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2013年5月29日 (水)

「第三百六十三話」

 そこそこ高いマンション。の、夜の屋上。

「来ないで!」

柵の外側には、若い女性が立っている。

「まあ、あれだ。どうだ?少し落ち着いてみたら。」

柵の内側には、ベテランな男性が立っている。

「落ち着く?分かってないわね。まったく分かってないわ。落ち着いてるわよ。落ち着いてアタシはここに立ってるの。落ち着いてるからこそ、いるのよ。」

「そうか?俺には、落ち着いてるようには見えんがな。」

「刑事さん?アタシを説得しようとしても無駄よ。無駄なの。アタシは死ぬの!ここから飛び降りて、死ぬの!」

ベテランな男性は、困り顔で頭をポリポリと掻いた。

「飛び降りて死ぬっつってもよ。この高さだ。たぶん、いてーぞ?死ぬほど、いてーぞ?」

「はあ?バカじゃないの?死ぬっつってんじゃん!死ぬほど痛い、大いに結構!死ぬほど痛い、むしろ大歓迎!」

「なあ?」

「何よ!アタシの事なんか!アタシみたいな人間の事なんか!ほっといてよ!」

「職業柄、そうも言ってられんのだよ。」

「こんなちっぽけな自殺の説得なんかより!もっと凶悪な事件とかあるでしょ!」

ベテランな男性はまた、困り顔で頭をポリポリと掻いた。

「・・・・・・・・・キミに死なれたら困るんだ。」

「じゃあ、刑事さんは!生かされたアタシの今後の人生の責任を取れる訳?」

「そいつは・・・・・・・・・。」

ベテランな男性はまた、困り顔で頭をポリポリと掻いた。

「ほら!ほらほら!責任なんか取れないじゃない!口先だけでアタシの決意を説得してるだけの無責任の自己満足なんじゃない!」

「あー下らねー。」

「今、何て?」

「下らねー。って言ったんだ。」

「何が?ねぇ?何が下らない訳?何でそんな事がアンタに分かる訳?一体アタシの何を知ってる訳!」

「キミの事は、何も知らんよ。何も知らんけど、キミが今しようとしてる行為は、下らん。」

「ちょっと待ちなさいよ!何を勝手な事を言ってくれちゃっ」

「キミがその選択を選ぶにあたる経緯、キミがその場所に立とうと考えた決意、キミが時間を弄ぶその行為、キミの身勝手な勇み足、今のキミ全てが、実に下らん。不確実に溺れ、不鮮明に迷い、不透明にもがく、憐れだ。分かってないのは、俺か?キミか?」

「アンタに決まってんでしょうが!訳の分からない御託並べちゃってさ!何なの一体!アタシの人生なの!アンタの人生じゃないの!アタシの命なの!アンタの命じゃないの!アタシの自由なの!アンタの自由じゃないの!理解、した?」

ベテランな男性はまた、困り顔で頭をポリポリと掻いた。

「理解はしてるさ。」

「なら、お願いだからもう、ほっといて下さい。自殺させて下さい。」

「それがそうもいかんのだ。キミにはキミの決意があってそこに立っているように、俺にも俺の使命があって、ここに立っているんだ。」

「使命?どうせ社会的な倫理的な道徳的な、そんな下らない正義感でしょ!」

「それは違う。」

「何が違う訳?」

ベテランな男性はまた、困り顔で頭をポリポリと掻いた。

「キミには、言っても分からんだろう。」

「言いなさいよ!言ってみなさいよ!聞いてあげるわよ!それまで飛び降りないでいてあげるから!ほら!早く!言いなさいよ!」

「一人の独り善がりな行動が、全ての人間に影響を及ぼす。」

「はあ?別にアタシが死んで泣く人間なんて居ないし!別にアタシが死んで困る人間なんて居ないし!むしろ今、アタシが死んで世の中的にいんじゃない?みんな笑顔なんじゃない?明るい未来なんじゃない?」

「そう思うのは勝手だ。問題は、そうは思わないって言う厄介なキミの思考の方だ。」

「はあ?意味が分からない!」

「世の中的になぜ、今キミが死ぬ事が良い事なんだ?なぜ明るい未来なんだ?」

「アタシが判断したの!そうアタシが判断したから!アタシの人生よ!これはアタシの人生!何が問題ある訳?」

「ああ、大問題だ。」

「もういい。もういいわ。刑事さんに何を言っても、どう説明しても、理解し合えない。別に元々、理解してもらおうなんて思ってないし、何か言うつもりもないし、説明したくもない。事務的に仕事してる人に、感情的に話してたアタシが間違ってたのよね。まった」

「ピピッ!ピピッ!ピピッ!ピピッ!ピピッ!」

とその時、ベテランな男性の腕時計のアラームが夜の屋上に鳴り響いた。腕時計のアラームを止めるとベテランな男性はまた、困り困り顔で頭をポリポリと掻いた。

「・・・・・・・・・時間だ。」

「時間?」

「じゃあ、俺は帰る。」

「なっ!?帰るって、何!説得しといて急に帰るって、何なの!いや、別に帰るのは構わないんだけど!むしろそれは願ったり叶ったりなんだけど!でも何か、ちょっと急にそう言うのって、あれじゃない?気持ち悪くない?」

「危機は去った。」

「危機?何の!」

「地球のだ。」

「いやいやいや、意味が分からないわよ!地球の危機って、何!」

「キミは分からんくていい。さあ、もうそこから飛び降りて死のうが、それはキミの自由だ。それがキミの人生だ。」

「ちょっと!それが刑事の言う事!?」

「どうもキミは最初から何か勘違いしてるようだが、俺は別に刑事じゃない。」

「はあ?だ、だったらアンタは、一体何者な訳!」

「俺か?俺は、問題局大問題課の者だ。じゃあな。」

「問題局・・・大問題課?じゃ、じゃあなって!」

「ああそれと、よく分からんが、とりあえず何か大きな期待とかせずに生きてれば、そこそこ良い事もあるんじゃないのか?まあ、そこら辺は問題に取り上げるほどの問題でもないがな。じゃ、お疲れさん。」

「お疲れって・・・・・・。」

そう呟くと若い女性は一人、マンションの夜の屋上の柵の外側から、マンションの夜の屋上の柵の内側と、その夜空に浮かぶ満月を見ていた。

第三百六十三話

「問題管理局大問題課のベテラン」

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