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2014年2月 5日 (水)

「第三百九十九話」

「何落ち込んでんだ?」
「えっ?」
それは、突然だった。
「ここいいか?」
「えっ?」
既にコーヒーカップとフレンチトーストの皿を持ち、向かいの席に座ろうとしているこの男に対して、僕に断る選択肢があるんだろうか?
「何だ?仕事が上手く行かないとかか?」
「はあ。」
「そうかそうか!まあ、そんな時もあるってもんだ。ほら、これでも食って元気出せ。」
「えっ?」
そう言うと男は食べ掛けのフレンチトーストの皿を僕の方へと滑らした。確かに僕は、今日も訪問セールスの成果が出ずに、昼過ぎだってのにこの喫茶店でサボっていた。門前払いにもならなきゃ、たまに話に耳を傾けてくれると言ったら一人暮らしの老人達で、小一時間の世間話の帰り際には、決して商品のカタログを受け取ろうとはしない。
「半永久的に需要が無くならない仕事をしてる俺には、アンタの辛さは分からないが、悩みや不平不満を聞いてやる事は出来る。」
「はあ。」
半永久的に需要が無くならない仕事?墓掘り人でもしてるのか?それとも保険のセールスマンか?にしてもこんなド派手に着飾ってる訳がない。それとも僕が知らないだけで、墓掘り人ってのは、プライベートではみんな、ブランド物のサングラスを掛け、ブランド物のスーツを着て、ブランド物の腕時計をつけて、ド派手にゴージャスに、着飾ってるのか?いやそれ以前に、なぜこんなにも上から目線で話されなきゃならないんだ?一体この男は、どんな仕事をしてるんだ?
「で、この前も女が言うんだよ。それは」
「あのう?」
「いやいやいや、待て!ここからが面白いんだ!ダメだ!何か聞きたい事があるならその後だ!」
「貴方は、一体何の仕事をしてるんですか?」
「おいおいおい、待てって言っただろ?何で質問してくんだ!」
「教えて下さい。半永久的に需要が無くならない仕事って、何なんです?」
「・・・・・・・・・・・・分かった。教えてやるよ。」
「ありがとうございます。」
「これを使う。」
「ナプキン?」
男は、スーツの胸元の真っ赤なナプキンを取り出して、目の前で何かを拭くジェスチャーを始めた。
「どうだ?」
「どうだ?って言われても、何かを拭いてるとしか?何かを拭く仕事って事ですか?それが半永久的に需要が無くならない仕事って事ですか?」
「そうだ!俺はこうして、空気を拭いてる!」
「はい?」
単に僕は、男にからかわれているのか?空気を拭くって何だ?空気を拭いて何なんだ?
「この国の空気が世界で一番綺麗なのは、知ってるよな?」
「はい。でもそれは、山々に囲まれた自然豊かな国だからですよね?」
「まあ、確かに山々に囲まれた自然豊かな国だから、他より空気が綺麗だってのはある。でもな?それを数字に表したら、2位の国との差は、プラス3ってとこだ。」
「プラス3!?そんな馬鹿な!?発表された2位の国との差は、約プラス7000だったはず!?」
「だから、その驚異的な数字を叩き出したのは、これだよ。」
男は、得意気に自慢気に笑みを浮かべながら、再び赤いナプキンで僕と男の間の空間を拭くジェスチャーをした。
「信じられない。」
「おい、おいおいおい、信じるか信じないかは、アンタの勝手だ。アンタが信じようが信じまいが、俺が空気を拭く仕事をしてる事は事実なんだからな。それによって、この国が世界で一番空気が綺麗な国だって事もな。だけど、アンタは何を持って信じようとしないんだ?」
「だって、そんな仕事、聞いた事も見た事もない!」
「今聞いて、今見たろ?自分が無知でいるのはいい。それはそいつが好きで無知でいるんだからな。ただ、その自分の無知で、世界を見るな。そして、語るな。」
「つまり、それは?」
つまりそれは、男が言ってる事が本当で、この国を世界一空気が綺麗な国にしてるって事なのか?信じたくても信じられない事が今、僕の目の前で唐突に起こったって事か?そう言う事なのか?つまりこれは、そう言う事なんだよな?
「で?」
「は、はい?」
「俺の仕事は話した。アンタは、一体どんな仕事をしてるんだ?どんな仕事をして落ち込んで、この喫茶店で昼間っからサボってるんだ?」
「えっ?」
「当ててやろうか?そうだな?訪問セールスをしてるだろ?」
「何で分かったんですか!?」
「そんな驚く事ないだろ?ほら、アンタの鞄から何かのカタログがはみ出てるからだよ。」
「あっ!」
「で?一体何を売り歩いてるってんだ?」
「あちょっと!」
コンマ数秒、男の腕を掴むのが間に合わなかった。男は、鞄からはみ出してたカタログを抜き取り、ページを捲り、まじまじと見ていた。
「・・・・・・・・・プッ!ハハハハハハハッ!」
「・・・・・・・・・。」
そして、抱腹絶倒。
「おいおいおい、マジか?こりゃあ、何かのジョークか?」
「ジョークなんかじゃないよ。」
「ハハハハハハハッ!」
「・・・・・・・・・。」
「あれか?だったら、俺を笑い殺しに来た殺し屋か?」
「そんな訳ないだろ。」
「ハハハハハハハッ!お、おい!こ、こ、これは、この山々で囲まれた国で船を売るより難しいぞ!」
「・・・・・・・・・かもな。」
「そりゃあ、落ち込んでる訳だ!ハハハハハハハッ!」
「・・・・・・・・・。」
目の前で抱腹絶倒な男を心の底から本気で死ね!そう僕は思った。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
「・・・・・・・・・。」

第三百九十九話
「空気清浄機を売る男」

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