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2014年6月 4日 (水)

「第四百十六話」

 俺は、今日で14歳になる娘の病室にいた。夜はいつも漆黒で、数時間後に昇る太陽の光は、俺の心をいつも蝕む。人間が朝と共に目が覚めるメカニズムなら、娘はもう人間ではないのかもしれない。チューブで呼吸し、チューブから栄養を摂取する、そう言う人間ではない何かなのかもしれない。だが、娘が人間ではない何かになってしまったんだとしても、やっぱり娘は、俺の娘に何一つ変わりはない。心のどこかで諦めてはいるが、心のどこかで奇跡を求めていた。娘とまた、笑顔で語り合える日を、娘の花嫁姿を前に涙を堪える俺の未来を。
「始めますか?」
ベッドに眠る娘を見下ろす俺に、窓ガラス越しで語り掛けて来た俺の後ろに立つ若い女は、数時間前に呆然と海岸で地平線へ沈む太陽を眺めてる時に知り合った女だ。年齢は30代前半ぐらいだろうか。色白で細身、背は高く、まるで喪服をイメージさせるような服装だった。娘の事を誰かに話すなど、滅多に無かった。ましてや初対面の人間に話すなんて1度も無かった。
「もう1度聞く。」
「・・・・・・・・・。」
娘を元の娘に戻す為なら俺は、あらゆる手を尽くした。だが結局、俺には金を払い、こうして命を繋ぎ止めておく事しか出来ないと気付かされた。ある日突然、医学が劇的に進歩する時を葛藤に耐えながら待つしかなかった。そんないつもの葛藤の中、海岸に立ち尽くし、何度も何度も目にしていると言うのに、ぼんやりとしか思い出せない風景に現れた女は、魔法の言葉を俺に放った。
「本当に、娘を元の元気な娘に戻せるんだな。」
「はい。ただし、海でも言った通り。」
「分かってる。代償だろ?」
「そうです。娘さんをこの様な姿になる前の姿に戻す事は簡単です。しかし、何事にも代償は伴います。誰かが幸福になる一方で、誰かが不幸になるのです。それがこの世界のバランスです。」
「・・・・・・・・・。」
この世界?女の言うこの世界とは、一体どの世界なんだ?本当に女は、俺以外の人間にも見えているんだろうか?もしかしたら、俺にはこうして女の姿に見えているだけで、本当はおぞましい容姿をしている何かなんじゃないだろうか?悪魔や死神の類いだとしたらきっと、娘の元気な姿と引き換えにこれから死ぬ俺を、その表情1つ変えない向こう側で嘲笑ってるのかもしれない。だが、俺の命と引き換えに娘が元の元気な娘に戻るなら、むしろ俺は笑って死ねる。あの日、嫌がる娘を無理矢理仲直りする為に、海へドライブなんて、珍しく父親らしい事などしなければ・・・・・・。女が俺を気まぐれな道楽として利用するなら俺は女を、仕掛けた罠にまんまと掛かった獲物だと思い、喰らってやる。
「決断は、お父さん?貴方にお任せします。しかし、機会は一生に1度しかありません。そのタイムリミットは、太陽が昇るまでです。これは貴方の人生なんですからね。」
俺の人生は、あの日終わった。俺が死に、娘が無事だったなら?そんな事はもう何万回も考えた。そう、俺は父親として娘の人生を正常な道に戻してやるだけ、娘の時計の針を正しい位置に戻してやるだけだ。
「やらない選択肢はない。」
「そうでしたか。では、始めます。目を瞑って下さい。」
「・・・・・・・・・。」
目を瞑る前に、窓ガラス越しに見た女の目が金色に光った様に見えたが、単なる思い込みの俺の見間違いだったんだろうか?きっと、女がこの世のモノでないと願う俺が見せた希望なのかもしれない。次に目を開けた瞬間、俺の前に笑顔で立つ娘を抱き締めている奇跡を信じてみようとする愚かな希望なのかもしれない。いや、女が悪魔や死神の類いであるならきっと、このまま俺は目覚める事はないだろう。最期に娘の元気な姿を見せてくれるなんて計らいを望むべきではない。
「もう、目を開けても構いませんよ。」
予想だにしないギフトだった。目を開けた瞬間、命を絶たれようが、一瞬でも娘の姿を見れるのなら、人生の最期にこんな幸福はない。それとも、目を開けるとそこは既に地獄と呼ぶおぞましい場所なんだろうか?だが、地獄と呼ぶには、いつもと変わらぬニオイが鼻から伝わって来る。代償が何かなど、考えても仕方無い。今俺がやるべき事は1つだ。
「・・・・・・これは?」
目を開けると朝になっていた。天井から視線を移し病室を見渡しても女の姿はどこにも見当たらない。
「どう言う事だ!?」
そして俺は、娘になっていた。

第四百十六話
「きっぶん悪い作品だ!」

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