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2015年7月

2015年7月 1日 (水)

「第四百七十二話」

「何してんだ?」
朝起きてリビングに行くと妻は、窓越しにベランダの貝割れ大根のプランターを眺めていた。
「世界が平和にならないかなぁって思ってさ。」
「貝割れ大根を眺めてるだけで世界が平和になる訳ないだろ?」
「でもさ。凄く頭の良い偉い人達が何百年も何千年も知恵を出し合ったって世界が平和にならない。と言うことはつまり世界平和って、こう言うことなんじゃない?」
「どう言うことだよ!」
「貝割れ大根を眺めてるってことよ。貝割れ大根を眺めて世界が平和にならないかなぁって思うことよ。」
「はあ?」
「凄く頭の良い偉い人達が何百年も何千年もやってなかったことにこそ!世界が平和になる方法があるのよ!やってないでしょ?こうして貝割れ大根に世界平和を願うことを?」
「まずやらなかっただろうな。」
「でしょ!」
「それはなぜか!そんなことをしても世界が平和にならないって分かってるからだ。」
「なに?アナタも凄く頭の良い偉い人達派?」
「そんな派はない!」
「やらなくても分かるって、やってもないのにどうしてやらなくても分かるって分かるの!」
「本気で言ってるのか?」
「本気じゃなかったら、こんなことしてないでしょ。」
「貝割れ大根だぞ?」
「貝割れ大根よ?でもそれはたまたま貝割れ大根なだけで、何でも良かったのよ。」
「まあ、別に世界の滅亡を願ってる訳じゃないからいいけど、貝割れ大根に世界平和を願うのも程ほどにしとけよ。ん?でもそれって、どうなんだ?」
「何が?」
「いやだって、どうなったら終わるんだ?」
「世界が平和になったらよ。」
「そっちじゃなくて!世界が平和にならなかったらの方の話だよ。貝割れ大根に世界平和を願って、やっぱり貝割れ大根に世界平和を願っても世界が平和にならなかったの終わりの話だよ。仮に貝割れ大根に世界平和を願って世界が平和になるのが、貝割れ大根に数ヶ月間願い続けるんだとしたら?いや数年かもしれないし数十年かもしれない。もしかしたら何代にも渡って何百年、数千年かもしれない。」
「バカね。」
「このタイミングで俺が言われることなのか!?」
「今何時?」
「11時45分。」
「正午になったらやめるわよ。」
「たった数十分、貝割れ大根を眺めてるだけで世界が平和になったら凄く頭の良い偉い人達も苦労しないな。」
「数十分?何言ってるの?」
「何だよ。もしかして朝起きてからずっと数時間も貝割れ大根を眺めてるのか?」
「違うわよ。昨日、アナタが眠ってからよ。」
「えっ!?まさかおい!12時間以上もこうして貝割れ大根を眺めてるのか!?」
「ただ、ぼーっと眺めてるだけじゃなくて、世界の平和を願いながらなんだからいいでしょ?」
「異常だろ!それって異常ってやつだろ!」
「そう言う言い方は、どうなんだろう?」
「なあ?今から病院行こう!なっ?」
「どうしてどこも悪くないのに病院なんか行かなきゃいけないのよ!」
「どこか悪いから12時間以上も貝割れ大根眺めて世界平和願ってんだろ!」
「嫌よ!」
「だったら今日はもう部屋で寝てろよ。」
「無理よ。」
「無理って何だよ!」
「動けないのよ。」
「動けない?」
「そう!動けないの!何だか分からないけど貝割れ大根眺めて世界が平和にならないかなぁって思ったら体が動かなくなっちゃったの!」
「そんなバカな!?だってお前さっき正午になったらやめるって!」
「もう12時間にもなるし動くかなって思ったの!でも動かないのよ!」
「嘘だろう?」
「嘘じゃないわよ!ねぇ?アナタ?」
「何だよ。」
「もし、もしもよ?正午になってもアタシが動けなかったら、その時はアタシを殺して!」
「何でそうなる!世界平和を願ってた人間が何でそんなこと言い出すんだよ!」
「だってこのまま貝割れ大根を眺めて世界平和を願って生きて行くなんて耐えられない!」
「大丈夫だ!動けるようになるから!」
「ねぇ?アナタは、動けるわよね?」
「何言ってるんだ!こうして動いてるじゃないか!」
「腕や頭じゃなくて、足よ!足を動かしてみてよ!」
「な、何言ってるんだよ!動くに決まっ」
「どうしたの!?ねぇ!アナタ!」
「動かない!動けない!」
「どう言うこと!もしかしてこのままアタシ達は!一生貝割れ大根を眺めて世界平和を願いながら死ぬってこと!」
「そんな訳ないだろ!」
「ねぇ?アナタ?」
「ん?」
「世界が平和になるといいわね?」
「ああ、そうだな。」

第四百七十二話
「オペレーションカイワレダイコン」

「つまり、これが我々の辿り着いた世界平和です。大統領。」
「どう言うことだ博士?映像を見ただけでは理解出来ん。もう少し詳しく皆にも説明してくれないか?」
「つまり、何もしないってことですよ。この貝割れ大根から発生する我々が作り出したガスが、人間の闘争本能を麻痺させるのです。」
「そんなことをしたら人類が滅びるんじゃないのか?」
「それが世界平和です。大統領。」
「そんなものは世界平和と呼ば」
「どうしました?大統領。もしかして動けませんか?」
「貴様!」
「だいたい、貴方方のような権力者が権力を振りかざすから世界が平和にならないとは考えなかったのですか?」
「なぜ貴様は動ける!」
「薬を飲んでるからです。ああ、でもご心配なく。別に世界征服を企んでいる訳ではありません。私達は、世界平和を見届けたら速やかに自害します。既に、地球上にこの貝割れ大根の種は散布されています。あと数ヶ月もすれば世界平和ですよ。大統領。」
「ありがとう。博士。」
「いえいえ。大統領。」

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2015年7月 8日 (水)

「第四百七十三話」

 私は、掃除をした。家中の床をピカピカにした。ピカピカにした床に、こうして泥を撒き散らすと、今までピカピカだった床が泥まみれに汚れた。これは、大発見だ。

第四百七十三話
齢74の大発見」

 私は早速この大発見を妻に報告した。すると妻は、すっとんきょうな顔をしていた。すっとんきょうな顔で私に言った。
「アナタ、大丈夫?」
私は、大丈夫だ。私は大丈夫だったが、妻が大丈夫ではない。私はこれ以上、妻のすっとんきょうな顔を見ているのが辛かった。
「ア、アナタ?」
だから、妻の首を絞めた。だから、妻の首を絞めて殺した。妻の死に顔は、苦しみにもだえていた。だが、あのすっとんきょうな顔よりかはいい。そして、人は首を絞め続けると死ぬと言う大発見も得た。

 私は、サックスを吹いた。どれぐらいの時間、サックスを吹いただろうか?とにかく私は、サックスを吹いた。妻に捧げるレクイエムと言ったら格好がいいが、こんなにも激しく体をくねらせながらのレクイエムがあるだろうか?そうだ。こんな激しく体をくねらせながらサックスを吹いている場合ではない。私は妻を殺してしまったのだ。もう一曲吹いたら最寄りの警察へ行こう。

 なんて事だ。妻を殺したと言う事実を告げても刑事は顔色一つ変えない。これがこの国の現状なのだろうか?そんなにも殺人は日常茶飯事なのだろうか?私は憂いた。この大発見を心底憂いた。吹きたい。今すぐにでもサックスを吹きたい。この心情を刑事に話してみるが、お門違いの一点張りだった。

 
私は、てっきり刑務所に入るものだと思っていた。しかし、世の中それほど自分が思った通りに事が運ばないものだ。私は病院に入れられた。どうも精神が通常ではないと判断されたようだ。物心ついた時から何かと病人扱いには慣れていたが、これで最後にして欲しいものだ。白い部屋、白いベッド、白い服、白い床に白い天井、そして外側から鍵が掛けられている白いドア。自由は無いが、不自由でもない。妻はいないが、一人ではない。

朝が来て夜が来る。

それだけで十分だった。ある朝、隣の部屋の大きな独り言で寝不足の窓の向こうで小鳥が囀る朝。私は顔を洗い鏡に映る自分を見て、私も随分と老けたものだな、と大発見をした。

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2015年7月15日 (水)

「第四百七十四話」

 暗い。ここは?波の音?海か?夜の海か?いや、緑の香り。葉の風になびく音か。ここは、森か?夜の森か?
「迷ったのか?人間。」
目を開けると俺の目の前には、大きな熊のような岩の怪物がいた。
「ああ、怪物。どうやら森で迷ったみたいだ。」
「グェッグェッグェッ!それで居眠りとは、人間。不用心にも程があるな。」
「今は夜か?」
「いいや、真っ昼間だ。」
「まるで夜だ。」
「この森に光の時間感覚は存在しない。」
「そうか。」
「何だ、人間。記憶を失ったか?」
「そうみたいだな。そのうち思い出すだろう。」
「それは可哀想に。」
「可哀想?記憶を思い出すのがか?」
「そうだ、人間。」
「どうしてだ?」
「グェッグェッグェッ!面白いな、人間!記憶を失った人間がこんなに面白いとは思わなかったぞ、人間!」
「怪物に楽しんでもらえて記憶を失った甲斐があったよ。」
「俺様が村の伝承でなんて呼ばれてるか知らないのか?」
「さあ?」
「岩熊だ、人間。」
「まんまだな。」
「どうやら人間は、見た目で名前を付けるのが好きらしい。」
「ああ、思い当たるよ。それで?俺を喰うのか?」
「残念ながら、人間。この森で迷い、俺様と出会ったら、そう言う運命だ!」
「そうか。」
「俺様を見て、生き延びた人間は存在しない。」
「だったら一思いに苦しまずに頭から喰ってくれ。」
「グェッグェッグェッ!ああ、喰ってやるとも!だが、人間。俺様は、まだ人間を喰わない。」
「腹が一杯なのか?」
「昔だったらそうかもしれないが、久しぶりの人間だ!口の中はよだれで一杯だ!」
「なら、なぜだ?」
「記憶を失った人間が面白いからだ。もう少し会話を楽しんでからでもいいと思ったからだ、人間。」
「俺にしてみたら、地獄だな。」
「グェッグェッグェッ!そうだな!」
「で、俺とどんなお話がしたいんだ?」
「人間、村の人間ではないな?どこから来た?」
「記憶を失ってる人間にする質問か?」
「グェッグェッグェッ!それもそうだな!なら、人間。居なくなって悲しむ家族は居るか?」
「家族?さあ?見たところ結婚指輪はしてないようだから、家族は居ないんじゃないのか?両親や兄弟や友人の存在は分からないな。結婚を約束してる女性がいるかもしれないな。」
「本当に何も分からないんだな、人間。」
「ああ、何も分からないからこうして怪物と世間話が出来るんだろ?」
「グェッグェッグェッ!それもそうだな!だが、記憶を失ったからと言って、恐怖心までも失った訳ではないだろ?俺様が恐くないのか?」
「ああ、それが不思議と恐くはない。」
「グェッグェッグェッ!そうかそうか!ますます面白いな、人間!ん?」
「どうした?」
「何か光ったぞ?」
「光った?」
「人間の首の後ろだ。」
「首の後ろ?ん?何かある。」
「何だ?見せてみろ、人間!また面白いモノかもしれないぞ!」
「いや待て、首の後ろに付いてるんじゃなくて、何か埋め込まれてる!?」
「何だと?よし、人間。俺様が取ってやろう。」
「お、おい待て!待て待て待て!」
「大騒ぎするな、人間。安心しろ。首の骨を折ったりはしない。ちょっと痛いが我慢しろ、人間。」
「お、おい!心の準備が!?っ痛!!」
「ん?これは何だ?」
「小型のGPSか?」
「何だ、それは?」
「俺の居場所が分かるモノだ。」
「おい、人間。まさか、宇宙人に埋め込まれたのか?だから、記憶を失った状態で森にいたのか?」
「その話が全て真実なら、かなりの大スペクタクルな体験を俺はしてる事になるな。宇宙人と怪物、次は魔法使いか?」
「グェッグェッグェッ!人間、それはない!次はない!人間は、ここで俺様に喰われるからな!」
「そうだったな。」
「宇宙人にまた連れ去られる前に、そろそろ喰うか!」
「だったら、その前に俺にも質問させてくれ。」
「冥土の土産か?」
「そうだな。」
「何が聞きたい。」
「こんな話を知ってるか?小さな子供が夜遅くまで起きてると親はどうするか?」
「なぞなぞか?賞品は人間一年分か?」
「どうすると思う。」
「そうだな?そんな悪い子は、頭から喰う!グェッグェッグェッ!」
「ハズレだ、怪物。」
「正解は何だ?」
「夜遅くまで起きてると怪物が山から降りて来て、悪い子を喰い殺すって言うんだ。」
「おいおいおい、人間!正解ではないか!」
「いや、正解じゃない。正解は、そう言う作り話をする、だ。」
「作り話?」
「伝承の始まりってのはな、怪物。大概、こんなもんなのさ。」
「何が言いたい?」
「分からないのか?」
「分からないな!面白くないぞ、人間!」
「つまりは、怪物。そもそも岩熊なんて怪物も作り話って事だ。」
「何だと!?人間!何者だ!」
「首に埋め込まれたGPSを取ってくれなかったら、今頃俺も伝承に喰い殺されてたとこだ。」
「何を言ってる、人間!」
「埋め込まれた、いや正確には俺が埋め込んだGPSには二つの意味がある。一つは後で助手が俺を回収する為、もう一つは記憶を取り戻すきっかけ。」
「記憶が戻ったのか、人間!?」
「子供騙しは年月を置いて伝承になる。いつの間にか森で迷うと岩熊に喰われる、みたいにな。難しく、形を変え、大きくなって伝承される。」
「俺様を騙そうって魂胆か、人間。俺様を騙して逃げようって魂胆か、人間!」
「いいや、俺は逃げない。わざわざ記憶を失ってまで伝承に忠実な状況を作り出して岩熊に出会えたんだからな。今さら鹿の干し肉もないだろ?俺はな、怪物。退治しに来たんだよ。」
「グェッグェッグェッ!非力な人間が何を悪あがきに何を言うかと思ったら!グェッグェッグェッ!面白い!面白過ぎて面白くないぞ!人間!時間切れだ!さあ、ランチタイムだ、人間!」
「怪物、残念ながら俺を喰う事は叶わない。伝承の正体を告げた時点で、伝承は伝承をなさない。間もなく岩熊はこの世界から消える。」
「消える?」
「おとなしく母親の作り話に戻るんだ。」
「そんな事がある訳が・・・バカな!?何者だ、人間!」
「俺か?俺はな。」

第四百七十四話
「伝承ハンター」

「伝承ハンター!?」
「じゃあな、怪物。」
「うそだあああああああああああ!!」
「鹿の干し肉腰にぶら下げ森で迷うと岩熊現れ喰い殺す、やれやれ。どこでどう捩じれたらこうなるんだ?さてと、助手はいつ来るんだ?こんな干し肉だけじゃ何日ももたないぞ?」

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2015年7月22日 (水)

「第四百七十五話」

「もう無理だ!」
「あと少しだから頑張れ!」
「無理無理無理!」
「あと一歩だから!あと一歩で頂上だから!頑張れよ!」
「とにかく下山しよう!」
「冗談だろ?」
「お前、この顔が冗談だと思うか?」
「顔は冗談じゃないけど、どう考えたってこの状況、冗談だろ?」
「無理!下山だ下山!」
「あと一歩で頂上なんだぞ?」
「だから?無理なもんは無理!」
「いやいやいやいや!あと一歩って別に精神的なあと一歩って訳じゃなくて、物理的なあと一歩だぞ?あと一歩前へ踏み出せば頂上なんだぞ?」
「お前、ジャンボ餃子食った事あるか?」
「何の話だよ。」
「あと一口で完食だけど、そのあと一口がもう入らない!」
「いや、ジャンボ餃子に限った話じゃないだろ?」
「そう言う感覚だよ。わかりやすく言えばな。」
「登山を大食いで例えたら分かりにくいだろ!」
「ジャンボドーナツ食べた事あるか?」
「餃子がドーナツに変わっただけでそれ今さっき聞いたよ!」
「そう言う感覚なんだよ。」
「だから分からないっての!」
「じゃあ、ジャンボオムライス食った事あるか?」
「今のこの状況をジャンボな食い物で例えるのやめろ!」
「とにかくもう下山だ!下山!」
「あと一歩なんだぞ!」
「分かってるよ!」
「あと一歩で頂上なんだぞ!」
「分かってるって言ってる!」
「何で下山の一歩が踏み出せて、頂上へのあと一歩が踏み出せないんだよ!」
「お前!ここで下山の一歩を頂上への一歩に使ったら!下山出来ないだろ!」
「歩数で登山してる訳じゃないだろ!だったら頂上で少し休めばいいだろ?それで体力が少し回復したら下山すればいいじゃないか。」
「物事、そんなに上手く行かないだろ。この世の中。」
「この場合、上手く行くだろ!」
「プロの考え方だろ?」
「普通の登山の考え方だ!これは!」
「でもな?無理なんだよ。」
「何が無理なんだよ!その無理が理解出来ないんだよ!」
「理解して貰おうとは思ってないよ。」
「理解させてくれよ!とりあえず話の続きは頂上でしようぜ!」
「話の続きをするなら下山してからでもいいだろ?」
「あと一歩で出来る事を何で数時間後にしなきゃならないんだよ!」
「あのな?俺も分かってるよ。あと一歩前へ踏み出せば頂上だって事はさ。でも無理!ホントに無理!だから、そんなに頂上へ行きたいなら、俺はここで待ってるから、お前だけ頂上行って来いよ。」
「どうしてだよ!何なんだよそれ!どう言う状況なんだ!おかしいだろ!外で待ってるからお前見て来いよ的なショッピングじゃないんだぞ!」
「あのな?ちょっとそこを指摘したいんだけどさ。」
「何だよ。」
「何か、山登りが特別なモノだって思い過ぎてないか?ジャンボ食べ物もショッピングも山登りも同じだろ!同じ並びで考えなきゃだろ?山登りだから頑張らなきゃいけないとか!山登りだから我慢しなきゃいけないとか!おかしいだろ!山登りだって無理なもんは無理!」
「違うだろ!俺もこれが山の中腹とかだったら下山するよ!でも、あと一歩前へ踏み出せば頂上なんだぞ!」
「山のどこにいようが下山するのは自由だろ!何であと一歩前へ踏み出せば頂上って状況だけ特殊ルールが適用されんだよ!」
「いや、そう言う話じゃなくてさ!天気もいいし、お前だってどこか怪我した訳でもないし、急病でもない訳なんだから、ここで下山はおかしいだろ!むしろ悪天候や怪我や急病だったらこんな斜面にいないで、あと一歩なら頂上で救助を待つよ!」
「だからだろ!逆にそうじゃないからこそ!無理なんだから下山だろ!」
「何でここで下山出来ちゃうんだよ!多少元気であと一歩前へ踏み出せば頂上なら!頂上行くだろ!」
「無理に逆らえないだろ?無理に逆らって痛い目に遭ってる無理人間を俺は沢山知ってるよ。」
「ちょっと待てよ!下山するとしてだよ。まず一歩を踏み出すだろ?」
「ああ。」
「じゃあ、その上げた足をちょっとだけ頂上の草むらに付けてくれよ。で、その流れで一回りして下山へ踏み出してくれよ。」
「無理!」
「何が無理なんだよ!どうして無理なんだよ!」
「何がとかどうしてとか、無理なんだから仕方ないだろ。それに、別にこの山が凄く高い登山料だとか、それなりに有名だとかじゃないんだから、気軽にまた来ればいいだろ?あと一歩前へ踏み出せば頂上のとこで下山したっていいじゃない。」
「いや何か凄く気持ち悪いだろ、それって!」
「それは、お前の感覚だろ!お前の感覚に俺を巻き込むな!」
「ちょっとお前、背中に乗れ!」
「おいおいおい、まさか俺をおぶるって訳じゃないだろな?」
「当たり前だろ!そうするしかないだろ!」
「無理だ!」
「何で無理なんだよ!俺がお前をおぶって一歩前へ踏み出すんだぞ!」
「あのな?考えてみろよ。おぶさるにも俺は一歩踏み出さなきゃならないんだぞ?そんなおぶさる一歩を踏み出せるなら、俺はとっくに自力で頂上へ一歩踏み出してるよ。」
「おお!分かった!だったら踏み出さなくていい!俺の背中に倒れ込め!そしたら踏み出した事にならないだろ!」
「ああ、それは一歩踏み出した事にはならないな。」
「よし!来い!」
「でもな?それってあまりにも根本的に反則じゃねぇ?」
「反則って何だよ!」
「いいか?あと一口でジャンボ餃子を完食出来るけど、俺はもう無理!それを横で見てたお前がその一口を食ったら、果たしてそれを店の店主は許すだろうか?俺が完食したと回りのお客さんは拍手喝采だろうか?例え、店主が許して鳴り止まぬスタンディングオベーションの中、賞金を手にしたとしても俺は俺を許せない!」
「今は俺とお前の二人きりだし、ジャンボ餃子もないだろ!」
「いや、神が見てる。」
「問答無用っ!」
「なぬっ!?」

第四百七十五話
「頂上一歩手前の背負い投げ」

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2015年7月29日 (水)

「第四百七十六話」

 街に着いたのは夜だった。俺は、宿屋よりも先に、まずは酒場だ。軽快な音楽に合わせて踊り子が舞っていた。酒場の店主から蒸留酒を受け取ると、俺は窓際の席に座った。月明かりを見ながら飲みたい気分だったからだ。
「よう!」
すると、屈強な男がジョッキを手に、俺の向に座った。
「何だ?誰かと飲みたい気分じゃないんだが?」
「まあまあ、そう言わず。乾杯でもしようや!戦争に散った勇敢な戦士達へ!」
「戦士達へ。」
「で?この街には何をしにやって来たんだ?」
「一人で飲みたい気分だと言っただろ?」
「おいおいおい!怪物に喉を引き裂かれた訳でも魔女に呪いを掛けられた訳でもないのに、会話を楽しまずに月を見ながら酒って、頭でもおかしいのか?」
「それ以上、俺を侮辱したら明日の太陽は見れないと思え。」
「ほう?剣には自信があるのか?」
「こんな話を知ってるか?最近、この街の近くの山に住む巨人が退治された。」
「緑色の一つ目巨人の話か!知ってるも何もあの日は朝までお祭り騒ぎよ!国王まで一緒になってバカ騒ぎだ!この街でその話を知らない奴はいない!」
「なら、俺を侮辱しない方が身のためだ。」
「お、おい!?まさか巨人を退治したのは、アンタなのか!?国王は、何度も討伐の依頼を出したが、その度山からは誰一人として戻って来なかった。だがある日、巨人が退治されたって街中に噂が広まった。間もなくして、国王が巨人の目を手にして国民の前に姿を現し発表した。たが、それは誰かが討伐したんじゃなく、神が裁いた、と。神の雷が巨人の角に落ちた、と。」
「いくら剣で相手しても巨人は倒れなかった。だから最終的に稲妻の呪文を使ったんだ。見ろ。」
「焦げてる!?」
「代償に俺は、左腕を失った。」
「だがなぜ!それなら国王は、神の仕業だなんて嘘を!」
「それは、簡単な話だ。」
「どう言う事だ?」
「俺が異端の者だからだ。」
「何だって!?」
「見た目は人間だが、流れる血は白銀。」
「精霊と人間との間に生まれたハーフなのか!?有り得ない!空想上の話だ!」
「理論上は可能だ。だが、どこへ行っても嫌われる。」
「羽根が無い!」
「おい、誰かが何世紀も昔に書いた書物が事実だと思ってるのか?」
「だったら!何か証拠はあるのか?」
「俺と勝負して、俺の体をその剣で斬り付けてみればいい。白銀の血が拝めるだろう。だが、それはあまりおすすめしない。お前が剣を抜いた瞬間、お前の頭と胴体は離れ離れだ。」
「大草原のグリフィンを退治したのも噂ではシルバーブラッドだと聞いた。」
「ああ、そうだ。」
「海の洞窟のセイレーンを退治したのも!」
「俺だ。」
「あのワイバーンもなのか?」
「詳しいな。」
「シルバーブラッドは不幸をもたらすと聞いた。」
「それも昔の書物だな。不幸をもたらす者が、酒場で月を見ながら蒸留酒を飲むと思うか?」

「アンタ、何しに戻って来たんだ?巨人がいなくなったのは数週間前の話だ。報酬は貰ったはずだ!」

「国王は、また新たな依頼を貼り出した。」
「ドラゴン討伐か!?」
「ああ、そうだ。」
「本気か?本気でドラゴンを討伐しようとしてるのか?」
「当たり前だ。世界から拒絶されたシルバーブラッドがこうして酒場で酒を飲むには、それしか稼ぐ方法がないだろう?」
「そうかそうか!ドラゴンを討伐してくれるのか!」
「これで安心して眠れるな。」
「ハッハッハッハッハッ!」
「まだ討伐した訳じゃない。そんなに喜ぶな。もしかしたら俺がドラゴンのディナーになるかもしれないんだ。」
「いやいやいや、アンタはドラゴンのディナーにもランチにも、もちろんモーニングにもならないさ!」
「そうか。なら楽しみにしていてくれ。」
「ああ、楽しみにしてるよ!アンタがどうやって空想上の生き物を討伐するのかをな!」
「何?」
「ドラゴン?おいおいおい、本当にドラゴンなんて書物の中の生き物が、この世界に存在すると思ってるのか?もう少し茶番に付き合おうかと思ってたが、限界だ。笑いが止まらない!」
「酔ってるのか?ドラゴンは存在する!これはゴーレムの話じゃない!」
「分かってるさ!分かってるとも!ああ、確かにドラゴンは存在する。だが、ドラゴンってのは、巨大な植物の事だ。」
「俺を侮辱してるのか?」
「侮辱じゃない。無知なアンタに教えてやってるんだよ。本当のドラゴンっての目にした事がないみたいだからな。」
「お前、何者だ!」
「俺か?俺は、俺を語って詐欺を働く者を見付け出して国王の前に連れて行く者だ。」
「な、何だと!?」
「よーく見て置くんだぞ?こんなのは滅多に見れるもんじゃないからな。」
「何をする気だ!?」
「ナイフで少し指先を傷付けるだけだ。」
「な!?白銀の血!?」
「さあ、国王がお待ちかねだ。逃げるなよ?首と胴体が離れ離れになるぞ?」
「まさか、本当に存在するなんて。」
「残念だったな。ああそれと、シルバーブラッドは酒は飲めない。猛毒だからな。」

第四百七十六話
「情弱の末路」

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