« 「第四百六十九話」 | トップページ | 「第四百七十一話」 »

2015年6月17日 (水)

「第四百七十話」

 俺は、これから子供が生まれる病院へと車を走らせていた。子供が生まれる。そんなバカな、が頭の中をリフレインしていた。有り得ない。これはきっと何かの間違いだ。信じようとすればするほど、フロントガラス越しに見える景色が俺に現実を突き付ける。
「ここか。」
その建物は、およそ病院と呼べる建物ではなかった。そもそも病院に来るなんて何年ぶりだろうか?二年前の通報で向かったやはりおよそ病院と呼べる建物で起きた惨劇以来か。そんな惨劇が断片的にフラッシュバックする中、抜け落ちそうな床と崩れ落ちそうな天井に気を付けなが、俺は分娩室に向かった。分娩室から少し離れたボロボロの長椅子に、おそらく父親だと思われる男が祈るように座っていた。俺は、男の横に座った。
「どうも。」
「ど、どうも。」
予定外の来客に男は少し驚いていた。
「こう言う者です。」
「ああ。」
この証明書を見せると、大体の人間はこの男のような反応を見せる。驚きもない恐怖もない。呆れ顔を通り越した呆れ顔。
「お子さん、女の子ですか?男の子ですか?」
「さあ?分かりません。」
「そうですよね。分からないですよね。」
「無事に生まれて来てくれさえすれば、それだけでいい。」
「そうですよね。」
息が詰まる。この男との会話、いやこの異空間に息が詰まる。一秒でも早くこの場を立ち去りたいが、仕事を放り出す訳にはいかない。
「あのう?」
「はい。」
「滅亡局の人がなぜ?」
正確には、地球滅亡管理局。世間はそれを略して俺達を滅亡局と呼ぶ。十年前、地球滅亡の日が判明した次の日には既に存在していた機関。そこに疑問を抱く暇と余裕なんか人類にはなかった。仕事は別に対した事はしてない。治安は警察が法は国が今まで通りに管理している。俺達の仕事と言ったら、こう言った予期せぬ不測の事態の対処だ。
「なぜって、旦那さん。子供が生まれるなんて有り得ないからですよ。」
「そう言う事ですか。」
「そう言う事です。」
「でも、妻のお腹の中には僕らの子供がいるんです。」
「失礼ですが、これからとても失礼で重要な事をお聞きします。」
「何ですか?」
「奥さんのお腹には確かにお子さんが、妄想の類いではなく?」
「それなら、分娩室の中を見て、自分の目で確認すればいいじゃありませんか。」
「はい。」
俺は、男がそう言おうが言うまいが、最初からそうするつもりだった。ただ、事務的な会話で形式的な許可を得たかっただけだ。分娩室のドアを開けるとそこには、お腹を膨らました女が生命と格闘していた。有り得ない。子供が生まれる。時の部屋の大きなカウントダウンを刻む時計の針が脳裏に浮かんだ。
「勝手に入って来ないで下さい!」
俺は、ナイチンゲールに一喝され分娩室を追い出された。
「まさか、本当に子供が生まれるなんて。」
そう呟きながら歩き俺がボロボロの長椅子に座ると、男は笑顔で頷いた。なぜ、子供が生まれる?なぜ、必死に子供を生もうとする?なぜ、笑顔で俺に頷ける?この地球は明日、滅亡するんだぞ?二年前の母親は生んだ瞬間に我が子を殺めた。子供を生む現実から地球滅亡の現実へと目覚めたからだ。それ以来、出産の報告はない。学者達は人間の防衛本能だの滅亡症だのと理由付けしてるが、実際の原因は判明してない。まあ、判明したとこでどうにかなる状況でもないし、そもそもどうにかしようともしてないだろう。それよりもこんな事を考えてる場合じゃない。子供が生まれようとしてる事実は確かに目の前にあった。仕事に戻ろう。次のマニュアルに進む。
「お父さん。」
「はい。」
「無事にお子さんをその手で抱きしめたいなら覚悟が必要です。」
「覚悟、ですか?」
「子供が生まれた瞬間に、奥さんが子供を殺めてしまう可能性があります。」
「まさか、そんな事!?」
「落ち着いて下さい。そう言う事故が起こる可能性があるって言ってるだけで、起こらない可能性あります。」
「なぜ!なぜ妻が子供を!」
「その子供に未来が無いからです。明日、絶対に死ぬ運命の子だからです。今はまだ、子供に会いたいと言う気持ちでいっぱいなんでしょう。だけど滅亡の現実に戻った瞬間、何が起きても不思議じゃない。」
「どうすれば?」
「解決策は、実に原始的です。赤ちゃんの産声が聞こえた瞬間に分娩室に駆け込み奥さんを取り押さえる。」
「わ、分かりました。」
「宜しくお願いします。」
何してんだ俺は?あれからどれぐらい時間が経ったんだ?何で男と一緒に祈るように分娩室を見詰めてるんだ?この地球は明日、滅亡するんだぞ?
「あのう?」
「何ですか?」
「本当に明日、地球は滅亡するんですか?」
「はい。確実に明日の午前11時4分に滅亡しますよ。」
「しないって事は?」
「それはありません。午前11時4分に地球は爆発して、ブラックホールへと姿を変えます。」
「信じられない。」
「貴方が信じようが信じまいが、地球は時間通りに滅亡します。」
面倒臭い。一体この説明を何万回すれば人は信じるんだ?いや、いやいや、きっと何億回説明したって人は心の底からこの現実を信じないだろうな。奇跡は起こる。そんな言葉を最初に言った人間は大罪人だ。
「でも、奇跡が起こるかもしれないじゃないですか。」
ほらな。
「残念ながら、その可能性はゼロパーセントです。これは、巨大な隕石が地球を襲うとか、ましてや宇宙人が侵略してくるとかって話ではなく、単に地球の寿命なんです。太陽より早く何らかの原因で地球の寿命が縮まっただけの話です。いや、そもそもが我々は何か重要な要因を見落としていただけなのかもしれません。」
「そうですか。」
男は、落胆していた。だが、それは俺も同じだ。いや、全人類共通だ。今日が、明日もしかしたらいいことがあるかもしれないと思える最後の日、なんだからな。
「いやあああああああああ!!」
その時だった。分娩室から女性の叫び声が聞こえた。俺は男と顔を見合わせ、同時に立ち上がると急いで分娩室へ向かい、二人で扉を開けた。
「何があった!」
俺は、顔面蒼白の医師と看護師に問い質した。
「信じられない。」
「どうしたんだ!」
「信じられない。」
「おい!しっかりしろ!医者だろ!何が起きた!どうしたんだ!」
呆然と立ち尽くし同じ言葉を繰り返すだけの医師の両肩を俺は掴んだ。そして、俺は何か異様な雰囲気に包まれた分娩室の空気を感じた。顔面蒼白の医師と看護師、立ち尽くす男、ショックで気絶する女。どこだ?どこにいる?どこだ?どこなんだ?いない!どこにもいない!なぜいない!
「おい!赤ちゃんは!赤ちゃんはどこだ!」
「消えたよ。」
「消えただと?」
「頭が見えたんだ。もうすぐ、あと少し。すると、赤ん坊は消えた。」
「消えたって何だ!消える訳がないだろ!」
「知るか!消えたんだ!この世界に出てくる瞬間に赤ん坊は姿を消したんだ!」
「そんなバカな!?」
どうなってる?何がどうなってる?赤ちゃんは確実に存在していた。俺はこの目でそれを見た。消えた?消えたって何だ?なぜ消える?どうして消える必要がある?何だ?何か重要な事を見落としてる気がする。思い出せ!思い出すんだ!
「アンタ、滅亡局の人間だろ?医者の私よりもアンタの方が詳しいんじゃないか?」
思い出せ!俺は誰と出会った?どんな人物とどんな会話をした?思い出せ!違う!こいつじゃない!こいつでもない!違う!違う違う違う!こいつらじゃない!誰だ?誰なんだ?思い出せ思い出せ思い出せ!
「・・・・・・・・・。」
「おい大丈夫か?」
「ある博士がこんな仮説を口にした。地球は明日も滅亡していない。」
「バカな事を!この状況で地球が滅亡しない訳がないだろ。」
「この地球は明日、確実に無くなる。だが、別の次元の地球は滅亡していない。」
「何か?赤ん坊は、その別の次元の地球に行ったって言うのか?局の人間が何を言い出すのかと思ったら、希望を口にするとはな。」
「彼女はこの仮説をこう名付けた。」

第四百七十話
「産道ワームホール化現象」

|

« 「第四百六十九話」 | トップページ | 「第四百七十一話」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/121942/60418406

この記事へのトラックバック一覧です: 「第四百七十話」:

« 「第四百六十九話」 | トップページ | 「第四百七十一話」 »