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2013年3月 6日 (水)

「第三百五十一話」

「・・・・・・・・・。」
右の部屋に行きたい。どうしようもなく右の部屋に行きたい。
「・・・・・・・・・。」
俺は、心底そう思った。この部屋に入ってそう思わない人間はいない。
「・・・・・・・・・。」
いる訳がない。
「・・・・・・・・・。」
銃。冷たいコンクリートの床には、無造作に銃が転がっている。まるで俺を嘲笑っているかのように。
「・・・・・・これを使って死ねとでも?」
そんな銃を見下ろし呟きながら、俺も俺を嘲笑ってみせた。
「・・・・・・・・・。」
硫酸。コンクリートの天井の穴から滴り落ち床を溶かす液体は、きっと硫酸だろう。硫酸じゃないにせよ、安全な液体な訳がない。一定のリズムを刻みながら、一定の複数の箇所の床を溶かす液体。俺は、気分転換に部屋を散歩する事も許されない。床を溶かすその音も俺を嘲笑っているかのように聴こえる。
「・・・・・・・・・。」
ロープ。天井から垂れ下がるロープが、密閉されたこの部屋で、俺を嘲笑いながらたまに、揺れているのが妙に不気味でならない。
「・・・・・・・・・。」
バスタブ。部屋の隅にあるバスタブに流れる電流が、スパークを繰り返しながら、俺を嘲笑っている。
「・・・・・・・・・。」
山積みにされた刃物。棚の中いっぱいに、綺麗に整理され置かれている毒物。灼熱の真っ赤な壁の一部。パンとミルク。何もかもが、何もかもが俺を嘲笑う。あの日が絶望だと信じて今まで生きて来た俺は、実は幸せだったのかもしれない。
「・・・・・・・・・。」
俺は、立ち尽くし、右の部屋の壁を睨み付けるしか、する事がなかった。
「・・・・・・・・・。」
男は言った。どちらの部屋を選ぶのか?と。俺は無言で左の部屋を指差した。
「・・・・・・・・・。」
運命が憎い。なぜ俺はあの時、右の部屋を指差さなかったのか?なぜ俺の隣にいた男は、先にこの左の部屋を指差さなかったのか?
「・・・・・・・・・。」
運命が憎い。俺の運命の決断によって、右の部屋へ入って行ったあの男の運命が、憎い。
「・・・・・・・・・。」
憎くてたまらない。だが、こんなにも憎しみが感情を支配するのもこれが最初で最後だろう。
「・・・・・・・・・。」
俺は俺を嘲笑う銃を拾い上げ、その銃口をこめかみに押し付け、幸福の運命を手にして壁の向こうで俺を嘲笑っているだろう右の部屋の男を睨み付けながら、その引き金をゆっくりと引いた。
「バン!」

第三百五十一話
「右の部屋」

「バン!」
僕は、壁の奥できっと今頃、幸せの絶頂を満喫しているに違いない左の部屋の男を見ながら、ゆっくりと引き金を引いた。

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