いし、ハードボイルドな美少女アイドルがいたって良い。時にはハードボイルドな雨上がりに、ハードボイルドな虹が掛かる事だってあるかもしれない。いやいやいや、今はハードボイルドなんてどうだって良いのだよ。問題は、このシュールな客が実は、ハードボイルドだったって時の大きな衝撃波に私の体が持ちこたえられるのかって!そう言った感じの話っしょ!
「ウマイな。」
「えっ?」
「コーヒーだよ。」
「あ、ありがとうございます。」
人って人間は不思議な生き物で、自らが自慢に思っているモノを誰かに誉められたとこで、これっぽっちも嬉しくない。頑張れ私の愛想笑い!
「一枚、好きなカードを引いてくれ。」
「はい?」
男は、おもむろに上着のポケットからトランプを取り出し、軽快にシャッフルすると、それを私に差し出した。
「格別なコーヒーを飲ませてくれた礼に、手品を披露しよう。」
「マジシャンなんですか?」
「いいや。」
「なるほど。」
だから!何が一体なるほどなんだ!私!この状況で喫茶店のマスターが淹れた自慢のコーヒーに対してのお礼が、マジシャンではないマジックでは釣り合いがとれないだろ!蟹獲り名人が、お礼に自ら描いた蟹の水墨画をプレゼントするようなもんだぞ!だが、この現状を覆す現実がある。それは、蟹獲り名人が蟹を獲る以上に、趣味の水墨画のスキルが上回る大どんでん返しだ。つまりは、男がどんな職業だかは分からないが、その腕以上にマジックの腕が上回ると言うシュールな展開だ!
「どうした?遠慮しないで、選んでくれ。」
「じゃあ、これ。」
「カードを見てくれ。」
「見ました。」
「マスターが選んだカードは、クラブのジャック、違うか?」
「正解です。」
「カードの中身が全部クラブのジャックって思われちゃ困るからな。もう一枚選んでくれ。」
「じゃあ、これ。」
「カードを見てくれ。」
「見ました。」
「スペードのエース。」
「正解です。もう一枚、いいですか?」
「ああ、構わないよ。」
「じゃあ、これ。」
「ハートのクイーン。」
「スゴイ!!一体、どんなタネなんですか?」
「知りたいか?」
「知りたいです!」
「簡単さ。こうしてカードをシャッ」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
男は、たぶん出血多量で死んだと思われる。しかし、男のその顔からは、幸福感が漂っていた。きっと格別なコーヒーを飲み、得意のマジックを披露して、最期をむかえると言うのが、男の人生の終わらせ方だったのだろう。男は、私が待ちに待ったシュールな客だったのかもしれない。最高の客だったのかもしれない。だが、必ずしも思い描いた理想が、現実で理想の結末をむかえるとは限らなかった。

第三百三十四話
「迷惑な客」

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