« 「第四百四十六話」 | トップページ | 「第四百四十八話」 »

2015年1月 7日 (水)

「第四百四十七話」

 皆、自分がやっている仕事に誇りを持って働いている。当たり前だ。仕事と言うものは、そう言うものだ。しかし、こんな朝はなかっただろうか?「仕事、辞めてぇ」と言う朝がなかっただろうか?私は、この店を始めてから40年、そんな朝は1度もなかった。だが、今朝目を覚まして初めて心底思った。「仕事、辞めてぇ」と。
「店長。そろそろ支度しないと約束の時間に間に合いませんよ。」
「わ、分かってるよ。バイト君。」
「病院の廊下で出産を待つ父親ですか。」
「店の中をグルグルと歩き回る私の気持ち分がからないのか。」
「そりゃあ、まあ、ジッとしてられない気持ちは分かりますよ。」
「だったら少し黙っててくれるか?」
「いやでもね?店長。この段階でそんな感じだったら、遺族の前に行った時、どうなっちゃうんですか?泡吹いて倒れちゃうんじゃないですか?」
「この店を始めて40年。今日ほど泡吹いて倒れたいと思った日はない。」
「ダメでしょ思っちゃ!店長が倒れたら誰が遺族に伝えるんですか!」
「バイト君!キミがいるじゃないか!」
「何でボクなんですか!」
「何の為のバイト君だ!」
「何の為の店長なんですか!」
「ぐう!」
「ぐうの音が出た人、初めて見ましたよ。」
「そりゃあ!出るだろ!この店を始めて初めて!頭部が切断された死体を遺族に伝えなきゃならないんだぞ!」
「いや、全く意味が分からない発言ですよ。だったら店長、練習しましょう。」
「練習?」
「ボクが遺族やりますから、店長は伝えて下さい。」
「私が遺族をやろう。」
「何でですか!」
「いいか?バイト君。この特殊な状況下に置いて、オーソドックスな練習方法では何の意味もないんだよ!」
「あるでしょ!練習とはオーソドックスの繰り返しでしょ!」
「キミは、行方不明の母親が頭部を切断された状態で発見されたと言う特殊状況下に置かれた事がないだろ?」
「店長だってないでしょ!」
「私はな。いつか来るこの日の為に、伝えるサイドのシミュレーションは何万回として来たんだ!」
「全く役に立ってないじゃないですか!」
「そうだ!」
「そうだって。」
「何万回とシミュレーションを繰り返して来てもこの様だ!それはなぜか!そう!それは伝えるサイドのシミュレーションしかしていなかったからだ!伝えられるサイドのシミュレーションをしていなかったからだ!特殊状況下での遺族から、どんな奇想天外で予測不能な回答が返って来るのか!だから私が伝えられるサイドを演じ!同時に対処法を編み出す!」
「それ、今気付く事ですか?」
「今だから気付けたんだ!」
「どんだけポジティブなんですか。」
「さあ来い!バイト君!」
「何でファイティングポーズなんですか。んじゃあ、行きますよ。」
「スタートッ!!」
「行方不明になられていた奥様が頭部を切断された状態で発見されました。」
「ストップだバイト君。」
「いきなり何ですか?」
「息子なんだから、奥様はおかしいだろ?お母様だよ。」
「何で店長の年齢で息子を演じるんですか!」
「臨場感だよ!」
「旦那さんの方が臨場感でしょ!」
「30代の息子の方が突拍子もない事を言い出すんだよ。」
「どう言う偏見ですか。」
「そう言う臨場感でやっております。」
「分かりましたよ。どう言う臨場感だよ。」
「はいスタートッ!!」
「行方不明になられていたお母様が、頭部を切断された死体で発見されました。」
「本当に母なんですか!?」
「はい。残念ですが、DNAがお母様と一致しています。間違いなく発見された死体は、貴方のお母様です。」
「しかし!母が双子って説も捨てきれませんよね!」
「おかしいでしょ!そんな説!息子なんだから母親が双子って知ってるでしょ!」
「複雑な生い立ちだったかもしれないじゃないか!」
「オーソドックスでお願いしますよ。オーソドックスで!」
「嘘ですよね!」
「残念ですが、本当です。」
「そ、そんな!?母さんが頭部を切断された死体で発見されるなんて!」
「これから警察の方へお連れしますので、御用意をお願いします。」
「これじゃあ!父さんや姉さんの時と同じじゃないか!」
「オーソドックスでお願いしますって言いましたよね!そう言う人里離れた山深い村のミステリアスめいた演出とかいらないんですよ!」
「突拍子もないと言っただろ?」
「突拍子もない過ぎなんですよ!だいたいそれじゃあ、突拍子もない角度がおかしいでしょ!時間がないって言ってるじゃないですか!」
「母さんが!?」
「御愁傷様です。」
「本当に死んでるんでしょうか?」
「はい。警察の方で検死も済んでいますし、そもそも頭部が切断されていますので。」
「でも!母さんは過去にも何度か頭部が切断された事があるんです!」
「有り得ないでしょ!過去にも何度か頭部が切断された事があるんですって何なんですか!」
「いいか?バイト君。世の中には、我々がまだまだ知らない未知の領域が存在しているんだよ。科学では解明出来ない不可思議な事の方が多いんだよ。」
「いらないんですよ!そう言う世にも奇妙な感じ!!」
「母さんの!母さんの頭部は!切断された母さんの頭部は発見されたんですか!」
「いえ、まだ警察が捜索中です。」
「頭部を切断されたって事は、つまり母さんは誰かに殺されたって事ですよね!」
「申し訳ごさいません。ボクは、お母様が頭部を切断された死体で発見された事を伝えにお伺いしただけで、詳しい話は警察の方で警察に聞いていただけますか?」
「犯人は捕まったんですか!」
「分かりません。」
「誰なんですか!犯人は!」
「お母様がなぜ、頭部が切断された死体で発見されたのかと言う経緯についての情報は持ち合わせてないんです。」
「誰が母さんにそんな酷い事を!」
「これから警察の方へお連れしますので、詳しい話はそちらで。」
「ボクを疑ってるんですか!」
「疑ってませんよ。」
「いいや!貴方はボクを疑っている!」
「疑ってません。さあ、とりあえず警察に行きましょう。」
「ボクは!ボクは絶対に貴方に冷蔵庫の中を見せない!貴方がどんなに冷蔵庫の中を見たいと言っても!ボクはそれを全力で阻止するだ!」
「どんな衝撃の告白ですか!何でそんな流れになるんですか!もうそれ絶対に冷蔵庫の中に母親の頭部あるじゃないですか!恐怖の演出もいりませんよ!スッと警察に連れて行かせて下さいよ!」
「ありがとう。いい練習になった。」
「何がどう練習になったのか分かりませんけど、店長がそう言うなら、ボクはそれでいいですけどね。それより店長?いい時間ですよ?」
「行くか、バイト君。」
「はい。」

第四百四十七話
「頭部切断死体伝達屋」

|

« 「第四百四十六話」 | トップページ | 「第四百四十八話」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/121942/58508715

この記事へのトラックバック一覧です: 「第四百四十七話」:

« 「第四百四十六話」 | トップページ | 「第四百四十八話」 »