« 「第三百九十話」 | トップページ | 「第三百九十二話」 »

2013年12月11日 (水)

「第三百九十一話」

 駅のホームで敬礼をしながら、許容範囲を大幅に越えたお客さんを乗せ走り去る電車を見送るボクは、駅員。普段は長閑なこのホームも、朝のラッシュアワーともなれば、戦場と化す。人々は鬼の形相で、我先にと電車を乗り降りする押し合いへし合いが繰り返される。いつ死人が出てもおかしくはない毎日だけど、ボクら駅員がいる限り、そんな事はさせない!お客さんに死んでいただくような真似はさせない!ボクは、全力でこのホームのお客さんを守る!
「え?」

第三百九十一話
「全身トゲトゲの男が満員電車に乗ろうとホームに立ってるよ」

 目を擦った。ボクは、出来るだけ目を擦った。だけど、その全身トゲトゲ男は消えない。消えないと言う事は、それ即ち現実。あんな頭の天辺から爪先までトゲトゲの男が満員電車に乗ったら、大惨事だ!みんな死んじゃう!ジェノサイドさせる訳にはいかないし、全身トゲトゲ男を無下に大量殺人鬼にする訳にはいかない!頑張らないと!ここは頑張らないと!ボクが最期の砦なんだから!とにかく頑張らなきゃ!
「あのう?」
「はい。」
「乗るんですか?」
「はい。」
「次の電車に乗るんですか?」
「はい。」
「お気を付けて。」
「はい。」
よし!サラリーマン風の中年男性での予行練習は、バッチリだ!大丈夫、今の感じで話し掛ければいいんだ!全身トゲトゲ男だって真っ赤な血が流れてる同じ人間なんだ!いきなり鉈で襲い掛かって来る訳がないじゃないか!頑張るんだ!ボクは最期の砦なんだ!
「あああああのう?」
「はい?」
「の、乗るんですか?」
「はい?」
「次の電車に乗るんですか?」
「当たり前だろ?」
「えっ?」
「はあ?」
「いや、全身トゲトゲですよね?」
「全身トゲトゲだな。」
「次の電車に乗るんですか?」
「乗るよ。だから、ここにいるんだろ?」
「ええっ?何で?」
「何が?」
「何で満員電車に乗るのに、全身トゲトゲ?」
「何か問題でも?」
「問題だよ!問題だらけだよ!」
「そうか?でもアンタが言う程、問題だらけでもないっしょ!」
「いや何か、いや何かそうやって笑顔で軽いノリで言われてもだよね!全身トゲトゲの人が、そんな感じで言ってもだよね!」
「何々なに?何でそんな興奮してんの。別にオレが満員電車に乗ったって、アンタが心配するような事なんて起こらないよ。」
「起こるよ!絶対に起こるよ!そのトゲトゲの餌食になって、みんな死んじゃうよ!ジェノサイドだよ!」
「ジェノサイド?いやまあでも、何だかんだで当たらないっしょ!」
「どっからの自信?何調べ?当たるよ!確実に当たるよ!」
「避けるっしょ!」
「避けないよ!満員電車なんだから、避けたって餌食だよ!どんなに体が柔らかい人だって無理だよ!」
「アンタさぁ?」
「何ですか?」
「ワインの原材料って、大概ブドウなんだぜ!」
「はい?何の話でしょうか?」
「ワインの話だよ。しかも赤も白もなんだぜ!」
「知ってますけど!えっ?逆に今まで知らなかったんですか?」
「感動したなぁ。」
「えっ?何にですか?ワインの原材料がブドウだったって事にですか?」
「まだ電車来ないの?」
「ちょっと前の駅でトラブルがあったみたいで遅れてます。」
「トラブル?」
「何か、車両の中に蜂がいたみたいで、今その蜂を追い出してる最中です。」
「そりゃあ、大変だな。刺されたら朝からブルー確実だな。」
「アナタがどの口で蜂を非難出来るのだろうか!プロレスラーでもそんな全身トゲトゲのコスチュームで入場して来ない姿のアナタがどの口で蜂を非難出来るのだろうか!」
「アンタ、ワインって酒なんだぜ!」
「ワイン、何!ワインがどうしたって言うの!ワインが酒だって、ワインがブドウだって、そう言う事を知らずに大人になるから!だから全身トゲトゲで満員電車に乗れる訳じゃない!」
「あのな?アンタ、さっきっから、一方的にトゲトゲ、トゲトゲって非難するけどな?このトゲトゲが、スポンジのような素材で作られてるとか、考えたりしないのか?」
「えっ?」
「見た目でワインの原材料がブドウだとか、聞いた話でワインが酒なんだとか、それってつまりは、可能性であって、真実ではないよな?ワインを手に取って、ワインを口にして、ワインってもんに触れてみて、初めて可能性が真実に変わる訳だろ?」
「つまりボクは今、可能性だけでアナタと会話してると?」
「そうだよ。」
「つまりボクは今、もしかしてスポンジ的な素材で作られてる100%安全なトゲトゲを凶器だと勘違いして、アナタを非難していると?」
「そうだよ。いいか?考えてもみろよ。常識的にだぞ?マジのトゲトゲで、満員電車に乗り込もうとすると思うか?そんな事が、現実的に有り得ると思うか?」
「・・・・・・・・・確かに。」
「だろ?」
「触っても宜しいですか?」
「勿論だ。」
「では・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「いっっっっったぁぁぁぁぁ!!案の定だよ!予想通りな結果じゃないか!分かってた!こうなる事は薄々分かってたんだよ!なのにボクったら!ああっ!メチャメチャ痛い!!」
「大袈裟だなぁ。」
「大袈裟?これが大袈裟だって言うんですか?手のひらから真っ赤な血が流れ出てるのが大袈裟だって言うんですか?ボクの中にまだ少しでも人を疑う心が残ってて良かったよ!そうじゃなかったら今頃、バーン!ってやって、右手に風穴が開いてたとこだよ!」
『大変お待たせ致しました。間も無く電車がまいります。』
「おっ!」
「おっ!じゃないですよ!そのトゲトゲがマジのトゲトゲだと分かった今!アナタを満員電車に乗せる訳にはいきませんっ!」
『白線の内側まで御下がり下さい。』
「いいか?アンタがオレを満員電車に乗せない理由があるように、オレにも満員電車に乗らなきゃならない理由があるんだ!」
「しかし!どんな理由があったとしても!ボクは全力でアナタの乗車を阻止してみせる!」
「阻止?」
「はいっ!」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・死ぬぞ?」
「死んでも構わない!ボクは、お客さんの安全を守る駅員だ!ボクは、このホームの最期の砦だ!」
『駆け込み乗車はお止め下さい。』
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・負けたよ。」
「えっ?」
「アンタの駅員魂には、負けた。他の交通手段を探してみるよ。面倒掛けてすまなかった。じゃあな。」
「・・・・・・あ、あのう?」
「ん?」
「因みにアナタが満員電車に乗らなきゃならない理由と言うのは?」
『駆け込み乗車はお止め下さい!』
「・・・・・・母が危篤なんだ。」
「乗って!!」

|

« 「第三百九十話」 | トップページ | 「第三百九十二話」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/121942/54226440

この記事へのトラックバック一覧です: 「第三百九十一話」:

« 「第三百九十話」 | トップページ | 「第三百九十二話」 »