« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月

2015年6月 3日 (水)

「第四百六十八話」

空港に向かうハイウェイの車内、スーツ姿の男2人。黒い車の運転席の男が助手席の男に話し掛けた。
「走れるか?」
「もちろんだ。」
「お前、分かってない。」
「分かってるよ。」
「走るを理解してない。」
「理解してるよ。空港でお前がバッグを男から預かる。そして俺にそのバッグを渡す。俺は走って駐車場に向かう。車に乗り込み空港を後にする。局に戻る。任務完了だ。」
「あのな?それは全体的な段取りの話だろ?俺が言ってるのは、走れるか?って事だ。お前が走る部分に関してだけの話をしてるんだ。」
「いやいやいや余裕だよ。」
「分からない奴だな。」
「どっちがだよ。走れるかって聞くから走れるって答えてるだろ?」
「イメージだよ!お前の頭の中できちんと走るイメージが出来てるかの問題だよ!俺はそれを心配してんだよ!」
「イメージ?イメージって何だよ。」
「ほらこれだよ!思った通りだよ!ああ、良かった!このタイミングで聞いといて良かった!」
「なんかバカにされてんのか?俺は?イメージってあれか?イメージトレーニング的な事か?バッグを受け取ってから駐車場までの。」
「そうだよ!」
「それなら何回か空港に行ってルートは下見してるから大丈夫だ。」
「お前な。」
「何だよ。」
「お前なぁだよ。」
「どんなだよ!」
「それは下見で、イメージトレーニングではないっ!」
「何なんだよ!何で大声で叱られなきゃなのかが理解出来ないよ!俺の何がどうダメなのかを説明してくれよ!」
「ルートを下見しただけじゃダメだって事だ。いいか?お前は、バッグを受け取ってから駐車場までのあらゆる事態を想定してない。」
「あらゆる事態?」
「とにかく今から俺が空港に着くまで簡単な走るイメージについてレクチャーしてやる。」
「なんか物凄く上からであんまり感じ良くないけどお願いします。」
「イメージしろ?お前は、俺からバッグを受け取った。」
「ああ。」
「そして走り出す!」
「走り出す。」
「すると目の前に初恋のあの子が!」
「はあ?」
「初恋のあの子が!」
「何だよそれ。」
「お前、初恋してないのか?もしかしてまだ恋とかしてないのか!?」
「30ぐらいのオッサンが初恋まだなんて事あるかよ!だいたいお前、俺の結婚式来ただろ!」
「そう言う結婚じゃないかもしれないだろ。」
「そう言う結婚だ!で、何なんだよ!目の前に初恋のあの子がって!どんなイメージだよ!」
「あらゆる事態を想定しなきゃ任務完了にはならないって言ってるだろ!甘いんだよお前は!」
「はあ?分かったよ!ばっちり駐車場まで辿り着いてやるよ!」
「目の前に初恋のあの子が!」
「ああ、初恋のあの子な!」
「どうする?」
「どうするって何だよ。どうもしないよ。俺は一直線に駐車場に向かうよ。」
「裸なのにか!初恋のあの子が裸なのにか!初恋のあの子が抱かれる準備万端なのにか!」
「どう言う状況だよ!空港で裸なんて有り得ないだろ!」
「何が起こるか分からないのが人生だろ!」
「何が起こるか分からないのが人生かもしれないけど、空港で初恋のあの子が裸で立ってない事は分かる!」
「じゃあ、通り抜けるんだな!お前は裸の初恋のあの子の横を通り抜けるんだな!抱かないんだな!」
「抱かないだろ!空港だぞ!」
「通り抜け際にオッパイは触るのか?」
「はあ?」
「裸の初恋のあの子の横を通り抜けた時にオッパイは触るのか触らないのかを聞いてるんだ!」
「触らねーよ!」
「お前ー!裸の初恋のあの子に恥かかせるつもりかー!」
「何でちゃんと任務を全うしてるのに叱られなきゃならないんだよ!」
「お前が男として最低だからだ!」
「触るよ!触ればいいんだろ!裸の初恋のあの子の横を通り抜ける時にオッパイ触るよ!」
「よし!」
「どう言う、よし!なんだよ!で、俺は駐車場に辿り着く!無事任務完了!」
「おい!だからお前は甘いんだよ!そんなイメージしか出来ないから甘いんだよ!」
「まだ何かあんのかよ!」
「裸の初恋のあの子のオッパイを触った走るお前の目の前に次に待ち受けるのはテロリストだ!」
「はあ?」
「武装した20人のテロリストだ!」
「はあ?」
「止まるな!走れ!」
「いや無理だろ。」
「とにかく走れ!」
「撃ち殺されて終わりだろ?」
「撃ち殺されて終わりだと思うから撃ち殺されて終わるんだ!」
「どんな格言だよ!気持ちでどうにかなる状況じゃないだろ!」
「いいから走れ!弾丸をかいくぐりながら走って走って走りまくれ!」
「いや、これイメージだからいとも簡単に弾丸の中をかいくぐれるけど、実際は絶対無理だろ!」
「かいくぐったか!」
「かいくぐったよ!」
「武装集団の横を通り抜けたお前の前には大きな穴だ!」
「そんな空港があるかよ!」
「あらゆる事態を想定しろって言ってるだろ!」
「あらゆるがあらゆる過ぎるんだよ!」
「大きくて深い穴がある!」
「飛び越えるよ!」
「いや、残念ながら走り幅跳びの世界記録保持者でも飛び越えるのは不可能だ。よってお前は穴に落ちる!」
「どんな設定だよ!どうなるんだよ俺は!穴に落ちて死ぬのか!」
「死ぬとか簡単に言うな!」
「そう言う意味で言ったんじゃないだろ!打ち所が悪くて死んだんじゃないかって話だ!」
「安心しろ!お前は生きてる!そしてお前は穴から這い上がる!」
「だから、これはイメージだからいとも簡単に這い上がってるけど、実際は絶対無理だろ!」
「大きくて深い穴から這い上がったお前はそこで体の異変に気付く!」
「どうしたんだよ俺の体!」
「打ち所が悪くて右足の膝から下がない!」
「打ち所悪かったんじゃねーか!」
「どうする!」
「どうするって、右足の膝から下がないんだったらもう走れないだろ!」
「諦めるな!」
「諦めるだろ!」
「回りをよく見てみろ!」
「だいたい何で他の奴等は裸の女がいたり武装集団がいたり大きくて深い穴が開いてたりすんのに普通なんだよ!」
「イメージだからだ!事細かに一人一人の行動までイメージする処理能力なんかないだろ?あんのかお前に!」
「ある!」
「じゃあ、やってみろ!そこまでリアルにイメージしてみろ!」
「した!」
「空港は大パニックだ!」
「そうだな。」
「お前のせいだぞ!」
「お前の無茶苦茶な設定のせいだろ!」
「探せ!」
「何を!」
「大パニックの空港の中から探し出すんだ!」
「だから何を探すんだよ!」
「博士だよ!」
「博士?」
「お前のなくなった右足の膝から下をサイボーグ化してくれる博士だ!」
「そんなのいる訳ないだろ!」
「ここは空港だぞ?なくなった右足の膝から下をサイボーグ化してくれる博士の一人や二人いる!」
「いたとしても見分けがつかないだろ!空港なんだから!」
「ちょっとサイボーグっぽい人を探せばいいだろ!」
「ちょっとサイボーグっぽい人って何だよ!」
「がっつりサイボーグじゃないって事だ!」
「ちょっとサイボーグ?手が機械っぽいのでいいのか?」
「バカ!手が機械っぽかったら、これから改造手術を受ける時に支障があるだろ!顔が銀色の老人を探せ!」
「がっつりサイボーグだろ!」
「いいから早くしないと死ぬぞ!」
「死ぬんじゃん!いたよ!顔が銀色の老人!」
「よし!博士を捕まえてトイレに連れ込め!」
「トイレ!?」
「仕方ないだろ!この場合!」
「いやだから、この場合がおかしいだろって!」
「つべこべ言ってないで早くしろ!」
「連れ込んだよ!」
「よし!これでお前は足がサイボーグ化して5倍早く走れる!」
「左足の負担が半端ないな!」
「遅れを取り戻したお前は無事駐車場に辿り着いた。」
「無事じゃないけどな。」
「車に乗り込みバッグを助手席に置き、エンジンをかける。」
「あれ?」
「どうした?早くエンジンをかけて駐車場を出ろ!」
「いやそれが。」
「何してんだ!」
「バッグがない!?」
「何してんだお前は!」

第四百六十八話
「バッグは穴の中」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月10日 (水)

「第四百六十九話」

「どりゃあああああ!!」
「うわあっ!!」
「先生!!」
「何だ!」
「おはようございます。」
「おはようって、どりゃあってドア蹴破って入って来る奴がホントに存在するとはな!!今はただただそれしか言えない!それはなぜか!軽くパニックだからだ!」
「これ!どう言う事ですか!」
「ん?何だ?軽くパニックの人間相手に話を進めるのか?」
「進めますよ!それが私の仕事ですから!」
「それは、昨日俺が書き上げた原稿だろ?」
「そうです!昨日先生から預かった原稿です!そして、そのまま私は出版社に帰る電車の中で読みました。」
「で、あれか。旦那の愚痴を言いに来たって訳か。」
「どうしてこの話の流れで私が旦那の愚痴を先生に吐かなきゃならないんですか!」
「違うのか!?」
「軽くパニックの成れの果てですか?私は、旦那の愚痴やママ友の愚痴を言いに来たんじゃなくて!先生の作品に問題があるからドア蹴破って登場したんですよ!」
「何が?俺の新作のどこに問題があるんだよ。発注通りだろ?」
「私は!人が大勢死ぬ作品を書いたら読者にウケますよとアドバイスしました。」
「そうだ。」
「狂気の教師が学校に生徒を閉じ込めて殺戮するとか!狂気のホテルマンがホテルに客を閉じ込めて殺戮するとか!狂気の医師が病院に患者を閉じ込めて殺戮するとか!」
「狂気の警察官が小さな町に住人を閉じ込めて殺戮するとかな。」
「そうです!でも書き上がった作品は何ですか!」
「んまあ、500%発注通りとは言わないが427%ぐらいはだろ?」
「これのどこが427%なんですか!これが427%だったら世の中の427%の概念が覆されてしまう!こんなの6%以下ですよ!」
「じゃあ、6%以下でいいや。」
「いいやじゃないですよ!いいやじゃ!先生は、6%以下の作品を提出したって事ですよ?」
「だってお前、それはあくまでアドバイスの中での話だろ?読者に何%の作品だとかは分からないだろ。だいたいだ。人が意味もなく大勢殺されるって、何だよ。」
「人が意味もなく大勢殺されるは!人が意味もなく大勢殺されるですよ!」
「だからどう言う事なんだよ。」
「いいですか?世の中ってのはですよ?禁断の恋愛に憧れるのと同時に!人が意味もなく大勢殺されるのに憧れるんです!憧れるって言葉が正しい表現なのか分からないですけど、とにかく人は、そう言うとこでストレス発散するんですよ!非日常に憧れる生き物なんです!もっと言うとそう言うのがウケるんですよ!って、これ私昨日先生に散々言いましたよね?」
「だから俺はあえての家族団欒作品を書き上げたんじゃないか。」
「それはでも私とのやり取りからの反発じゃないですか!先生の言葉を借りるならそれこそそんな先生の気持ちなんか読者には全く関係ないじゃないですか!」
「いいか?この父親はな!物凄くいい人なんだよ!それはもう想像を絶するいい人なんだよ!」
「だから何なんですか!私のアドバイスと真逆の人物じゃないですか!」
「でも昔、600人ぐらい殺した過去があるんだな。」
「殺し過ぎなんですよ!しかもそれはラストの一文で父親が家族団欒の夕食時に告白しただけじゃないですか!」
「戦慄の大どんでん返しだろ?」
「1人や2人や3人とかなら大どんでん返し成功ですよ!大成功ですよ!今まで物凄い家族団欒だったのにラストの父親の衝撃の告白!でもね!600人ぐらいって!そこで読者の心は離れて行きますよ!何でいつも肝心なとこでふざけるんですか!」
「ふざける?お前な?1回読んだ後に、もう1度読み返したか?」
「読み返してませんよ。」
「今度は、こんないい人なのにこの父親、実は600人ぐらい殺してるんだって気持ちで読んでみろよ。あのな?真の大どんでん返しってのは、もう1度読んでみて楽しむんだろ!」
「こんないい人なのにこの父親、実は600人ぐらい殺してるんだって気持ちで読んだら、最初から最後まで変な気分で終わりですよ!」
「泣けるだろ?」
「どこに泣く要素があるんですか!長女が結婚報告をする時ですか?長男が見知らぬ女性を助けた時の傷害事件ですか?母親の長年の死んだ父親との誤解が解けた時ですか?父親の父親が死んだ時ですか?」
「違うよ。そう言う目先の泣けるじゃなく、ラストに衝撃の告白が待ってる事を知らない家族を思うとって話だよ。」
「泣けるか!実は父さん、過去に人を600人ぐらい殺してるんだ。って言われたってポカーンとする家族の表情しか想像出来ませんよ!」
「現代人の病だな。何かって言えばすぐにポカーンとすればいいと思ってる。悪しき習慣だな。死ね!」
「意味不明な事を言われて最後に死ねって何なんですか!子供ですか!」
「だって人が大勢殺されるのがウケるんだろ?」
「先生のは単なる私への暴言じゃないですか!」
「あじゃあさ!目の前の生物に死ねって言ったら殺せる能力を持つ主人公の話なんかは?」
「いや主人公が無敵過ぎたらそれはそれでウケないんですよ。その主人公に何かしらの弱点を設定して下さい。」
「弱点?弱点かぁ?膝。」
「体の中で一番くすぐったい部位の弱点じゃなくて!死ねって言われても死なない人間が現れるとか!」
「そんなのはダメだよ。そんな不平等がこの世の中で許されるか?そんな不平等を作品に出したらイジメとかに繋がるだろ!コンプライアンスに引っ掛かるだろ!世の中平等じゃなきゃダメなんだ。死ねって言ったら目の前のどんな生物でも死ぬ!」
「何を大真面目な顔して言ってるんですか?既に主人公が不平等の真ん中にいるのに。」
「で、主人公はある日気付くんだよ。」
「まだ続くんですか?」
「この呪われた能力が全ての生物に対して平等に効果があるなら、自分は医者になればいいじゃないか!」
「はあ?」
「医者になってこの能力で病原菌を死滅させれば多くの人が救える!」
「だからそれじゃあ、話が意味もなく大勢殺されるにならないじゃないですか!真逆行っちゃってるでしょ!」
「そして月日が流れ、主人公は地位も名誉も幸せな家族も手に入れた。だけどある日、何かよく分からないけど衝動に駆られて過去に600人ぐらい殺した事を夕食時に家族に打ち明けてしまった。」
「そいつだった!?」

第四百六十九話
「語られない裏設定」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月17日 (水)

「第四百七十話」

 俺は、これから子供が生まれる病院へと車を走らせていた。子供が生まれる。そんなバカな、が頭の中をリフレインしていた。有り得ない。これはきっと何かの間違いだ。信じようとすればするほど、フロントガラス越しに見える景色が俺に現実を突き付ける。
「ここか。」
その建物は、およそ病院と呼べる建物ではなかった。そもそも病院に来るなんて何年ぶりだろうか?二年前の通報で向かったやはりおよそ病院と呼べる建物で起きた惨劇以来か。そんな惨劇が断片的にフラッシュバックする中、抜け落ちそうな床と崩れ落ちそうな天井に気を付けなが、俺は分娩室に向かった。分娩室から少し離れたボロボロの長椅子に、おそらく父親だと思われる男が祈るように座っていた。俺は、男の横に座った。
「どうも。」
「ど、どうも。」
予定外の来客に男は少し驚いていた。
「こう言う者です。」
「ああ。」
この証明書を見せると、大体の人間はこの男のような反応を見せる。驚きもない恐怖もない。呆れ顔を通り越した呆れ顔。
「お子さん、女の子ですか?男の子ですか?」
「さあ?分かりません。」
「そうですよね。分からないですよね。」
「無事に生まれて来てくれさえすれば、それだけでいい。」
「そうですよね。」
息が詰まる。この男との会話、いやこの異空間に息が詰まる。一秒でも早くこの場を立ち去りたいが、仕事を放り出す訳にはいかない。
「あのう?」
「はい。」
「滅亡局の人がなぜ?」
正確には、地球滅亡管理局。世間はそれを略して俺達を滅亡局と呼ぶ。十年前、地球滅亡の日が判明した次の日には既に存在していた機関。そこに疑問を抱く暇と余裕なんか人類にはなかった。仕事は別に対した事はしてない。治安は警察が法は国が今まで通りに管理している。俺達の仕事と言ったら、こう言った予期せぬ不測の事態の対処だ。
「なぜって、旦那さん。子供が生まれるなんて有り得ないからですよ。」
「そう言う事ですか。」
「そう言う事です。」
「でも、妻のお腹の中には僕らの子供がいるんです。」
「失礼ですが、これからとても失礼で重要な事をお聞きします。」
「何ですか?」
「奥さんのお腹には確かにお子さんが、妄想の類いではなく?」
「それなら、分娩室の中を見て、自分の目で確認すればいいじゃありませんか。」
「はい。」
俺は、男がそう言おうが言うまいが、最初からそうするつもりだった。ただ、事務的な会話で形式的な許可を得たかっただけだ。分娩室のドアを開けるとそこには、お腹を膨らました女が生命と格闘していた。有り得ない。子供が生まれる。時の部屋の大きなカウントダウンを刻む時計の針が脳裏に浮かんだ。
「勝手に入って来ないで下さい!」
俺は、ナイチンゲールに一喝され分娩室を追い出された。
「まさか、本当に子供が生まれるなんて。」
そう呟きながら歩き俺がボロボロの長椅子に座ると、男は笑顔で頷いた。なぜ、子供が生まれる?なぜ、必死に子供を生もうとする?なぜ、笑顔で俺に頷ける?この地球は明日、滅亡するんだぞ?二年前の母親は生んだ瞬間に我が子を殺めた。子供を生む現実から地球滅亡の現実へと目覚めたからだ。それ以来、出産の報告はない。学者達は人間の防衛本能だの滅亡症だのと理由付けしてるが、実際の原因は判明してない。まあ、判明したとこでどうにかなる状況でもないし、そもそもどうにかしようともしてないだろう。それよりもこんな事を考えてる場合じゃない。子供が生まれようとしてる事実は確かに目の前にあった。仕事に戻ろう。次のマニュアルに進む。
「お父さん。」
「はい。」
「無事にお子さんをその手で抱きしめたいなら覚悟が必要です。」
「覚悟、ですか?」
「子供が生まれた瞬間に、奥さんが子供を殺めてしまう可能性があります。」
「まさか、そんな事!?」
「落ち着いて下さい。そう言う事故が起こる可能性があるって言ってるだけで、起こらない可能性あります。」
「なぜ!なぜ妻が子供を!」
「その子供に未来が無いからです。明日、絶対に死ぬ運命の子だからです。今はまだ、子供に会いたいと言う気持ちでいっぱいなんでしょう。だけど滅亡の現実に戻った瞬間、何が起きても不思議じゃない。」
「どうすれば?」
「解決策は、実に原始的です。赤ちゃんの産声が聞こえた瞬間に分娩室に駆け込み奥さんを取り押さえる。」
「わ、分かりました。」
「宜しくお願いします。」
何してんだ俺は?あれからどれぐらい時間が経ったんだ?何で男と一緒に祈るように分娩室を見詰めてるんだ?この地球は明日、滅亡するんだぞ?
「あのう?」
「何ですか?」
「本当に明日、地球は滅亡するんですか?」
「はい。確実に明日の午前11時4分に滅亡しますよ。」
「しないって事は?」
「それはありません。午前11時4分に地球は爆発して、ブラックホールへと姿を変えます。」
「信じられない。」
「貴方が信じようが信じまいが、地球は時間通りに滅亡します。」
面倒臭い。一体この説明を何万回すれば人は信じるんだ?いや、いやいや、きっと何億回説明したって人は心の底からこの現実を信じないだろうな。奇跡は起こる。そんな言葉を最初に言った人間は大罪人だ。
「でも、奇跡が起こるかもしれないじゃないですか。」
ほらな。
「残念ながら、その可能性はゼロパーセントです。これは、巨大な隕石が地球を襲うとか、ましてや宇宙人が侵略してくるとかって話ではなく、単に地球の寿命なんです。太陽より早く何らかの原因で地球の寿命が縮まっただけの話です。いや、そもそもが我々は何か重要な要因を見落としていただけなのかもしれません。」
「そうですか。」
男は、落胆していた。だが、それは俺も同じだ。いや、全人類共通だ。今日が、明日もしかしたらいいことがあるかもしれないと思える最後の日、なんだからな。
「いやあああああああああ!!」
その時だった。分娩室から女性の叫び声が聞こえた。俺は男と顔を見合わせ、同時に立ち上がると急いで分娩室へ向かい、二人で扉を開けた。
「何があった!」
俺は、顔面蒼白の医師と看護師に問い質した。
「信じられない。」
「どうしたんだ!」
「信じられない。」
「おい!しっかりしろ!医者だろ!何が起きた!どうしたんだ!」
呆然と立ち尽くし同じ言葉を繰り返すだけの医師の両肩を俺は掴んだ。そして、俺は何か異様な雰囲気に包まれた分娩室の空気を感じた。顔面蒼白の医師と看護師、立ち尽くす男、ショックで気絶する女。どこだ?どこにいる?どこだ?どこなんだ?いない!どこにもいない!なぜいない!
「おい!赤ちゃんは!赤ちゃんはどこだ!」
「消えたよ。」
「消えただと?」
「頭が見えたんだ。もうすぐ、あと少し。すると、赤ん坊は消えた。」
「消えたって何だ!消える訳がないだろ!」
「知るか!消えたんだ!この世界に出てくる瞬間に赤ん坊は姿を消したんだ!」
「そんなバカな!?」
どうなってる?何がどうなってる?赤ちゃんは確実に存在していた。俺はこの目でそれを見た。消えた?消えたって何だ?なぜ消える?どうして消える必要がある?何だ?何か重要な事を見落としてる気がする。思い出せ!思い出すんだ!
「アンタ、滅亡局の人間だろ?医者の私よりもアンタの方が詳しいんじゃないか?」
思い出せ!俺は誰と出会った?どんな人物とどんな会話をした?思い出せ!違う!こいつじゃない!こいつでもない!違う!違う違う違う!こいつらじゃない!誰だ?誰なんだ?思い出せ思い出せ思い出せ!
「・・・・・・・・・。」
「おい大丈夫か?」
「ある博士がこんな仮説を口にした。地球は明日も滅亡していない。」
「バカな事を!この状況で地球が滅亡しない訳がないだろ。」
「この地球は明日、確実に無くなる。だが、別の次元の地球は滅亡していない。」
「何か?赤ん坊は、その別の次元の地球に行ったって言うのか?局の人間が何を言い出すのかと思ったら、希望を口にするとはな。」
「彼女はこの仮説をこう名付けた。」

第四百七十話
「産道ワームホール化現象」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月24日 (水)

「第四百七十一話」

 俺は、公園のベンチで売り物のメガネを拭いていた。

第四百七十一話
「メガネを売り歩く男」

今日はやけにガキが多いと思ったら、パレードの日か。
「おじさん!」
すると数多くのガキのうちの一人のガキが俺に話し掛けて来た。ガキは嫌いじゃないが好きでもない。
「何だ?ボーイ。」
「何してるの?」
「見れば分かるだろ?」
「メガネ?」
「そうだ。メガネだ。」
「何でメガネを拭いてるの?」
「俺の横に大きな黒いカバンがあるだろ?」
「うん。」
「この中には、沢山のメガネが入ってる。」
「何で?」
「売り物のだからさ。」
「おじさん、メガネ売りなの?」
「そうだ。だからこうして商品のメガネを丁寧に拭いて、綺麗にしてるんだ。」
「ふ~ん!ねぇ?」
「何だ?」
「おじさんの横、座ってもいい?」
「おじさんの横でいいなら、いくらでも。」
「ありがとう!」
ガキは嫌いじゃないが、好きでもない。 別にメガネが珍しい時代でもないってのに、一体何がこのガキの好奇心を刺激したんだ?
「おじさんの横に座っても、これと言って特別何か面白い事がある訳でもないぞ?」
「あるよ!」
「そうか。」
ガキの考える事は、さっぱり分からない。別にメガネ拭きの邪魔にはならないが、いつも以上にメガネ拭きがはかどる訳でもない。
「ねえ、おじさん?」
「何だ?」
「このオーソドックスなメガネの他に、どんなメガネを売ってるの?」
「それは何か?つまり、この黒い大きなカバンの中の他のメガネが見たいって言う事か?」
「うん!」
ガキにメガネを見せたとこで金になる訳じゃないが、見せない理由も特には見付からない。
「いいだろう。」
「わーい!」
「これは、勇気のメガネだ。」
「勇気のメガネ?」
「そうだ。このメガネを掛けると勇気が湧いて来るんだ。」
「ホントに?」
「ボーイ、キミが信じようが信じまいが、このメガネを掛ければ勇気が湧いて来る事に何ら変わりはない。」
「掛けさせて掛けさせて!」
「ダメだ。」
「何で?」
「いいか?これは売り物だ。商品なんだ。友達の家に置いてあるオモチャと違う。それに、メガネは人を選ぶ。本当に勇気を必要としない者が掛けたとこで、それは勇気のメガネじゃなく、単なるメガネだ。」
「おじさん、僕が子供だからって、からかってるんでしょ!本当は勇気のメガネじゃなくて単なるメガネなんでしょ!」
「だったらボーイ、勇気が必要になった時、このメガネを買いに来るといい。」
「そう言うの詐欺って言うんだよ!」
「ハッハッハッ!ボーイ、詐欺かどうかは結果論で話してくれ。」
ここら辺は、大人も子供も同じだな。全ての事象が理屈付け出来なきゃすぐに許容範囲をオーバーして人を詐欺師扱いだ。メガネは理屈じゃない。理屈じゃない事を理屈で説明しろって方が無理だ。
「もう気が済んだだろ?ママのとこに帰ったらどうだ?」
「もっと見せて!」
「やれやれ。じゃあ、次のメガネはこれだ。」
「それはどんなメガネなの?」
「これは、超勇気のメガネだ。」
「えっ?」
「この超勇気のメガネを掛ければ、この勇気のメガネを掛けた時以上に勇気が湧いて来る。」
「何だよそれ!」
「そんなリアクションされても困る。」
「おじさん、もしかして僕が子供だからバカにしてる?」
「それは心外だ。俺はただボーイの望み通り黒いカバンの中のメガネを見せてるだけだ。」
「じゃあ!もっと見せて!」
「お望みなら。」
「そのメガネは?」
「このメガネは、もっと超勇気のメガネだ。」
「ねぇ!」
「超勇気のメガネを掛けた時以上に勇気が湧いて来る。」
「ねぇってば!」
「何だ。」
「どう言う事?」
「どう言う事も何もない。勇気のメガネ、超勇気のメガネ、もっと超勇気のメガネって事だ。」
「だったら次は、超もっと超勇気のメガネ?その次は、もっと超もっと超勇気のメガネ?その次は、超もっと超もっと超勇気のメガネ?」
「いや違う。もっと超勇気のメガネの次は、存在しない。」
「存在しないの!?こんなに存在しそうな空気感なのに存在しないの!?」
「ああ、存在しない。存在しないと言うより、これ以上の勇気は必要ないってだけの話だ。存在させようと思えば存在させられるが、意味がないってだけの話だ。無意味で高価なメガネを作ったとこで、誰も買わないんじゃ作る意味が無いって話だ。」
「意味が分かんないよ!」
「さあ、おじさんがどんな感じのメガネを売ってるか分かったんだ。そろそろママのとこに帰ったらどうだ?」
「全然分かんないよ!」
「そうか。」
「そうだよ!」
「これは、憤怒のメガネ、超憤怒のメガネ、もっと超憤怒のメガネ。これは、悲愴のメガネ、超悲愴のメガネ、もっと超悲愴のメガネ。分かったろ?」
「分からないってば!」
「これは、快楽のメガネ、超快楽のメガネ、もっと超快楽のメガネ。これは、博愛のメガネ、超博愛のメガネ、もっと超博愛のメガネ。分かったろ?」
「だから何にも分からないってば!」
「もういいだろ。おそらくボーイが望むメガネは出て来ない。ママのとこに帰るんだ。」
「ヤダよ!こんなモヤモヤした気分じゃ帰れないよ!ねぇ?おじさんが掛けてるメガネは何のメガネなの?」
「これか?これはまだ売り物じゃないんだ。試作品でな。こうして自分で効果を確かめてるんだ。」
「何のメガネなの?」
「教えたらこのエンドレスな遊びを終わりにしてくれるか?」
「それは分かんないよ。」
「死者が見えるメガネだ。」
「えっ?」
「ボーイ、そろそろママのとこに安らかに帰るんだ。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »